魔神と落ちこぼれの魔術師

モモ

九条・香恋との出会い

「おっし、皆終わったな。時間も良い感じに潰せたし、もう今日はこれで大丈夫だろ」
ただ自己紹介を聞いていただけなのに、かなり疲れた様子の茜さん。
どの辺りが大丈夫なのか分からないけど、放課後の時間に達したようだ。

「そうですね。他にすることは特にありませんし」
目を細めて言った、松平先生の言葉も加わり、D組の教室は放課後を迎えた。

たった十分ぐらいの自己紹介だったけど、無駄に長く感じたな。

「途中まで一緒に帰ろうぜ、翔護。あっ、エミリアも一緒だからな?」

放課後に突入するやいなや、速攻と呼ぶべきスピードで陽平は俺とエミリアの所まで来て、言う。

「俺は別に構わないよ。エミリアは?」

最早、強制と呼んで良いくらいの誘い方だけど、悪い気はしないので了承する。

「あたしも良いよ。どうせ暇だし」
エミリアも俺と同じく、首を縦に振った。笑顔をプラスして。

「お、流石! オレが見込んだ甲斐があるぜ」

「見込んだって……」
爽やかに白い歯を見せる陽平に促され、俺とエミリアは教室を出ようとするが。
「あ」
俺は急に足を止めた。

その理由は、不意に視界の隅に入った赤髪の女子生徒。名前は九条・香恋

「お。気になるのか、翔護?」

ふと横に目を動かすと、陽平のニヤけにニヤけた顔があった。

「……何を?」
不意にシバきたくなる衝動を押さえつつ、俺は言葉を返す。

「九条・香恋は止めといた方が良いぞ。ライバル云々の以前にちょっと……なぁ」

陽平は全く俺の話を聞きもせず、言葉を紡ぐ。

「なぁ、って?」
首を傾げ、エミリアが言う。
「いやな、外見は良いんだけどさ、中身が……何つーか……なぁ?」

「聞くなよ……」
というか、はっきりしなさ過ぎるぞ、陽平。

「……んと、あれだよ。あれ。リーダーシップ? 気が強い? 真面目過ぎる?」

「どんな人なんだよ……」

まあ、言いたい事は何となく解るけど


「取り敢えず、そんな奴なの! ……あくまで噂だけどな」
と、陽平は強引に話を終わらせ、「行こうぜ」と再び足を動かし始める。

「ふ~ん……」
いまいち釈然としないけど、どうせ彼女とは会話する機会等無いに等しいだろう。
なら、考えるだけ無駄だ。

世間話や陽平の馬鹿話を聞かされながら、廊下を抜け、玄関で靴に履き代え、校庭に出る。
一年生だけでなく、二年生や三年生達で賑わう校庭。下校時刻のせいかかなり多い。

関係の無い話だけど、帰り道にコンビニとか無いかな。弁当かインスタントラーメンとかを買っときたいんだけど。

「そう言えば翔君」
ふと、エミリアが俺に話し掛けてきた。

「元々翔君ってどんな所に住んでたの? 引っ越してきた、っていう話は聞いたけど」

本当に突然ですね、エミリアさん……

「前に住んでいた所かぁ……。えっと、ここと比べたら田舎だよな、断然」
そう。俺の以前住んでいた家は大和本島の肥前州の長浦にあって、ここと比べれば田舎。
かと言って農村みたいな所じゃない。でも地方都市と言える程でも無い。『街』ではなく『町』っていう感じかな。

「そうなんだ。あたしは尾崎で育ったから……」

とエミリアは感慨深そうに言う。何と言うか、無理矢理笑っているような気がする。
「ん? じゃあ何でエミリアは寮生なんだ? 俺は実家から遠いからなんだけど」
そして、陽平が突っ込む。まあ、確かに俺もそれ思った。
「ん~、色々な事情があるんだよ、あたしにも」

言い終えたエミリアは、再び笑みを浮かべた。
まあ、寮生にも色んな事情があるから寮にいるんだろうな。家から遠いからだとか色々。

「でもまあ、うるさい親から解放されて暮らせるなんて中々出来ないよな!」
「そうか?」

家には俺と兄貴だけなんだけど……
兄貴と話すのは久しぶりだし、正直気まずい。そう思うのは兄貴の性格のせいだ。格好良く言えばクール、冷静。悪く言えば無愛想、無表情。
どうしてあんな親から兄貴が育ったのかは最大級の謎だ。母さんによると『若かれし頃の親父』に良く似ているそうなのだが。

で、俺の妹は完全に母親似。性格も第二のオカン。
いちいち口煩くて、そのくせ面倒見がやたら良い。親父は涙目だったな、「臭い」とか言われて。

そして、俺は誰にも似ていない。祖父似でも祖母似でも無いらしいね、親父と母さんによると。

まあそんな感じで、俺の家族の話を語ればキリが無い。だから今は話を戻そう。

「つっても、翔護は一人暮らしじゃないから分からねぇか。一人暮らしは開放感が半端ないぞ」


絶対、陽平はホームシックになることなんて無いんだろうな……

俺もホームシックになるつもりなんて無いけど、別の事で鬱になりそうだ。
授業とか補習とか資格勉強とか実習とか!
学校でこんなに苦しむなんて初めてだ。中学時代じゃ、有り得ない事態だぞ。
不安を拭いきれぬまま、多くの生徒が行き交う校門を抜け、今朝通った道を歩く。

「にしても、担任の先生は以外だったよな。不意を突かれた、みたいな?」
自身の茶色の鬢を弄りながら、脱力感MAXですよと言わんばかりに陽平は言う。
「茜さんか?」
いや茜さん以外有り得ない。俺的に不意どころか一撃必殺だったぞ。
「茜さん?」
何故か首を傾げる陽平。男がしても可愛くないぞ。
そういや、陽平とエミリアは俺が勝手に命名した朝倉先生の呼び名は知らなかったけ。
あまりに先生とは思えない程、親近感が沸くから勝手に命名したんだけどな。
取り敢えず、そんな感じのことを俺は二人に説明した。


「あー、なるほど。じゃ俺もそう呼ぶか。先生付けは勘弁っつってたし」
「あたしは……止めとこうかな」
飄々とした陽平に対し、エミリアは至って真面目。

「うお~、真面目ですなぁ、エミリアは」

「そうかな? 陽平君はともかく、翔君も真面目だと思うよ?」
「ね?」と同意を求めるような形で、エミリアは俺に言う。
「え? ああ……まあ、そうなるのかな……いや、そうだ」
俺が頷くと、陽平が話題を変えてきた。
「てか、副担任はやっぱりあの先生だったな。何かこれまた茜さんと違うタイプ過ぎて逆に面白いよ」

あ、やっぱり陽平も思ったのか。
今更だけど温度差が凄いよね、俺等の担任と副担任って。

改めて再認識する俺を余所に、陽平は続ける。
「でも何つーか、松平先生は取っ付き難いなぁ。ま、良い先生には代わりねぇか。ん? 今思えば、D組の面子って結構良い!?」
「今年はついてる!」と高らかに叫び、陽平はガッツポーズ。
その前向きさがとても羨ましいです。
引き続き俺達は雑談をしながら商店街に入り、歩を進めていく。すると、今朝陽平と初めて出会った横断歩道が見えてきた。

そろそろお別れだ。
名残惜しいが、あと数十メートルを進めばその時がやって来る。
しかし、まことに残念ながらコンビニが全然見当たら無かった。
昼飯抜き、決定。

「あー、腹減ったな。早く昼飯食わないと死ぬな。」
止してくれ、陽平。さりげない言葉でも、今の俺にはぐさりと来るんだ
でも待てよ。確か都心部……そこに行けばコンビニはあるんじゃないのか?
そうとなれば話は早い。陽平とエミリアに別れを告げ、帰宅し、準備を整えて都心部に向かおうではないか。

「お。そういや、今朝ここで翔護と会ったんだっけ。何か懐かしいぜ」
横断歩道の元まで辿り着いた陽平は、懐かしそうに言葉を紡いだ。しかし、会ったのは数時間前のことなんだけな。

「つーことはあれだな。また明日ってことだよな?」
頭を掻きながら、ニヤけた表情で陽平は言う。この野郎、何か企んでいるな。
そんな訳で詮索を開始する事にしよう。

逃がさないぞ、陽平!
「まあ、そういうことだよな。あと何か企んでるだろ。素直に吐け!」
「くっ!」
陽平は肩をびくっと震わせた。
それを見て俺の中で密かに浮かび上がっていた仮説が確信へと変貌を遂げる。

陽平とエミリアは寮生だ。つまり、帰る所は同じ学生寮。同帰り道。
これが何を意味するか分かるだろう。
これはつまり……
「分かり易い反応、どうもありがとう。ちょっと来い、下心全開野郎!」

陽平の首に右腕を回し、一気に俺の方へと引きずり込む。対する陽平は「おわっ!?」と変な悲鳴を上げ、よろけながらも引きずられてくれた。
そして彼の耳元で囁く。
「……まさか、エミリアと二人で帰れてラッキーとか思ってないんだろうな……?」
すると陽平は絵に描いたような反応を見せる。
「い、いやいや! 外国人系金髪美少女と一緒に帰れるぜヤッフォ!だとか全然思ってねぇから! 下心はありませんとも!」
彼は辺りに響いてしまうんじゃないかというぐらいの大声で叫んだ。
言いようの無い沈黙が辺りを覆う……
多分、エミリアにも聞こえちゃってますよ、陽平。

色んな意味で怖くてエミリアの顔を見ることが出来ない。予想だけど引いてます。
「ドンマイ。俺が悪かった」
精神的原因により灰色に染まっている陽平の肩に手を置き、小さな声で彼を慰めた。

その後、陽平とエミリアと別れた俺は準備を整えるべく、一時帰宅した。

都心部は学園の向こうじゃん! と気付いたのはつい先程の話。
本当、自分の馬鹿さ加減に呆れてくる。

まあ、そんなこんなで、今は俺の部屋にいる。
「えっと、服だよな、服。制服で行くのは気が引けるというか何というか……」
一人ぶつぶつと呟きながら段ボールを探っていく。しかし、何故かこんな時に限って良い服が見付からない。
仕舞いには、ギュルルル……と腹の虫がないていると言う有り様。


その結果

「…………やっぱ制服で良いか」
私服での出発を諦め、制服のズボンのポケットに財布を突っ込み、玄関を飛び出した。

結局は完全な遠回りだった。一体何のために帰ってきたんだよ、俺。
まあ、でも今更計画性の無さを嘆いても仕方が無い事だ。

そんな訳で、本日三度目となる住宅街の中の道を俺は行く。
青い空。白い雲。嫌になるぐらいに良い天気だなと思いながら歩いていると、所々で学生服を着た人達とすれ違った。
彼等が着ているのは桜魔の制服ではなく、学ランやセーラー服がほとんど。
学園都市尾崎市と言われてるぐらいだから、彼等もどこかの魔術科高校出身なんだろうか……
まあ、普通科の高校の人かもしれないけど。

にしても、だ。
歩くことは健康に良いとはいえ、一日に三度も同じ道を歩くなんて正直怠い。
行き場の無い悪態を心の中でつきつつ、通学路を進み、横断歩道を渡って商店街へ。

昼時のせいか、かなり人が多かったけど、歩きに歩いてようやく学園の校舎が見える所まで辿り着いた。

早速辺りを見回して、溜息をつく。
困った……
大まかに学園の向こうだって聞いていたけど、実際にこの場に立ってみるとよく分からない。
近くを通り掛かった人に尋ねるという手段があるけど、残念ながら俺は見知らぬ人に話し掛けれる程の度胸はない。
「……」
留めを刺すように、腹の虫が鳴った。
一体どうすれば良いんだよ!

こうなったら勘だ。自分の勘を信じよう。

取り敢えず、商店街を抜けて、出来るだけ車通りの多そうな道を選ぼうと辺りを見回した時、ふと視界に何かが入った。
道端を歩く、一人の男子学生。身に纏っている制服は桜魔のもの。
適度な長さに切られた白銀の髪は、黒色の制服により、一層引き立てられている。
背は俺より少し高めで、体型は筋肉質でもなければ痩せ型でもない、中肉中背。
見たところ、彼は一年生のようだ。
それに記憶では多分同じクラス。
名前は……
覚えてない。

ともかく、そんな彼の黒色の瞳と目が合った訳だ。これは尋ねてみるしかない。
「あー、えっと」
早速、話し掛けてみた。
話が通じる相手であることを切に願いながら

「君は確か……」
何かを思い出すような表情で、白銀の髪の男子生徒は答える。
予想的中。
向こうも俺を知ってるようだ。

「坂本…翔護。多分、一緒のクラスだった……よね?」

俺が名乗り、言葉を返す
「ああ、補助が得意な人か。僕は松川・涼。で、何か用かい?」

紳士的な笑みを浮かべ、松川は言った。
どうやら話が通じる相手な模様。本当、紳士的なお方で良かった。
早速、事情を述べてみる。

「まあ、都心部への行き方というか、道を教えてくれ。恥ずかしい話だけど頼みます」
「別にかまわないよ。というか、都心部まで歩いて行くなんて大変だね。バスとか使ったらどうだい?」

いやね、松川さん。
わざわざ腹を満たすのと、軽い冒険のために少ない小遣いを使う訳にはいかないんですよ。貧乏な学生ですから
もっとも、この辺りに存在しているであろうコンビニを発見できれば話は早かったんだけどね。

……ん?
待てよ。
今思えば、都心部の道を聞くより、この辺にあるコンビニの場所を教えてもらえば早いんじゃないか?

「…松川。早速悪いんだけど、やっぱりここから一番近いコンビニで頼む」
「やっぱり?」
紳士的スマイルの松川。
初めて会話してから間もないけど、本物の紳士は違いますね。
彼とも仲良くできそうだ。
「じゃあ着いてきて。僕も一緒に行くよ」
「お、助かる」
言葉を交わし、俺と松川はコンビニに続らしい道を歩き始める。

松川と共に歩くこと十分。俺達は目的地であるコンビニまでやって来た。

早速入店。
ドアを開けると、「いらっしゃいませ」と店員から言葉が飛んできた。

店内には学生が多く、彼等の手には菓子パンやらジュースやら。
俺も買わねば。
早くも松川はスナックパン(12本入り)片手に俺を待っている。

もちろん、俺は弁当だな。
早くしないと売り切れそうで怖い。

そして、松川はもうレジに列んでいる。

待たせるのも悪いし、松川が先に帰るとしても礼はきちんと言いたい。

そんな訳で、早く弁当を手に入れよう。
目に入ったのは……
『豪華ハンバーグ弁当』
弁当界の王道であり、、尚且つ量も育ち盛りの男でも足りるぐらいある。だが何故かこれ一つだけしか残ってない!

おにぎりに変更も考えた。けど、俺の大好きな鮭と昆布が売り切れてる。パスタにしても同じ。
松川みたいにパンにするったって、後々腹が減る。インスタントラーメンも食べたい気分ではない。
ならば答えは一つ。
豪華ハンバーグ弁当しかない

「あ、良かったね、舞。一つ残ってたわよ」

視界の外から真っ白な腕が伸びてき、俺の希望を横から掻っ攫う。俺の勢いよく差し出された右手は虚しくも宙を掴んだ。

……

お、俺の昼飯が……

半泣きの目で横へ視線を移す。
誰ですか、俺の昼飯を掻っ攫った容赦無い人は。

「……」
とても驚いた。
その原因はいつの間にか俺の横で、最後の一品を片手に立っている少女。
ただの少女ではない。制服は桜魔のもの。腰まで伸びた髪は真紅。
直ぐに思い出されたのは、自己紹介の時に火属性の濃密な魔力を放出し、教室で迷惑なぐらいに暑い地帯を作り出した女子生徒。
その彼女こそが、目の前にいる少女……九条香恋だ。
だけど、何か雰囲気が違うことないか? 今の彼女は、まさしく陽平の言葉通りの雰囲気だ。

取り敢えず、クラスメイトと分かった以上は善戦してみよう。

「えっと……それ、俺が買おうとしてたんだけど」
「は?」

それが? と言わんばかりに首を傾げる九条さん。
何故か恐怖を感じるんですけど。
この人は俺の言葉の意味を理解しているのか? 
もっと分かり易く言うべきなのかな。

「あ……いや、俺が先に取ろうとしたんだけどな、その豪華ハンバーグ弁当」

そこでやっと理解してくれたのか、彼女は小さく「あっ」と声を漏らし、そしてそれを慌てて隠すように言葉を口にした。
これは上手くいくかも
「何言ってんの。先に私が取ったから私の物でしょ? 正確には舞の物だけど」
そう、上手く行かなかった。
まるで変な物を見るような目で、俺に言葉を押し付けてきた。
「いやでも……」

負けられないと奮闘してみた
「ハイハイ。早い者勝ちよ、早い者勝ち。敗者は尻尾を巻いて帰りなさい」
仕舞いにはしっしと軽く手であしらわれる始末。
しかし何だこの子の言い分は。
馬鹿にするのも大概にしてほしい。
こうなったら徹底交戦だ。
個人的かつ自分勝手な理由だけど、このまま退くのも何だか癪だ。

「話を聞くぐらいしてくれませんか? 俺も納得がいかないと言うか……」

「だ、か、ら! これは私が先に取ったの! 男がギャーギャー言うな!」

「り、理不尽だ。あと男とか女は関係ないと思いますよ? それにそんなボリュームがある弁当だと……太りますよ?」
次の瞬間、堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに『ブチッ』という効果音が聞こえた……ような気がする。
「言っておくけど、これは舞が買うんだから! 大体失礼よ! 普通、初対面の女の子にそんなこと言う!?」
端整な口から放たれる連撃。
ぐっ
九条の言葉がいやに心に突き刺さる。確か言ってたな、舞とかいうそんな名前を。

「舞って誰?」
少しばかりクールダウン。
何か喧嘩まで発展しそうで怖いから……
「というか、あなたこそ誰よ? 確か同じクラスだったと思うけど」
……
俺の自己紹介、完全に忘れてやがる……
というか、あんなに驚いていたのに普通忘れるもんなの?
でも同じクラスだってことは覚えてたんだね。
存在まで忘れ去られていたら流石に泣くところだった。

「えっと……何やってるの、香恋ちゃん?」

ふと、後方から女子の声が聞こえた。
振り返るとそこにいたのは、肩で切り揃えた黒髪の少女。
髪の長さはエミリアより少し短い、といった感じ。
背は九条よりも低く、比較的小柄。
瞳は蜂蜜色で、雰囲気から察するに控えめな少女だ。
彼女もまた、桜魔の制服を着ており、これまた俺の記憶では同じクラス。
今日は学園の外でクラスメイトとよく会う日だな。
「あ」
九条に親しく声を掛けた彼女だったが、俺を見た途端に表情を一変させた。
「えっと、坂本君……ですよね?」
控えめと言うより、おどおどしている感じになったな。急に敬語になったし。
何だか調子が狂うけど、目の前にいる九条よりは話が通じそうだ。

本当に陽平の言う通りの人物だったな、九条さんって。何かやるせない。
そんな残念過ぎることはともかく、黒髪の少女は俺のことをしっかり覚えてくれているようだ。
でもどうしよう。俺、彼女の名前を知らないんだけど…… 何か申し訳ない。

「ふ~ん、舞は覚えてたんだ。私はすっかり忘れてたんだけど」
と言う九条だが、俺のことは名前以外は覚えていたようで、彼女は「でも珍しくて変で妙な奴だと思った」と最後に付け足した。
早くもクラスメイトの皆さんにそんな風に思われているのかと思うと、何か気が重たい。

というか、陽平は九条のことを『真面目』だと言ったが、今の彼女のどこが真面目なのだろう?
もしかして表面上だけは真面目だっていうことなのかな。
充分に有り得そうだぞ、それ。
その時だ。その時、俺が最も恐れていた事態が発生した。
「その、坂本君は私のこと覚えてます……よね?」
何故ならば、恐る恐る九条の友人である黒髪の少女がこう尋ねてきたからだ。

はいまたやって来ました、ピンチ到来です!
正直に忘れました、なんて言える訳がないじゃないか!
本当にどうしよう……
「えっと……はは」
取り敢えず、笑っておこう。
「……もしかして、聞いてくれてなかったんですか……?」
だが彼女には効いてなかった模様。
何だか泣きそうな目で俺を見ている。
その横の九条は友達が泣かされかけていると感じたのか、黒色の瞳から敵意のある視線を俺の方へ。
「はは……はははは」
何だろう。
俺まで泣けてきたよ……
今すぐどこかに全速力で逃げ出したいという気持ちが俺を支配するが、それをやれば明日からの学校生活が恐ろしい。

そんな俺の元に、救世主がやってきた。
「橘さんに九条さん?」
颯爽と小さなビニール袋を提げながら現れたのは、会計を済ませた松川。
カッコイイ人は何をしてもカッコイイ。
惚れそうですよ、松川さん。
松川さん、さりげなく俺に名前を教えてくれてありがとうございます。

「た、橘・舞さんだよね? 忘れる訳がないじゃないか。はは……」


何故か松川に顔を赤くして見とれている橘に言葉を返してと……

あれ?

「まっ、松川君……」
「?」
小さな、ホントに小さな橘の声に首を傾げる松川。

こ、これは……

入学式初日からクラスメイトの恋愛イベントに出くわすなんて。
リア充くたばれと言いたくなるが、松川さんだと解るよ。男の俺でも惚れそうだもん
しかし困った。九条は橘を見守ってますと言わんばかりの様子だし、松川は紳士の笑顔で?マークを浮かべている。

こんなタイミングで非常に言いづらいけど、ここは一つ言わせてほしい。早く本題に戻さないと空腹で倒れそうだ。

「あの……橘さんにお伺いしたいのですが、その弁当……」

「え……弁当?」
俺の言いたいことが伝わったのか、橘はキョトンとした表情で言葉を漏らした。
「あ! いえ! そんな量が多い弁当なんて食べられないです! いるなら是非どうぞ!」
色々と大変な血相で九条が手にしている、豪華ハンバーグ弁当を全否定した。

「じゃ、じゃあ……俺が買うよ?」
橘に確認をとった後、俺は九条の手元にある弁当へ目を向ける。
「……」
すると九条は無言だけど不満そうな顔で弁当を差し出してきた。それも嫌々押し付けるような形で。
「ん、どうも」
これで一件落着から
後はこの場をどうすべきか。

と言っても、松川にお礼をして、レジで会計を済ませた後、自宅に帰れば済む問題

「えっと、松川……?」
何やら妙にドギマギしている橘と絶賛取り込み中の松川に声を掛ける。
「何だい?」
端から橘の表情を見れば明らかにバレバレだと言うのに、彼は全く気が付いていないらしい。
逆に羨ましいなと思いつつ、俺は松川に感謝の言葉を述べることにした。


「今日はわざわざ悪かったな。えっと……俺はこれ買ったら帰ろうと思うんだけど、松川は?」
「そうだね、僕も帰るとするよ。お腹も空いたし」

言い終えた松川は「それじゃ、橘さんに九条さん」と女子二名に別れを告げる。

俺も松川に習って挨拶をしてみたが、返ってきたのは橘からのみ。しかも何だかよそよそしい。

し、仕方がないよな!
入学初日なんだし!
色々不安要素は増えたけども、無事に弁当を入手した俺は、松川と共にコンビニを後にした。






どの街数多く存在する交差点。俺と松川は今そこを横断し終えた所だ。


「それじゃあ坂本君。僕の家は向こうだから」

俺の家がある方向と違う方角を指し、松川は言う。

「あれ? 松川は寮生じゃないんだな」


ふと疑問に思ったことを尋ねる。
「そうだけど、一人暮らしさ。両親はもういないからね」
少し寂しさの混じった笑みを浮かべた松川の台詞を聞いて頭を下げる。
「あ、いや……悪い」

「気にしなくても良いよ、過ぎた話だからね。明日からもよろしく、坂本君」
先程見せた表情とは裏腹に、松川は言葉を紡ぐ。それは友好的なものだった。
良い奴過ぎるでしょう、君。

「おう。また明日」
感激しつつ松川に言葉を返した後、俺は自宅へと続く道へと踏み出した。

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