魔神と落ちこぼれの魔術師

モモ

襲撃(後編)

松川・涼は目を疑った。

オルトロスの左右の口から放たれた炎の吐息。それはオルトロスに迫る少年坂本・翔護を灰にし、葬り去る筈だった。

しかし真紅の炎は翔護を覆った途端、まるで煙でも払うかのように消え去った。

不思議なことはそれだけではない。
消えた炎は空色の粒子となり、翔護に吸い込まれていく。
この一連の事象はまさしく破壊ではない。
魔力の還元だった。


オルトロスは咆哮する。
対し、坂本・翔護は止まらない。

いつの間にか、坂本・翔護の手には一振りの粒子の塊のような空色の透き通った剣があった。
そして彼の右の二の腕には、剣と同色の小型の魔法陣。見たことの無い模様のそれは、坂本・翔護の心音に呼応するかのように青白い光の点滅を繰り返している。

炎。威嚇。これらの手段を断たれたオルトロスは蛇の尾を振り回し、迎撃に努める。
だが……
尾が坂本・翔護に触れた瞬間、オルトロスは悲鳴を上げた。しかしそれだけでは終わらない。
蛇の尾は崩れるように形を失い、最後は炎と同じ結末、青い粒子と変わり果てる。


松川・涼の理解が完全に及ばなかった。
炎を払ったのはおそらく防御魔術の一種だろうと解釈していた。
だけど違った。
坂本・翔護を中心に展開している不可解な魔術は、そんなものじゃない。
そもそもあれは魔術なのだろうか?
松川・涼にそんな疑問が浮かぶ。

しかしそんなことは二の次。
何よりも松川・涼が不安に思ったのは坂本・翔護のことだ。
男子にしては長い髪が邪魔して表情は見えないが、それがかえって不安感を募らせる。
例えるなら、彼は人形だった。一直線に結ばれた口元はどこか冷たさを感じさせる。
纏う雰囲気はまるで別人。職員室や昨日のコンビニでの彼とは明らかに全く違う。

松川・涼はただ呆然と立ち尽くして傍観することしか出来なかった。


坂本・翔護は攻撃に転ずる。
オルトロスは回避行動をとらず、代わりに右方の頭で頭突きを放ち、左方の口から炎の吐息を吐く。
坂本・翔護に迫る右方の頭突きと左方の炎。
彼は避けようともせず、ただ無言で右手の空色の剣を振った。
刃が捉らえたのは右方の頭。血のような赤い双眸の間に、青い剣が食い込む。
瞬間、オルトロスの声にならない咆哮が真昼間の校庭に響き渡った。
その数秒後、オルトロスは右方の頭から体にかけ、その全てが空色の粒子と化する。
同時に坂本・翔護を襲った炎も空色の粒子へと変わり果てた。
そして風に吹かれた灰のように、空色の粒子は四散した。少し宙を舞った後、それは仕上げと言わんばかりに坂本・翔護に吸い込まれていく。

やがて空色の粒子が構成する青い空間の中で、坂本・翔護は糸が切れたように膝から崩れ落ちた。
残されたこの空間には松川・涼と多くの傷痕、そして倒れているクラスメイト達。

取り敢えず、怪我が酷いエミリアから応急処置をしていこうと思った所で、意識を刈り取るような激しい頭痛が松川・涼を襲った。
(外部からの……魔術攻撃?)
朦朧とする意識の中、松川・涼は頭痛の原因を外部による魔術のものだと判断した。
だが彼にはもうそれを逆算し、無効化する高度な術式を構築する余裕など無かった。
そのため、松川・涼の身体が大きくぐらりとフラつき、そのまま地に倒れ込んだ。






「ご苦労様です、朝倉先生」
 夕方。
外から職員室に帰ってきた朝倉に松平は声を掛けた。
今の時間帯の職員室は授業が終わっているため、職員の数は圧倒的に多いし、話し声もかなり絶えることなく聞こえる。

中でも今日の話題は放課後の校庭に起きた、ある事件の話で持ち切りだった。
明るい話ではない。
六名の生徒が謎の魔獣に襲撃を受けるという、とんでもない話なのだ。

校庭に残った残骸と魔力痕を調べた結果、魔獣兵器による事故と校長は判断した。
しかし朝倉は知っている。
残っていたのは魔獣兵器の魔力痕だけではないことを。
校庭の片隅に仕掛けられていた旧魔術にあたる隔離魔術の術式。
そして、分類不明の謎の魔力痕。

そもそも誰が何のために魔獣兵器を使用したのか、また誰がどうやって魔獣兵器を迎撃したのかすら不明なのだ。
そんな意味不明かつ不審窮まりない事件の被害者の生徒は、どうしたものか全員朝倉のクラス。

坂本・翔護は術式過労が原因だと思われる、
詳細不明の気絶。
何故か、彼だけは肉体的なダメージは無かったが

九条・香恋と橘・舞、渡瀬・陽平、エミリア・シュターデは負傷による気絶。
中でもエミリアが一番酷かった。
松川・涼は外部からの魔術攻撃による気絶と、エミリアまでとはいかないが全身傷だらけだった。

彼等は入院することなく学園側で治療を施した後、家、または寮に送ることとなった。

朝倉が納得できない事があった。
それは、被害に遭った生徒六名に対する事件の時の記憶の消却だ。

確かにこの事件は例外中の例外だ。
しかし彼らの記憶をたった一時間程度とはいえ、何故消さなければならない?
校長は何を考えている?

それに魔人の記憶に作用する術式は決して誰にでも構築できるような易いものじゃない。
下手をすれば、脳に障害を残しかねないのだから。
まあ、だからこそ学園の職員の中でもトップクラスの才能と実力を誇る朝倉に任されたのだが。

「記憶の消却は無事に終わり、自宅まで送ったんですよね?」

「まあ一応は。あ、消えた記憶に関しては校長が指定した通りに偽装しましたから大丈夫だと思いますよ」
似合わない敬語で松平に答えつつ、朝倉は内心で舌打ちする。

理由は二つ。
 一つ目は自分の教え子に施した記憶消却に対する罪悪感と後悔。
二つ目は、坂本・翔護の保護者が見覚えのある懐かしい人物だったことだ。
わざわざ弟のために仕事を途中で中断してきた、いまいち表情の変化に乏しい男。
その名は、坂本・冬哉。
朝倉・茜の学生時代の旧友である。




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