異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第七話(一)「別の世界から来た人間だということを」
魔王城内の宮殿を出た先には、広く開けた中庭がある。
十字に走る石畳と芝生があるのみで、植え込みだの噴水だので華美に飾られた庭ではなかったが、人を集めるには最適な場所だった。
グークとヘザ、モエドさんを呼び集め、ぼくはそこへ、ガラガラと派手な音を立てながら参じた。
「お待たせー」
「いや、それほど待ってはいないが……何なのだ、これは」
グークが嘆息混じりにつぶやいた。
ぼくは、車輪のついた荷台に乗せた、帆のついた小舟に乗ってきたのだ。
とりあえず、見た目のインパクトは合格のようだ。
「そういえば確かに以前、思いついたことがあると言って、小さい帆船を用意してほしいと議会に申請していましたが……海も川もない魔界で舟などどうなさるんですか、ハイアート様」
ヘザもいぶかしげに訊いてくる。よし、こちらの反応も上々だ。
「うん。これはだね……」
「うわぁ。ハイアート様、これはまた無茶なことをしてるっスねぇ。まさか、ハイアート様はこれを動かせるっスか? いやはや『六行の大魔術師』は、噂以上にとんでもないお方っス!」
ふふんと鼻を鳴らして、得意げに話そうとしたその時、いつの間にか舟の近くに寄っていたモエドさんが、船底に刻んだ術式をじろじろと眺めながら叫んだ。
くっ、これだから天才魔術師は嫌いだ。
「……あ、この舟は「ヘザ様、殿下! ハイアート様はこの舟を空気に浮かべて飛ばそうとしてるっスよ! スゴくないっスか?」というやつで……」
うああぁぁっ。一番自慢したい大事な所をモエドさんに全部言われたあぁぁ。
「それは、確かにすごいことですが……ハイアート様? どうされましたか?」
「いや、何でもない……何でもないんだ……」
ぼくは舟の縁に突っ伏して、さめざめと泣いた。
「空気に浮かべる、とはどういうことだろうか? 魔術による念動では、ここまで重くて大きいものはいくら何でも……」
「まぁ、念動で浮かせること自体無謀っスけど、仮にそれだけの力が出せたとしても、継続的に動かすだけの魔力が供給できないっスね。殿下、百聞一見っスよ。まずは動かしてみましょう、ハイアート様」
「はいはい」
ぼくはため息をつきながら、舟の後部から縄ばしごを垂らした。
最初にヘザが乗り、後からグーク、最後にモエドさんがはしごを伝って、舟に乗り込む。
四人も乗ると、かなり狭く感じる。乗れてあと一人だろうか。
「それじゃ、いきますよー。それっ」
ぼくは思い切り風と水の精霊力を吸い込むと、船体を伝わせて船底の術式にそれを放り込んだ。同時に魔力を放って、術式を起動させる。
舟がぐらりと揺らいで、その躯体が、空気中に浮き上がった。
「ほう! これは驚いた。一体どうやっているんだ」
グークに訊ねられ、ぼくはこっそり、小さくガッツポーズをした。
「簡単に言うとね、船底の空気を、水に近い状態に変成しているんだ。だから舟が水に浮かぶがごとく、空気に浮かぶ。あ、船の外側に触らないようにね。水精霊力で空気から生じる熱を排除させてるから、触るとしもやけどころじゃ済まないよ」
舟の縁から手を伸ばしかけたヘザが、びくりとしてそれを引っ込めた。
「精霊力も舟の周りの変成だけで済むし、魔力は精霊術の制御のみ。数種類の力を複合させることで最も省力的に物を浮かす技術と言えるっスが、それでもそれぞれの出力は半端ないし、そもそも混合精霊術を魔術で操作すること自体困難なはずっス。まったく、何でこんなことができるっスか?」
「いやいや、全然、大したことじゃあないよ」
ぼくは首を左右に振ったが、得意満面な笑顔は隠しきれなかった。
「それじゃ後は、この帆に風を当てて空を『航海』するだけっスね。行きましょう、ハイアート様」
「ああ。早速、馬槽砦までひとっ飛びだ」
非常に楽しげなモエドさんにせっつかれ、ぼくは帆に描かれた術式に力を与える。帆が風をはらみ、大空へ向けて、舟が滑り出した。
「これは素晴らしい乗り物だ。ハイアート殿、この舟は少人数なれど、移動の概念を大きく変えるだろう。何という名前だ?」
グークが、急速に眼下に遠ざかる魔王城を見下ろしながら訊いた。
「それは考えてなかったな。じゃあ、『航空舟』で」
「良い名だと思います。航空舟は、この後の軍略に大いに役立ててまいりましょう」
ヘザが眼鏡をくいと持ち上げながら言う。航空舟は空気の波を蹴りながら、山々の高さを遥かに越えていった──
──その数分後。
航空舟は途中でUターンして、魔王城の中庭に降り立った。
途端、モエドさんが舟から飛び降りて……あとは、彼女の尊厳のため、あえてそちらを見ないようにした。
まぁその、分かりやすく言うと、船酔いだ。
「ずびばぜん……あたし船は乗っだごとがなぐで……えろろろろろ」
「ごめんね。乗り心地までは、考慮していなかった」
地面に跳ねる水音がひどく生々しい。ふと気づくと、ヘザの姿もなかった。モエドさんと一緒に舟を降りたようだ。
「ハイアート様、私はモエド魔術官の介抱と後始末をします。お二方は砦の方へ向かってください」
「……っ、しかし!」
うろたえるグークの肩を、ぼくはぽんと叩いた。
「ヘザ、ここは君に任せる。何かあったら通信魔器で連絡してくれ。行くぞグーク」
再び、舟が空に舞い上がる。
一度も振り返らなかったぼくに、グークは暗い表情で、言った。
「……ヘザ殿も、共に弔うべきではなかったか。ハイアート殿」
「ああ、そう思う……だが、マーカムなら、ああした」
「……重々承知の上か。マーカムの思いも、ヘザ殿の思いも。ハイアート殿、俺は心の深いところで分かり合えている君たちが、とてもうらやましい」
「そこそこ、長いつき合いだったからな」
風が一際うなりを上げると、舟は馬槽砦に向けて、空中を駆け抜けていった。
魔界を通る街道の大部分は、山脈と幾つもの山地に挟まれた峡谷を縫うように通っている。
馬槽砦はそんな両側を高山に挟まれた狭い土地に据えられた、長細い函型の砦だ。この砦は内部で四つの堅固な区画に隔てられていて、防衛軍は攻め込まれてもこの区画ごとに後退しながら長く持ちこたえることができる。しかしこの砦を越えられると、魔王城と王都に肉薄されることとなる、文字どおり最後の砦だ。
城から見て最も手前に位置する、第四区画に航空舟は着陸した。予定より早く着いたため、葬儀は急遽準備を進め、明日に行うこととされた。
「ここにいたのか、ハイアート殿」
夕食を終えた後、砦の隅に立つ慰霊碑を訪れていたぼくに、グークが呼びかけた。碑と言っても、木材で簡単に作られたモニュメントだ。卒塔婆と言った方が、表現として近い。
「グーク。まぁ本番は明日だけど、先にあいさつしておこうかなって」
「奇妙なことを言うのだな。これは魂の旅路に幸あれと祈る思いを向けるための物でしかないのに、まるで本人らを前にしているかのようなことをする」
「……そうだね。ぼくの元の世界では、こういう物は魂が宿る物とも捉えているから、こういう物にも敬意を持つんだ。こちらでは魂の存在も、亡くなったらどこかへ行ってしまうこともはっきり分かっているから、それを変に思うのも仕方ないな」
「そうだったな。頭では分かっていたつもりだったが、最近になって初めて認識したように思う──君が、別の世界から来た人間だということを。なぁ、よければ少し教えてくれないか。君の元いた世界のことを」
「いいとも。何から話そうか……そうだな、ぼくは、日本という国から来た。日本では、ぼくは高校生──学生をしている」
「学生? 学術を修めているということか? ハイアート殿は、そちらでも格式の高い家柄のご子息であらせられるのだな」
誤解されてしまうのも無理はない。ダーン・ダイマで学業に就けるような人間は、王族とかよっぽどの貴族と決まっている。学者という職業も希少で、しかも裕福な王国の王宮勤めがほとんどだ。
「いや、日本では全ての国民が教育を受けることができるんだ。身分も貧富もそこまで障害にはならない。やる気と努力があれば好きなだけ勉強できるのさ。……まぁ、ぼくはそんなに勉強に意欲的ではなかったけどね」
「それは、恐ろしいほどに恵まれた国だな。全ての国民に教育を……か。そんなことが、我が国でもできたなら……」
「大事なのは、それをやってる国があるという事実と、やろうとする気概だな」
「必ず実現しようという意志か、確かにそれが最も大事なことだ。もう少し教えてくれないか、君の国では、平民はどのようにして教育を受けているのだ」
「うん。日本では、すべての都市や集落に学校というものがあってね……」
グークとの語らいは、夜半まで続いた。
魔王城の中庭は、すっかり航空舟の発着場としての役割が定着してしまったようだ。
そこに滑り降りる舟を、ヘザが待ち構えていた。馬槽砦での葬儀が終わりに近づく頃、彼女から危急の報せを受けたのだ。
「すぐに出発する。グーク、ヘザと交代してくれ」
「ハイアート殿。その……やはり俺も、共に行きたいのだが」
グークは帰路の間、何事かを考え込んでいた。彼の発言は、その結論なのだろう。
それにぼくは、首を左右に振って答えた。
「だめだ。君は、この国の王にならなきゃいけない者なんだ。君に何事かあってはならない」
「しかしだ、ハイアート殿は、今後も突然にいなくなることを想定する必要がある。俺は連盟から兵を預かっている身として、もし君がいなくなった時に、君に代わって陣頭指揮がとれる場にあるべきであり、その責任が俺にはあるはずだ」
「……悪いな、グーク。君と戦えたなら、どんなに心強いかと思う。だが、君は最後の最後まで生きて戦える人間でないといけない。ぼくが、前線から帰ってこられなかった時のために」
「……」
「もしも戦闘時にぼくが日本に帰ってしまったなら、ヘザに代わってもらうことにする。前回も上手くやってくれたんだ、心配はいらない」
グークはただうなずきを返すと、黙ったまま、舟を降りた。入れ替わりにヘザが搭乗し、ぼくは再び舟を空に舞い上がらせた。
「……殿下は、お飾りになりたくないのです。ご理解ください」
ヘザが表情を曇らせる。ぼくは、眉をハの字にさせて言った。
「ただのわがままで言っているわけじゃないことぐらい、分かっている……多くのものを犠牲にしながらも、座して待つだけというのは、彼も辛いはずだ」
「ハイアート様……」
曇らせた顔は晴れないが、ぼくをじっと見つめるヘザの眼は、優しげに見えた。
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