異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第一話(三)「私がハヤ君の金づるになるのだ!」
下関と少し距離を置いて、その背後をそろそろと追いかける。彼が向かった先は、昇降口だった。
彼は靴を履き替えて、外に出て行く。ぼくもさらに後を追って外に出ると、下関は体育館の方へと歩いていった。
その足が、だんだん人気のない、体育館裏の小庭へと向かって行く。
あそこには古い焼却炉が置いてあるだけで、ダイオキシンが出る問題がどうとかで使われなくなってから、学校内で誰も行く用事のない場所となっている。
これはこれは、とんでもなく怪しいじゃないか。ぼくは体育館外壁の曲がり角から、そうっと様子を伺った。
下関はそこで、四人の男に囲まれるように立っていた。肩が力なく下がり、ひどく落ち込んでいるように見える。
彼を囲む男たちは、どこかのヤンキー漫画から奇跡的に生命が誕生したのかと思うほど、どこからどう見ても不良生徒という風貌だった。
制服の着崩し方、髪の染め方やセット、目つきの悪さと人を威嚇するような身構え方。あまりにもステレオタイプ過ぎて、人間国宝に認定したくなる。
「よう、下関君。今日はどれくらいお小遣いをもらえるのかな」
セリフまで定番通りだ。ぼくは思わず吹き出しそうになるのを、全力でこらえた。
「も、もう、一円も持っていません。許してください」
「あぁ? 金の稼ぎ方なんていくらでもあンだろうが。前みたいにドロボーするとかなぁ」
「そうそう。こうやって万引きすりゃあ、金になンじゃねぇの。金が出せないなら、この万引き現場の動画、出るとこに出ちゃうよぉ? それでもいいのかい、下関君?」
不良の一人──まぁ、不良Aとしとこう──が、スマートフォンをちらつかせて下卑た笑みをうかべる。
「それは、あんたたちが無理やりやらせて──あぐっ!」
太ももを蹴られて、下関は膝をついた。
どこまでもひねりのない王道な不良たちのふるまいに、笑いを我慢するのももう限界だ。
しかし、下関にとっては笑いごとでは済まない問題だ。脅しに屈したとはいえ万引きを犯したのは下関の自業自得だが、正しさを貫いて戦えるほどに強い人間は、そう多くない。
しかもそれを脅迫のネタにして強請りに利用するのは筋が通らないし、実にいけ好かない。理不尽な下関の身の上を知って、今この時にぼくにしか彼を助けられない以上は、ぼくには彼を助ける義理と責任がある。
しかし、どうすればいいだろう。
ダーン・ダイマのように大気から十分な精霊力や魔力が得られるなら、あっという間に片づけられる自信はある。自信どころか、勢いあまって不良たちを殺してしまわないか心配しなければならないほどだ。
だがさっき試したように、この世界の精霊の少なさでは魔術や精霊術は何の役にも──
トントン。
不意に背中を軽く叩かれて、ぼくの心臓が小躍りした。
あわてて振り返ったぼくの目に飛び込んできたのは、その振り返るアクションに驚いたハム子の姿だった。
「何だハム子か……驚かせないでくれよ。一体何でここにいるんだ?」
小声で話すと、ハム子も合わせて小声になった。
「聞きたいのは私の方なのだ。教室から出てきたハヤ君を見かけて、声をかけたんだけど気づいてくれなかったから、後をついてきたのだ。ハヤ君こそ、こんな所で何してるの?」
「うちのクラスの奴が、そこで不良にカツアゲされてるようなんだ。それで──」
「ええっ、大変! 私、先生を呼んでくるのだ」
「ちょっと待て、今はまずい……」
教師を呼ばれては、不良らの持つスマートフォンの動画が明るみに出るおそれがある。あの動画を何とかできれば……あのスマートフォンを……。
そうだ。あの機種は──もしかしたら、何とかできるかもしれない。
「……いや、そうだな、先生を呼ぼう。体育館の体育準備室にガンテツがいるはずだから、行ってきてくれないか」
ぼくは一計を案じ、荒岩哲、通称ガンテツを呼ぶことにした。四角くいかつい顔に角刈り、デカくてムキムキの身体に、いつもジャージ姿で竹刀を持ち歩いているという、これまたステレオタイプ感満載の体育教師だ。
「ラジャーなのだ」
左手の指先を額に当てる敬礼で応えて、ハム子は足音を立てないよう小走りでこの場を去った。素人丸出しの完全に間違った敬礼の仕方だったが、まぁ見逃してやろう。
さて、後はぼくが頑張る番だ。ぼくは手の先に、火と光の精霊力を集め始める……。
──苦しい!
額に脂汗がにじみ、苦悶の表情が浮かぶ。
精霊が少なすぎるこの世界で精霊力を吸収しようとすることは、酸素の少ない高山で呼吸をすることに似ている、と言えば分かってくれるだろうか。早く集めようと無理をして吸い続ければ、それだけ辛い作業になる。
それでも、辛抱強く集め続ける。
実際は一分か二分程度の時間だと思うが、数十分に感じるような苦行の末、そこそこに影響を及ぼせそうな精霊力が指の先に満ちてきた。
さて……せっかく集めた力が散らないうちに仕掛けなければ。
「あれー、下関君じゃないか。こんな所で何をしてるんだー」
言っておくが、演技が得意ではないのは自分でも分かっている。ぼくは体育館の影から姿を現し、下関の元に大股に歩み寄った。
下関はうずくまって、シャツのあちこちを土で汚していた。下関、遅くなってごめんな。
「え……君は、えっと……しら、白河……?」
こいつめ、同級生なのにぼくの名前をハッキリ憶えてなかったな。謝るんじゃなかった。
「何だてめぇ。あっち行ってろ」
「ぼくは、下関君の友達だー。ここを通りかかったら、下関君が万引きをしたとか聞こえたから、黙っていられなくてさー。下関君のような真面目な生徒がそんなことをするわけがないー。証拠があるんだったら、見せてみろよー」
「おお? てめぇ、俺らを疑うのかよ。ホラ、これが証拠だ」
不良Aがスマートフォンの画面をこちらに向けた。何て単純な奴らなんだ。
「え、遠くてよく見えないよ。もっと近くで見せてくれないかなー」
ぼくは機体を引き寄せようとするそぶりをして、その背に指先を触れさせた。今だ。
火と光の精霊力を、バッテリーに向けて目一杯に注ぎ込む。
不良Aが使っているこの機種は──最近よく過熱による事故を起こしていると、今朝のニュースで見たものだ。高熱と過電流の直撃を受けたリチウムイオン電池は狙いどおり、ポンと音を立てて小さく爆発した。
不良Aは悲鳴を上げて、スマートフォンを放り投げる。地面に転がっても、バッテリーは本体ごとメラメラと燃え続けた。
動画をクラウドストレージに保存していれば話は別だが、こいつらにそんな知恵が回るようにも思えないし、これで証拠を隠滅できたに違いない。
「わっ、びっくりしたー。バッテリーが劣化してたのかなー?」
もう一度言うが、演技は得意ではない。たぶん、ぼくの棒読みゼリフが不良たちの神経をいっそう逆なでしたのだろう。手のひらを火傷してヒーヒー言っている不良Aの隣にいた不良──こっちも不良Bでいいか──が、ぼくの襟元をひっつかんできた。
「こいつ! 一体何しやがった」
「えー、今見てたでしょう。ぼくはちょっと触っただけだし、それでどうやったらスマホが燃えるのか、逆に教えてほしいんだけど?」
精霊も魔素も見えない連中に、理屈が説明できるはずがない。
でも、こういう状況になったら、こういう輩は理屈抜きにその責任をぼくに押しつけてしまおうと考えるのだ。つまりは、暴力に訴えてくる。
まぁ、一発ぐらいは殴られてやろう。そうしたら──
「こら──っ! 何をやってるか、貴様らー!」
「やべえ、ガンテツだ! 逃げるぞ!」
早い。ちょっとばかり早いぜガンテツ。
熱血教師・荒岩哲は、鼻息を荒くして体育館裏に躍り込んできた。その後ろにちらりと、心配そうに覗き込んでくるハム子の姿も見える。
不良Bはぼくの胸ぐらから手を離すと、他の不良ともども、泡を食って走り去っていった。
「待て、逃げるなー! ……うわっ、何だこれは、燃えてるぞ! 水! 消火器!」
ガンテツは絶賛炎上中のスマートフォンに気づいて、ひどく取り乱した。ぼくはふうと息を一つついてから、言った。
「先生、落ち着いて。まず消防車を呼んでください。それとハム子、体育館の掃除用具入れから一番大きなバケツを持って、水をいっぱいに汲んできて」
「お、おう。そうだな」
「分かったのだ」
ガンテツとハム子が体育館へ向かっていくのを見届けると、ぼくはまだへたり込んでいる下関のそばで身をかがめた。
「どうだ。立てるか、下関」
「あ……ああ、大丈夫だと思う。済まないな、白河。俺──」
ゆっくりと立ち上がる下関の顔はすっかり憔悴しきっている。ぼくは彼の背中をポンポンと叩いてやった。
「証拠が消えてラッキーだったなぁ、下関。だが、もう二度としないか」
「あ、うん。もう絶対にしないよ」
ぼくは、わざとらしいぐらいに微笑んでみせた。
「それなら、この話はこれでもうおしまいだ。……誰だって、過ちを何一つ犯さないほど、潔白になんて生きられないんだからな……」
放課後になって、ぼくは校門をくぐって外に出た。やっと学校から解放される時が来た。
こちらに戻ってきて初日の学校なのに、いきなり事件を起こしてしまうとは思わなかった。それにしても、あんなショボい精霊術を使うにもこれほどに苦労させられるのであれば、できる限り使わずに済ませたい。まぁ、普通に暮らしていれば使う必要はないだろうが……。
「ハヤ君、待ってー!」
背後から追いかけてくる、ハム子の声。もう今日は疲れたから、これ以上おバカキャラのお相手は勘弁してほしい。
「何だよ、ハム子」
「一組の教室に行ったら、帰ったばっかりだって聞いたから。ね、プチストップ寄ってソフト食べていかない?」
「……君のおごりだったらな」
「うーん、いいよ! 私がハヤ君の金づるになるのだ!」
「言い方! 何でぼくが恐喝してるみたいになってるの!」
ああ、ぼくは今日一日だけで何回、ハム子にツッコミを入れなきゃならないんだ。
「……そういえばさ、下関君だったっけ。どうしてカツアゲされてるって分かったの? あの人を助けようとして、後をつけてったんでしょ?」
「いや、カツアゲされてたことは知らなかった。ただちょっと、あいつが落ち込んでいるように見えたからさ……」
「……ふーん。でも、ハヤ君ってそういう風に、人の気持ちを読める人じゃなかったのだ。それに、困っている人がいても『ぼくには責任を負えない』って、いつもやり過ごしてた。今のハヤ君は、何か人が変わったみたいなのだ」
「そう……かもな」
ぼくは苦笑した。読めるようになったのは実は気持ちじゃなくて精霊だから、相変わらず人の気持ちを察するのは上手くない。そして若い頃は何やかやと理由をつけて、担うべき事柄からただ逃げていたのだと、客観的に見る当時の自分に気恥ずかしくなる。
「──まぁ、責任を負えないと思ったものは最初からやらないってのは、前から変わっていないと思うよ……でも、ぼくにしか背負えない責任なら、できるだけやってやろう。今はそう思うようになった。たぶんね」
ハム子は口角の上がった小さい唇──俗に言うアヒル口を大きく開けて、パッと笑った。
「そっか。カッコいいね、ハヤ君」
「ふざけんな。そういうくすぐったいことを言う奴には、ポテトもおごらせるぞ?」
「全然いいよ! 好きなだけ、私のサイフで飲み食いするのだ!」
「だから言い方! 何でぼくが君のヒモみたいになってるの!」
結局、ぼくは帰宅するまでに合計七回、ハム子のおバカな言動にツッコんだ。
「異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
1,389
-
1,152
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
3万
-
4.9万
-
-
14
-
8
-
-
5,217
-
2.6万
-
-
2,534
-
6,825
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
397
-
3,087
-
-
6,680
-
2.9万
-
-
265
-
1,847
-
-
213
-
937
-
-
9,709
-
1.6万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
29
-
52
-
-
65
-
390
-
-
3
-
2
-
-
10
-
46
-
-
47
-
515
-
-
6,236
-
3.1万
-
-
187
-
610
-
-
83
-
250
-
-
10
-
72
-
-
86
-
893
-
-
477
-
3,004
-
-
8,189
-
5.5万
-
-
7,474
-
1.5万
-
-
6,198
-
2.6万
-
-
6
-
45
-
-
7
-
10
-
-
17
-
14
-
-
3,224
-
1.5万
-
-
9
-
23
-
-
18
-
60
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,709
-
1.6万
-
-
9,544
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,171
-
2.3万
コメント