異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第七話(三)「これに勝る栄誉はない」
「見えました。ハイアート様、王国軍です」
「よし、降下する。思ったより近くまで来ていたな」
獺麓村からキンデーに続く街道を、ぼくとヘザは航空舟で上空から辿っていた。きっちり三列に並んで行進する数百名の鎧かぶとの集団をヘザが指差し、ぼくはその先頭に回り込むように舟を駆ると、その眼前に向けて高度を下げていった。
彼らが船影に気づき、ざわめきが起こる。ヘザは軍隊を先導する騎馬の男に向けて叫んだ。
「王国キンデー駐留軍団長、ガバ・オ=ラ=ガム殿か! こちらは魔界防衛大隊長官、シラカー・ハイアートおよび長官参謀、ヘザ・エンプ=オツオロである!」
「なんと、ハイアート殿でございますか! 駐留軍全隊、長官殿に敬礼!」
号令が小隊長に伝播し、一同は一斉に、片膝をついて頭を垂れた。
「キンデー駐留軍団長、ガバにございます。槍兵隊三百余名、弓兵隊七十余名、魔術師隊十名。以上、ご命令により獺麓村に向け行軍中です」
かぶとの奥に隠れてその年格好はうかがい知れないが、声からしておそらく壮年の騎士らしきガバは、馬から降りて敬礼した。
「ご苦労。ガバ殿、途中で獺麓村の村民と行き合わなかったか」
ぼくは舟の縁から身を乗り出して、訊いた。
「はっ、先日遭遇いたしました。襲撃を受け、逃げ出してきたものと判断しまして、我が軍を百名ほど分け、村民の護衛に差し向けました。敵の追手とはまだ遭遇していませんが……」
それで、思ったより兵力が少なかったのか。いやしかし、対応に間違いはない。
「それならば安心だ。ガバ殿、ぼくらは獺麓村に、発動したらここからでもすぐに分かるような罠を仕掛けてきた。以降も進軍を続け、村の方からそれが見えたら、村に向けて前進全速で突撃をかけろ。その時は、ぼくが号令をかける」
「承知しました」
全部隊に指令を行き渡らせたのち、王国駐留軍は再び行軍を始める。ぼくたちは舟でその後を追った。
「ハイアート様。発動すれば遠くからでも分かるような罠とは、どのようなものなのですか」
村の方をじっと見つめながら、ヘザが訊ねた。
「ああ……まず村の周辺に、内部の気体が外気と交わらないようにした魔術式を敷いた。それから風精霊術で、村全体の空気の成分の六割程度を、水素爆鳴気に変成した──分かりやすく言うと、少しの火気でも大爆発する空気を作って、村ごと包んだんだ」
「大爆発……ですか?」
「大爆発だ。この罠は、敵勢の多くが村に攻め入ってから働く必要があるが、例えば最初の兵士が入った瞬間に、靴底や鎧が擦れて生じた摩擦電気で引火してもおかしくなく、確実な罠とは言えない。だが幸運にもそういったことがなければ──」
ぼくは眉根を寄せて、目を細める。ヘザはほとんど表情を変えず、ぼくの次の句を待っていた。
「──なければ、大勢の兵士が獲物を探して、村の隅々に行き渡るだろう。そして何もないことに気づくと、彼らは必ず、民家や村の施設に火を放つために──」
うっと、ヘザがうめいて、顔を腕で覆い隠した。
目もくらむばかりの巨大な閃光が、獺麓村から放たれたからだ。
「ヘザ! 耳をふさいで伏せるんだ!」
ぼくたちは耳に手を当てて、船体に身を隠す。
ずんと腹に響く衝撃を覚えた後、航空舟の帆が暴れて、躯体が左右に激しく振り回された。
爆風は一瞬だった。ぼくは揺れが落ち着き始めた舟の縁から半分だけ顔を出して、村のある方向を望んだ。
ぼくは言葉を失い、自分のしたことにも関わらず、そのあまりに予想外で凄惨な光景に、まるで他人ごとのように身を震わせて怖れた。
そこにあったのは、澄んだ青空の真っただ中に、芸術作品かのように美しくまっすぐに立ち昇る、真っ白なキノコ型の雲だった。
王国軍と共に、罠が炸裂した後の「獺麓村跡地」に踏み込むと、何もかもが吹き飛んだ焼け野原の向こうに敵軍が七、八百人程度ほど残っているのが見えたが、すでに潰走していた。
軍としての秩序は完全に失われ、ただ生き残ろうとあがく人々の群れでしかなかった。
戦いは、もう終わっていた。もう終わりにしたかった。
しかし、敵国に対してはとことんこちら側の脅威と無慈悲さを刻みつけ、攻め入る気力すら起こさせないようにする必要がある。必要があるのだ。
「ハイアート様、私が代わりましょう」
ひどく憔悴した顔を見てのことだろう。ヘザが、すべてを見透かしたように言った。
ぼくは頭を横に振って応える。
「いや、最後まで使命を果たすよ。ぼくには責任がある……駐留軍団長!」
「はっ」
ぼくは眼下のガバ軍団長に呼びかけ、彼はうやうやしく答えた。
「直ちに弓兵、魔術師兵を率いて敵軍を追撃せよ。一人も逃すな。降伏した者は騎士であれば捕らえ、傭兵は即時処刑。槍兵隊には村の内外を捜索し、残存兵を掃討するよう命じろ」
「承知しました!」
軍団があわただしく動き始める。ぼくは目を閉じて、長いため息をついた。
「お疲れさまでした。ハイアート様、我々はこれからいかがいたしましょう」
「……決まっているさ。ヘザ、一応確認するが、君のお得意の火炎弾はどれくらいの距離で必中できる?」
「五十ネリ以内の個体であれば、ほぼ確実に」
一ネリが、大体百二十センチメートルだったな。五十ネリだと約六十メートル。
「分かった。では、行こうか」
「はい。……戦いに出るのは久々ですね、ハイアート様」
ぼくは舟を駆り、五十メートル弱の高さを保ちながら、ひた向きに街道を逃走する兵士たちに右側面から接近する。
「これぐらいか?」
「ええ、いい距離です。ここからなら絶対に外しません」
ヘザは二秒で火精霊力を集め、その手の先から高熱のつぶてを撃ち放つ。
それはプロテニス選手のサービスにも匹敵するような速さで飛翔し、狙いあやまたず兵士の一人の全身を打った。人の形を保っていたのは一瞬だけで、兵士だったものは幾つかの黒い炭のかたまりと化し、黒煙を上げながら地面に転がった。
その精度、威力。このぼくでも背筋から震えが上ってくるほどだ。
しかし本当に恐るべきは、ヘザが火炎弾を放った直後、そちらをまったく見ていないことだ。
撃てば命中し、絶命せしめることを確信しているのだ。そして標的が倒れ伏す時には、すでに次の不幸な標的に向けて、次弾を発射している。
約三秒に一人、まるでベルトコンベア上の流れ作業のように、焼死体が生産されていった。
「ハイアート様。弓矢が来ます」
「ほいほい、っと」
帆に当てる風向きを即座に変え、さっと高度を上げる。
隊列を組んでの一斉射撃であればたまらないが、一本二本がまばらに飛んでくる矢などまったく脅威ではない。
数本の矢が船底の下をむなしく通過して、すぐに舟の位置を戻すと、再びヘザの連続砲火が始まる。ぼくの中で殺し合いという感覚が次第に麻痺してきて、シューティングゲームを遊んでいるかのように思えてきた。客観的になって考えると、ぞっとするような感覚だ。
敵兵の群れは、さらに恐慌をきたし、混沌としてきた。今まで国境に向けてまっすぐ走っていた集団は航空舟からの逃げ場を求め、四方八方に入り乱れていく。
「ヘザ、街道を北へ逃げる兵だけに攻撃を集中しろ」
「了解しました」
逃げる兵士たちの先頭を目指して、航空舟を加速させる。その間もヘザの無情な火炎が正確に機械的に彼らを破壊し続けた。
背後を振り返ると、迷走し、逃げ足の鈍った者たちが、後から追いついてきた王国軍の弓矢と魔力の光の雨に散々に打たれている様子が見て取れた。
もう、まもなく終わる。
この大敗に懲りて、もう二度と攻めてこなければいいのだが。
こんな「虐殺」は、一度だけでたくさんだ。
凱旋してきた王国軍が、キンデーの城門をくぐる。
一様に笑顔で街に入っていく兵士たちを、ぼくとヘザは最後尾から眺めていた。ガバ軍団長は、普通に最も位の高い長官が先頭に立つべきとかたくなに言い張っていたが、最後はぼくから指令という形で、無理矢理に軍団長を先頭にさせた。
キンデーの守りの主役が、ただ一人の犠牲も出さずに敵の大軍を一人残らずせん滅し、大勝利を収めたのだ。こんな機会に、市民に誇り高い姿を見せつけない手はない。
「ハイアート様!」
最後に城門を抜けてきたぼくらをそこで待ち構えて、声をかけてきた者がいた。
獺麓村の村長だ。
その周囲には、村の自警団や村民らも取り巻いている。
「村長。村の人は──」
「全員、無事でございます。村をお救いくださり、本当にありがとうございます……」
複雑な気持ちだ。ぼくに、礼を言われる資格はない。
「……村のみなさん、申し訳ない。ぼくは敵軍を陥れるために、みなさんの村をおとりにして、そのあげくすべてを壊してしまった。家も、畑も、豚小屋も……あなた方の村を、何もない、更地に変えてしまった」
ぼくはひざまずいた。そしてぼくがそうすると分かっていたのか、ぼくより一時早くヘザも同様に片ひざをついて頭を垂れていた。
「あ、頭を上げてくれ、ハイアート様。そんなことで謝られても、こっちが困っちまうよ」
村人の一人が、あわてたように言った。
「そんなこと、って──」
「そう、ささいなことなのですよ、ハイアート様。村とは人、人とは命です。命が拾えただけでも村は幸運でした。しかも我々には麦も、豚も馬も、この手に残っている。財産があれば村をすぐに再興できると、村民らは大喜びなのです。あなた様が何を謝ることがありましょうか」
ぼくはうなだれたまま、のどに何かが詰まったような感覚がして、何も言えなかった。ただ目頭が熱かった。
「ハイアートさま」
少女の声に、ぼくは顔を上げた。
ほおを赤くして、にこにことしている、六、七歳頃の魔族の女の子が前に立っていた。
その手には、木製の円盤に、麻ひもの輪をつけたものを携えている。円盤には、何かの模様らしきものが、つたなく彫られていた。
「むらのひとたちをたすけてくれた、ハイアートさまに、くんしょうを、じゅよします」
そうか……これは、勲章なのか。
今まで多くの戦場を駆け、「六行の大魔術師」だの「七英傑」だのと異名をもって讃えられてきたが、ぼくにとっては、これに勝る栄誉はない。
「ありがとう。謹んで頂戴いたします」
ぼくは微笑んで、頭を低く差し出す。
少女の影が一歩近づき、勲章を首に掛けようとする腕が伸びてきた。
パッチン!
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