異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第十四話(三)「それは遠回しな結婚の申し込みと受け取ってもいいんスかね」
いわゆる「魔物隷属」という魔術は、先の魔界大戦において、この小さいバヌバ魔族王国がダーン・ダイマの諸国を相手に無敵の強さを誇った原動力だった。
文字どおり魔物を自由にコントロールできるこの魔術により数多の魔物を戦争に活用し、前族王ギッタ・ギヌは多くの国と都市に無残な滅びをもたらした。ぼくも使役された魔物の軍勢に何度も辛酸をなめさせられていて、軽くトラウマになっている。
そして今度の、第二次魔界大戦と呼ぶべき現在進行形の戦争においても、王国軍の中からは魔物を使役して戦力とすべきだという声も少なくなかった。
なのでぼくは、この魔術を禁術として、使用した魔術師は最悪極刑とする法を定めた。
グークによる新しい魔界は、多くの国々と親交を持ち、共栄していくことを目指している。
魔界はもう二度と魔物を用いた残酷な侵略戦争を行わないと世界に知らしめ、そして信用を得るために、この戦争はどんなに劣勢であっても絶対に魔物隷属を使ってはならないのだ。
「モエド魔術官。魔物隷属は──」
「分かってるっスよ、殿下。さすがのあたしもご法度モノはやらないっス」
急に真剣な顔つきを見せるグークに、モエドさんは手を振り、歯を見せて笑った。
「頼むよ、モエドさん。冗談にしても心臓に悪い。……それじゃグーク、この三人で討伐に出るということでいいかい」
「いいだろう。では皆の者、急ぎ出発の準備をせよ。中庭に集合だ」
「了解したっス」
モエドさんは小走りで会議室を飛び出していく。ぼくもうなずきをひとつ返し、彼女の後に続いて部屋を後にした。
魔王城を後にしたぼくたちは、山道を下り、峡谷の細い道筋をたどった。
暗くて、狭くて、低い地形。
魔物は基本的には、そういう場所に好んで身を寄せ、棲みつくことが多い。まずは城の西側に広がる山脈のふもとの山間に沿って、探索を開始した。
赤い岩肌とわずかな草木のあせた緑色だけの殺風景な荒野がどこまでも続く。歩いても歩いてもその光景はまったく変わらず、前に進んでいる気がしないので、大して長い時間でもないのに倦み疲れてしまった。
「大丈夫かな。歩き疲れてないかい」
ぼくは前を歩くモエドさんに声をかけた。振り返った彼女の顔に、疲労の色はみじんにも見られない。
「ハイアート様。あたしをダシに使おうなどとせず、疲れたんなら素直にそうおっしゃってくださいっス」
「そ、そんなつもりで言ったわけじゃ──」
「意地を張るな。よし、それではここいらでハイアート殿のために休憩を取ろう。他でもないハイアート殿のためにな」
グークが、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「くっそー、人を根性なしみたいに言いやがって……」
ぶつぶつ文句を言いつつも、休憩は大歓迎だ。ぼくは即座に腰を下ろして、短くため息をついた。
「そんな意図はない。貴殿は『魔物感知』を使い続けているのだから、疲れやすいのは当然だ」
グークも着けていた盾を地面に投げ出して、ぼくの脇に座る。
確かに、この魔物探索の旅を始めた当初から、ぼくはずっと魔物感知の魔術を使い続けている。五感と異なった感覚器官を展開しながら歩くのは、平素より神経がすり減るのも間違いではない。
しかし、どちらかといえば、重厚な金属鎧を着けて歩く方が疲れるに決まっている。
少なく見積もっても二十キログラムはあるだろう装備を着ている者に逆にねぎらわれるとか、ちょっと情けない。
「……モエド魔術官。そんな所で何をしている?」
グークが呼びかけたので、その時ぼくは初めてモエドさんが、ぼくたちから少し離れた場所でうずくまっていることに気づいた。
よく見ると、枯れ枝と紙の切れ端を積み上げて、そこに火を着けようとしているようだ。
「お茶を入れるっスよ。殿下もお飲みになられるっスよね」
そう言って、モエドさんの手元を見ると、その手の周りに光精霊力がほんのり宿っている。
──光の精霊術? モエドさんがそんなレアな精霊術を使えるなんて、驚きだ。
元々、光の精霊染性を持つ者は多くない。その上、精霊術として扱える制御力を持つとなると、さらにごくわずかとなる。
そしてそのほとんどが太陽や月の光を拡散や集束させる変成ができる程度で、光そのものを具現できるほどの使い手は、ぼくの知るところでは、ぼくしかいない。
「……ああもう、今日は曇ってるから上手く火がつかないっス」
さすがに、彼女も例外中の例外とまではいかなかったようだ。要は小学校の理科の実験でよくやる、虫眼鏡を使うやり方で火をつけようとしているのだろうが、そこにはかすかに白煙が立ち上るだけだった。
「モエドさん。ぼくが代わろう」
ぼくは座ったまま、指の先にごくごく小さい火炎弾を生み出すと、焚きつけに向けて放った。木片の山に炎がポンと膨らむと、自然に燃え広がっていく。
「おー。ハイアート様は、本当に何でもできるっスね。びっくりっス」
「こんなんでも一応、大魔術師やってるからね。それよりは、モエドさんが光精霊術を使える方がびっくりだ」
「ああ、そっスね。魔族では、あたし以外で使える人を見たことがないっス」
モエドさんは焚き火の上に水を張った手鍋をかざした。ほどなくして、水の表面がぶくぶくと泡立ってくる。
「光精霊術といえば──魔界の伝承によると、昔は強力な光精霊術を使える者が魔族の王になる資格があったらしいっス。もう何百年も昔のことだし、今は血筋で世襲するようになったので、どうしてそんなしきたりがあったのか分からなくなってしまったっスけど」
「ほう。私もそのような伝承は初耳だ。であれば、モエド魔術官は王族になる資質があるということかもしれぬな」
グークは鍋の様子をじっと眺めながら、ぼんやりとつぶやく。
「まさか。あたしの光精霊術は、古の王になれるほどのモノじゃないっスよ。それとも──それは遠回しな結婚の申し込みと受け取ってもいいんスかね、殿下」
モエドさんは苦笑いを浮かべ、グークはフッと失笑を漏らした。
「求婚なら、もう少しまともな言い方を考えるよ。……ただ、俺が魔王になったならまず最初にすべきは王妃を娶ることだとは思っている。今はこれといって候補がおらぬが──即位後も見つからなかったなら、それも悪くない」
「前向きなご意見感謝するっス。ですが殿下、あたしにも選ぶ権利ってモノがあるっスよ?」
「君に選ばれたいなら、ちゃんと口説けということだな。承知した」
何なんだ、このオトナの会話。
正直、彼女いない歴イコール年齢のぼくには、とてもついていけない。
「でも、あたしが王妃かー……モエド=メヌ? ひゃーっ、無理無理! 背中がムズムズするっスね! さて、お茶が入ったっスよ。粗茶ですがどうぞっス」
モエドさんはいかにもフラグが立ちそうなことを口走りながら、煮出した香草の上澄みをマグですくい、ぼくとグークに手渡した。
アリーシブの香りだ。
この香草は丘陵族国の特産品で、今の魔界では入手が困難なはずだ。
「モエドさん。このお茶──」
「ハイアート様は分かるっスよね。これは、ヘザ様からいただいたものっス。あたしもこの香り、大好きっスよ」
ぼくはうなずきを返しながら、お茶を一口飲んで──イヤな気分になった。
いや、お茶が不味いのではない。
間の悪いことに、ちょうどその時に感じたのだ。
脳髄を直接刺激する、ざらつくような「障り」──
「……来たぞ。グーク、モエドさん──魔物の気配だ」
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