異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第九話(三)「最も恥ずかしい若さゆえの過ちだ」
その不安は、二日後の朝にやってきた。
「おはよー! ハヤ君、一緒に学校行こー!」
家の門の前にスタンバっていたハム子から、耳がジンジンするほどの熱烈な大歓迎を受ける。
昨日買い直したばかりのスマートフォンに退院したと彼女から連絡が来た時点で、今朝のこの状況は予想がついていた。
いや、むしろぼくが二階の自分の部屋で支度をしている時には、窓から門の前でそわそわしている彼女の姿が見えていた。一体いつから待っていたのだろう──ぼくが家を出る時間は、大体分かっているはずはのに。
ぼくと登校するのが、そんなに楽しみだった?
いやいや、うぬぼれるなよ白河速人。
ダーン・ダイマの英雄シラカー・ハイアートならまだしも、日本でのぼくにそんなカリスマがあるわけない。
断言しよう。「こいつ、もしかして俺のこと好きなんじゃね?」という思い込みが、この世で最も危険で、最も恥ずかしい若さゆえの過ちだ。
それはもう、勲功をあせった部下を暴走させてしまうよりもはるかに認めたくないものになる、若さゆえの過ちなのだ。
何より、ハム子がすることだ。単なる気まぐれで行動してても何もおかしくない。
三国志で例えるなら、一見城が空っぽに見えて、本当に空っぽの上に、孔明が琴を弾いてすらいない空城計を天然でやらかすような奴なのだ。彼女に対して深読みするのは、かえって間違えやすい。
きっと深い意味はない。普通に知らないふりをしていれば、失敗はないのだ。
「ハヤ君! そのケガ、どーしたの?」
ハム子が額のテープを見て、驚いた声を上げた。正確には創傷被覆材とかいうらしい。
「実はあの後、病院の階段で滑って落ちてな……」
そういうことにして医者の診察を受けたが、頭の傷は血の量に比べ大したことはなかったので、軟膏を塗って傷口を抑えつけただけで終わった。
背中などの打ち身はひどく腫れ上がっていて、息をするだけでもわずかに痛む。全身のあらゆる箇所がボロボロだ。
「大丈夫? もう痛くない?」
「心配するな。痛くないわけじゃないけど、全然平気だよ。さ、早く行かないと遅刻するぞ」
ぼくは門を引き開けて道路に出ようとしたが、ふと目に入ったものにギクリとして身体が硬直した。
道路を挟んだ反対側に立つ電柱の陰に、誰かが隠れている気配がする。
いや、気配がどうとかではなく、電柱からウンザリするほど見覚えのありすぎる黒髪のポニーテイルがはみ出している。
何ひとつ隠れていやしない。
さっき食べた朝食が胃にもたれて、ずんと重くなるのを感じた。
……うん。無視しよう。
ぼくは例によってハム子を右側に立たせると、通学路を歩き始めた。しかし。
「や、やあ、白河君ではないか。こんな所で会うなんて、奇遇だなぁ」
声に振り返ると、さも通りを今歩いてきた風にして、朝倉先輩が手を振って近づいてきていた。うわぁ、そう来たか……。
「あ、副会長さん! おはよーなのだ!」
ハム子はガチで全然気がついてなかったに違いない。まったく屈託なく、元気にあいさつを返した。
「……おはようございます、朝倉先輩。……えーと、こないだ発陳から通ってるって言ってましたよね? 何で呉武駅と逆の方から来るんですか?」
じろりと、ぼくは先輩の目をにらみつける。
「いや、ちょっと、散歩がてらにな……」
「というか、何でぼくの家を知ってるんですか。それも偶然だなんて言いわけはききませんよ?」
「……ふふふ。白河君、訊かない方がいいことがあるのは、お互い様だってことだよ。それより、せっかくだから一緒に登校しようじゃないか」
むしろ、それしかここに来た目的がないですよね? 先輩、やることがちょっとストーカーじみてきて怖いですよ?
「ええ、まあ……別にいいですけど。──あ、そうだ」
ぼくは学生カバンから小さい紙袋を取り、朝倉先輩に差し出した。
「この間お借りしたタオルハンカチ、血が落とせそうになかったので、新しいものを買いました。ありがとうございます」
「あんな安物をわざわざ買い直すなんて、逆に申し訳ないな。ありがたく頂戴するよ」
先輩は早速紙袋をまさぐって、新品のハンカチーフを取り出した。
四隅に小さく、花の刺繍が入っている。
「すみません。たぶん、何の柄もないものが先輩の好みなのでしょうけど、そういうのって逆になかなか見つからないんですよね──でも、少しは絵柄のあるものを持った方が絶対にいいですよ。女の子なんですから」
「……誤解があるようだな、白河君。私は別に、可愛いものが嫌いなわけではないぞ」
朝倉先輩はハンカチーフの花柄を優しげに見つめた後、それをポケットにしまい込んだ。
「ハヤ君、副会長さん。もう行かないと、本当に遅刻しちゃうのだ」
「ああ。待たせてごめんな」
ハム子に促されて再び歩き出すと、朝倉先輩はぼくの左側について、並んで歩き始める。
……いや、待てよ。この絵面はどうなんだ。
傍目には、まるでぼくが美少女二人を左右にはべらせた超リア充みたいに見えるんじゃないか?
ハム子と並んでいるだけでも、結構周りの視線が痛かったのに。
このまま学校前まで行くことを考えるだけで、胃がぐるぐるする。
……逃げよう。
ぼくは女子二人が話に興じているうちに、チョコチョコと早歩きになって、徐々に距離を置いていく。このぐらい離れて他人のフリをすれば……。
「ハヤ君! 歩くのちょっと早いよ!」
「まあまあ、そう邪険にしなくたって。みんなで仲良く行こうじゃないか」
バレた。
すぐに追いつかれて、今度は彼女らにシャツの袖を両側からつかまれてしまった。
「お、おいコラ。放してくれよ」
「ダメなのだ。ハヤ君が先に行っちゃわないよう、このまま行くのだ」
「そうだとも、白河君。そんな冷たい態度だと泣いちゃうぞ?」
アカン。アカンすぎる。ツッコミきれないとかいうレベルを超越している。
やっぱりこいつら、「まぜるな危険」だった。
「ま、待て。話し合おう。もう逃げない、逃げないから、袖をつかむのはやめてくれ。な?」
「やーなのだ。ハヤ君は先週『エッチな本を買いに行く』ってウソついたから、もう信じないのだ」
「む? 今、大変興味深いワードが聞こえたな。小牧君、詳細求む」
あああああ。誰かこいつらを止めてくれ。
ぼくは心の中で悲鳴を上げながら、二人に引っ張られつつ、かつてない足取りの重さで高校への道すじをたどるのだった。
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