異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第六話(二)「召喚魔術についてあたしの方から詳しくお話しさせてもらうっスよ」
「失礼する。ハイアート殿はこちらか」
その男、魔族王子ことグークは、息を切らしつつ室内を見回し、ぼくと目が合った瞬間にぎょっとした表情を見せた。
「もしやそなた、ハイアート殿か? 話は聞いていたが、いざ目の当たりにすると……いやはや、驚きを隠せぬな」
「仕方ないさ。これについては、自分でも驚いている」
「……とにかく、戻ってきていただいて安心した。この戦争に、ハイアート殿はなくてはならぬお方だ……とりあえず、ハイアート殿がいなかった間のことと、現状の確認、それと今後について、手短に話し合おう。皆、着席せよ」
ぼくの前にヘザが座り、その隣にしこたま殴られて目を回しているモエドさん。そして、ぼくの隣にグークが着席して、全員が一つのテーブルを囲んだ。
「では、ヘザ殿。ハイアート殿があちらに行ってから、現在までの報告をお願いする」
「了解しました。では、概要のみご報告差し上げます」
ヘザが立ち上がり、眼鏡をくいと持ち上げながら、凛と言い放った。
「ハイアート様が元の世界にご帰還されたのち、最後の指示に従いまして、全軍を馬槽砦へと一斉に撤退させました。この時、全軍の……約九割が馬槽砦に到着しています」
ヘザが、少し言葉を詰まらせた。
眉根にしわを寄せて、辛そうにこちらを見ている。
「なお……撤退時にしんがりを務めました、マラン精霊術師中隊、マーカム中隊長が奮戦し、わずかな兵力で敵の追撃を抑え込むも、ご自身は……名誉の討死にを、果たされました……」
ガタっと、椅子の足が床をこする音を立てて、ぼくは立ち上がりかけた。
マーカムが、死んだ。
彼は、魔界大戦の時からずっと同じ戦場を共に戦ってきた、ヘザに次ぐ大切な友だった。
マラン王国の公爵家で家柄も育ちもよく、非常に礼儀正しい男だったが、先の大戦には自ら意欲を持って参じた。非常に卓越した水精霊術の使い手であり、その類まれなる実力をもって魔王討伐隊にも加わった。
七英傑の一人として世に高名を馳せるも、本人はそのことに何の執着もなく、ただただ、人同士、国同士の間がいつでも和やかであることを、一番に願う人物だった。
そのマーカムが、ぼくのいない間に、ぼくがいないせいで、死んだのだ。
あまりに理不尽で、あまりに……呆気なさすぎる。
ぼくは、ヘザを、次いでグークを見やった。
ヘザは口の端をぎゅっと結んで、小さく震えていた。鼻の頭が少し赤くなっていて、声を上げて泣きたい思いを我慢しているように見えた。グークはただ目を伏せて、動揺を見せないようにしている。
二人にも、魔王討伐隊においてたびたび起こったいざこざを収め、場の空気を和やかに保ってくれていた点で、マーカムには並ならぬ恩があった。彼の死が辛くないはずがない。
「……ハイアート殿。貴殿の今の心中、察するに余りあるが、今は……」
「ああ、取り乱して申し訳ない……ヘザ、報告を続けてくれ」
息を整えると、ぼくは椅子を引いて、腰を落とす。ヘザは静かにうなずいた。
「……了解しました、報告を続けます。敵勢力は我が軍の撤退に際し追撃し、馬槽砦まで攻め入ってきましたが、防衛に徹したため我が軍はごくわずかな損害となり、敵側も籠城に対する備えがないため、すぐに引き上げました。その後の馬槽砦、鹿屍砦周辺に動きはなく、現在に至ります」
「ご苦労」
グークは重いため息をついた。ぼくに、この報告をしなければならないことを心苦しく思っていて、今そのことを終えたことへの安堵が、それに込められていたように感じた。
「恐れ入ります」
ぼそりとつぶやいて、ヘザが席に座り直す。
しばらくの間、沈黙が場を取り巻いた。みんな、冷静さを取り戻すための時間が欲しいのだ。
「……あの、確認したいことがあるんだが。召喚魔術のことについてだ」
重い空気を破って、最初に言葉を発したのは、ぼくだった。話題が変わったことに、一同の表情がほんの少し、明るくなった。
「そうですね。ハイアート様が突然元の世界に戻されてしまった理由や、そもそも『召喚魔術』とはどのような魔術なのかという理論について、我々は理解を深める必要があると思います。モエド魔術官、ご説明願おう」
「ハイっス。では僭越ながら、召喚魔術についてあたしの方から詳しくお話しさせてもらうっスよ」
ヘザに促され、モエドさんは立ち上がった。
たぶん、立ち上がったはずだ。頭の位置が数センチ程度しか高くなっていないように見えるが、立ち上がったのだ、と思う。
「ゆっくり説明していくんで、途中でも質問があったら遠慮なく言って欲しいっス。ではまず、召喚魔術とは、とどのつまりどんなことをする魔術なのか、ということについてから始めるっス」
モエドさんは、咳払いを一つしてから、おもむろに話し始めた。
「召喚魔術というのは、幾つかの魔術を同時に展開して一つの目的をなす複合魔術を、一言で言い表したものと言えるっス。
まず、時間と空間とを異にする二つの世界を、ずい道のように穴を開けてつなぐ魔術。それと魔力で『手』のような力場を成形し、その穴を通して、召喚する者の『魂』をつかみ、彼方からこちらの世界へ引っ張り込むという作業のための魔術。さらに引き寄せた魂をこの世界に留めるという魔術を、同時に発動させないといけないんス。
その一つ一つがものすごい大魔術なのに、それを同調させて発動なんて、無理無茶無謀の三拍子が見事に揃った、実にバカげた発想の賜物としか思えない究極魔術だったっス」
彼女の言うことは、おそらくは誇張や大げさな表現ではない。
ただ、モエドさんの熱のこもった説明の端々に「そういうと~っても難しい魔術を、あたしは見事にやってのけたんスよ、エッヘン!」という自慢したい感が見え隠れしていて、ちょっと鼻につく。
「そんな難しい魔術を成功させるとは、さすが天才だな。モエド魔術官」
「え、そうっスか? いやー、それほどでも、ちょっとはあるっスかね。エヘヘ」
こらグーク、余計なことを言うな。さらにイラッと来るじゃないか。
「でも、本当に天才なのは、この召喚魔術を完成させたオド老師っス。あたしは逢うことはかなわなかったっスが、一度逢ってみたかったっスね。残念っス」
魔界はもちろんだが、ほかの国々においても、魔術などの分野についてはそれぞれの国でほぼ独自に研究がなされていて、その知識や技術が外から入ってくることも、またその逆もあまり例がない。故にこのように、それぞれに魔術の天才がいたとしても、その業を共有し、また発展していくことがないのは、もったいない話だ。
戦争が終われば、魔界は連盟国、最低でもゲイバムとは縁の深い国同士になり、交流もそれなりになるかもしれない。各国から実力のある魔術師を集めて、魔術の学会みたいな組織を作れないものかな……?
「で、今回使った召喚魔術については、そのオド老師が創作した術式を八割がた復旧させて、足りない部分をあたし独自の魔術理論で埋め直したもので、さらに召喚対象をシラカー・ハイアートの魂と限定することで簡素化してるんで、あたしの制御できる魔力の範囲内でギリギリどうにかなっているっスよ。正直、キツいっス」
「モエドさん。質問してもいいかい」
「ハイっス。ハイアート様、何でも訊いてくださいっス」
待ってましたと言わんばかりに、モエドさんは鼻息をフンフン言わせた。
「えっと……召喚というのは、要はこちらの世界に『魂』を持ってくること、という話のようだが……何で魂だけを召喚するんだ?」
彼女は、きょとんとして首を傾げた。
「……え? だって、魂以外に何を持ってこいと──まぁ、あえて理由を説明するなら、世界をまたいで移動させるというのは、並大抵のことではないからっスね。それ以外のものをつかんで引っ張る余裕はまったくないっス」
「──いや、質問を変えよう。ぼくが魂だけを引っ張られてここに来ていると言うのなら、この『肉体』は、どうしてここにあるんだろうかっていうのが疑問なんだ。肉体から魂だけ抜いたなら──」
そこまで聞いて、モエドさんはますます首を傾げ、考え込んでしまった。
「んー……たぶんっスけど、魂と肉体の概念について、あたしたちとハイアート様の間に相違があると思うっス。一応の確認スけど、肉体ってのは、魂にくっついてくるものっスよね?」
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