異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第十四話(二)「ぜっ……全裸……だと?」
「とんでもないです、会長。ぼくも、このままではいけないと思っていても、人の気持ちに臆病になるばかりで、ただ、逃げてばかりいたんです。話すべき言葉も、何ひとつ、思い浮かばないまま……」
「分かります……私たちはきっと、似た者同士なのでしょう」
会長は顔を上げて、初めて、柔らかく微笑んだ。
「新城会長。ぼくに何ができるかは見当がつきませんが……朝倉先輩と会ってみます。会えば何か話せるかもしれませんが、会わなければ、何も進みませんから」
ぼくは真剣な面持ちで言った。
明日──そう明日は、自分から朝倉先輩の元に会いに行こう。
これはぼくの義務であり、ぼくの責任だ。そう肝に銘じていこう。
もう迷わないように。もう怖気づかないように。
などと、ちょっと格好つけた感じで誠心誠意、不惜身命、一所懸命に決意したはずなのだが……。
それなのにどうしてぼくは今、召喚術式の上に立っているのでしょうか。
しかも、腰に小さなタオル一枚巻いただけのスッポンポンスタイルで、身体のあちこちからしずくを垂らしながらの、これ以上なくみっともない姿でのご登場ときたもんだ。
生徒会室での決意表明のあと、普通に家に帰って、普通に夕飯を食べて、普通に風呂に入って、普通に召喚されてご覧の有様だ。タオルが間に合っただけでも褒めていただきたい。
そしてこれも当然のごとく、ぼくの前には、妙齢のレディが約二名いらっしゃる。
「……モエドさん。薄々こうなる予感はしていたけど、ついにやっちまったな」
「ああ、ええと、その。……申し訳ないっス」
モエドさんは両目を手でふさぎ、お約束的に指の隙間からチラチラとこちらを見ている。
その隣に立つヘザは、顔全体を赤黒くしてこちらを凝視している。あまりのショックに硬直しているようだ。
「あの、ヘザ……こんな格好で済まないが、服を持ってきて──ヘザ、聞いてるか?」
ヘザの反応がないので、ぼくは歩み寄って彼女の肩をぽんと叩いた。途端。
ヘザの鼻から、どっと二つの赤い筋が流れ出した。
そして、ヘザは直立不動のまま、仰向けにばったりと倒れ込んでしまった。
「うわっ……ヘザ! 大丈夫か!」
「ヘザ様、ヘザ様! お気を確かに!」
「ダメだ、完全に失神してる……! 衛生兵! 衛生兵!」
ぼくとモエドさんがパニックで右往左往する間も、ヘザの鼻血はとめどなくあふれ続けた。
ありあわせの服でマッパ問題を解決したのち、いつものように会議室のドアを開けて中に入ると、グークが座って待ち構えていた。
彼は無骨な鎧を身にまとい、楕円形の盾を携えている。そのまんま戦に出て行ってしまいそうな格好に、ぼくは怪訝な表情をして見せた。
「待っていたぞ、ハイアート殿。何やら外が騒がしかったようだが……ヘザ殿は一緒ではないのか?」
「ヘザは……さっき突然、鼻血を出して倒れてしまった。魔術で止血はしたが、意識が戻らない」
「鼻血を出して……倒れた? 何が原因だ」
「分からないが、たぶん体調が悪いんだ。ぼくが世界を行ったり来たりするようになって、彼女に負担が大きくかかるようになったせいかも……」
「殿下、殿下」
ぼくの隣にいるモエドさんが、手を上下にひらひらと振った。
「実はっスねー、ハイアート様が湯浴みの最中にうっかり召喚してしまいまして。全裸でこっちに来てしまったんスよ」
「ぜっ……全裸……だと?」
グークの表情が、すさまじく険しくなった。バックに何とかサスペンス劇場のアタックが聴こえてきそうな形相だ。
「待てグーク、全裸じゃない。辛うじてタオルは巻いていた」
「むむ……そうか。では全裸ではなく、八割裸、ということだな」
「いやいや、小さい布一枚だけっスよ? 九割裸ぐらいじゃないっスか?」
モエドさんが手のひらを左右に振る。グークの顔がより真剣味を増すが、とてもそんな顔をする話の内容だとは思えない。
「そうか? 私はそれを見ておらぬからな……布の面積は、これぐらいか」
「えっと、もうちょっと小さかったかと思うっス」
「待て、これ以上小さいとなると……その、ハミ出すだろう?」
「ハミ出してはいなかったっスねー。これ以上の問答はハイアート様の男性としての尊厳に関わるっスから控えるとして、面積はこれで間違いないっス」
「ふむ……では、『九割二分裸』で決定」
「了解っス」
何の議論だよ、これ。
おまけにさりげなくぼくのサイズ感までディスられた。これでも日本人の標準だよ、たぶん。
「ということで話を続行しよう。ハイアート殿が九割二分裸で召喚されてきた時に……彼女もその場にいたということか?」
「いたっス。というか──ガン見だったっス」
グークとモエドさんが、向き合って同時にうなずく。
「謎は解けた。他の男ならともかく、ハイアート殿の九割二分では、なぁ?」
グークはニヤリと笑った。
「そっスね。ハイアート様の九割二分っスから、当然の帰結、という奴っスねぇ」
モエドさんもニヤリと笑った。
何のことかさっぱり分からないが、あの二人が妙に仲がいいことだけはよく分かった。
「裸だのナニだのについてはさておき……グーク、その格好はどうしたことだ。戦に出るつもりじゃないだろうね?」
「ああ、戦には出ない約束だからな……だが、国内には魔物が増え始めている」
グークは悩ましげに目を細めた。
ぼくはそのせいで前回の砦攻めを失敗したのだ。確かにこの問題は、すでに実害が生じている。
「魔物討伐は喫緊の課題だが、それに人手を割ける余裕はない。だから戦にも出られないような人間がその雑用を担うのはやむを得ぬとは思わぬか? 猫の手も借りたい時に、王子の手を借りぬのはもったいない話ではないか」
「……呆れたよ、グーク。そんな屁理屈をどこで覚えてきたんだか」
ぼくは肩をすくめて、苦笑いを浮かべた。
「しょうがない、害獣駆除ぐらいは君に手伝ってもらうよ。どうせその仕事の頭数には、当然ぼくも入っているのだろう? さっき『待っていた』と言ってたからな」
「感謝する。しかし、魔物と戦うならば最低でも三人は必要だ。ヘザ殿も共に来るものと見込んでいたから、当てが外れてしまった。どうする、ハイアート殿」
「うーん……マーカムがいてくれたなら、迷うこともないんだがな……」
ぼくは耳たぶを触りながら、思案に沈み込んだ。
──近衛軍から腕の立つ者を出してもらうか? マランの精霊術師隊の方がいいか……?
ちょんちょん。
──キンデー駐留軍なら人員に余裕がある。しかし、今から呼んでも三日以上かかるし……。
トントン。
──王都で傭兵を雇う時間ももったいないしなぁ。いっそヘザが回復するまで待つ方が……。
ドカッ!
「ぁ痛────っ!」
ぼくは尻を押さえて叫んだ。
モエドさんが、思い切り蹴り上げてきたのだ。
「いきなり何するんだ。尻が二つに割れたらどうする」
「そんなベタなボケにはツッコまないっスよ、ハイアート様。さっきから呼んでるのに無視しないでくださいっス」
ああ……さっきから腰の辺りでちょんちょんとかトントンとか、何かが触っているなーとは思っていたけど。
「それは、申し訳なかったね。それで、何か用が?」
「もう、まだボケる気っスか。三人目ならいるでしょう」
「え、誰のこと?」
モエドさんは、指を二本立てて、左右に振りながらチッチッと舌を鳴らし、おもむろに親指で自分の顔を指した。
「え、モエドさん? そういうボケはちょっとツッコミ辛いんだけど──痛っ!」
回し蹴りを尻に食らった。本当に四つに割れてしまうかと思った。
「いや、だって魔物討伐だよ? 危険が危ないんだよ?」
「そのとおりだ、モエド魔術官。君は世界唯一の召喚魔術師という、きわめて重要な役割を担っている。万一のことがあっては──」
グークも心配そうに口を挟んでくる。モエドさんはツンとすました顔で、じっとりした目線を彼に向けた。
「殿下ー。お言葉ですが、この国で王子様より重要な役割はいないっスよ?」
ぐっと、グークが言葉に詰まる。
「一本取られたな、グーク。でもモエドさん、君の魔術の業は確かにすごいけど、魔物と戦うなんて荒事は──」
ぼくはさっと尻をガードした。モエドさんが蹴ろうとして膝を上げたのだ。
「ハイアート様、いくらあたしが可憐で優雅で麗しい淑女だからって、外見で判断するのはよくないっスよ?」
いや、外見で判断したなら彼女は未熟で幼稚であどけない少女だが、それを言うとたぶん尻が十六分割されるまで蹴られてしまう。
「では、戦闘の方は自信がおありだと」
「任せるっス。魔物相手なら、数え切れないぐらい戦ってきたっスよ。──本当は、戦うより『隷属させる』方が得意っスけどね……」
彼女が何気なくつぶやいたことに、ぼくはドキッとした。
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