魔神と落ちこぼれの魔術師

モモ

九条・香恋(中編)

橘が渡してくれたカード。あれには一体どんな術式が組み込まれているんだろう?
試しに魔力を流した瞬間、九条の位置情報が頭に流れ込んできた時には思わず驚いて足を止めてしまった。
それで分かったことだが、あのカードの魔術は魔力を流している間だけ発動する。
つまり、細かく所々で魔力をカードに流して九条の位置情報を確認しないといけないのだ。
まあ、そんなことは大した問題じゃない。
一番の問題は
「遠っ」
距離だ。
思わず声に出てしまう程の問題である。

「どうしよう」
カードへの魔力供給を止め、俺は空を見上げた。
満天に広がる雲。星なんて見えやしない。
少し憂鬱な気分になりつつも、俺は思考を進める。

魔術の情報によると、猛烈な速さで彼女は移動していた。
どれだけ全力で走っても追い付くのは難しいだろう。
追い付く手段は……タクシー等は無理だ。
場所を細かく説明出来ない。
と言う事は強化魔術で脚力を強化して走るしかない。
出来るのかな……
五感の強化ぐらいは俺でも出来るが、身体能力の強化となると話は別だ。
理論は解るし、衣の要領で使えば出来ないことはないだろう。
エミリアも言っていた。肉体の強化魔術の理論と防御魔術の理論は似ていると。
しかし、下手な術式を組めば、良くて筋肉痛。
悪くて足が潰れる。

冗談でも笑えない
だけど躊躇っている暇は無い。
早速、俺は魔力を練り術式の構築に取り掛かった。

流れていく景色。耳を裂かんとする轟音。体を叩く突風。慌てて道を空ける人達。
そして
「死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬ絶対死ぬ!」
涙目で歩道を車顔負けの速さで駆け抜ける俺。
明日は筋肉痛で歩けないことは確定だ。

それに今さら言っても仕方ないんだが、警察に通報され捕まれば、下手すれば逮捕される。

そんなことを危惧しながら走り続けているといつの間にか都心部を抜けており、目の前には田畑と真っ直ぐに伸びる道だけとなっていた。

「え!? う、嘘だろ……」
何てこった。両足に施した肉体強化の魔術の効果が切れたのか、徐々にスピードは下がっていき、並の速さに。
まずい……どうしよう。
内心で焦る俺は携帯で時刻を確認する。7時40分。あと20分しかないと言うのに九条は未だに見付かっていない。
取り敢えず、もう一度橘が渡してくれたカードに魔力を流して位置を確認しなくては。
ブレザーのポケットを探り、一枚のカードを取り出した所で
「……光?」
街灯と街灯の間に広がる闇。その中に不規則に揺れるオレンジ色の光を発見した。
近付くにつれ、その光は誰かの手の平で踊る炎だと分かった。そしてその誰かの姿も。

心臓が止まるかと思った。

見間違う筈などない。
炎のような赤い髪。
女子にしては少し高めの身長。
立ち止まっている彼女に近付き、その今にも壊れそうな背中に声を掛ける。





―――――――――――――――――――――――――

九条視点



太陽は完全に沈み、所々にある街灯が私を照らす。
都心部や市街地が建ち並ぶ所とは違い、尾崎市の郊外は全く人気がなかった。
左右に広がっているのは田畑や工場。そして前方には真っ直ぐに伸びる大きな車道。しかし車が通る気配はない。

「本当にここ、尾崎市なのかしら?」
夜空を見上げ、ぽつりと呟く。
後ろを向けば光り輝く都心部の姿が広がってる筈だけど、今は振り向く気分にはなれなかった。

ともあれ、約束の場所まであと少し。
あと20分で20時になるけど、それだけあれば充分間に合うわ。
私は足を速め、覚悟する。

絶対にあいつを潰す。
あいつの自信の源がどこにあるのか分からないけど、掴んだ尻尾を離すつもりなどない。
それに私が行かなかったら、このくだらない復讐劇に坂本君が巻き込まれる。

それは何があっても駄目。
もうこれ以上、私に関わった人が傷付いていくのは見てられない。

少し進むと街灯が無い所が増えてきたため、私は右手の平に炎を顕現した。
それは、どんな時も私を温かく照らしてくれたオレンジ色の光。
そして、それは私の人生を灰にした残酷な炎。

皮肉としか言いようがなかった。
この体に流れる力のせいで私は親に捨てられ、周りからは『化け物』と呼ばれた。
でもその力はそこらの奴に負けない力で、あまりに純粋で珍しすぎる力だった。

故に周りは常に私と距離を取ろうとした。
恐怖や嫉妬。理由は様々だが、通じているのは『ただの人間から生まれたのに』という愚かで救いようの無い感情。
気味が悪い、と血の繋がった母が言った。
呪われた存在、と血の繋がった父が結論付けた。
化け物、と血の繋がった兄弟が呼んだ。

だけど、家族……孤児院の皆は違った。
血は繋がってはないけど、お母さんや兄さんのおかげで、私は腐らず真っ直ぐに育つことができた。

『寄ってこないのなら、こっちから歩み寄ってやれば良い』
そんな兄さんの言葉もあってか、いつしか私は孤独から遠い人になっていた。
やがて中学生になった頃には、私の世界に積もっていた灰は綺麗に消え去った後だった。

そして中学三年生に進級した私はある事件を目撃した。
それはイジメ。しかも一方的な魔術を使った虐待のようなものらしい。
私は怒った。
がむしゃらに魔術を使い、相手を気絶させるに至るまでボコボコにした。
お節介を超える、完全な私情だったけどイジメられていた少女、舞は私に感謝してくれ、親友にまでなってくれた。

それが舞と私の出会い。

まさかそれが裏を返すなんて、あの時の私は思いもしなかった。

「……って」
いけない。感傷に浸り過ぎたわ。
少し反省した後、私は止まっていた足を再び動かし始める。

坂本君を舞の二の舞にさせる訳にはいかないし、これ以上、こんな茶番に付き合うつもりもないから。
今日、全てを終わらせる。
と考え終えた時
「見付けた!」
聞き覚えのある声が背後から聞こえたような気がした。




―――――――――――――――――――――――――

翔護視点


「見付けた!」
瞬間、ビクッと彼女の肩が動いた。
そしてゆっくりと振り向いた彼女の顔は、俺のよく知っているようで知らなかった人物。
九条・香恋だ。

「ど、どうして?」
開口一番、九条が発した言葉はこれだった。
信じられない、と顔に書いてあるのも同然の彼女の表情。
あまり良い気分はしない。

「九条こそ……何やってんだよ」
俺は逆に問う。自分でも嫌だと思うぐらいに俺の表情は冷たかったのだろう。
鏡を見なくても分かる。九条の表情を見れば。

「ど、どこに出掛けようが私の勝手じゃない。あなたこそ何で……」

「帰るぞ」
九条の声を遮り、ただ一言。
見ていられなかった。俺の知る九条はこんな弱い人じゃない。
もっと強くて頼りになる、そんな人だった筈なんだ。

「ど、どうしてよ? 私はこれから大切な用事があるの。だから帰る訳にはいかない。帰るなら一人で帰りなさいよ。そもそも何であなたがこんな場所に」
九条の表情が不自然に変わる。
やはり焦っているようだ。
早口だし、笑顔だけど目が笑ってない。

「もう、分かってんだよ」
奥歯を噛み締めるような声で、俺は冷たく告げた。
その瞬間に九条の中にある何かが崩してしまったようだ、少し申し訳ないものを感じるけど。

「だ……から、何を、よ?」
途切れ途切れになる九条の言葉に消されたかのように、彼女の右手の平で燃えていた炎は消失する。

「九条が向かおうとしている場所も、そこで何をするのかもな」
ポケットから例の用紙を取り出し、彼女に見せる。
暗くて文字がハッキリと見えないだろうが、それでも彼女の声を止めさせるには充分すぎる代物だった。

今こそ、全てを告げる。
「復讐の復讐だなんて止めてくれ。橘も喜ばないし、それで守られたって俺は一つも嬉しくない」

「……」
完全に凍り付く赤髪の少女。
そこに表情と呼べるものは無かった。

構わず、俺は続ける。
「警察に通報とかされてみろ、下手をすれば事件の容疑者として勘違いされるかもしれないじゃないか。だから帰ろう? 俺のことは兄貴に話せば何とかなるから」

最後に手を差し出し、答えを待つが
「……嫌よ」
返ってきたのは『拒否』のニ文字だった。

「……」
今度は俺が固まる番だった。
差し出したままの右手を静かに降ろす。

どうして?
何で分かってくれないんだよ、九条はそこまで話が通じない人じゃないはずだろ!?
返す言葉など、胸の内から幾らでも沸いてくるが、何一つ声として口から出ようとしない。
沈黙が暫く続くが、九条の言葉でそれは破られた。

「ほんと、どこで見付けたのかしら」
裂くような、鋭利で冷たい声。
しかしそれは熱いものへと変貌していく。

「そうよ。私がしようとしていることは決して認められるものじゃないわ。でもあの糞貴族は……緒川・裕二は、あなたが想像もしないような悪い奴なの! 話し合いで解決できるならもうしてる! でもそれができないからこうなってんのよ!だから私のことは放っといて。これは私の問題なの!」
と九条は叫ぶ。
そして次の瞬間、爆発的に彼女の体から目視できるほどの濃縮な魔力が吹き出した。

薄暗闇から一転。
彼女を中心に真紅の空間が広がった。

体を蝕まんと上昇する気温。
肌で感じる彼女の魔力。

「くっ」

戦慄する俺に、彼女は告げる。
「これでも私はまだ力の半分も出してないわ。分かる? 私は『変異型』って言う、化け物なんだから!」

何で、自分で自分のことを化け物って呼ぶんだよ?
まあ確かにいろいろきついけど、でも俺は普通の女の子だと思ってる。
でも、九条は自虐的で、俺を突き放つような言葉をぶつけてくる。

「あなたの気持ちには感謝してる。でも、私は譲れない。どうしても私を連れて帰るって言うのなら……」
彼女の口から言葉が発せられる。

「炎弾」
発せられた瞬間、九条の右手から放出された火球は、まるで弾丸のような速さで俺の顔面の真横を突き抜けた。
遥か後方で轟く、爆発音。

「へっ!?」
これが、本気の一流魔術師の攻撃……
有り得ない。何だよ、その破壊力。
スポーツ感覚で行われる模擬戦闘とはレベルが違う。
それにさっきの魔術はDランクの魔術だ。
それがこの威力なのだから、九条がどれだけ魔術師として優秀なのか、良く解る。
どうあがいても俺では勝てない。いや、例えやり合ったとしても、傷一つつけるのも無理だろう。

僅かだが、確かに足が震えている。
ちくしょう……
何、俺はビビってんだよ。

情けない自分の両足を睨む。
しかしどれだけ言い聞かせても、両足の震えは止まらなかった。

「素直に帰れば、今ここであったことは全部忘れたことにしてあげる」
苦痛に満ちた表情で言葉を紡ぐ九条。
広げられた両手の平には、新たに燃え上がる炎があった。

一人で帰ることなんて出来るか。
橘と松川と約束した。
九条を必ず連れ戻すと……

そう思うといくらか、足の震えが収まってきた。
真っ直ぐに九条の黒い瞳を見詰め、言葉を放つ。

「断る。俺は絶対お前を連れ戻す。ここまで来るのにかなり手間がかかったんだ、今更一人で帰るなんて無理だ」

「そう」
目をつぶる九条。そして開かれた黒色の瞳には、明確な覚悟が宿っていた。

「なら私はあなたを倒しても先に進む。後悔したって遅いんだから!」
無詠唱で放たれる二つの火球。
高速で的確に放たれたそれは、俺の足元を爆撃した。
直撃はしていない。
だが俺の体を叩いた爆風と衝撃により、俺は後方へ突き飛ばされた。

「痛っ。ちくしょう、詠唱破棄でこの威力かよ……」
尻餅をついた姿勢で、煙の向こうにいるであろう彼女を凝視する。

「もう帰って。これ以上、私はあなたに攻撃したくない」
煙が晴れた先には右手に真紅の光を纏う九条がいた。
光に照らされる彼女の表情は、今にも泣き出しそうなものだった。

だからこそ。
だからこそ、俺は諦める訳にはいかない。

「こんなこと止めて早く帰るぞ九条。橘と松川が待ってる」
立ち上がり、彼女の元へ歩み寄る。
そんな俺を見てか、九条は苦しそうに顔を歪め、叫んだ。

「しつこいわよ! 次は当てる! 防御魔術を使わなきゃ、ほんとにただじゃ済まないわよ!」
彼女の口が魔術名を紡ぐ。
「炎竜の吐息」

「嘘、B級魔術とか洒落に……」
身構えるが、遅かった。

真紅に塗り潰される視界。俺の体を焼き尽くさんと、超高温の熱風が襲ってきた。
衝撃に耐えられなかった俺の体は宙に浮き、地面に叩き付けられ、地を転がる。

「がっ……」
砂塵が汗で泥と化し、それが体中の傷に滲みる。それだけでなく体中の節々が悲鳴を上げていた。




一瞬、自分でも死を覚悟した。
だけど、俺は生きている。
まだ立ち上がれる。

案外、体が丈夫なのかね。
いや違うか。
アスファルトで舗装された道路に手をついて立ち上がりながら、そう思った。
「な、何で防御魔術を使わなかったのよ? ば、馬鹿じゃないの? 折角、忠告してあげたのに」
立ち上がり制服についた砂埃を掃う俺を、信じられないような目で見ながら九条は言う。

ふ、勘違いしてもらっても困るな。
使わなかったんじゃなくて、使えなかったんだ。俺を過大評価されても困るぞ、本当

まぁ、そんなどうでも良いことはさておき。

「確かに死ぬかと思ったよ。だけど、何で俺は今立つことが出来ているんだろうな?」
答えは実に簡単。九条は手加減していたからだ。
新魔術の術式は『理論に基づく法則』とそれに乗っ取った『情報』からなる。要は威力の加減はそこまで難しくないと言う事だ。まあ、最大威力は術師の素質によるけど

まあ、結論を述べると、さっきの魔術は見掛け倒しだった。
かなり熱かったのは確かなんだけど。

「なぁ九条。もう止めにしないか? これ以上、俺はお前を見てられないよ。お前はこんなことをするような人じゃない筈だ」

「っ! うる……さい!」

押し殺すような、九条の声が耳に入る。
しかしそれは少しの間だけ。俺に向かって放たれる言葉の声色は強くなっていく。

「何、知ったような口を叩いてんのよ。私はあなたをどうにかして緒川を潰さないといけないの。矛盾してるのは分かってる。守る対象のあなたを傷付けて進むってことぐらい……分かってるの」
再び九条の全身を中心に真っ赤な空間が闇を照らすように広がる。
脳内で再生されるビジョン。
炎。爆撃。熱風。衝撃。
ちくしょう。
また足が震え始めてきた。
だからといって引き下がれない。少し息を大きく吸って吐き、気持ちを落ち着かせた後、俺は開口する。

「矛盾なんてどうだって良い」

「黙って」

「っ」

言葉を失う俺。
影と髪で表情は確認できないが、九条の言葉は感情性の感じられない冷たい機械のようだ。

「もう時間が無いわ。一分一秒でさえ大事なの。だから、これが本当に最後の警告であり命令。大人しく今ここであったことを忘れて帰りなさい」

無言で首を横に振り、拒否を示すと九条は歯を杙しばった。

彼女の心情を表すかのように、闇を照らしていた赤の魔力が更に広がりを見せた。

「どうしてよ? 頭おかしいんじゃないの!? もしかして私の実力を嘗めてる?」
そして彼女は叫んだ。
私を嘗めるな、と。

九条はブレザーのポケットから、定規ほどの長さの鉄製の棒を取り出す。
「圧縮、解除」
そう九条が唱えた瞬間、その小型だった鉄の棒は光に包まれ、剣のような大きさにまで変化した。

圧縮魔術。
それは名の通り、物質の形を小さくし、持ち運びを便利にする魔術。
補助に分類されるものだ。

となると、あれは恐らく魔具だろう。
九条、本気になったな。

改めて俺はそれに目を向ける。
何の装飾もされていないそのシンプルさが逆に高貴な雰囲気を引き出しているような剣。
九条はそれを軽く二・三回振った後、剣先を俺に向けた。
「紅蓮起動」
次の瞬間、剣の柄に真紅の魔法陣が展開し、そこから絶え間無く炎が放出される。
次第にその炎は剣の刀身をおおい、字の如く『炎剣』を成した。

「行くわよ」
彼女は駆け出した。肉体強化の魔術を施しているのか、その速さは尋常ではない。

「がっ!」
一瞬で距離を詰められ、炎剣の柄の端からの鳩尾への打撃。それは、俺に猛烈な吐き気と苦痛を与える。

だが、九条はこれに留まらなかった。
苦痛で屈んでしまう俺の頭めかけ、容赦なく回し蹴りを放ってきた。肉体強化が施されていたせいか、俺の体は軽々しく横に投げ飛ばされ、地を転がる。

やがて止まった所で、気が付いた。
「泣いて……る……?」

彼女は泣いていたのだ。
声も無く、ただ涙を流して。

「何やってんだろ、私」
彼女は目を真っ赤にして、俺に何か言ったようだったが、上手く聞き取れなかった。
代わりに意識が朦朧としてきた。
瞼が急激に重たくなり、体が動かなくなる。

ちくしょう……

うっすらと開かれた瞼から覗く夜空は、いつの間にか星が綺麗に見えるほどになっていた。
視界の隅で、九条が踵を返したのが確認できた。手を伸ばそうとしても腕に力は入らず、微動だもしない。

結局、俺は弱者だった。
本気を出した彼女に手も足も出なかったし、『彼女を連れ戻す』と言う簡単なことすら出来なかった。


「悔しいな。ちくしょう」
瞼が閉じ、視界が闇に染まる。
やけに自分の声が遠く感じた。








―――――――――――――――――――――――――

尾崎中央病院305号室。
そこに、四人の姿があった。

「それ……ほんとかよ?」

「間違いない」
驚愕を露にする茶髪の少年に、白銀色の髪の少年は頷いてそれを肯定した。
「となると、翔君はもう帰って来ても良い頃だよね」
壁に掛けられた時計を一瞥し、金髪の少女は言う。

現在、時刻は9時5分。

坂本・翔護が病室を出てから大分経っている。
しかし彼が一向に帰ってくる気配すらしない。
8時を超えていると言うことは、既に彼は九条・香恋の元に着いている筈なのだが、連絡一つ無いのだ。

こうした状況に危機感を覚えた松川と橘が翔護と最も親しい二人を呼び、今に至る。

「しかし……悪かったね渡瀬君。まさか風邪をひいていたなんて」

「いやいや。こんな一大事に寝てる訳にはいかねぇよ」

陽平はマスクを着けた状態で笑う。
実は彼の体温は37度を超えているのである。
しかし、彼はそんな様子など微塵にも見せず続ける。
「で、探しに行くんだろ? 一応、警察に通報したのか?」

「それはまだだよ。もし坂本君と九条さんが魔術の戦闘に巻き込まれていた場合、揃って何らかの処罰が与えられるから」

「処罰か。例えば謹慎?」

陽平の質問に、松川は無言で首を横に振って答える。

「謹慎で済めばまだ良い方だよ。最悪、退学だからね」

「おいおい……マジかよそれ」

溜息をつきながら、陽平は病室の天井を見上げた。そして、彼は視線を天井から松川達に戻す。

「じゃあ早いとこ探しに行こうぜ。翔護が行ってから大分時間が経ってるんだろ?」

「うん。だけど舞さんは……」

「……私なら大丈夫。どうせ明日で退院だし、香恋ちゃんと坂本君が心配だから」

病床から降り、橘は微笑む。

「橘さん。それは流石に無理な話じゃ」

「良いの松川君。制服に着替えるから、先に外で待ってて」

「分かったよ」

仕方なく彼は席を外す。橘は満足げに彼の後ろ姿を確認すると、鞄の中から制服を取り出した。


「な、なぁ、エミリア。橘と松川の仲ってこんな感じだっけ? もっと初々しい感じだった気がするんだけど」

「それ以前に二人はどういう関係なのかな? おかしくない? 舞さんの病室に涼君がいるなんて」

ひそひそと、橘に聞こえないように会話を繰り広げる陽平とエミリア。
しかし橘には聞こえたらしく、彼女は顔を真っ赤に染めて二人に言った。
「二人もお願いします」

「りょ、了解。つか、橘はどうやって外に……」
陽平は言葉を途中で止めた。
何故なら
「3階ぐらいなら魔術で何とかなります」
と、橘が笑顔で窓を指差して言ったから。

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