異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第十二話(二)「寿限無寿限無五劫の擦り切れ」
急にまばゆい光が差して、ぼくはくしゃみを一つした。
地上まで開通した穴の外へ、慎重に、砂まみれになった頭をのぞかせる。
土砂を排出する方向をもっとよく考えるべきだったと、ぼくは後悔していた。トンネルの掘削には問題がなかったが、岩を変成してできた砂塵をめちゃくちゃに浴びる結果となったのだ。
上空には、鷺魔物の影はない。
ぼくはふうと息をついて、穴から身体をもたげ、地面へと這い出した。身じろぎするたびに、あちこちから砂や石のかけらがパラパラと落ちた。
魔術式を作り、風精霊力を込める。
小さい竜巻を全身に覆わせて砂を吹き散らすと、ぼくはもう一度ため息をついた。
それから、目線を上げて、あの特徴的な形の頂上を持つ山を探してゆっくりと見回した。やがてその尖った頂きが目に入った時、ぼくはぎょっとした。
近い。すごく近い。
というか、ぼくの立つこの場所はすでに、かの山のふもとに差し掛かっている。
色々とトラブルに見舞われたように見えて、ぼくは最短距離で目的地にまっすぐ向かって来ていたのだ。
幸運というか、都合が良すぎる。
これではまるで、本当に某小説投稿サイト系主人公みたいじゃないか。
いや。それでもぼくは一向に構わない。
仮にこの異世界がご都合主義にまみれたデタラメな小説の世界だったとしても、ヘザを無事に助けられるのなら、テンプレと揶揄されて読者から嫌われようが鼻で笑われようが上等だ。
むしろ、チートハーレムな主人公っぽく群がる敵もあっさりやっつけ、華麗にスマートにヒロインを救出して「さすがご主人さま」と言われてやろう。
ぼくは何回か屈伸をしたあと、自身にかかる重力を十分の一にする魔術を施した。
飛行すれば一番近道できるが、黒鷺たちに見つかってしまうと対応が難しくなる。地に足を着けながら山頂を目指した方が目立たないし、鷺魔物に見つかっても戦いやすい。
ぼくはわずかにしなびた草がちょろちょろと生えているだけの、荒れ野の山を駆け上がり出す。
走り幅跳びの世界記録並みの歩幅で、窪みや段差だらけの山肌を軽々と飛び越えながら進むので、絶壁のような険しい角度に変わる山の中腹までは間もなく到着した。ここからはまじめに登ろうとするなら、ガチな登山道具なしには無理だ。
だが、そこは某小説投稿サイト系主人公のぼくなので、ただ岩壁に向けて大きくジャンプした。
切り立った壁面に接近したところで、土精霊術をかけて、足元に人ひとりが立てる大きさの岩の突起をニョキっと押し出させる。
突起を蹴り上げて、上空へと跳ぶ。
ニョキっと突起を出す。
跳ぶ。ニョキっ。跳ぶ。ニョキっ。
とても早くて、とても安易だが……何ともはや、山にロマンを求めて挑戦する登山家の方々を冒とくするような、ズルい登り方だ。
とはいえ、ぼくがなぜ山を登るのかと言えば、そこに山があるからではなく、そこにヘザがいるからなのだ。
それに、重力制御、足場の生成、加えて一応の高山対策に気圧と酸素濃度の操作。
三つの術を同時に使いながらスーパーマ○オばりのジャンプアクションをこなしているのだから、山登りの醍醐味を味わっている暇も余裕もあるわけがない。
ほどなくして山頂が近づき、そこで、ぼくはある異変に気づいた。
通常、高山の頂きに近づいたなら、気温は徐々に下がっていくはずだ。
しかし、そこからは逆に温かさを感じたのだ。同時に、あの黒い鷺たちの、騒ぎ立てるような鳴き声も次第に聞こえてくる。
山頂付近の高温の熱源と、魔物の威嚇する声。これらが意味するところは──
ぼくは足場をスロープ状に形成し、足音を立てないようにして頂上付近ににじり寄っていく。どうやら尖った山頂のやや下に、削り取られたような比較的平坦な地形があり、魔物らはそこを巣にしているようだった。
尾根の方に回り込んで、そっと巣を覗き込む。
まず目に飛び込んできたのは、中心にある巨大な火柱だった。
それから、炎に阻まれて近づけずに、うるさくわめきながら周囲をうろうろとする、五羽の鷺型魔物。
そして──炎を挟んだ反対側に、片膝を立てて座り込んだ、赤茶色の髪の女性の姿があった。
ヘザ……無事でよかった。よく今まで持ちこたえていてくれた。
すぐに助け出したいところだが、黒鷺らをどうするかが大きな問題だ。
《 》一羽二羽なら飛び込んでいって戦っても勝てそうだが、あの数を一度に相手にすることを考えるとリスクが高すぎる。エターナルフォースブリザードも、ヘザを巻き込む危険があって使えない。
というか、勝てそうかどうかで悩んで助けに飛び込むのを躊躇するとか、ついさっきテンプレな主人公をやってやろうとイキった人間のやることではない。でもぼくにとって異世界はネット小説でも何でもなく、ただの現実なのだから、それは仕方ないだろう。
第一、ぼくの目的はヘザを救出することであって、魔物らをブチのめすことじゃない。どんなに格好が悪かろうが、隙を見て彼女を連れて逃げればいいだけだ。
ぼくは光精霊力をしっかりとため込み、術式を刻み始める──あの魔物たちは、朝日が上った途端に一斉に逃げ出した。であれば──
術式から、光の玉がポンと弾け飛ぶ。
それは炎の壁を回り込んで、鷺たちの眼前にポトリと落ちると、それらに向けて激しい閃光を放った。
これで少しの間ひるんでくれれば、十分だ──そう思っていた。
しかし、魔物たちはびっくりするほどあからさまにギャーギャーと鳴いて悶え苦しみ、翼をバタつかせ、首をぐるぐるさせて暴れ回った。
その中の一羽は、うっかり頭を火柱の中に突っ込んでしまい、断末魔の叫びを上げて山を転げ落ちてしまったほどだ。
仕掛けた方が思わずドン引きしてしまうほど効果てきめんだったのだ。
「これは……一体……!」
びっくりしたのは、ヘザも同じだったようだ。眼鏡をくいと持ち上げ、かすれた声を上げる。
「ヘザ」
ぼくの呼びかけに、ヘザが振り返った。ぼくが彼女の背後にさっと舞い降りるのと同時だった。
近くで見ると、外衣のあちこちが裂けて、血がにじんでいる箇所も少なくない。命からがら、という表現に見合った格好だった。
「ハイアート様……! どうして、ここに……」
「話はあとだ。ここから逃げるぞ」
そう言って、ぼくは彼女を抱き上げようと考えた。
ならば、やはり定番の「お姫様抱っこ」でいくべきだ……と言いたいところだが、それをするにはぼくの体格に少々不安がある。
今まであえて触れなかったが、ヘザの身長は大体一七〇センチほどで、実は一六六センチのぼくよりも大きいのだ。
コンマ三秒だけ考えて、ぼくはヘザにくるりと背中を向け、身をかがめた。
「乗って」
「は?」
「背中に乗って。おんぶだよ、おんぶ」
ヘザは明らかに困惑していた。
《 》そりゃあ、ぼくだってこれはいかがなものかと思う。数刻前の某主人公がどうのとほざいてた自分をぶん殴って「おまえはアホか」と言ってやりたいぐらいの無様さだ。
だがさっきも言ったとおり、どんなに格好悪くても逃げるが勝ちだ。手段を選んではいられない。
「ヘザ。言いたいことは分かるが、ぼくにしっかりくっついていないと危ないんだ。ほら、早く!」
「りょ、了解しました……失礼します」
彼女はおそるおそる、ぼくの背にもたれて、両腕を首の前に回した。
その時。
ぼくの背中から、稲妻のように、ある種の衝撃が全身を走り抜けた。
何ということだ……これは、その……言葉に表しにくいというか……。
いや。今思ったことを正直に、率直に表そう。
でかい。
おそらく、ハム子よりも、でかい。
長年連れ添った間柄ではあるが、まさかこんな立派だとは、想像すらしなかった──
「……ハイアート様?」
耳元で声をかけられて、即座に正気に戻った。
いかんいかん、今はそんなヨコシマなことを考えている場合じゃないんだ。
「よ、よし! しっかりつかまってるんだぞ」
邪念を吹っ切るように、ぼくは猛然と駆け出して、断崖から中空へと勢いよく飛び込んだ。
まずは、自由落下で速度をつけ──たら、ヘザがより力を込めてぎゅっとしがみついてきたので、余計にすごい圧力がかかった。
どこに何のプレッシャーを受けたかは、内緒だ。
気持ちはすでに昇天気味だが、このまま落下し続けたら本当に天に召されてしまう。心頭滅却、心頭滅却。寿限無寿限無五劫の擦り切れ。
心を落ち着かせながら、ぼくは書き慣れた術式を完成させて、落下から滑空状態へと移行した。
「魔物が追ってきます」
ヘザに言われなくても、あのギョエギョエと鳴く音がずっとついてきているのは重々承知だ。
「当たらなくてもいい。二、三発ぶっ放してやれ」
「了解しました」
ぼくの背後で、火炎弾が閃くのを感じた。
甲高い叫び声が尾を引いて、すっと遠ざかっていく。
「どうだ、効果あったか」
「はい。一羽、翼に穴が開いて落ちていきました。残りは三羽です」
この無理な体勢からでも当てられるのか。天才かよ。
うん天才だった。知ってた。
「他のやつも、いけそうか」
「警戒しているようで、距離を空けて追ってきます。確実に当てられるとは言えません」
「つまりはすぐに追いついて来ないということだな。時々牽制で撃ちながら、奴らの動きを見張っててくれ」
「了解しました」
しばらく時間は稼げそうだが、滑空は高度とスピードが徐々に下がっていくので、いつまでも追いかけっこを続けるのは難しい。どこかで追跡をまく必要がある。
飛行を続けるうち、眼下の光景は、山々の連なりを抜けて緩やかな台地へと変化していく。
魔界の国土のほとんどは岩肌をむき出しにした寂しい山地だが、山のふもとには、わずかに湧水のある場所に木が育ち、まれに森が形成されている所もある。
幸運にも、そのまれな密集する緑色を目の端に捉えたぼくは、緩やかに弧を描いてそちらへと進行方向を向けた。
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