異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第十五話(三)「恥ずかしながらよく分かっておりませんので」
魔王城に帰還したぼくは、自室で身ぎれいにしたのち、いつもの会議室へとやって来た。この後グークたちと話し合いを持つ予定になっている。
「ハイアート様!」
ガタッと音を立てて、椅子に腰をかけていた人物が、急に立ち上がった。
ヘザだ。
「あっ、ヘザ──体調の方は、もう大丈夫……」
「申し訳ありません、ハイアート様! 多大なご迷惑をおかけしてしまい、面目次第もございません……」
ヘザは胸の前に手を交差し、ひざまずいて頭を垂れた。
「え! いや、君のせいじゃないし……それに、君にはずいぶん無理をさせてきたんじゃないかって思うんだ。ちゃんと休養も取ってほしいし、それにぼくが──」
その時、グークと王宮の重臣たちが会議室へと入ってきたので、ぼくはヘザと共に席についた。
最後にモエドさんが入室すると、一同はテーブルを囲んで王子の言葉を待った。
「皆、急な会議で申し訳ない。このたびは、今後の魔物対策と、戦争に係る戦略の両方に寄与することを目的として、魔界の伝承にある『大洞穴』の調査を、緊急の課題とさせてもらう」
全員がうなずきを返したのを見て、グークは言葉を続けた。
「まず、『大洞穴』の存在の真偽を明白にし、存在するならば、それについてできる限りの下調べを古代の文献等により行う役目を、モエド魔術官に任命する」
「お任せくださいっス、殿下」
モエドさんはうやうやしい態度で頭を下げた。
「モエド魔術官。貴殿には魔王城の書物庫内にある、王族以外を入室禁止としている特別資料室の鍵を貸与し、入室を許可する。また、王宮学術官全員への指揮命令権を与えるので、手分けして早急に調査結果を出していただきたい」
「マジっスか! あっと、特段の計らい、謹んで感謝申し上げるっス」
さらにひれ伏すモエドさんに、グークは薄く微笑みを浮かべた。
「……次に、長官参謀、ヘザ殿」
「はっ」
ヘザは起立して、面を伏した。
「『大洞穴』の調査により、利用価値があると判断された場合、ただちに現地を踏査し、また洞穴内の魔物を排除し、安全を確保する必要がある。貴殿にはそれに先立ち、『大洞穴』の探索および魔物討伐に適した小隊の人員選抜を行っていただきたい」
「了解しました」
「うむ。ヘザ殿、探索隊は戦闘、地図作成、生存術、そして何より結束力に富む人員での構成が必要と思われる。この国、いや世界で最強の部隊を、よろしく頼む」
「は。最善を尽くします」
ヘザは再び一礼して、着席した。
「当面はこれらの作業を推し進めていくが、何か新たな情報や、情勢の変化があれば、その都度会議を行い方針の変更や再確認を行うこととする。いずれの者も多忙な折に恐縮だが、ここにいる全ての者が団結し協力し合って、ことに当たってほしい。では、解散」
グークを先頭に、参加者が次々と会議室を後にする。最後にヘザが席を立った時、ぼくは彼女の傍らに寄って、そっとささやいた。
「ヘザ。これからちょっと、ぼくの部屋に来てくれないか」
「はっ?」
ヘザが頓狂な声を上げたので、逆にぼくがビクッと驚いてしまった。
「……あ、突然で済まなかったね。君も何かと忙しいだろうから、あまり時間は取らせないようにするんで。──いいかい?」
「は、はい……私は、いつでも大丈夫です……あ、ですが、その! 少し、準備にお時間をいただいても、よろしいですか……?」
ヘザが、ややどもりながら答える。何だか落ち着かない様子だ。
「? それは、全然構わないけど……じゃあ、部屋で待っているよ」
ヘザはパッと頭を下げると、小走りに会議室から出て行った。
扉を軽く叩く音がした。
「は、ハイアート様、ヘザにございます!」
「ああ、入っていいよ」
蝶番がキイと音を立てて扉が開き、ヘザが全身をギクシャクさせながら部屋に入ってきた。
何をそんなに緊張しているんだろう──もしかしたら、ヘザはぼくに叱られると思っているんじゃないだろうか?
「ハイアート様、よ、よろしくお願いします」
「ええと、その、ぼくは──あ、この部屋には椅子がないから、ぼくの隣に座ってくれていいよ」
ぼくは腰を掛けているベッドの、空いたスペースをポンポンと叩いた。
ヘザの表情が、ますますこわばる。
「……はい、それでは……失礼します」
ヘザはこわごわとベッドに歩み寄って、おそるおそる腰を下ろす。ふわりと、花のようないい匂いが漂った。
「あれ? 何か香りが……」
「は、はい。失礼のないよう、身を清拭しまして、香水を着けております……この香りは、お嫌いだったでしょうか」
「とんでもない。とても素敵な香りだ」
「恐れ入ります……」
ぼくがにこりと口の端を持ち上げると、ヘザは嬉しそうに、頬にほんのりと紅が差した。
こんなに感情の豊かな女性だったかな、と不思議に思う。
「それじゃ、時間もないから手短に済ますよ。──ああ、何も取って食おうというわけではないんだから、そんなに固くならないでくれるかな」
「は、はいっ。申し訳ありません……わ、私はこの歳で、恥ずかしながらよく分かっておりませんので……ハイアート様に、お任せします、ので……」
「うん。それじゃ、怒らないで聞いてほしいんだけど……先日、グークに叱られてしまったんだよ。ぼくが、君の思いに気づいてやらなかったら、君が哀れだ、と」
「……は? 殿下に?」
ぼくが深いため息と共に話し始めると、ヘザは急にきょとんとした顔を見せた。
「そう、彼をずいぶんとイラつかせてしまったみたいなんだ。確かにぼくは、人の真意を察するのがあまり上手ではないからさ……君がぼくに、言わずとも分かってほしいことがあっても、ぼくは全然そういうことに気づいてやれていないのだと思う。本当に申し訳ない」
「いえっ、あ、あの。ハイアート様が、私をお部屋に呼んでいただいたのは……」
「ん? ああ、本当に悪いけど、結局君がぼくに言いたいことは、はっきり言ってもらえた方がいいと思って。ここなら人目もないし、主君と従者とか気にする必要もなく、単刀直入に話してもらえれば、とね……」
「そ、そう、でしたか……私は、てっきり……ああ……!」
ヘザは両手で顔を覆い、うつむいてしまった。
身体を震わせ、耳まで真っ赤にしている。
やはり、ぼくに隠している「しでかしてしまった何か」のことで、てっきり叱られるものと思い込んでいたんだろう。
そのことも気にならないわけではないけど、グークをあれほど激昂させるような、彼女に辛い思いをさせているぼくとの事情を解決する方が、何よりも優先されるべきだ。
「それじゃ、言いにくいことなのかもしれないけど、何でも言ってほしい。君が、ぼくに伝えずに我慢していて、君を困らせていることを、全部。ぼくにできることなら、ちゃんと前向きに応えたいと思っているから、遠慮しないでほしいんだ」
ヘザははっと顔を上げて、ぼくの目を刺すように見つめてきた。
その瞳が、涙をたたえているかのようにうるんで、光に映えている。
「あ……いえ、しかし、何を……」
「まずは、ぼくに、一番伝えたいことからでいいよ。言葉の前後とか、支離滅裂になったっていいから……一番ぼくにぶつけたいと強く思っていることを、言ってくれないか」
彼女は視線をぼくから逸らして、再び表情をこわばらせた。悩んでいるような、ためらっているような、複雑な雰囲気だった。
その真剣な面持ちに、火の精霊を、ふわりとまとわせている。やっぱり、よほど腹に据えかねていることがあるようだ……。
「……わ、分かりました! あ、あの、本来はこんなことを申し上げてはいけないのですが、お許しいただけるのなら──私は、ハイアート様をお慕
パッチン!
「……う~ん。まぁ、いいか……」
ぼくは、湯気でもやる脱衣場に立ち尽くして、独りごちた。
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