魔神と落ちこぼれの魔術師

モモ

九条・香恋(前編)

「ほい。んじゃ、今日の補習はここまでな」

「ありがとうございました」

夕焼けが教室を赤く照らす。
そんな完全下校時刻直前の時間帯。

魔術師検定二級やら準一級やらの補習は今日から始まったらしく、俺は特別教室まで追いやられることに。
これが数の差。
一人対何十人じゃ勝てません。
まあ、俺からすれば別にどうでも良いんだけど。

「えっと……さようなら?」

鞄の中に教科書と筆箱を詰め込み、黒板の文字を消している茜さんに言う。
普通なら手伝うべきなのだろうが、茜さんの黒板の文字を消すスピードは何故か半端じゃないのだ。
もう消し終えてるし

「おう。って、何故疑問形なんだ?」
長く艶やかな茶髪を躍らして振り向き、茜さんは俺に言う。

「いや、このまま帰るのは良心が痛むな、と思いまして」

「もう終わっちまったぞ」

「ははは」
うん、まさにその通りですね

「あ、そうだ。渡瀬って今日休んでたよな?」
何かを思い出したような口ぶりで尋ねてきた茜さんに、俺は首を縦に振って答える。

いやぁ、今朝の出欠の時に驚かされた。まさか復活したと思われていた陽平が風邪で休むなんてさ。

「そうですけど、どうかしたんですか?」
帰ったら魔話でもかけてみよう、そう思いつつ、俺は茜さんに尋ねる。
ずる休み……な訳ないよな、多分。

「あー、渡瀬に渡さなきゃならねぇプリントがあったんだけど、すっかり忘れてたんだよな」
口を動かしながら、茶封筒を俺の目の前に置く茜さん。

これをどうしろと?

「んなもん、お前が届けるのに決まってんだろうが」

心を読まれた!?

いや注目すべきはそこだけじゃない。
届けるの? 俺、陽平の部屋どころか学生寮の詳しい場所すら知らないよ?

「あの……こういうことは委員長の九条に頼むのが最適じゃないんですか? ほら、九条も寮生ですし」

「一々、渡しに行くのがめんどい」

「5分ぐらい歩けば教室に着きますよ?」

確か、彼女は教室で補習を受けている筈だ。まあ、時間からして終わっている可能性はあるけど

だが茜さんは言う。

「よし。頼んだぞ坂本」

「いやあの、だからそれはどういう」

「そのまんまだ。野生の勘を信じろ」

「ってことは俺が届けにいかなくちゃならないんですね! 何て清々しい!」

「褒めても何も出ねぇぞ」

褒めてないですよ!


とにかく、俺は陽平にこの茶封筒を届けに行かないといけないようだ。

この中身を見る……訳にはいかないか。
かなり気になるけどさ。

気を取り直し、俺はまず陽平と初めて出会った横断歩道、そこを目指すことにした。

下駄箱への道中でフラッと教室を覗いてみたのだが、エミリアや九条の補習はもう既に終わっているようだった。

これはつまり、完全にあてを無くしたということ。


さて……どうしよう。





5分後

「はっはっはっは……はぁ~」
後悔した。
それはもう、自分で笑ってしまうぐらいに。
九条はともかく、エミリアの連絡先は彼女本人に聞いておくべきだったのかもしれない。
まあ取り敢えず、俺は無事にあの横断歩道に着いた。そんでもって知らない道を勘を頼りに足を動かした結果
「迷った」
辺りを見回してもマンションやら住宅ばかり。学生寮らしき建物なんて見えやしない。

そもそも、学生寮ってどんな形の建物?

「よし」
こうなったら最終手段だ。
魔話で陽平に聞こう。

届ける本人に場所を聞くのはおかしいかもしれないけど、分からないんだから仕方が無いじゃないか。
そういう訳でポケットから携帯を取り出し、陽平へ魔話をかける。

「あー、もしもし? 元気陽平?」
受話器に気さくに声を送ると

『お、おう、元気だぜ翔護』
いかにも怠そうな親友の鼻声が、魔話を通じて耳に入ってきた。

「……」
携帯を耳に当てたまま、固まる俺。
何か悪い。
実は俺、元気百倍な陽平が電話に応じると思ってたんだが

『で、何か用があって電話してきたんだよな?』

「あっ、悪いんだけど学生寮の道を教えてくれないか?」

陽平の言葉で我に帰った俺は、早速彼に道を尋ねてみる。

『分かったけど、何でだ?』

「プリント……じゃないや、封筒。陽平に届けろ、って茜さんに押し付けられてさ」

茶封筒をヒラヒラと扇がせながら、俺は電話の向こうの陽平に言う。

『わざわざわりぃな。んで今、翔護はどこにいるんだ?』


あ。

…ど、どうしよう。
自分がどこにいるのかすら分からない。
「ここがどこが解らない」

『ん? 何か言ったか翔護?』

「あ、いや、こっちの話」
取り敢えず辺りを見回し、陽平に言う。

「何か……家がいっぱいある」

『……』

黙り込む陽平。
だが、小さく『どこだよ』と聞こえたような気がした。
流石に自分でも馬鹿丸出しの発言だと思う。だから少し補足を入れる。

「マンションがちらほら」

『……』

再び黙り込む親友。別にふざけてる訳じゃないんです。本当に。

そして、彼は俺に言った。

『一旦、商店街の手前の横断歩道まで引き返すんだ。そっから教えるから。んじゃ、着いたら魔話してくれよな』

「了解」

『おう』

軽く言葉を交わした後、通話を切り、携帯をポケットに入れた。



10分後、陽平の案内を受け、無事学生寮の前に辿り着く事が出来た。



『部屋は第二寮の307号室な。頼んだぜ』

「了解。今から行くからな」

通話を終え、携帯をポケットにしまう。
何とか無事に学生寮まで辿り着くことができた。
そして、俺は目の前にある建物を見上げた。

ここ、学生寮なんだよな。
マンションに近いものかと予想していたが名門校はそれを見事に打ち砕いてくれた。

「……はは、ここ大和か?」
無駄に大きいし、場違いだ。明らかに浮いてる。何でレンガ造りの洋館が三つも並んで建っているんだよ。
年季の入った隣の木造建築の住宅が可哀相すぎるだろ。

ま、まぁ……取り敢えず入ろう。
陽平は第二寮って言ってたな

「って、どれが第二寮だよ!?」
空に向かって叫ぶ。
看板みたいなのがあれば非常に分かりやすくて有り難いのだが、そんなものなんて無かった。

「どうされました?」
自分の馬鹿さと要領の悪さを悲観した時、後ろから声を掛けられた。
振り向くとそこにいたのは、長い黒髪の女性。寮の管理人のお姉さんと言った所か。
ほうきを見る限り、掃除中なのだろう。
何より、かなり美人。

「あ、いや……」
戸惑う俺。

年上のお姉さん。
そして、優しげなおっとりした雰囲気。
お節介な妹と無感情な兄貴しか兄弟にいない俺は、優しいお姉さんがタイプだったりする。
いや、タイプと言うか、もうストライクと言っても良いぐらいだ。

そんなくだらない事を考えながら、言葉を紡ぐ。

「あの、第二寮の307号室まで行きたいんですけど……」

「失礼ですが、貴方の名前は?」

返ってきたのは俺の名前。
結構怪しまれてます、はい。

「坂本・翔護です」

生徒手帳を見せ、名乗る。
制服なので生徒手帳をみせる必要は無かった気もするけど、まぁ良いだろう。

さて、これでやっとゴールだ。
名前の知らないお姉さん、案内頼んます。


「坂……本さん……ですか?」


お姉さんは生徒手帳と俺の名前を交互に凝視し、恐る恐るといった様子で俺に確認をとってきたじゃないか。

「はい……そうですけど」

手帳をしまいながら、答える。
笑顔で応じたけど内心は
何? 何ですか!?
坂本って苗字がどうかしたんですか!?
と、そんな感じで焦りに焦っていた。

「そ、そうですか。間違ってたらすみませんが、もしかして、冬哉君の弟だったりします?」

「はい。冬哉は俺の兄ですが。兄とはどういう関係ですか?」

「これは申し訳ありません。私の名は霧崎・弥生。冬哉君の同級生です。」
嬉しそうに微笑む、お姉さん。

どうやら、兄貴の知り合いだったようだ。
しかも、茜さんと良い弥生さんと言い、美人の知り合い多過ぎだろう。兄貴の上司にも会った事あるけど、その人も美人だった。
兄貴、美人の知り合い多過ぎだろう。しかも、弥生さんは何か脈ありそうだし。
俺もこの兄貴の体質、遺伝してないかな?遺伝していれば、俺の青春もウハウハなんだけど……
うん、妄想はやめて現実を見ないとね。
虚しさしか感じないから。



「307号室……ここか」

弥生さんから第二寮の三階の場所を聞き、『307 渡瀬』と、あるドアを無事発見した。
早速インターホンを鳴らす。
暫くして
「おう、翔護か。待ってろよ、今行くからな』

「あ、ああ。大丈夫?」
インターホンから聞こえた鼻声に安堵しつつ応じるが、返ってきたのはドアの向こうから迫る足音だった。
そしてカチンッと、ドアの鍵を外す音が聞こえ、ドアが開かれる。

「わざわざサンキューな、翔護。ちょっと散らかってるけどゆっくりしてけよ」
俺を出迎えてくれたのは、マスクをを装備した陽平だった。
服は着替えていないらしく、無地のTシャツにジャージの長ズボンである。
そして、髪型はいつも通り、パイナップルだ。


「……何か失礼なこと考えてねーか?」

「いや違う違う! パイナップルは健在だなぁーと思っただけで……あ」
凍り付く俺。
口は災いの元とは上手く言ったものだ。と言うか、前もこんなことあったような気がする

「 折角、俺が九条の情報を仕入れてきたと言うのにな!」

「こ、声が大きい! 九条のストーカーみたいに思われたらどうすんだよ!?」

俺は鼻声で叫ぶ陽平を慌てて宥める。
ここは学生寮だ。どこで誰が俺達の話を耳にし、更には誤解し、変な噂を流すか分からない。
そして、そんな噂が流れたら俺の学園生活は間違いなく崩壊してしまう。

「安心しろ。九条の部屋は305号室だ」

「ダメだろ!」
もしこの会話が本人に聞かれていたら、翌日に俺は消し炭にされてしまう。
そして、意外にご近所さんなのにびっくりだ。

「悪かった、パイナ……陽平」

「もう良いから上がれよ」

「ん、そうさせてもらうよ」

冷静になった陽平の言葉に招かれ、俺は彼の部屋に上がる。
玄関から見た限りだが、一人部屋の寮にしては部屋は大きめ。
そして予想通りと言うべきか、キッチンやベッドを始めとする部屋の備品も全て高級感の漂うものだ。
ただ……
「汚っ」
その一言でこの部屋の散らかり具合を表現するのはどうかと思うが、もはやそうとしか言い表せない。

まず、足場が無い。カップ麺やら炭酸飲料の空き缶が散乱している。服やタオルも。
現在、俺の部屋も段ボールの山なのだからそう他人の事言えないけど、それでもこれは酷いとしか言い様がない。

「深く言及はするな、翔護。俺は日々多忙な毎日を楽しんでいるのだ」

「言葉選び間違ってるぞ」
楽しんでどうすんのさ。
正しくは『過ごしている』だよ。

「まあ……取り敢えずこれな。茜さんから頼まれてた封筒」
かろうじて空いているテーブル周辺に座り、鞄から茶封筒を出して、それを陽平に渡す。

「おう、ありがとな」
陽平は茶封筒を受け取った後、彼は「で、九条のことだよな?」と俺に言った。
頷いて肯定しつつ、俺は思考する。

忘れるものか。明らかにあの日、食堂で名前も知らない男子生徒を見た時の九条の様子はおかしかった。
そしてその直ぐ後、いつの間にか俺を見ていた男子生徒。あの目は普通じゃない。

とにかく、俺は知りたい。
出来れば力になりたい、友人として。


「じゃあまず、九条が普通の魔人じゃないってことは知ってっか?」
俺が思考に耽っていると、陽平が衝撃的な事を口にした。

「普通の魔人じゃない?」
首を傾げ、復唱する。

そもそも常識外れの魔人に普通や異常とか言うのがあるのだろうか?

術式構築能力と魔力量が化け物級の人なんて学園じゃそれなりにいると思うけど。

「ああ、何なら軽く説明してやろうか?」

是非ともお願いします。

「簡単に言えば、魔人は二つの種類に分類できるんだ。一つは親から子へ遺伝する遺伝型。今の魔人の大半はこれだ」
取り敢えず頷く俺に、陽平は続ける。

「そして変異型」

「?」
変異型? 何でだろう、どこかでそんな言葉を聞いたような気がするって……ああ松平先生がそんな事言っていたような

「人間同士から生まれた魔人、もしくは普通の人間が急に魔神に変異した者だな。つまり九条はそれなんだと」

「ああ、それはなんか中学の時にならったような」

「習うんだけどな、普通」
陽平は苦笑を浮かべながら続ける。
「で、普通の魔人は魔力量、術式構築能力ともに基本的には名門貴族様には敵わない。何でだと思う?」

「そりゃ……、あれだ。人間の血だとか混血の魔人の血が混じってるからとか?」
今思えば、何気に陽平って人に何かを教えるの上手いよな
意外に教師の素質があったりするのかもとか思いつつ、答える。

「正解。簡単な話、次の代になるほど血が薄まってきてんだよな。だから名門貴族の奴らは政略結婚でより濃い血を残そうとしている訳だ。ま、それでも微妙に少しずつ薄まってはきてるんだけど」


つまり、と陽平は得意げな表情で
「魔術師としての九条の素質は、そこら辺の名門貴族様よりずば抜けてるってこと。何一つ欠けていない、何一つ混ざってない純粋すぎる血。それが九条に流れてる」
と続ける

「……」
驚きの余り、声が出ない。
そんなの知らなかった。
確かに九条の魔術の腕は時折俺に向けられる炎を見れば一目瞭然だ。
だけど、あくまで俺の認識は『魔術の得意な女の子』であり、何も『エリートの名門貴族すら凌ぐ素質の持ち主』じゃなかった。

それに陽平の話が本当なら彼女の両親は『ただの人間』ということになる。

そして、大和では魔人が人間を差別しているが、人間も魔人をかなり憎んでいる。そのため、感情的に我が子を否定すると言うのも十分にあり得るのだ。

九条は一体、今までどんな人生を送ってきたんだ?
そんな疑問が俺の頭を駆け回った。


「そんで九条の生まれについての話は終わりだけど、次が一番問題なんだ」

少し表情が険しくなった陽平は俺に言う。
どうやら話が変わるらしいね。
それも悪い方に。

「九条のヤツ、実は中学の時に問題起こしてんだよな。それも暴力絡みの」

「は?」
いや有り得ないだろ。
九条は気が強くて尚且つ超短気だが、根はかなり真面目だ。それになんだかんだで優しい。
自ら進んで委員長に立候補するし、先生の手伝いを進んでしたがろうとする。
そんな彼女が他人相手に本気で魔術を使う筈がない。
俺らに向けられた魔術は、どれも手加減されていたし、それに当たら無いよう計算されていた。

「あ、誤解すんなよ、翔護。九条が魔術で事件を起こしたのは、友達のためなんだってさ」

「え?」

愕然。
そして安心…………して良い訳がない。
何の理由があろうが、他人に魔術を向けちゃいけないんだ。
スポーツ感覚で行われる安全に配慮した戦闘ならともかく、恐らくそんなレベルでの話じゃないだろうし。

「いじめられてたんだよ、その友達は。虐めと言うより一方的な虐待に近かったらしい」

何だよ、それ?
心の底から怒りの感情が沸き上がる。
おかしいだろ。学校は、担任は何してたんだよ?

「イジメの張本人が有力な名門貴族だからクラスメイトも担任も見て見ぬふり。イジメられていた子、被害者も有名な一族なんだけど、それでも有力名門貴族様に逆らえなかった。その貴族様の家は被害者の家の影響下にはいなかったと言うのもあるらしいが」

結局は権力と言うことかよ。くだらない。
嫌悪感を抱きつつ、俺は言葉を紡ぐ。

「で、そのイジメを解決したのが九条だってのか?」
我ながら綺麗に言ったな。
本当は解決じゃなくて、相手に魔術を振りかざしただけなのに。
それでも被害者の子からすればさぞかしヒーローに映ったんだろう。
俺が被害者の立場ならそう思っただろうし。

俺の言葉に「おう」と陽平は頷き
「ヒーローは九条。そんで、彼女に救われたヒロインは橘。超有名大企業の社長の娘だけど、それ故に橘を妬むヤツは多かったんだな。まぁ橘家は巧みな経済力と財力を使って名を上げたような物だし」
と続ける。


え?

待て。さっき何て言った?
九条がヒーローだったのは分かる。
でも橘がヒロインだって?

「少し話が逸れたから戻すぞ……って、翔護? 何か固まってるぞ?」

「いや……知らなかった」

初耳だった。事件の話は仕方が無いが、橘があの有名財閥のご令嬢だったなんて。
てっきり同姓なだけと思っていたんだけどね。

陽平も始めて知った時には驚いたんだろうな。
そんな光景が目に浮かぶ。

「悪い陽平。続けてくれないか?」

「ああ。イジメの中心人物、つまり加害者であり犯人だな。結果としてそいつは転校することになった。そいつは……」

陽平は告げた。
俺の記憶に無い、とある人物の名前を。
そして、彼があの日あの時の男子生徒の容姿だと言うことを。







―――――――――――――――――――――――――

何と言うか、シリアスな会話だった。
本来、陽平と俺の会話はコメディ一色の筈なのに。

バタン、と背後の閉じた扉に目をやる。


しかしどうなっているんだ?


ヒーローは、九条・香恋。
ヒロインは、橘・舞。
敵役は、緒川・裕二。

当時九条にやられた緒川は転校になったそうだが、どういう訳か今年の四月に彼はこの桜魔に入学したらしい。

ああくそ、何だよこのモヤモヤは。
気持ち悪いったらありゃしない。

気分転換に俺は、廊下に並んだ九条の部屋らしき305号室のドアに目を向ける。

だが……

「開いてる」

俺はそのまま静止した。
ドアが開いてるのだ。
それも九条の部屋、305号室のドアが。

暑いから換気……な訳がない。
不用心すぎる。九条の性格はキツいが容姿は文句が無いぐらい美人だ。

とにかく、知り合いだし、挨拶がてら行ってみるか。

「九条?」

ドアまで足を運び、開いた隙間に顔を覗かせ、九条の名前を呼んでみる。
だが返事は返ってこない。
寧ろ留守のような静けさがあった。
だがドアと鍵を閉め忘れるなんてヘマを九条がする訳なさそうだし

「委員長様?」

諦めず、呼んでみる。

……

「香恋様?」

……

「香恋さん?」

……


へ、返事がない
まさか本当に留守なのだろうか

仕方が無い。この場合は勝手に入っても文句は言われ……るよね。むしろ、それで済めばラッキーだ

「し、失礼しま~す……」
恐る恐る玄関へ足を踏み入れる。

そう言えば俺は始めて妹以外の女の子の部屋に上がったよ。
まあ、玄関以上上がる気はないけど

「九条? お~い? 坂本だけど」

最後にもう一度叫んでみても、何も返って来なかった。

本当にいないみたいだな。
えっと……こういう時って、弥生さんに言った方が良いのかな?
鍵もかかってないし

取り敢えず戻って弥生さんを探そう。陽平に伝えておくのも一つの手だけど、病人にそんなことを任せられない。
そう思い、玄関から部屋を見回した時
「?」
何やら、一枚の紙が視界に入った。

それは一度荒く丸められたのかぐしゃぐしゃになっており、近くに寄らないとよく見えないがワープロか何かで文字が打たれているようだった。

「何だ……これ?」
靴を脱ぎ、壁際に落ちている一枚の用紙を拾う。そして、
「っ!?」
一瞬、声が出なかった。

「くそ……どうなってんだよ!?」

一度叫んだ後、俺は大急ぎで九条の部屋を飛び出した。




「弥生さん!」
外で掃除をしていた黒髪の女性に声を掛ける。彼女は
「はい、何でしょう?」
と振り向くが、悠長に喋っている暇は無い。用件だけを述べる。

「一年D組の橘・舞さんって今どうしてるんですか?」

茜さんに聞くのが一番早かったのかもしれないが、先生はきっと教えてくれないだろう。

「橘さんですか? それは……」

言葉を濁す弥生さん。
彼女もやっぱり駄目か。
でも。
「お願いします! 今すぐ会って話を確かめなきゃいけないんです!」

「と言われましても……」

「そこを何とか!」

諦める訳にはいかない。
今、最も頼りになるのは弥生さんしかいないから。
ただ、ひたすら食い下がる。
何回頭を下げたんだろう。
何回同じことを言ったんだろう。
何で俺はこんなに必死なんだろう?
決まってる。それは今、大切な友達が馬鹿なことを始めようとしているから。
それも俺を守るという、素晴らしくも馬鹿げた理由で。
欠けたピースは埋まった。
後は確認するだけだ。
そのためには橘に会って話す必要がある。

「分かりました。理由は聞きませんから、その代わり絶対に他言はしないでくださいね」
ようやく、弥生さんが決断してくれた。
それでいてしっかり俺に釘を刺す。

「ありがとうございます」

「いえ。早速ですが、彼女は今……」
弥生さんはメモまで書いて渡してくれた。何でメモ帳とペンを常備しているのかは分からないが、俺はもう一度深く頭を下げて駆け出した。

向かう先は『尾崎市中央病院305号室』
少し遠いけど、行けないことは無い。







―――――――――――――――――――――――――
「はぁ……はぁ……はぁ……」

太陽は沈んでおり、辺りは既に薄暗くなり始めていた。辺りに建ち並ぶビルやマンションの明かりは灯り始め、街灯は大通りを駆ける俺を照らす。

鞄、九条の部屋の玄関にでも置いてくれば良かった。今更後悔しても遅いけど。

左手に鞄。右手には弥生さんから渡されたメモ。それには目的地とその地図が書かれている。


「メモだと、ここの辺りなんだけど」

呟き、辺りを見回す。
今俺がいるのは尾崎市の都心部らしい。車道では、絶え間無く車が走っている。

全く、よく走ってここまで来れたもんだよ。持久走は苦手なんだけどね。

それはそうと

「あった」


視界の隅に『尾崎市中央病院』とある看板を発見。今からの診察は難しいかもしれないけど、お見舞いなら大丈夫だろう。

大通りから横に伸びた細い道を通り、病院の元へ足を運ぶ。

広い駐車場には車が二、三台ほど。
表玄関の自動ドアは開かないらしく、俺はその横にある非常用のドアを使って中へ入る。

流石は中央病院。中も広くて綺麗だ。
だけど今は呑気に見取れてる場合じゃない。

エレベーターより階段を見付けたので、そこから駆け上がる。

目的地は305号室。ということは三階だ。
呑気にエレベーターの中で突っ立っているより、全力で階段を上がった方が早い。



三階に着いた俺は廊下に出て、早速辺りを歩いてみる。足を動かしていると
「ここかな」
『305』のナンバープレートが壁に掛けられた病室を発見した。
ナンバーの下には一つの名前。
『橘・舞』
と書かれていた。

コホンと咳ばらいをして気持ちを整え、思い切ってドアを開く。
病室のドアというものは中々素直じゃない。初めは重たく、後は軽いってどうなんだろ。おかげで茜さんみたいに豪快に開けてしまったじゃないか。

「……」
嫌に突き刺さる視線。
しかしそれは一つではない。

「橘に……松川!?」
真っ白な病床に目をやると、そこにはよく知る二人の姿があった。
病床で体を起こしている黒髪の少女と、その傍らでパイプ椅子に腰を掛けている白銀の髪を持つ少年。
最近と言うかある日を境に揃って学園を休んでいた二人だ。
これは驚かずにはいられない。

「坂本君……どうして?」

「驚いたよ」
目を丸くする橘と対照的な反応を見せる松川。言葉とは裏腹に、大人びた微笑はもはや冷静のレベルを超えているようだ。
言うならば余裕と言う感じ。
俺の登場は想定内だったのだろうと思えてくれるぐらい。

まあ、とにかく俺は聞かなくちゃいけないことがある。そう思い、口を開く。

「橘、聞きたいことがある。一昨日に何が」

「坂本君」
松川の一言に、口は止まる。
彼の口は笑っているが、目が一つも笑っていなかった。
となると松川も事情を知っているのだろうか?

「橘さん、少し僕と坂本君は席を外すよ」

有無を言わさず松川は俺を引き連れ、病室の外に行こうとする。
だが
「大丈夫……です。話してください」
遠慮気味に放たれた橘の言葉に、彼は動きを止めた。

「良いのかい?」
出入口付近で止まったまま、そう言う松川。

「うん。ここまで坂本君が来たのは、多分理由があると思う」

「……」

「それにさっき香恋ちゃんも来たから」

「ふっ、そうかい」

俺を間にして繰り返される一連の会話。
何と言うか、橘のイメージが変わった。
案外、芯が強いのね橘。
と言うか結局の所、この二人の関係は何なんだろう? コンビニの時の二人の様子とは大違いだぞ。

橘の元に戻った所で、そのことを尋ねてみると

「これは秘密なんだけど言うよ。僕は橘さんの護衛さ。慎也さんに頼まれてね。あの人には恩があるから」
チラリと橘を一瞥し、まあ見られた橘は顔を赤くしたが、紳士的な微笑を俺に向けて松川は言う。
俺なんかに秘密をばらして良いのだろうか。それだけ信頼されてるってことかな?

「護衛と言っても年がら年中、彼女に付きっぱなしじゃない。彼女に危険が及ぶ可能性がある時、駆け付けて護るってことさ。現に探知魔術の術式を組んでいる。慎也さんが、だけどね」
ブレザーの内ポケットから一枚の白銀のプレートを取り出す松川。
それには黒色に光る魔法陣が点滅を繰り返していた。
よく分からないが探知魔術の術式ななのだろう。
ん? ちょっと待てよ。
ちょっとした疑問を俺は言葉にする。
「橘は知ってたのか?」
プレートから視線を外し、橘を見る。

「松川君に助けられた時、初めて」
橘は首を横に振り、答えた。
ちなみにその顔は林檎のように赤い。
うん、これ以上は詮索しない方が良いね。
自分が惨めになるし、何より時間がない。

それにしても助けられた時か。
ああ、なるほど。
だから松川と橘は揃って休んでいたのか。

おっと、話が大分逸れてるな。
本題に入ろう。
ブレザーのポケットを探り、小さく折り畳んだ九条の部屋に落ちていた紙を取り出す。
そしてそれを広げ、橘と松川に渡した。
絶句する橘と望月。
無理も無い。その紙に打たれている文字は間違いなく彼等に関係していることだから。

『今日の夜8時、一昨日の廃工場に一人で来い。もし来ないようならば、橘・舞の次、七人目は坂本・翔護になるだろう。これ以上、お前の友人が傷付いていくのを止めたければ上記の場所に来い。これは復讐だ。どんなに謝ってもお前を許すつもりなどない』
そして、俺はこの紙が九条の部屋にあったことを伝えた。
ちなみに弥生さんのことも全て。

そして今一度、改めて二人に問う。
「頼む。教えてくれ。その『一昨日の廃工場』とやらはどこにあるんだ?」

「駄目だ。君を危ない所に行かせる訳には行かない。それに、九条さんが本当にそこに向かったという証拠はあるのかい?」
松川の言う通り、証拠は無い。
けど、九条の性格を考えれば一目瞭然だ。
それぐらい松川も分かってるだろ?
思わず黙り込んでしまった俺に、松川は続ける。

「そもそも、彼女は君が来る少し前までここにいた。何なら魔話で確認すれば」

「繋がらないよ」
松川の言葉を遮り、橘は言った。
いつの間にかその片手には携帯。

俺と松川が話している内に電話を掛けたのだろうか。勝手に推理する俺を余所に橘は続ける。

「松川君。確か香恋ちゃんは言ってたよね? 笑顔で、もう直ぐ事件が解決するかもしれないって」

橘の表情は暗い。
てか、九条はここに来ていたのか……
チラリと壁に掛けられた時計を一瞥する。7時10分。
約束の時間まであと50分。

まずい、と心中で焦りつつある俺に橘は告げた。
病床の横に置かれている鞄から、カードの束が入った銀のケースを取り出して。
「このカードに探知魔術の術式を組みます。ですから、離さず持っててください」

目を見開き、動揺する松川。
松川でもこんな表情するんだな。

トランプのような一枚の白紙のカードを手に取った橘は、おそらく術式をカードに組み込むのだろう。
病床に落ちていた一本の赤い髪の毛を手に取った後、目をつぶり、人差し指をカードの表面に当て、動かし始めた。
それに呼応し、カードには次々とペンで書いたような赤色の魔法陣が浮かび上がっていく。
終わった頃には、橘の左手にあった赤い髪の毛は消えていた。
そして目をゆっくりと開けた橘は「ふぅ……」と小さく息を継ぎ、俺に顔を向ける。
「でも一つだけ約束してください」
探知魔術の術式が組み込まれたカードを俺に渡し、橘は続ける。
「これには、香恋ちゃんを探知するための術式が組み込まれています。だから、どんなことがあっても香恋ちゃんを連れ戻すことだけを最優先に動いてください」

「分かった。ありがとう」
ブレザーのポケットにカードを忍ばせ、俺は踵を返す。
もとよりそのつもりだ。
桜魔の生徒を六人も倒した相手に勝つ自信なんて俺にはない。
だからすることは一つだけ。
必ず九条を連れ戻す。
彼女なら勝てるかもしれない。
しかし、相手から挑んで来たんだから、何らかの罠や意図があるのは間違いないだろう。
最低でも、勝算はあるはずだ。

「僕も行くよ」

病室の出入口に差し掛かった所で、松川が後ろから声を掛けてきた。
妥協したな、松川。
やっぱり橘には意見できないのかね。
そう考えると少し可笑しい。
「いや、九条を連れ戻すのに二人も要らないよ。こんなのさくっと済ませるから」
気持ちは有り難いけど、断ることにした。
実質、人ひとり連れてくるのに二人は要らないだろ?

「それに松川は任務を続行しないと。頑張れ紳士。いや、騎士か。とにかくお姫様を守るんだ」
冗談を混ぜ込んだ言葉を彼に送り、俺は病室を後にした。

次の標的は俺になるみたいだが、兄貴に相談すれば、特に大きな問題にならないだろう。

大丈夫。
九条を連れ戻せれば何とかなる。
そう言い聞かせた俺は、階段へ足を踏み入れる。
ブレザーポケットの中に入ったカードの魔法陣が、怪しく真紅の点滅を繰り返していた。

「魔神と落ちこぼれの魔術師」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く