魔神と落ちこぼれの魔術師

モモ

襲撃(中編)

一面、真っ白な世界。
その中で九条の声が俺の耳に入った。

「何で学園の敷地内に魔獣が現れんのよ!?」
魔獣。それは、簡単に言うと化け物だ。昔から存在したが、魔人が出現した40年程前から急増した。大和ではだいぶ駆除されたようだが、田舎の方だとたまに出現するらしい。しかし、都市部に出現する事は普通ない。


「分かんねぇよ! さすがにやべぇだろ、これは!」
次に聞こえたのは陽平の焦燥した声。
そして次に耳に入ったのは、
『ギャアァァァアアアアアアッ!!』
耳をつんざくような誰かの悲鳴ともとれる咆哮。
背中に寒気が走り始めると同時に、俺の視界は元の色を取り戻していく。

「なっ……」
まだ目がチカチカする中、俺は目にしてしまった。校庭のど真ん中で存在する異様なモノを。
狂気に満ちた真紅の瞳に、二つの頭。尾らしき毒々しい蛇。全長三メートル程の大きさを誇る黒毛のそいつは、四足歩行の巨大な狼だ。


「オルトロス。そんな高ランクの魔獣が何故こんな所に出現する訳が……」
松川は口を動かしながら、自身の鞄の中に手を入れ、何かを探っている。
何をしているんだ、と声を掛けようとした瞬間……
松川がオルトロスと言った双頭の巨狼は俺達を威嚇するかのように咆哮した。
「来るぞ!」
二度目の咆哮により、耳がキーンと痛む中、陽平がスボンのポケットから何かを取り出し、叫んだ。
それは二本のナイフだった。柄に収納されている刃を展開し、彼は構えをとる。
刃には魔法陣に使われている幾何学模様。しかしそれは緑色だ。

「言われなくても分かってるわよ!」
九条も叫びながら、鞄から何も装飾がされていない杖のような木の棒を取り出す。
彼女が棒の先をオルトロスに向けた瞬間、そこに真紅の魔法陣が展開し、細長い紅蓮の炎が吹き出した。
炎はやがて巨大な刃を象り、炎剣を成す。

「翔君は下がって!」
圧倒的な威圧感を纏った九条に視線が釘付けになっていると、エミリアの声が飛んできた。
振り返ってみると、視界の先でエミリアが数多の魔法陣が彫られた気品の漂う白銀の石鎚を持って立っている。

「あっ、ああ……そうだな」
促されるがままに俺は、しゃがみ込んでカードを並べている橘の元へ。

「いっ、今から結界を貼ります……こっ、この中にいれば安全ですので、坂本君はこの中から出ないでください」

地面には四枚の魔法陣が描かれたカード。東西南北に一枚ずつ配置されている。
この中、と言うのはカードとカードを結ぶことで作られる菱形のことだろう。
いわゆる、安全地帯らしい。
「そ、そうか……。ゴメン、足手まといだよな俺」

「いっ、いやそんなこと無いです! 私だって香恋ちゃんや松川君の足手まといかもしれないし……」

言い終え掛けた所で、橘は目を見開いた。そしてそれに続くように口が大きく開かれる。
「危ない坂本君!」
飛び出たのは、悲鳴のような叫び。

「え? 」
何と無く後ろに振り向くと、そこには音も無く迫る蛇の尻尾。
思わず身体をビクッと震わせ、咄嗟に顔を庇うように手を出した、まさにその時
「青光」
突如、視界の外から飛来してきた五本もの青い光線が、オルトロスの尻尾を貫いた。
尾を貫かれただけでなく、光に焼かれたオルトロスは咆哮し、狂ったように俺達から遠ざかる。
助かった? と気付いたのはその後の話。光線が飛来してきた方に視線を動かすと、真っ白な槍を持った松川が、少し離れた所に立っていた。

「四方防御陣 坂本君、今のうちに早く!」
横で橘が急かす。四方のカードが並べられた地面には、巨大な魔法陣が白く浮かび上がっていた。
「わ、悪い……」
橘に言葉を返しつつ、俺は魔法陣により展開された結界の中へ。
範囲的に俺一人が限界なのだろう。橘は幾つものカードを手に、俺の前にオルトロスから守るように立つ。

俺はただ安全な所で皆が戦っているのを眺めるだけ。橘はフォローしてくれたが、これじゃ完全に足手まといだ。
悔しい。
分かってはいる。俺はただの足手まといだと言う事は……
でも胸が痛む。
モヤモヤする。
俺だって陽平やエミリアと同じ所に立っていたいのに。

とても見ていられなくて顔を伏せていると、物凄い物音と地響きが俺を襲った。

「っ!」
バッと顔を上げると、視界の先でエミリアが地面に叩き付けられていた。動く気配すらない。
「エ、エミリアっ!?」
渇いた喉から声が出た所で気付いた。
陽平も九条も松川も皆、満身創痍だということに。

「舞、早くシュターデさんの治療を」
炎剣を振るいつつ、絞ったような声で九条は橘に言うが、言葉の途中でオルトロスの前足に吹き飛ばされ、校庭を転がる。

「香恋ちゃん!」
橘は大急ぎで地に伏せている九条の元へ駆けるが、そこに容赦なくオルトロスが牙を剥いた。
松川は光線を放ってオルトロスを牽制しようと槍先を双頭の怪物に向けたが、間に合わない。

オルトロスは右方の頭を使い、橘の華奢な体に頭突きを喰らわせ、彼女を遠くへ吹っ飛ばした。
術者が気絶したため魔術の維持に支障が生じたのか、俺の足元に展開している魔法陣は消えていく。

「この野郎っ!!」
陽平は激昂し、オルトロスに向かって飛び掛かる。が、オルトロスの反撃を喰らい、彼の体は宙を舞う。

何だよ……これ
心底、頭にきた。
俺は補助魔術しかろくに扱えないし、衣や甲冑を纏って攻撃力や防御力を引き上げるだとか、そんなことも出来ない。
しかしだからと言って、目の前で友達や知り合いが傷付けられているのに、自分はただ傍観するなんてただの屑野郎じゃないか!
確かに俺は良い人間ではないさ。でも屑野郎の仲間入りだけはしたくはない。
だから……
だから地を蹴り、オルトロスの元へ一気に駆ける。

「坂本君!」
松川が戻れと叫んだ。
しかし不思議と耳に入らない。
一撃で良い。何でも良い。渾身の力で殴っても良いし、零距離から全力の魔力弾を相手に喰らわせても良い。それなら必ず当たる
とにかく、一矢報いてやるぞ。






同刻


青髪の少年は、まだ雲一つ無い蒼色の空だけが広がっている空間に立っていた。
「魔神の力を使う使うか。予想よりは早いけど、君は代償を支払い、僕と契約を結んでいる以上その資格はある。」
少年は楽しそうな笑みを浮かべて続ける。
「歯車は回り始めた。知らず知らずの内に君はこの尾崎の地に再び呼び寄せられ、彼女と再会した事によって。後の課題はあの化物だけ。あれさえ、どうにかさえすれば、僕の当面の目的は達せられる。」
青髪の少年はしかしと笑みを崩さずに続ける。

「しかし、計画通りに進めば翔護君に救いはなくなるんだけど、まあそれは僕と契約したんだから、そこは諦めてもらうしかないね。叶うならば、彼の物語の結末に少しでも幸があらん事を……」

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