魔神と落ちこぼれの魔術師

モモ

覚醒

「はぁっ……、はぁっ……」

戦慄からか、疲労からかは知らないが、足の震えが止まらない。先程、とっさに横に飛んでいなければ、紫色の魔力の槍が容赦無く俺の体を貫いていたことだろう。

砕かれたアスファルトを一瞥し、俺は思考を巡らす。

このままじゃ、絶対に負ける。
どんなに思考しても、俺の脳はこの答えしか編み出してくれなかった。

これは一方的な戦いだが、緒川からすれば連戦。そこを突けば自然と打開策は見えてくる筈なのに、いつまで経っても緒川は魔力切れの気配すら見せない。

ほんと、怪物を相手にしているようなものだ。
何か強力な戦闘魔術が一つでも使えれば、戦況はがらりと変わるんだけどな。

でも何でだろう。何かが頭に引っ掛かってる。
前にも思ったが、見落としてはいけない何かを俺は見落としているような気がする。

「中々しぶといな」
ザッザッ、と足音を立てながら、悠々と俺に迫る仮面の男。奴の右手には何か青い球体のような物が握られていた。


「まあ良い。坂本。お前、魔獣兵器ぐらいは知ってるよなぁ?」
言い終えた緒川は手首だけを使い、青い球体を上空へ投げた。

魔獣兵器……
そういえばアルマロスが前言っていたなと心の中で呟いた時には俺の視界は真っ白に塗り潰された。




チカチカしていた視覚が回復してくる。やがて完全に視覚を取り戻した俺の目に映ったのは

「ゴーレム……っ!?」
現れたのは岩の巨人だった。
しかもこいつは決して柔な存在じゃない。

瓦礫と瓦礫を組み合わせたような剛腕を振るだけで一戸の建物を軽く壊し、一歩踏み出すだけで地面が悲鳴をあげる。
そんなとんでもない存在が俺の前に立っていた。

でも何だろう。
この禍禍しい感じ、どこかで……
いいや、今はそんなことを考えている余裕は無い。
俺はそう自分に言い聞かせ、拳を握る。

「元々あの女と戦う時に出す予定だったんだけど、あんな糞狭い廃工場の中でゴーレムを呼び出せば僕が危ないからな」
言葉に含むのは余裕と嘲笑。
よくもまぁ、ころころと感情が変わる奴だ。
こう言うのを確か情緒不安定って言うんだっけ、確か。

まあ、緒川のことなんてどうでもいい。

それよりもこのゴーレムを何とかしないといけない。こういう系統の魔術は、術者を叩くと何とかなるっていう話を中学で聞いたような気がする。確証は無いけど
それでも試す価値はあるだろう。
いや、試すと言うかぶっつけ本番だな。

「あぁ、不意に思い出した。そういや松川だったか? 丁度、今のお前みたいにあいつも僕の邪魔をしてくれたものだよ。もっとも、僕は同じ失敗を繰り返すつもりなんて無いけど」

緒川の言葉を無視し、俺は瞼を閉じて意識を集中。そして肉体強化の術式を魔具を介して構築し、魔術を発動させた。


「ごちゃごちゃうるさい、黙れ!」

緒川へ罵声を飛ばし、俺は地を蹴る。
しかしそれに伴い、体中が再び悲鳴を上げた。
激痛に思わず足を止めそうになるが、必死に堪える。

「またこの僕を……潰せ!」

細められた視界の先で、ゴーレムが右拳を振り上げた。あんなのを直に喰らったら有無を言わさず即死だ。甲冑を充分に使えない俺なら尚更。

だからこそ、止まらない。
俺はそのまま直進し、ゴーレムの足と足の間……股下をくぐり抜ける。

その直後、後方で轟音があり、次に岩の砕けるような音が耳に入る。

それは完全にゴーレムが右拳の攻撃を外した証拠だった。

危機は何とか脱した。
そして、緒川は目の前にいる。

「くっ!」
緒川は声を漏らし、俺に白色の魔力弾を放った。しかしそれは何とも避けやすい。

真っ直ぐに飛来してくるそれを、俺は姿勢を屈めて避ける。頭上ギリギリで魔力弾が通り過ぎたのを確認した後
「光縛輪」
俺は魔具を介して術式を構築し、捕縛呪文を唱える。
魔具に肉体強化とともに入力しといて良かったよ。まあ、入力した時は興味本位でこんな事態を予想していた訳ではなかったけどね……

唱えた直後、緒川の手首と足首に青白い光の輪が顕現。彼の自由を奪う。

「捕縛魔術だと!?」

上手くいった、と喜ぶのは後だ。俺は肉体強化を使い、右腕の腕力を底上げする。


そして拳を握り、渾身の右ストレートを奴の顔面……真っ白な仮面へと見舞う。
次の瞬間、激しい音と共に緒川の白い仮面にひびが入った。

「が、は……」
砕くまでには至らなかったが、効果はあったようだ。
彼の体は大きくのけ反り、そのまま仰向けに倒れた。

同時に緒川の自由を奪っていた光縛輪も砕け散り、空間に溶けるかのように消滅する。

勝った?
一人呆然と立ち尽くし、緒川の姿を見詰めながらそう思った時だった。

「何?」
視界が、吹き飛んだ。
気付けば俺は、廃工場の塀に全身を叩き付けられていた。

「う……がっ……」
背中に走る激痛の中で、それがゴーレムの仕業だと気付いた時には、岩の剛腕が振り下ろされようとしていた。


駄目だ。術式構築が間に合わない。

それだけではない。
指一本でさえ、動いてくれないのだ。
次第に意識が薄れ、視界が閉じていく。

「殺せ!」

視界の隅で緒川が立ち上がり、怒気の含んだ声でゴーレムに命令を下した。


剛腕は振り下ろされ、俺の体を
「待ちなさい!」
潰さ……なかった。
いや違う。俺の耳に届いた凛とした声が、それをさせなかったんだ。
俺を潰す予定だった岩石の拳は俺の頭上で停止し、標的から外れた所にゆっくりと下ろされる。
完全に声の主に注意が向いているようだった。


俺は半ば釣られるようにして、目だけを動かして声の聞こえた方向を見る。
すると、朧げな視界に赤髪の少女、九条・香恋の姿が映った。

「ちくしょうが」
まず、理解が出来なかった。
次に声が出なかった。

何でだよ?
何で来たんだよ、九条。

無理をしているのが丸出しじゃないか。
顔色が悪いし、汗の量も尋常ではない。

一目で分かる。
馬鹿の俺にだって分かる。

「これ以上、坂本君に手は出さないで。あなたの相手は私でしょ?」

「はっ。黙れよ、死に損ないが。今更お前が出て来たって死ぬ順番が変わるだけだ」

強がる九条。
それを嘲笑う緒川。

ゴーレムは完全に九条を標的と見なしたようだ。地響きが嫌に体に伝わる。

そして視界の先で、ゴーレムが右拳を振り上げた。しかし九条は動く気配すらない。真っ直ぐに緒川を睨んでいる。

ああくそ……不甲斐なさ過ぎるだろ、俺。
悔やんでも悔やみきれねぇ
悔しさで奥歯を噛み締めるが、徐々に意識は薄れていく。

俺に……俺にもう少し力があれば。

最強でも最高じゃなくていい。
自己満足のような力でも構わない。
それで、この窮地を乗り越えれるなら。

って、はは……何つーざまだ。

「格好悪い、最低だ……」
目が完全に閉じる手前、無意識に声で出た。
それは答えてくれる人はいない独り言。なのに。

『そんなことは無いさ。それに力だってあるじゃないか、あの時以来、ここにね』

何で返事が返って来たんだろう?


―――――――――――――――――――――――――
渡瀬・陽平、エミリア・シュターデ、松川・涼、橘・舞の四人はとある場所に向かって走っていた。

「本当にこっちであってるの陽平君!?」

「お、おう」

先陣を切って走るエミリアが放った、苛立ちを含んだ声に、陽平はたじろぎつつも答える。
念のため、一応松川に「だ、だよな松川」と、小声で確認してみた。

「ああ、合っているよ。それよりもさっきの音は何なんだろうね?」

「何かの魔術だよな。しかも結構近い」

太陽はとっくに沈み、真っ黒に染まった空を陽平は睨む。

「音が聞こえた方向から見ると、一昨日の廃工場だと思います」

「あー……クソ、やっぱりか。翔護の奴、本当に大丈夫なのかよ!?」

彼等を不安に駆り立てているのは、つい先程近くで聞こえた不自然な轟音。
明らかに魔術以外の何物でも無いだろう。

「取り敢えず僕は茜先生に連絡するよ。状況が状況だ、構わないよね?」

「おう、頼むぜ松川!」
言い終えた陽平は、自分の前を走る少女に目をやる。

「……」
無言で走る金髪の少女、エミリア。彼女の体から放出されているオーラが尋常ではないのは言うまでも無いだろう。
それを証明するかのように、バチバチと紫色の雷が彼女の体にほとばしっている。

彼女の怒りの原因は言うまでもなく、坂本・翔護だ。
道端で彼が倒れていたのを発見した時は心臓が止まるかと思った。
だから必死に名前を呼び続けた。
そして目を開いてくれた時は、莫大な安心感に包まれた。

しかし、いつまでも喜んでいれる場合じゃない。他の皆は今も彼を探しているのだ。
なので「直ぐに戻るから動かないで」と、エミリアは翔護に告げ、一時だが場を後にした。

良く考えば、携帯を使って皆と連絡を取れば良かったのだが、いろいろありすぎでそこまで頭が回らなかった。

だが、それが失敗だった。皆を連れて戻ると彼の姿は無く、今に至る。

「肉体強化使うよ。できれば廃工場の詳しい場所を知っている舞さんか涼君に先導をお願いしたいんだけど、大丈夫?」

エミリアは、背を向けたまま言った。声のトーンはいつも通りだが、何故かそれが彼女の暗黒面を演出しているようで、

(やべぇ……何かエミリアがすげぇキレてる。どうすんだ、翔護!)
マスク装備の陽平は、現在大ピンチ中の親友を案じるのだった。




―――――――――――――――――――――――――
変化は唐突に訪れた。
『人と魔神の境界線を越え、魔神の領域に到達するための資格は君にはある。』

気絶寸前の中、脳に直接響いてきた言葉で俺は徐々に意識を回復させていく。

『とは言え、君はもう知っている筈なんだけどね。まあ、僕の力を使った時やそれに関係する記憶が消されたから当たり前か』

何故か、どこか聞き覚えのある少年の声。
しかし今の俺には、声の主が誰かなんて考える余裕は無かった。そもそもそれどころではない。

それは視界の先で、ゴーレムが拳を九条に振り下ろされたからだ。

止めろ! だがいくら叫ぼうとしても、俺の口は動かない。

『あの時の契約に従い、僕の力を振るう覚悟は君にあるかい?』

それなのに呑気に語る少年。
何が契約だ。そんな胡散臭いもん、結んだ覚えはない。
苛立ちと疑問を抱く俺だが、これ以上向こうから声が聞こえる気配はない。
答えろ、ということか。
一方的だな。
だけど、こんな所で九条が潰されるのを傍観なんて論外だ。

契約とやらは全然分からないけど、それでこの窮地を切り抜けれるのならやってやる。
覚悟ならある。

その時だった。

『そうかい。ならまずは演習だね。今度こそ記憶の消去はしないし、させないから』
何だか満足したような声が脳に響いたと思えば、俺の右の上腕に青色の小さな魔法陣が展開し、それは点滅をし始める。

その途端、俺は体の奥底から未知の力が溢れてくるのを感じた。

自分でも意味が分からない。
ただ分かるのは、それは俺の知る魔力ではないということ。
しかし、その力は俺の味方だ。

気付けば、俺は無意識の内に立ち上がっていた。立ち上がろう、なんて思った訳でも無いのに。
不思議な感覚だ。体が痛まないのは有り難い。
だけど、逆に怖くなった。
今の俺は恐ろしい程に冷静だ。
体が勝手に動いたなんて正直笑えない。
まるで他人が俺の体を動かしているみたいだ。

それでも『俺』は大地を蹴った。
足に力が収束し、爆発する。
間違いなくそれは肉体強化の魔術。
しかも結構高度な術式だ。
しかし俺は術式を組んだ覚えなんてない。
なら無意識の内に組んだのか?
いや、そんな事が使えるのなら俺は既に緒川を倒しているだろう。
となると答えは『俺ではない誰か』ということになる。
勝手に動く体といい……謎すぎるだろ。

心中では戸惑いながらも、『俺』は緒川に接近し、拳を握った。

その瞬間、力が篭手に流れ込む。
漆黒の篭手に薄い青色の光が宿った。

「な、お前まだ」
振り向いた緒川が叫ぶ。
ゴーレムの注意もギリギリで俺に逸れ、九条への攻撃は止まった。

「坂本君!」
九条が名前を呼んでくれるが、構わず『俺』は緒川に向かって拳を放つ。

単純な軌道だったということもあってか、緒川は飛び退いてそれを回避。

「ゴーレムっ!」
視界の隅から、一気に岩の塊が俺を襲った。横振り一つで、俺を紙屑のように弾き飛ばす攻撃。
まずい!
俺は心中で絶叫する。だが『俺』はそれを右手一つで迎撃した。
より正確に言えば、右方から迫る岩の拳に、自分の右手の甲を触れさせただけ。

誰もがその行動に目を丸くしている。
体が勝手に動いたとは言え、馬鹿だなと俺も思う。
普通に考えれば、俺は死ぬ。
せめて盾を使おうと思っても、何故か未知の力が邪魔をして全く魔力が練れない。

だが、奇跡は起きる。

「な……」
岩の拳が『俺』の右手に触れた瞬間、ゴーレムの右腕を構成する情報、つまり術式が脳に流れ込み、頭に激痛が走る。

しかしそれは一瞬で終わりを告げた。
バラバラに砕け散ったのだ。
ゴーレムの拳が、粉々に。

不思議な現象はこれに留まらない。
バラバラに砕け散った破片は、右腕の魔法陣と同色の『青い粒子』に変化した。
それは何故か『俺』に吸い込まれていく。

「何!?」
それに伴い、増幅する未知の力。

今の……何の魔術だ?
分からない。
記憶に無い。
というか、これは魔術なのか?

自分でも目を疑ってしまうような力だ。
けど、これなら窮地を脱することができるかもしれない。
なら話は早い。深く考えるのは止めて、目の前の事に集中だ。
考えることなんて後で出来る。
















空色の髪と瞳を持つ少年はどこか楽しそうな笑みを浮かべて口を開いた。
「それにしても、翔護君もすみにおけないな。あの時の娘が候補者かと思っていたんだけどね」







「魔神と落ちこぼれの魔術師」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く