魔神と落ちこぼれの魔術師

モモ

九条・香恋(後編)

「し……ょ……う君! 翔君!」

やけに響く、どこか聞き覚えのある声。
確か……
ああ、駄目だ、上手く頭が回らない。

それから暫くして、真っ暗だった視界にうっすらと光が差し込んでくると、眼前に見覚えのある人物の顔があるのが分かった。

その人物の名は
「え、エミ……リア?」
どっ、どうなってるんだ?

「良かった……良かったよ……」
目に涙を溜め、エミリアが俺に言う。

えっ、いやっ……何で!?

ちょっと待って! 
そして俺に現状を把握する時間をください

おっ、落ち着けぇ……落ち着くんだ俺!
顔が近いとかそんな邪心は捨てて、まず体を起こそう。
「……痛……」
腕と腹に力を入れ、体を起こす。
だが思いの外、上手く力が入らない上に体中の節々が痛む。

ともかく俺は辺りを見回してみた。
真っ暗闇。田畑。真っ直ぐに伸びた道。

そして、鼻を刺激する、焦げ臭い匂い。

……
……

しまった。ちくしょう、俺はどれぐらい気絶していたんだ!?

激しく自己嫌悪に浸りつつも、俺は足に無理矢理力を入れて立ち上がり、近くに落ちていた自分の鞄を拾う。

今、彼女は一体何をしているのだろうか?
いや、それ以前にあれから何分経ってる?


携帯をつけ、時刻を確認してみる。

すると画面には
『21時55分』

声が出なかった。自己嫌悪のレベルを超えた虚無感が胸の内から込み上げてくる。
それだけでなく、何件もの兄貴からの着信履歴が罪悪感を沸き上がらせる。

と、取り敢えず冷静になるんだ、俺。
まずは確認から。
ブレザーのポケットを探り、橘から借りたカードを取り出す。
幸いカードに目立った傷は無く、術式の効果も切れてはなかったようだ。早速魔力を流して九条の位置を確認してみる。

「……!」

脳に流れ込んできた彼女の位置情報が脳に流れ混んで来る。
現在、彼女がいるのはここから走って約10分の距離。この道を進んだ先、そこが九条の現在位置だ。
ということは、彼女はまだ戦っている可能性がある。
確かあの紙には20時に来いとあった。


「どうすれば良いんだよ……」
カードをしまい、俺は呟いた。
魔術師の戦闘がどんなものか詳しく知らないけど、約2時間もかかっているのは流石におかしい。
それに、いくら魔力量の多い変異型の魔人とは言え、魔力切れは必ずある。

心配だ。
だけど俺が行った所で何が出来る?

違う。そうじゃない。
俺が今、そんなことをここで考えたってどうにもならない。
肝心なのは『行くのか』、『行かないのか』のどちらを選ぶかだ。
そういやアルマロスも道は2つと言ってた。
そして思うまま行動しろとも忠告してくれた。

「ははっ」
何だか、アルマロスの言葉を思い出すと少し笑えてきた。
俺は目をつぶり、小さく呟く。
「そうだな。こんな終わり方じゃ後悔するよな。」
覚悟は決まった。
どうせここまで来たんだ、このまま最後まで行こう

「と、取り敢えずあたしは陽平君達を呼んでくるね。皆もこの辺りを探していると思うから」
どうやらエミリアは少しこの場から離れるようだ。

起きてからの俺の行動に首を傾げていたような気がするけど、何をしていたかまでは分かっていなかったみたいだ。
にしても『陽平君達』か……
松川と橘から話を聞いたのだろうか?
彼女も陽平も知らない筈なんだけど。

「あ。勝手に動いちゃ駄目だよ? 絶対あたし達が戻ってくるまでそこにいてね。直ぐに戻ってくるから!」
返事も待たず、彼女は行ってしまった。

ぼんやりと暗闇の中で彼女の後ろ姿が見えていたが、それは直ぐに見えなくなってしまう。

「ごめん」
目を伏せ、俺は呟く。
皆で行けば良かったのかもしれない。
だけど、これは俺のリベンジだ。
俺は確かに弱者だが、それでも男としての意地がある。

俺はエミリアの走り去った道と逆方向に足を進める。
走りながらもう一度肉体強化の術式を組み、脚力の強化魔術を発動させた。





―――――――――――――――――――――――――
 
尾崎市郊外の廃工場。
そこは小規模な魔術薬の製造工場だった所であり、今は錆び付いた機械だけが残る無人の空間と化していた。
しかしそれはつい2時間前に破られた。

夜の10時を過ぎた現在、魔術師の戦闘によって設備の大半は壊され、辺りは瓦礫の山と化していた。
そんな工場の中を、赤髪の少女……九条香恋は朧げな足取りで駆け回っていた。
いや、駆け回るというより逃げ回るといった方が近い。

その理由は簡単。
彼女に魔力切れが近付いてきているのだ。
魔力量は普通の魔人よりも遥かに多い九条なのだが、2時間も断続して魔術戦を続ければ限界がくる。

少しでも休むことができれば微弱だが魔力は回復し、戦いを続けることは可能なのだが、緒川・裕二は、九条に休む暇など与えなかった。
「あー、堪らないなぁ。これだよ、これこれ。これを待ってたんだよ僕は」
しかも問題はそこだけじゃない。
もっと大きな問題。それは
(何であいつに魔力切れは無いのよ!?)
九条が心の中でそう叫ぶぐらいに、緒川の魔力に底が全く見えない事だ。

確か半ば堪当された身ではあるが、緒川・裕二は旧魔術師で魔人化した家の出身であり、名門と言って良い家系である。そのため、普通の魔人より魔力量は多いのだが、変異型である九条よりは少ない筈なのだ。

疲労困憊の九条とは対照的な、魔力の限界を無視しているとしか思えない常識はずれの存在。
顔を覆う真っ白な仮面がより一層不気味さを醸し出しているようだった。

「だがこれじゃまだ足りない。お前のせいで僕の人生は台なしになった。言っただろう? 復讐だと」
狂気に彩られた奇声。
そして放たれる魔術。

「紫色の散弾」
緒川が唱えた瞬間、彼の周りに幾つもの小さな球体が顕現する。濃縮された雷属性の魔力により、紫色のそれは本来のものより多く、強力な魔術へと進化していた。

「いけ」
緒川の声に従い、背を向けて自分から遠ざかる彼女目掛け、雷を帯びた無数の弾丸が放たれる。

九条は足を止め、振り返った。そして残り少ない魔力で衣より防御力が高い甲冑を纏い、紅蓮の炎の出力を上げる。

(くっ)
しかし、そんな普段の九条にとって出来て当たり前のようなことでさえ、今の彼女には難しいものがあった。
唐突に平衡感覚は失われ、ガクッと視界は傾く。

それでも負けるわけにはいかないと、九条は朦朧とする頭をフルに回転させ、大剣の如く巨大化させた炎剣を盾のように構えた。
そして緒川の放った魔力弾の一つが九条の炎剣に直撃する。
その瞬間
あまりの轟音にありとあらゆる音が消し飛んだ。
瓦礫は爆風と衝撃により吹き飛ばされ、更に新たな瓦礫を産む。高温の熱風は一気に空間を駆け抜け、あらゆるものを蒸し揚げる。
それはまさしく、爆発だった。


耳がイカれるような轟音と体を叩いた熱風と衝撃。瞬間的に発動させた防御魔術によって緒川自身にダメージは無いのだが、思わず仮面に隠された顔をしかめてしまう。

「あの女、どこへ消えた…?」
緒川は九条が爆発の寸前まで居たであろう場所を睨む。彼女の姿が無いのだ。残された火の海によって明るく照らされた、この瓦礫だらけの空間のどこにも。



その時、九条は重たい体を引きずり、廃工場から抜け出した後だった。

今の九条の状態は限りなく危険だ。先程の爆発は何も仕組んだものではない、術式が誤作動を起こし、魔力が暴発したのだ。
魔力暴走と言う単語が彼女の頭に過ぎる。

「はぁ……はぁ……」
ふらつきながらも足を止めなかった九条だが、道路に出る手前で彼女の視界が大きく傾き、倒れ込んでしまう。

元より逃げるつもりは無い。
態勢を整えたかっただけだ。

彼女は微弱な炎剣となった紅蓮を杖代わりにし、体に力を入れるが
「っ!」
立てない。
力が全く入らない。

これが魔力切れ。変異型で魔力量には悩んだことが殆ど無い九条にとっては、初めて味わう苦い感覚だった。

文字通り、絶体絶命の状態。
打開策は愚か、体すら動かない。

「萎えたし、もう終わらせるかぁ……」
後方から迫る足音。
狂気に満ちた声。

緒川・裕二が近づいて来ている事を九条は察知し、目をそちらに向ける。
彼女の視線の先には、何も無い真っ白な仮面。
それが辺りに広がる薄暗闇に映えて何とも不気味で悪趣味な絵を生み出していた。

何とかしないと殺される。それは九条も解っているが、もはや甲冑すら纏えなく、微弱な炎剣を維持することしか出来ず、体もろくに動かない状況ではどうしようもない


「雷槍」
死刑宣告、と言わんばかりに緒川は唱える。
挙げられた彼の手の先に雷属性魔力は集結し、一つの雷の巨槍を創り出した。


暗闇にほとばしる紫色の稲妻。
その槍先は、九条へと向けられた。

自分は間違いなく殺される。もう逃げられない、そう思った九条は目を閉じる。

憐れだった。惨めだった。
自分を必死に連れ戻そうとしてくれた少年の気持ちを、棒に振ってまでここに来たのに結果がこれだなんて。

あんまりな結末だ。自分の醜い感情と愚かな過信はどうしようもない最悪の結末を招き、自分の首を絞めている。

胸の内から込み上げるのは悔しさや怒りでもなく、ただ虚無感。
もはや迫りつつある最悪の結末すら怖くないと感じる自分が嫌になる。

九条・香恋は、出ない魔力を搾り出すのも、術式を組むのも止めた。
緒川の魔術がそろそろ放たれる頃合いだ。
そう、その筈なのだ。
しかしどうして。
どうして、何時になっても魔術が放たれる気配すらない?
九条は疑問に思って目を開ける。

すると、何故か固まっている緒川。
彼の集中が途切れたのか、闇夜に浮かんでいた雷の巨槍はバラバラに分解し、宙を舞うだけの魔力体と果てる。

緒川が見詰める先、そこに彼は立っていた。
少し焼け焦げた制服。
男子にしては長めの黒髪。
どこか頼りない、紺色の瞳。

右手に鞄を提げ、彼は九条の窮地に現れた。救世主やヒーローと呼ぶには頼りないし、別段強くも無い男だが、それでも少女は彼をヒーローに思えた。

そして、彼は口を開く。
「お前を連れ戻しに来た……いや、ここはお前を助けに来たって言う場面か。こんな大したこと、俺じゃ役不足なはずなんだけどな」
坂本・翔護は疲労感たっぷりな溜息をつき、緒川・裕二を睨んだ。











―――――――――――――――――――――――――

冷静に話したものの、俺は現状に動揺を隠せなかった。

俺の目の前には傷付き、立つことすらままならない一人の少女、九条・香恋。

そして彼女の向こうには、不気味な真っ白の仮面。ちなみに模様のような物は無い。

「何で……あなたが?」
先程の言葉で俺がいることに気付いたのか、九条が小さく言葉を漏らした。
何があった、なんて聞くまでも無い。
彼女の姿を見れば。そして不気味に突っ立ってるあの野郎を見れば、充分に分かる話だ。

九条は敗北しかけていた。
いや、殺されかけていたと言った方が正しいか。

一人で突っ走るからこうなるんだ、と客観的な意見で彼女の行動を批判する余裕なんて俺には無い。
ただ、無性に腹が立つ。

だが落ち着け。ここで後先考えずに暴れるのは絶対に駄目だ。
悔しいが、九条をここまで追い詰めた奴を、俺はどうにかすることは出来ない。

「大丈夫な訳無いよな。見た所、魔力切れみたいだし。ほら」
信じられない、そんな感情の篭った視線を飛ばしてくる九条の元に歩み寄り、俺は手を差し延べる。
おそらく九条は自分じゃ立てないだろうから。

「嫌よ。これは、私の問題なの」
しかし彼女は一向に手を取ろうとしない。
瞳に宿る感情と口から発した言葉が、曖昧に矛盾しているようだった。

勿論、ここで引く俺じゃない。

炎剣が一転、もはや杖代わりになってしまった九条の魔具を握る小さな手を、俺は半ば強引に握った。

傷だらけの手から温かい体温を感じる。
彼女の体が一瞬、ビクッと震えたような気がした。

「いい加減にしろよ」

切れ長の黒い瞳を見詰め、俺は開口する。
彼女の魔具は地面に落ちたが、今は気にしない事にする。

「何、お前が勝手に責任感じてんだ? 復讐だとか俺を守るためとか、何だか今のお前を見てるとそんな理由で戦ってる風には見えないよ」

九条に肩を貸し、掛け声と共に彼女を立たせながら、俺は続ける。
「まったく、少しぐらい頼りにしてくれよな。相談ぐらいなら乗るのに」
未だ現状に納得していないのか、抗う気力すら無いのか、九条は黙って俺の顔を凝視している。

とりあえず微笑み掛けた、その時。

「はっ、何のつもりだ坂本?」
仮面の男が放つ、明確な敵意と殺意が篭った声が嘲笑と共に被せられた。

途端に体が硬直する。

緒川・裕二。
こいつが、全ての元凶。
完全な逆恨みで九条を精神的にも肉体的にも追い詰め、そして橘を始めとする何人もの生徒が傷付けられた。

「どうした、何か言えよ? 」
完全に見下したような口調の緒川。

緒川の言葉を無視し、どうやって解決するかを考える。

一番に思い付くのは話し合いだが、それは無理だろう。
ならば屈辱を覚悟の上で懇願は?
いや、そんな手段じゃ駄目だ。
見た瞬間に感じた。こいつはもう人として大切な何かを見失っていると。
例え何度説得しても何度頭を下げても、こいつは復讐に固執し過ぎて聞く耳すら持たないだろう。

それに緒川は逃がすつもりなんて元から無いようだし。
まあ、誰だって、目の前に迫った自分の願望が叶うチャンスは逃したくないだろうけど。

「いい加減答えろよ、クズ!」

要は警察に緒川を引き渡せば丸く収まるのだ。それが九条にとっても俺にとっても安全でベストな手段。

しかし、そのためには。
時間稼ぎをしつつ、警察の到着を待たねばならない。
時間稼ぐために一戦する事も必要になるだろう。


まったく、我ながら矛盾しているな。
九条に戦うなとか綺麗事を言っておきながら、結局は自分も戦う事になるんだから。

良いよな、アルマロス。
お前は『自分の思うままに行動しろ』って言ったんだし。

視線を緒川に戻し、言葉を紡ぐ。

「ふざけんな」

「は?」

勝てる自信どころか生き残れる自信も無い。
けど、ここで九条を見捨てたら、男として終わってる。

「何が復讐だ。勝手に自分を美化しやがって。元を辿ればお前のイジメが原因じゃねぇか!」

溜まりに溜まった叫びを緒川に浴びさせる。
横では九条が目を見開き、俺を凝視していた。

「お前……この僕に向かって!」

激昂した緒川が口を開き、呪文を紡ぐ。

「血染めの突剣」

突き出した緒川の右手の先に、赤黒いレイピアのようなものが顕現する。
その刃先は俺へと向いており、いつでも放てるように、いや、たった今放たれた。

「くっ」
咄嗟に魔力を練って術式を構築し、いつしかの授業で習った防御魔術である盾を目の前に顕現する。

半透明の盾に突き刺さる、赤黒い剣。
それにより、一瞬で盾にヒビが走る。

破片を散らし、悲鳴を上げる盾。
実習の時と比べて上手くいったとはいえ、破られるのは時間の問題だ。


いけるか……?

焦燥と不安や戦慄で背中を濡らしつつも、俺は魔力を練り、ぶっつけ本番で魔術の術式を組み上げていく。

そして黄白色に光る球体を左手に顕現。

迷うことなく、俺は光属性の性質を持つ魔力体を、攻めぎ合う盾と剣の向こうにある不気味な仮面に向かって全力で投げ付けた。

「何だ、この変な魔術は。攻撃のつもりか?」
ゆっくりと緒川の元に飛来する魔力体を眺め、彼は勝ち誇ったように語る。

緒川は気付いていないようだ。
それは攻撃魔術ではなく、補助魔術だということに。

俺は顔を伏せ、九条の頭に片手を伸ばした。そして、抱き寄せるような形で彼女の顔を緒川から逸らす。

「何?」

「目、つぶってくれ」

俺の意味不明な行動に慌てたのか、ビクリと体を震わせる九条。変な風に捉らえられるのもあれだから、俺は彼女に耳打ちし、自分の目を閉じる。


次の瞬間、何かが弾けるような音が鳴り響いた。


「なっ」

驚愕に支配された緒川の声が耳に届く。

決まった。
目を開き、俺は確信する。

「お前、何をした!?」

緒川は怒声を上げ、二・三発ほどの白色の魔力弾を放つが、それらは全て俺達には当たる事はない。

理由は簡単。
緒川は視覚を失っているからだ。

先程、緒川の視界に入るように投げた魔力体には、数秒後に一瞬だけ強く発光する術式を組み込んでおいた。
まあ少し難しく言ってみたけど、要するに閃光弾と呼ばれるD級魔術なんだけどね。


まあそんな訳で、今現在、緒川は何もかもが全く見えていないはずだ。

だから今の内にするべきことをしよう。
恐らく、そんなに長くは持たないから。

「え、あっ……!?」

「歩けないんだろ?」
抱き寄せていた九条を、そのままお姫様抱っこに移行。

「いっ、一体何のつもり!?」

「そりゃ、こんなつもりだ」

「答えになってないわよっ!」

自身の鞄と彼女の体重に腕は若干の悲鳴を上げるが、俺は緒川に背を向ける。

「くそっ、待てっ!」

砂利を踏む足音で分かったのか、緒川の怒声が聞こえた。
だけどまぁ、そのまま待ってやるつもりなんて毛頭ない。

とは言え、また俺はすぐに戻るつもりだけどな。




「ここらで大丈夫か」
廃工場を囲う塀の物陰に九条と鞄を降ろし、俺は呟いた。

「何で来たのよ。私はあなたにあんな酷いことしてまでしたのに……」
俺の登場に全く理解が追い付いていなかった九条は、ようやく頭の整理がついたらしい。弱々しいが言葉を掛けてくる。


「悪いけど俺は負けず嫌いなんだ。リベンジと思ってくれ」

「何よ、それ……馬鹿じゃないの?」

「人の静止を振り切ってまで進んだ奴の台詞じゃないと思うぞ」

「……」

俺の言葉に一瞬にして顔をしかめる九条。魔力切れだから炎は飛んで来ないみたいだ。
だけどそれはそれで感覚が狂う。

ほんの少しの間、気まずい沈黙が続くが、九条がそれを破った。

「まさか、これでやり過ごすつもりなの? 無理よ、アイツは絶対に……」

「追いかけて来るだろうな。だけど、それは緒川を警察に引き渡してしまえば終わる。あいつはもうれっきとした犯罪者だし」

相手は桜魔の生徒六人……いや、七人を相手にした犯罪者。しかも、奴には名門貴族の血が流れている。
悔しいけど、奴は間違いなく俺と比較にならない程の格上だ。

確かに怖いさ。
家に帰ってご飯を食べたいし、テレビ見たり、エロ本等を見て、自慰して寝たいよ。

でも女の子が傷つけられているのに、それを見て見ぬふりをするクズにはなりたくない。
だから、覚悟を決める。

「まさかあなた……」
まじまじと俺を見上げる九条。
どうやら彼女は、これから俺のしようとすることが分かってしまったらしい。

「無理よ! あんな魔力の底が見えない意味不明な奴に勝てる訳無いわ!」
九条は声を荒げる。

「じゃあ他に何か案はあるのかよ? 兄貴を呼ぶにしても松川達を呼ぶにしても、先に緒川の視覚が回復してしまえば終わりだ」

「それは……」

言葉に詰まる九条。
そして、恨めしげに言葉を漏らした。

「坂本君は無関係なのに……」

「関係ならあるだろう。俺と九条は友達なんだから」

言葉を返しながら、俺はブレザーを脱ぎ、ネクタイを外す。それを九条の横に置いた後、俺は鞄を手に取った。
丁度その時。
「で? この怒りは何処にぶつければ良いんだ? ああ、なるほど。坂本か」


足音と狂気に染まった声が、俺の肩をビクリと震わせた。

緒川がこの場に来てしまっては意味が無い。
奴は恐らく廃工場に残った九条の魔力痕を利用して探知魔術でも使って探そうとするだろう。
だから俺が出て、奴が九条に手を加えないようにしないといけない。

「どうするのよ?」

「大丈夫だ。武器もあるしね」

俺は鞄から一対の黒いガントレットを取り出した後、九条の横に鞄を戻す。

「魔具? ちょっと待ちなさいよ。坂本君はまだ三級の資格が」

「ああ、フライングだな」

言葉を返し、俺は両腕に魔具を通した。

特に装飾は無い、ただ漆黒の篭手。うっすらと魔法陣が彫られているのを確認できるだけのそれは、前腕部まで覆える。

使い方なんて頭で理解してても、いざ使うとなるとイマイチ分からない。
だが、それでも使うしかない。圧倒的な差がある以上、その差を少しでも埋めなきゃお話にならないのだから

「そんなの……そんなの認められないわ。あなたがここまでする理由なんてこれぽっちも無いのに」

「理由ならある。男は女の子を守らないといけないって兄貴や親父に言われ続けていたからな。それに二回も同じことを言わせるなよ、俺は九条を連れ戻しに来たんだ。」
弱々しい言葉を漏らす九条に言った後、俺は苦笑しながら続ける。
「ああ、警察に通報するのは頼むな。男の俺が通報するより女の九条が通報した方が早く動いてくれそうだ」

そう冗談を述べた後、俺は踵を返した。




声が聞こえた場所に戻ると、そこには全身から異様なオーラを放つ、緒川・裕二がいた。

あの妙な仮面は健在。
本当、気味が悪いな。

「あの女はどこにやった?」
俺が戻るや否や、彼は感情の篭っていない平坦な声を投げ掛けてきた。

もちろん答えてやるつもりは無い。
黙って睨み付けていると、緒川は俺の魔具に気づいたらしい。

「おい、お前のその両腕はどういう意味だ?」

「……」

「答えない、か。まあ良い。僕は今とても機嫌が悪いんだ。お前を」
言葉を区切る緒川の右手に、紫色の雷がほとばしり、そして叫ぶ。
「殺さないと気が済まない程になぁ!」

次の瞬間、緒川が地を蹴り、一気に俺の懐に飛び込んできた。
顔面に紫雷を帯びた右拳が高速で迫る。
咄嗟に顔を逸らし、避ける。
本当にギリギリのタイミング。
しかし緒川の攻撃はそれに留まらない。
悍ましいほど白く染め上げられた仮面が、俺を捉えた瞬間……
冷汗がブワッと吹き出し、無意識の内に足を震わせる戦慄が容赦無く俺を襲う。

「雷剣」
唱えた緒川の左手に、紫電を散らす、雷の剣が顕現。

「死ね!」
緒川は、それを俺目掛けて振りかざした。

「くそ」
全力で体勢を落とし、横薙に振るわれた雷の剣を回避。これもギリギリだった。もう生きた心地がしない。

だが、これはチャンスた。
空振りのせいでがら空きとなった緒川の懐へ距離を詰め、俺は漆黒の篭手に包まれた拳を握る。
そして、半ば我流の肉体強化の術式を魔具を介して構築し、腕力を強化。
魔具のおかげで、すんなりと術式を組み上げることができた。

後は
「おらぁっ!!」
緒川の鳩尾へ、右ストレートを叩き込むだけ。

「がっ……!」

手応えは充分にあった。
それを証明するように、緒川はよろめきながら後退る。いつの間にか奴の左手にあった雷の剣は消えてた。

攻撃は、まだ止めない。
拳を握り直し、踏み出す。
しかし甘かった。

「一撃当てたぐらいで……図に乗るなぁ!」

緒川の叫びと共に、無数の白色の魔力弾が顕現。
それらは全て俺を向いており、避ける隙も無く、また術式を組む隙も無く放たれた。


「がああああっ!」
全弾、直撃。
真っ白に染まる視界が真っ白に染まり、全身に激痛が走った。

気づいたら俺は仰向けに倒れており、ゆっくりと緒川が迫ってきているのが確認できた。

くそ……まずい。
『甲冑』をいや衣さえ使えていれば、こんなことにはならなかったのに。

だが、まだ俺は立てる。
諦めてたまるか。ここで負けたら九条に合わせる顔が無いじゃないか。

「はっ、調子に乗るからこうなるんだよ。防御魔術充分に使えない屑は黙って地をはいつくばっていれば良いんだ」

何だ……?
何か、おかしい。
何なんだこの言い表せない違和感は。

立ち上がりながら、俺は思考を巡らす。

何かが引っひかっかる。
何か重要な事をみおとしているような……

しかし、俺の思考は止まった。
中断せざるをえなかった。

「だからもっと苦しめよ、クズ」
炸裂する、数多の魔力弾。

「くっ……」
雨のように降り注ぐそれらは、俺の周りに着弾し、煙やら衝撃やら轟音を生み出す。

被弾はしてはいない。
だが緒川を確認出来ない。

そして
「雷槍」
と僅かに聞こえた。

俺は反射的に地を蹴り、横へ飛ぶ。
その直後、衝撃波が俺の体を叩いた







―――――――――――――――――――――――――
九条視点
「情けない。」

壁に背中を預け、私は警察に連絡した後小さく呟いた。

魔力切れ。
それに加え、魔力暴走寸前。
魔力に恵まれていた私が初めて味わう感覚だ。

おそらく私は立ち上がることすらできない。術式を組むなんてもっての外。
でもここで傍観なんて出来る訳が無い。

彼じゃ……坂本君じゃ、あの緒川に太刀打ち出来ない。恐らく一撃喰らわせるのが関の山だ。


一刻も早く何とかしないといけないのは明白。だけど、そのための打開策が全く浮かんでこないのも確か。

「どうすれば良いのよ……」

自分の無力さを歎いた直後、私の瞳はある物を捉えた。


それは、彼の鞄の中で顔を覗かせている、瓶状の物体。

もっと分かりやすく言うなら、それは魔術薬学の実習の時に作製した薬品だった。

その名称は、魔力安定剤と言う。







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