異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第十一話(一)「カンネイ?」
「結論から申し上げますと、魔術が安定していなかったっス」
モエドさんは肩を落とし、しょんぼりした様子で、ぼそぼそとつぶやいた。
魔界防衛大隊作戦本部という名の、いつもの魔王城会議室。
ぼくはモエドさんの真向かいに座り、頬杖をつきながら、ぼくが短い期間で現世界に戻されてしまった理由を聞いていた。
「……召喚魔術は、三つの大魔術を組み合わせた術式に、それぞれの魔術に対して魔力を安定させる術式を必要とするぐらいに、非常に安定感に欠けた魔術だということは分かる。しかし、モエドさんほどの魔術師がそれほど安定を損なうなんて、一体……」
「……実はあたし、詠唱法がダメダメなんス」
「ええっ?」
ぼくはいぶかしげに声を上げた。詠唱法は魔術を学ぶ上での地盤で、それを基に魔術式を理解し、習熟していくものだ。
彼女の魔術式に対する造詣の深さと分析力は、詠唱法を完璧にマスターした上に成り立っているものと思っていたが、意外な弱点というか何というか……。
「ど、どういうことなの」
「詠唱法をほとんど訓練せずに、魔術式の読み書きができるようになってしまったっスよ。そうしたら、普段から術式で思考するクセがついてしまって、逆に詠唱ではトチりやすくなってしまったっス……」
ああ、納得できた気がする。
モエドさんは、天才すぎたのだ。
例えるなら、コンピュータでプログラミングをする際に、通常はアセンブリ言語で組んで、それを機械語に変えて効率化していくが、彼女はいきなり機械語で組むことができるようになってしまったようなものだ。
「というか、詠唱法って──召喚魔術に使うのか?」
「そっスね、ハイアート様は今まで『儀式魔術』に触れた機会はなさそうっスよね。あたしも召喚魔術を研究する前は存在を知らなかったっスから──」
モエドさんは、コホンと咳払いをしてから、言葉を継いだ。
「この召喚魔術のように、複雑な術式を刻んだ魔器を据えて、長い時間にわたり行う魔術を総じて儀式魔術と呼ぶんスが、そういった魔術は当然に術者の魔力制御を大きく超えているものなので、『二重術式』という方法が必須になってくるっス」
「二重、術式……それって、まさか──」
「そのまさかっスよ。術式に魔力をゆっくり付与して、その速さにピッタリ合わせて、まったく同じ魔術を、詠唱法で重ねていくっス」
背筋がぞっとした。ぼくは、召喚魔術を甘く見ていたようだ。
召喚魔術の細かく広大に刻まれた術式を、言語論理に置き換えて詠唱したなら、一体どれほどの長さになるというのか、途方もつかない。
その間中、術式と詠唱をシンクロし続けるのに必要な根気と集中力を想像するに、それを完璧にこなそうとするのは、もはや人間業ではない。
「……一応、確認するが……二重術式における術式と詠唱のズレが不安定さの原因で、そのズレが大きくなるにつれて、魔術が長続きしなくなる、ということでいいのかな」
「……ご明察っス。ハイアート様、あたしが未熟なばかりに……申し訳ないっス……!」
「とんでもない!」
ぼくは叫んだ。改めて、いや初めて、ぼくは彼女の真の実力に触れた思いがした。
「モエドさん、あなたは本当によくやってくれている。ぼくは──召喚魔術の実質的な困難さをよく認識もせずに、失礼なことを言った。本当に申し訳ない……」
「わわっ、ハイアート様! そんな、畏れ多いっス。面を上げてくださいっス」
ぼくが平身低頭で謝ると、あわてたように、モエドさんは三つ編みがちぎれそうな勢いで首を横に振った。
「とりあえず現状では、こちらにいられる時間はそう長く持てないことは分かった。その間にできる限りのことをしておかないと──そうだ、ヘザはどこにいるんだ?」
ぼくが訊くと、モエドさんはおもむろに懐を探って、手のひらサイズの石板を取り出した。
カグロ石だ。中央には、風精霊による通信魔術の術式が彫られている。
ぼくはそれを受け取ると、少しの魔力と、十分な風精霊力を術式に集めて、もう一つの通信魔器へと接続させた。
「ヘザ、ヘザ。こちらハイアート、応答せよ」
「……こちらヘザです。ハイアート様、ご帰還いただき恐れ入ります」
女性の声が、ややノイズ混じりに、魔器を通じて放たれる。
「割と遠くにいるな。どこだ?」
「鹿屍砦の手前まで出兵し、現在は野営の準備をしております。通信魔器の風精霊力が乏しいので、まずはこちらにご足労いただきたく……」
不意に声がしなくなった。あちらの魔器の精霊力がなくなったのだろう。ヘザが自身で風精霊力を付与できれば、もっと有効に活用できるのだが……。
「もう再出撃の準備ができたのか。思ったよりずっと早い」
「キンデーから支援が回ってきたっスよ。当面は北の物資をこちらに割くことができるようになったので……それらと一緒に航空舟も運ばれてきたので、中庭に置いてあるっス」
「ありがとう。すぐに出発する」
ぼくは立ち上がって、会議室のドアを抜けようとした。
「あ。ハイアート様、お待ちくださいっス」
足を止め、モエドさんの方に振り返ると、彼女は両手で細い麻紐を大事そうに持って、それを掲げた。
あの少女から授与された、メダル型をした木彫りの「勲章」だった。
「ヘザ様から、これを渡す時にとお言づてを預かっているっス。『この勲章は、ハイアート様の正しさです。ご自身を信じてください』。以上っス」
ぼくは、ぼくがこのダーン・ダイマで何万もの人の命を奪った咎人だという認識を捨て去ることはできない。
しかし──そこに「正しさ」があると言ってもらえるのなら、それにすがりたい。ぼくは、弱い人間だから。
茜色に染まる大空を渡る舟が、静かに、地面へと降り立った。
そこは、千人を超える兵士が身体を休め、夕げの支度に奔走し、馬の世話にいそしむ軍の野営地だ。ぼくは航空舟から飛び降りると、足早に中央の天幕へと向かった。
「ヘザ、いるか。ハイアートだ」
「ハイアート様、おつかれさまです。どうぞ中へお入りください」
「いや、ちょっと手が塞がっているんだ。出てきてくれないか」
天幕の入口に垂れた布がめくれ、ヘザが顔を出す。
彼女はぼくの両腕に抱えられた大袋に目を落とすと、怪訝な表情を浮かべた。
「これは……鳥の羽根、ですか?」
「うん。この前、できるだけ白くて大きな羽根をたくさん集めておいてほしいとグークに頼んでおいたんだ。これは大山鳩という鳥の尾羽らしい。演義ではガチョウなんだけどね」
「……エンギ? ガチオーウ?」
「甘寧だよ、甘寧。それはともかく、今からすぐにこれを騎兵、徒兵の中隊長に分配して、全隊員のかぶとの目立つ箇所に付けるよう言ってきてほしいんだ」
「カンネイ? おっしゃる意味が所々分かりませんが、とにかく羽根をかぶとに付けるのですね。それは問題ないですが……もう日も暮れますし、明日の朝からにすべきではないでしょうか」
ぼくはかぶりを振った。
「いや、今すぐだ。加えて、急いで出陣準備を始めてほしい。──砦に攻め入るのは、今夜だ」
珍しく、ヘザが仰天した表情を見せる。
「ハイアート様、本気ですか。少人数での奇襲撹乱であればまだしも、砦攻めを夜中に行うなど前代未聞です。真っ暗で戦闘になりません」
「前回と同じことをやっても、らちが開かないからね。とりあえず、ぼくを信じてくれ。──先に休んでいるよ。ヘザも、作業が終わり次第、寝ておくといい」
「……了解しました……」
ぼくはヘザの手に羽根をいっぱいに詰めた大袋を押しつけると、天幕の中へ入っていった。
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