異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第三話(二)「女子からのデートのお誘いなんだから」
「ははは。そこまでは知らん!」
ぼくはがくっとずっこけた。
「だが白河君……君も今、もしやと思っちゃっただろう? ひゅーひゅー☆」
「う、うるさいな、ほっといてくださいっ。そんなことより、ぼくに話があったんでしょう?」
これ以上傷を広げられては、再起不能にされてしまう。ぼくは強引に話題を切り替えた。
「そうそう。実は昨日、君を見かけた時、どこかで知っている顔だと思ったんだ。自慢ではないが、私は結構人の顔と名前を憶えるのが得意でね」
「ああ、それで名前を訊かれたわけですね」
「そうなんだ。でも、君の名前は私の記憶にはなかった。顔の方はどこで見たのか思い出せそうで思い出せないし、出そうで出ないクシャミみたいでムズムズしたよ」
「人の顔をクシャミと一緒にしないでください。ちなみにクシャミは蛍光灯の明かりとか見ながらだと出しやすいですよ」
「それは『光くしゃみ反射』と言う現象で、その体質持ちは四人に一人ぐらいの割合らしいぞ、白河君」
「えっ、そうなんですか? 知らなかった、誰でもできるものかと……」
「まぁ、どんなことでも自分が標準だと思いがちなものだからな。……とにかく、こんなにも気になる顔というのは、どこか大事な場面で私と接点があったのではと思うんだ。そこで、君の生まれ育ちとか、どこ中だったとか、多少君の経歴について話を聞いてみたいと思ったわけさ」
大体の事情は飲み込めた。
だが、わざわざ先輩の疑問につき合う責任は、ぼくにはない。
「いや、その気持ちは分かりますけど、ぼくがそれに応える義務は──」
「そうだね、まず生年月日と産まれた病院と好きだったオムツから聞かせてもらっていいかな」
「赤ん坊まで遡ってどうするんですかっ? オムツも選り好みした憶えないですし! というか選り好みする年齢でオムツ穿きませんよ!」
ダメだ。思わずツッコんでしまう。完全に先輩のペースじゃないか。
「そうは言うが、世の中は広いぞ? オムツを穿いてその中に──」
テテテレ、テテテテ、テテテテテー♪
朝倉先輩のとんでもなく危険な香りのする脱線トークが炸裂しそうになったその時、教室のスピーカーから、始業五分前を告げる電子音が鳴り響いた。
ああ、助かった。二重の意味で助かった。しかし毎回思うのだが、この高校は、なぜ予鈴が「鉄道唱歌」なんだろう……。
「あ、ホラ、もう始まるまで時間がないですよ。お役に立てずに申し訳ないですが、この辺で永遠にお引き取りを」
「むむ、仕方ないな。それでは、今日の午後四時に呉武駅の前で待ち合わせよう。女子からのデートのお誘いなんだから、紳士ならすっぽかすんじゃないぞ☆」
朝倉先輩は、ぼくの心臓辺りをツンと指先で軽く突くと、バチっと音の出そうなウインクを一つ残して立ち去っていく。
ぼくは何も言い返せずに、呆然としてその後ろ姿を見送ってしまった。いやいやいや、了解も何もないまま勝手に約束していくなよ……結果的に、本当に逆ナンパになってしまった。
かくして放課後はやって来るのだが、その間中、我が一年一組はぼくのカノジョ持ち疑惑と放課後デートの話題で満たされ、ぼくは形容しがたいいたたまれなさに包まれたのだった。
「あっハヤ君! 一緒に帰ろ?」
放課後、学校を後にしようとしたぼくは昇降口でハム子に見つかってしまった。
偶然にしては、ここ最近の遭遇率が高すぎる気がする。もしかして偶然じゃなくて、ハム子がぼくを探しに来てるんじゃないだろうか。
ふと、朝倉先輩の言葉が脳裏をよぎった。
男子生徒の告白を二度とも断ったわけ、か……先輩の言うとおり、本人に問いたださないと分からないのは確かだが、そんなこと、ぼくにできるわけがない。
それよりは、どうにかハム子の下校戦術をかわす必要がある。熟考を重ねた結果、ぼくは結局呉武駅に向かうことにしたからだ。
あの先輩のことだ、行かなきゃ今後もつきまとわれるだろう。だったら今日のうちに決着をつけておくべきだと、ぼくは考えたわけだ。
しかしハム子にそれを言って、「私も行く」とか言われては困る。
朝倉先輩とハム子の接近遭遇は危険だ。トイレ用洗剤よりも「まぜるな危険」な二人だ。何といっても、ツッコミが間に合う自信がない。
「ああ、ごめん。今日は下関と発陳の方まで買い物に行く約束をしてるんだ」
「えー、いいなぁ。私も行きたいのだ」
やはりそう来るか。
ぼくは右手を口の脇にかざして、左手で手招きをするジェスチュアをした。耳打ちをするから頭を下げろ、のポーズである。
ハム子は素直に、ぼくの背丈に合わせて身をかがめた。
「いいのか? 下関がどうしても行きたいって言うんで、エッチな本屋巡りにつき合うことになってるんだけど」
「えええっ?」
ハム子が耳まで真っ赤になってひるんだ隙に、ぼくは昇降口を飛び出し、校門へ向けて走り出した。すまん下関、君の尊厳を犠牲にした償いは必ずするから許せ。憶えていたらの話だけどな。
「それじゃハム子、また今度な! バイバイ!」
「こらーっ! そーゆーお店はオトナになってからじゃなきゃダメなのだー!」
正論すぎるハム子の叫びを背に、ぼくは学校を後にする。呉武駅までの十数分の道のりを、ぼくは赤く燃え立つ夕陽に向かって走り続けた。
三本目の矢が吸い込まれるように、直径三十センチに満たない黄色のゾーンに突き刺さる。
「お見事です、先輩。皆中ですね」
「それは弓道だぞ、白河君。それに十点を二つ外しているから、この競技ではそんなに褒められた成績ではない」
ぼくは拍手をしたが、朝倉先輩は帽子のつばの陰から不満気な表情を見せた。
「シビアなスポーツですね」
「まぁな。いつもはもう少し集まるんだが──白河君にいいところを観せたくて、緊張してしまったかな」
朝倉先輩はシューティングラインと呼ばれる白線から離れ、帽子と右手のタブという器具を外しながらこちらへ歩み寄ってきた。
「終わりですか」
「休憩だ。君も、話し相手もなくただ観ているだけでは、退屈だろう」
「決して退屈ではありませんが、先輩がお話をされたいのでしたら、つき合います」
ぼくたちは射撃場の外れにあるベンチに移動して、並んで腰をかけた。
ここは、呉武市内のアーチェリーレンジだ。待ち合わせの時間に駅前に現れた朝倉先輩は、学生カバンの外に、長くて平たいバッグを肩にかけていた。何気なくバッグの正体について訊ねると、中身はアーチェリー用具で、ぼくとの用事が終わったら練習に行く予定だったという。
そして、あまり目にする機会のないスポーツだから、興味があるなら先に練習するので見学していったらどうだ、と誘われたのだ。
「朝倉先輩、すみませんがぼくはガチで戦争やってきてますので、あいにく弓兵は軍隊レベルの人数を実戦で見慣れてます」
などと言えるわけもないし、仕方なく普通の高校生らしく珍しがるふりをして、彼女についてきたというわけだ。
実際、弾幕で敵陣営を牽制できればいいと考える、戦争における弓の運用と違い、とことん命中精度にこだわる弓のあり方はそれなりに興味をそそるものだった。
「白河君。観ていて君も射ってみたいと思ったりはしなかったか?」
「いえ。ずぶの素人が下手に試したりすれば、弦を胸や腕に弾いて痛い目を見るだけですから」
実際、アーエン師匠に弓のセンスを試されたことがある。あれは痛かった。
「そうか。私は、一目観た途端にこれが無性にやりたくなったのだがな」
「どこに魅力があったんですか?」
「まぁ、それまでに色々やっていたんだが、どれもハマらなかったんだよ。それで6年前かな、オリンピックのテレビ放送でたまたま観てね。これだと思った。何というか……魂が求めた、って感じだった」
朝倉先輩が、遠い目をして語り出した。いいこと言っているように見えて、その魅力を感じた部分についてはあまりにもふわっとしすぎている。
「いいじゃないですか。真剣に打ち込めるものを見つけられるのは幸いなことです」
「君は、そういうものを見つけていないのか。部活動とか、得意なものとか」
「ないですね。中学、高校と帰宅部です。得意なものと言いましても、自慢できるようなものはせいぜい、三国志の武将や軍師全員の字を憶えたことぐらいです」
「何、マジでか。それは、謙遜しなくてもよいほどすごい特技じゃないか。……呂蒙」
「子明。でも、何の役にも立ちゃしませんしね。そこまで話が広がる特技でもないですし」
「役に立つことはそんなに重要でもないかな。趣味でも特技でも、楽しんだモン勝ちだよ。曹仁」
「子孝。先輩は生徒会とかも、楽しみたくて入ったんですか」
「そうそう。生徒会も楽しそうだったから入った。楽しんで、しかも生徒の役に立てるなら、最高だな。朱治」
「君理。人の役に立てることを楽しめるなんて、すごい人ですよ、先輩は。ぼくには、とてもそんな風には思えません」
「いや、実のところ、役に立ってるかなんて自分では分かってない。本当に楽しそうなことを好き勝手にやってるだけだから、ね。廖化」
「元倹。ちょっ、先輩も意外とマニアックな所を突っ込んできますね」
「問題は、合っているかどうか分からんことだな。まぁ、君のことだから間違いではないのだろうけど。馬騰」
「寿成。昨日初めて逢った人間を、普通そこまで信用できますかね」
「私は、君とは初めて逢った気がしない。その上、馬鹿正直で優しい人間なのだろうなと、何となく感じている。何の根拠もないのに、不思議なものだな。王允」
「子師。そう買いかぶられると、かえって罪悪感がします」
「まぁ、そこんとこはあとでカフェにでも行ってじっくり確認させてもらうよ。──さて、六十メートルをあと三十六本射ったら終わるから、すまんがいい子にして待っていてほしい。劉表」
「景升。リラックスですよ、先輩」
その後、黙々と矢を射続ける朝倉先輩が十点を外したのは、五本だけだった。
「異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
1,389
-
1,152
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
3万
-
4.9万
-
-
14
-
8
-
-
5,217
-
2.6万
-
-
2,534
-
6,825
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
397
-
3,087
-
-
6,680
-
2.9万
-
-
265
-
1,847
-
-
213
-
937
-
-
9,709
-
1.6万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
29
-
52
-
-
65
-
390
-
-
3
-
2
-
-
10
-
46
-
-
47
-
515
-
-
6,236
-
3.1万
-
-
187
-
610
-
-
83
-
250
-
-
10
-
72
-
-
86
-
893
-
-
477
-
3,004
-
-
8,189
-
5.5万
-
-
7,474
-
1.5万
-
-
6,198
-
2.6万
-
-
6
-
45
-
-
7
-
10
-
-
17
-
14
-
-
3,224
-
1.5万
-
-
9
-
23
-
-
18
-
60
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,709
-
1.6万
-
-
9,544
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,171
-
2.3万
コメント