異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第十話(二)「絶賛ストーキング中ですか」
ようやく二人から解放され、ぼくは一年一組の教室に、こそこそと侵入した。
「お~は~よ~、白河く~ん。今朝はお楽しみだったみたいじゃないか」
早速、下関に見つかった。不気味な微笑をたたえている。
「お、おはよう下関。お楽しみって、何のことだ」
「俺の中学時代からの友人から、『例の美人の生徒会副会長と、背の高い可愛い娘が、校門の前で男の取り合いしてて男にマジ殺意わく』ってETが来た件について」
「……下関様。言いわけをさせてください」
「どうぞ」
ぼくは努めて真摯に、家を出たらハム子に待ち伏せされてたこと、加えて朝倉先輩が執拗につきまとってくること、逃げようとしたら捕まったこと、結局ハム子にデートの件がバレたこと、そしたら私もデートがしたいとか意味不明なことを言い出してカオスになったことを伝え、決して二人がぼくを取り合ったとかいう話ではないことを──
「どう見ても取り合いじゃねーか」
丸めたノートで、ポコンと頭を叩かれた。
「どこがだよ。先輩は面白がっているだけだし、ハム子はぼくが惰眠をむさぼりたいから遊ばない、っていう理由が気に入らないだけで、二人ともそういうわけじゃ……」
「分からないかなー。副会長と小牧さんは、お互いにマウントを取り合っているんだよ」
「マウント……って、つまり自分の方が優れていると互いに主張し合っている、と? でも、あの二人は劣等感を露骨に嫌うタイプに思えないし、そうではないだろう」
「そこはさ、つまりその、白河との……関係の近さを張り合っているわけさ。本人たちが、そう認識してるかどうかは別として、ね」
下関の言葉が頭に染み込むまでに、数秒を要した。
「え、えっ。いや、それはないない。あるわけないよ」
「ないないじゃねーよ。素直に喜ばない所が逆に腹立つわ。うらやましいぞコンチクショー」
もう一発、ノートで頭をポコンとやられた。
その時、右利きの下関が左手で叩いてくることに違和感を覚えて、ふと彼の右手を見ると、そこに包帯が巻かれていることに気がついた。
「下関。そっちの手──ケガしてるのか?」
「あ。ああ、うちの犬にかまれちゃってね」
下関は、右手をさすりながら言う。精霊を見るまでもなく、寂しそうな表情だった。
「そんなにひどくかまれたのか」
「いや、傷はそこまで大きくなかったんだけど、犬にかまれた時はいろんな菌やウイルスが入るおそれがあるからって、病院に行かされてさ。ほら、病院で手当てすると、結構大げさっぽく治療されちゃうじゃん?」
それについては、ぼくも最近同じことを感じた。いや、それが正しい手当てで、家庭でやっている治療の方がいいかげんなのだとは思うが。
「それで、お医者さんに訊いちゃったわけさ。そんなに念入りに手当てしなきゃいけないもんなんですかって。そしたら、妙にバカ丁寧に教えてもらっちゃったよ」
「へえ。ぼくも聞いておきたいな」
「んーとね、犬にかまれた場合の危険性で、まず代表的なのが狂犬病ウイルス。これは最近日本では発症例がほとんどなくてそこまで心配はされないそうだけど、一番警戒しなきゃいけない感染症の筆頭だそうだ。次に、破傷風菌。これは犬にかまれた時に最も重症化が危ぶまれるヤバい奴」
ふんふんと大人しく聞くぼくに気をよくしたのか、下関は得意げに、スマホを操作しながら話を続けた。
「他は、一回聞いただけじゃ憶えられそうにないんで、そこで聞いたことを後から名前とかメモっておいたんだが……あ、これだ。えーと、バスツレラ菌、カプノサイトファーガ・カニモルサス菌、バルトネラ・ヘンセラエ菌……この辺は最悪、敗血症になる怖い奴だそうだ。白河も、犬やネコにかまれたり引っかかれたりした場合は、傷が浅いからって油断しちゃダメだぜ」
「なるほど。勉強になったよ、ありがとう──」
テテテレ、テテテテ、テテテテテー♪
ちょうどその時、予鈴の電子音が鳴って、ほどなくして担任の教師が教室へとやって来た。
決して楽しくはない方のお勉強の時間の始まりだ。学習できること自体、とても恵まれた環境だというのは分かっているが……。
「はい、みなさんお静かに。今日から中間試験の準備期間ということで、試験範囲のプリントを配ります。一番前の席の人は取りに来てください」
うん。素直にありがたいと思えないのは、コレがあるからだ。
しかし、どうしたらいいだろうか。試験範囲を勉強していたのはもう二十年以上も前のことで、いくら記憶力には多少自信のあるぼくでも何ひとつ憶えちゃいない。
いや、どうしたらいいかなんて選択肢は、存在しない。
学校の勉強をするしかないし、するだけなんだ。ぼくに限らず、すべての生徒にはその責任がある。
ぼくは机に突っ伏して、深い深いため息をついた。
実のところ、最初にダーン・ダイマに召喚される前の成績は、自慢じゃないがいい方だった。
しかし、試験勉強なんてものは、これまでの高校生活がぼっちで平凡だったからできていたことだ。
今は、ダーン・ダイマでの使命と二足のわらじを履いているのはもちろんのこと、なぜかぼくの平穏な暮らしを脅かす二人の女子生徒のおかげで、まったく手につかない。
そのようなわけで、ぼくは放課後、二人に隠れて図書室に行って、今までの授業の復習をやり続けること三日間。
応用問題をやり足りていないと感じ、駅前の本屋で問題集を買った後、今はゾンビのようになりながら帰路をたどっているところだった。
「──やあ、白河君ではないか。……どうした、ずいぶんと覇気のない顔をしているな」
不意に声をかけられて、ぼくは顔を上げた。通りの向かい側から、アーチェリーバッグを肩に引っかけた朝倉先輩が歩み寄ってきていた。
「……ああ、先輩。何ですか、絶賛ストーキング中ですか」
「人聞きが悪いな、今回は本当に偶然だよ。見てのとおり、アーチェリーレンジから帰るところだ」
「そうですね。では失礼します」
ふらりと脇へよけて歩き出そうとしたところを、先輩に肩をガッとつかみかかられた。
「いや待て待て。せっかくタイミングよく会えたのに、ボケる隙もない塩対応か。大体、その元気のなさはどうなんだ。お姉さんは心配だぞ」
「お姉さんのお手をわずらわせるようなことではないですよ。では失礼……」
「だから待てというに。真面目な話、できる限り君の力になりたいのだよ。悩みがあるなら私に相談してくれないか、金銭的な奴以外で」
これは、相談しないと解放してくれないやつだ。何度「いいえ」を選択しても話が進まない、某大作RPGの無意味な選択肢を彷彿とさせる。
「……ちょっと、勉強疲れしているだけですよ。このままだと中間試験がボロクソになりそうなんで、少しは頑張らないと……」
「そうか、試験勉強か。だったら私を頼るべきだろう。この映美姉さんが手取り足取り、優しく教えてあげちゃうぞ☆」
彼女の言い草が、何となくいやらしい感じに聞こえてしまうのは、決してぼくの心が汚れているからではないと思いたい。
「えー。先輩って、人に教えられるほどお勉強できるんですか?」
「自慢じゃないが、一年の頃から学年十位以下になったことはないぞ」
「大変失礼しました。是非ともこの愚昧なるわたくしめにご教授くださいませ」
ぼくは深々と頭を下げた。
「よろしい。では早速始めようではないか」
「え、今からですか。じゃあ、スタボとか行きますか」
「白河君。これは個人的な意見だが、カフェはコーヒーを喫する店であって、勉強や仕事などで長々と席を占拠するべきではないと、私は常々思っているんだ」
「んー、では、どうすれば……」
朝倉先輩はニヤッと口の端を持ち上げた。
「ここからなら、君の家が近いだろう?」
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