魔神と落ちこぼれの魔術師

モモ

入学式

はい。
そんな訳で俺と陽平は一年生の教室前を廊下を歩いています。

窓から見える景色は澄み切った青空と校庭に生えてる桜の木。
廊下には沢山の生徒が忙しそうに行き交っていたり、雑談している者など様々。
「はぁ~」
あの後、俺がどれ程恥ずかしい思いをしたことか!
出来ることなら、時を戻したい……
「元気出そーぜ、翔護」
陽平の言う通りそろそろ気を取り直さないと。何事も初めが肝心だから、このまま教室に行く訳にも行かないしね。

「えっと、D組の教室ってあそこか?」
俺は手前から四つ、奥から二つ目の教室を指差して陽平に尋ねる。
「そうだな。 ちょっとワクワクするぜ! 翔護もそうだろ?」

それが微妙なんだな、陽平。
クラスメイト次第で俺がいかに高校生活を乗り切れるかが、かかってくる。
「まあ。俺の知ってる限りじゃ、D組には問題児はいないから安心しろよ?」
D組には?
にはって何だよ!

「しかもよ? しかもなぁ、グフフ……」

何故か意味ありげにニヤける陽平。

「な、何だ?」
「何だって、そりゃ……何とD組はレベルが高ぇんだよ!」

いや何のレベルがだよ? 魔術か?
魔術のレベルが他のクラスと比べて圧倒的に高いのか!?
だとしたら、クラスに問題児がいなくても、俺の死活問題になってくるぞ!

「はぁ~。ここまで言っても分からねーのか?翔護、お前は本当に男なのか?」

何だか知らないが、俺は陽平に残念な目で見られている。
しかも、性別まで確認されたよ。
ここで『お前はそれでも魔術師か』と言われれば、そのレベル云々の話が魔術ということになるが……
まさか……まさかね。
いや多分合ってる。性別の話が出て来たのであれば。

下手をすれば古墳にも匹敵するぐらいの墓穴を掘り兼ねんが、試しに言ってみよう。

「まさか……女子のレベルとか言うんじゃないだろうな?」
うわ、自分で言ってて恥ずかしいぞ、この台詞!
「……」
何故か無言になる陽平。
しばらくして、陽平は口を開いた。
「よく分かったな、翔護」
当たりかよ!
「そんな訳だ、翔護! 俺は必ずや彼女を手に入れてやるぞ」


陽平よ、もう黙ってくれ。
そして冷静になって周りを見てみよう。
周りの生徒達(主に女子)からの冷た目で見られているぞ。
さらに悲しい事に一緒にいる俺もな。

「これぐらいでへこたれるな、翔護。真の戦いはこれからだ!」
限りなく敗北に近付きつつあるが、本当にそれで良いのだろうか?

「はぁ~」
そもそも、何で一日に二回も冷たい目で見られなくちゃならんのだ。
しかも、一回目より二回目の方が辛いし。

「と、とにかく、早く教室に行かないか? ほら、どんな奴がいるか見てみたいし」
「ん。それもそうだな」
何とか場を立て直すことに成功した俺は、D組へと歩を進めた。

一年D組。

そこは他のクラス同様、様々な生徒達が雑談等をしながら過ごしている。
教室のドアを潜った直ぐに目に入った黒板には、白のチョークで座席表が書かれている。

さてさて、俺の席は。

……

教室の真ん中かよ……

「およっ、翔護は真ん前じゃん! こりゃ、ついてねーなぁ。ま、ドンマイ!」

陽平がゲラゲラ笑いながら、俺の肩を叩く。ちなみに陽平は名字がわ行だけに一番後ろの席。

しかし落胆している暇は無い。ぱっぱと席に着いて、時間が来るのを待とう。

陽平と会話するのも良いかもしれないが、多分もうそろそろ誰かが来る筈だ。担任とかが。
「じゃ、また後で。」
清々し過ぎて憎めない程の笑顔で俺に言い残した陽平は、自分の席へ歩いていく。
「はぁ~」
取り敢えず今は席に座るとするか。しかし、真ん中とはついてない。早く席替えをしたい

この教室には会話している生徒がほとんどだが、ちらほら席に着いている生徒も見掛ける。

俺の席の横にも女子が座っているよ。
えっと、金髪……の女子が。

何故に金髪? 魔人でも珍し過ぎるぞ。まあ、彼女が外国人なら話は別だが。しかし、どこかで見た覚えがあるが、残念ながら金髪の少女の知り合いはいないはず。
気のせいか……

そんなことを思いながら俺は席に着く。
そして鞄を机の横に掛けようと、体の上半身を左方へ曲げたその時
「ねぇ」
俺の左隣りの席から声が聞こえた。
……!?
一瞬で心臓が空高く跳び上がるのを感じたのは、その声が女子のものだったからだ。
「……俺?」
声の方へ顔を向けて確認。
まさか俺の左隣りって……
「そ。君のこと」
肩口で切り揃えたまばゆい金髪と、吸い込まれそうな大きめの赤い瞳。
真っ白の肌と人形のように整った顔立ちは、大和人離れしたものを感じさせる。
「……」
案外、真ん前も悪くない。
彼女を見た瞬間、そう思った。

「えっと……」
話し掛けられたのはとても嬉しいが、一体俺はどう返せば良いのだろうか?
まあ、良いか。
向こうから話しかけて来たんだし、深く考えるのは止めよう。
と言うか、考えても仕方ないしね。
だが、女子と話すのが苦手な俺でも話せるような内容であることを望む。

俺には陽平みたいな女の子と積極的に話に行く勇気は無いしね

「何か困った顔してない?」
怪しげに赤い瞳を細めて、俺を凝視する金髪の女子生徒。

え?
そんな顔を俺はしてますか?

「き、気のせいじゃ……?」

まあ、気のせいなんかじゃなくて、俺の同年代の女子への免疫力の低さなんだけど。

は、恥ずかしい……
このまま行けば、第一印象最悪だ
少しびくびくしながら彼女の返答を待っていると。


「あっ、そう言えば名前まだだったよね。あたしはエミリア・シュターデ。君は?」
意外にも返ってきた言葉はフレンドリー
おぉ……
マジで感動。これが同年代の女子高生との会話というやつなのか……?
うん、ちょっと待て
確かに俺は外国系みたいだなとは思ったけどさ、まさか本当に外国系がいるとは思わなかった。
さすがは、大和屈指の名門校・桜魔と言った所か。

白人系は大陸西部に多数いるため、流石に大和に亡命した白人は少数だ。
兄貴の話によると、ベルガ王国もすぐに魔人を受け入れ始めたため、白人で大和に移住したのは大和連邦が建国された10年間を除けば魔人至上主義者とその家族が多数らしい。



「シュターデさん?」
念のため、俺は一度聞き返す。
……すると、
「エミリアでも良いよ」
彼女からこう返ってきたじゃないか。

『シュターデ』では無く、『エミリア』。
これって名字じゃなくて、名前で呼んでってことだよな?
……

「えっと……俺は坂本・翔護。よろしく、エ、エミリア……さん」
笑いたければ笑え。初対面の美少女にこんなことを言われてときめかない男がいる訳がない。ときめなかないとしたら、リア充かゲイだけだ。

「うん。よろしくね、翔君」

「あ、ああ……!」
うん、ちょっと待て、翔君って。
「何故、翔君?」
何故か、翔君って言われると何かとても懐かしいような気がするのだが。

「翔護君って言いにくかったから。翔君じゃダメだったかな?」
エミリアが首を傾げながら言われると、俺の顔が赤くなった。
顔が熱い。
そして、俺の心臓が何か大変なことになっている

こんな所を陽平に見られたら何を言われるか……
念のため、確認。
そして、すぐに落胆。
窓際の一番後ろの席で陽平がニヤけながら俺を見ていやがった。

「どうかした?」
「いや、何でも無いです……」


これは絶対陽平に後で何か言われることは確かだな。
他人に弱みを握られるって、こんな気分なんだな。
何か1つ無駄に学習したぞ。

ちなみに学園の女子の制服は白のブラウスに赤のリボン、そして黒のスカート。
んでブラウスの上に黒のブレザー。
基本的に男子と同じ。
リボンとスカート以外は。

早く誰か来てくれないのかな?
これ以上、変な所を見せると色々大変なことになりそうだ。

そう思った直後、廊下から何やら足音が聞こえた。
何故にそれだけ響くのは謎だが、教師であることは確かだろう。
一斉に流れ込むように教室に入って来ている生徒達がそれを物語っている。

実に分かり易いと言うか何と言うか……。取り敢えず助かった。
「助かった」
あ、口に出してしまった。まあ、小声だから良いか……

「何か言った?」

「いや何も」
小声で言ったはずだけど、耳が良いんですね、エミリアさん。
ドキッとしたよ、さっきとは違う意味で。


そんな俺とエミリアの短いやり取りを終えた時、スーツが良く映える長身の男が教室に入って来た。

肩に掛からない程度の長さの黒髪と、眼鏡のレンズの奥に煌めく、鮮血のような印象を与える真っ赤な瞳。

エミリアの瞳も赤色だが、この男は何かが違う。上手く言えないけど。

そして何より彼と目が合った瞬間、ある感情が俺を襲った。

何だ……何なんだ……!?

その感情を言葉に表すとすれば、それは恐怖。悪寒。

どうすれば良い?
俺はどうすれば良いんだ……?

「……!」

気付けば俺は自身の拳を強く握り締めていた。

「では、あと10分で入学式が始まりますので、今から体育館に行きます。出席番号順で廊下に列んでください」
優しく丁寧な言葉。さっきまでの違和感を掻き消すように、その声は俺の耳に入って来る。

考え過ぎか……
いやきっとそうに違いない。冷静に考えれば何で初対面の人物にそこまで恐怖を感じなくちゃならないんだ。
それにあの人は見た所、優しそうな人だ。顔立ちも言っちゃ悪いが、優男みたいだしね。
そんな訳でこんなことを考えるのはもう止め。何か疲れたし。

「……? 行かないの?」
横から聞こえたエミリアの声。
ああ、確か廊下に列ばないといけなかったんだっけ。

それにしても、エミリアって大和語上手いよな。ちょっと聞いてみようか?
今それを聞くのは、些か呑気過ぎる気がしないでもないけど……。
「もしかしてエミリアって大和育ち?」
もしそうだったら逆にローマル語が喋れなかったりして。って、んなことある訳ないか。
「あ、やっぱり分かる人には分かるんだ! でもあたし、逆に大和語しか喋れないんだよね……」
当たりかよ!
今日はやけに勘が良く当たるな

ローマル語が喋れないということは彼女の個性としておき、俺は廊下に列ぶ生徒達の大群の中に入った。
他のクラスも列んでいるようで、どうやら先頭はA組。俺達D組は最後の方だったりする。

ちなみに女子と男子の二列で出席番号順に列んでいるので、当然俺の横はエミリア。

しかし中々進まないモンなんだな……。
どっかのクラスがまだ列べてないのか?

こんなに生徒数が多かったら大変だな、先生も。

うん。将来教師は絶対に止めよう。
俺の乏しい学力じゃ、到底なれそうにもないけどな。


少しの間、そのまま退屈な時間を過ごしていると、遂にA組が進み出したようだ。
A組の次はB組。そしてC組の最後尾との間がある程度開いた頃、ようやくD組の番に。

先程の男教師が言ってた通り、入学式は体育館で行うらしい。

だから当然、俺達が向かう先は体育館。
場所はよく知らないんだけど。

取り敢えず、今は偉い人(例えば校長とか)の話が短く終わることを祈っておこう。

そんなどうにもならないことを考えながら、前の人の背中に付いていった結果、ようやく着いたっぽいね。渡り廊下と校庭を延々と歩いた覚えしかないよ、今の所。

体育館じたいはどこの学校にでもあるような極普通なもの。

今、俺が突っ立ってるのは体育館の入口の手前。入場もA組からで、やっとD組に回ってきたところ

体育館の中からは、拍手が絶えることなく聞こえる。

適当にぼーとしている内にもクラスメイト達は次々と入場していき、早くも俺とエミリアが入場する番に。

もちろん俺も皆と同様に入口を通り、体育館の中へ。

体育館を二分するように敷かれた赤絨毯と、それを挟むように並べられたパイプ椅子群。

そして多くの来賓と入学式を見に来た保護者の人達。

奥に見える壇上は何故か神々しい雰囲気を……おっと、これは言い過ぎだ。しかし、想像を絶するぐらいに豪華だ。本当に俺が推薦入学できたのを疑う程に……

その後、男女二列で入場した俺達は左右で別れ、並べられたパイプ椅子に奥から詰めるように座っていく。
もちろん俺もパイプ椅子に座った。後は残りのクラスが入場し終えて、真面目に入学式が始まるのを待つのみ。
の、はずなんだけど。

「なあなあ、翔護」
普通に肩を突いて話し掛けてくる奴が後ろの列にいる。

「……何?」
少し呆れながら振り向くと、そこには笑みを絶やさない陽平の顔があった。

こんな空気の中でも話せるのか、君は。
ある意味、尊敬する。
「何って、素っ気ない奴だな~! ほら元気出してこーぜ」

いやいや、この場では元気なんて出せる訳ないでしょう。
だから
「いやこの場でそれは無理だと思うぞ」
と答える。

と言うか、俺と席が縦に並んでいる訳でもないのに、身を乗り出してまで話し掛けてくる根性を見習いたくなってくるよ。
「まあまあ、んなこと言うなよ。オレは翔護に聞いておきたいことがあんだよ。な?」
ニヤリと口元を歪める陽平。
彼の表情からとんでもない悪意を感じるよ。

「金髪のあの子」
……
ま、まずい……! まさかこの場でそれを切り出されようとは……
何て答えよう?

俺が黙っていると、陽平はニヤリと笑う。
「何焦ってんだよ? オレはまだ金髪のあの子としか言ってねーぜ?」

……

「え? いやいや、焦ってないけど? 陽平こそどうしたんだよ、いきなり」
そうだね。そうだったね。
確かそうですよね。
確かに君は『金髪のあの子』とだけしか言ってなかったね。
うん焦ったよ、間違いなく。
しかし、それだと、ただの意味不明発言で終わるが良いのか?
俺としてはそれで終わってくれるのがベストなんだけど。

「いや、ついさっき教室で面白いものを見てしまいまして」
何故敬語? でも顔がニヤけっぱなしだから、悪意は丸見えだ。

「面白いものって?」
多分俺とエミリアの会話だろうけどよ。
「……中々しぶといな、翔護も」
「自分で言うのは何だけど、俺は耐性が高いんだ。……同年代の女子以外は」
「認めたな」
「何を?」
「ごまかしは通用しないぜ、翔護。いや、翔君」

し、しつこい上に話も聞いてやがる! 誰でも良いから早く陽平をどうにかしてくれ!
そう心中で叫んだ時、体育館中に響き渡っていた拍手がピタリと止んだ。

「ちっ、時間切れか。じゃあな、翔護。また後で」
舌打ちし、『また後で』を強調した陽平は、自分のパイプ椅子へ体を引っ込める。

また後って、おい……
まだ、やるつもりかよ

『これから第10回桜魔魔術学園入学式を始めます』
見た感じ五十代の男教師が登壇し、開会の言葉を述べて一礼。
彼の頭が少し寂しいのは、俺達へのささやかなサービスということなのだろうか?
ただ、壇上の光に反射させるのは勘弁願いたい。どこからともなく笑いが込み上げてくる。

「くくっ」
ほら、早速後ろから笑い声が聞こえたぞ。陽平だよな、多分。


入学式よ、早く終わってくれ……
始まった直ぐにこんなことを言うのもあれだけど、怠いもんは怠い。

その中でも、特に怠そうなもの第一位
『学校長、祝辞』
容赦無いな、おい! 初っ端からラスボス登場だなんて聞いてないぞ!

まだ来賓とか、その他の多勢の中ボスの方々が控えているのに、フライングしちゃいますか!
別にそんなルールないけど、一気にテンションが下がるぞ、まったく。

『え~、この桜が咲き誇る季節、今年も多くの新入生達が入学……』
ゆっくりとした足取りで登壇した校長らしき人物は、壇上に設置された机の上に置かれたマイクを手に取り、延々と語り始める。

……

まずい、早速眠気が襲ってきた……
まだ始まったばかりだと言うのに……

それから、瞼の重さと格闘し続けること数分。

『来賓の方や保護者の方々の御理解のおかげで……』

まだ話が続いてやがる……
そして相変わらず話にオチが見えない。
もう俺の横に座っている奴とか爆睡しちまってるよ。この様子だと陽平も寝てるな。

いっそのこと俺も寝るか?
いや、それは流石に駄目だ。
成績で壊滅する事が見えている以上、内申で稼がないと話にならない。

そんなどうでもいいことを真剣に考えていると、
『これで祝辞とさせて頂きます』
この一言で長い話を締め括り、校長は壇上から階段を使って降りたではないか。
礼はもちろんのこと、マイクもしっかり机の上に置いて。

終わった?
任務終了?

取り敢えず、第一関門ラスボスはクリアだな。うん、第一関門ならラスボスではないか……
まあ、どうでも良い話だね

そんなこんなで式は進んでいき、次はとある人物の式辞となった。
またその人物がかなり偉い人なんだよね、うん。名前を聞いた時はびっくりしたよ。

『まず初めに一年生の皆さん、御入学おめでとうございます。私共は学園のより良い発展を……』

何たって、学園に投資している財閥の一番偉い人が壇上に立ったのだから。
一瞬にして今まで蓄積していた眠気が吹き飛んだね。
それも俺だけじゃなく、他の人達のも。

短く刈られた黒髪に蜂蜜色の瞳。厳格さと優しさを混ぜ合わせたような顔で、歳はおそらく三十代後半。
親父と歳は同じぐらいだと思うけど、何もかもが違う。例えばオーラとか。

名前は、橘 慎也。
来賓の紹介によると、大和でも一位、二位を争う橘財閥の会長。

この学園にも投資している、世にも偉い人だ。おそらく。
当然だが、この人の話も……あれ?
もう壇上から降りてるんですけど!

短っ! でもありがとう!

その後は、保護者代表の人が祝辞を述べ、先生らが祝電を披露。
数が数だけに披露したのは、名前だけだった。体育館の出入口の所に掲示してあるから見とけってさ。
でも多分見る生徒はあまりいないだろう。見るとすれば、来賓の人か保護者ぐらいじゃないかな。

やっと入学式が終わる。
残ったのは閉会の言葉だけ。

『これで第10回桜魔魔術学園入学式を終わります』

開会の時と同じ男教師が壇上に上がり、閉会の言葉を述べる。

またしても礼の時がやってきたが、流石に二回目は笑わない。

「ぷ……ぐっ……」

例え後ろから小刻みに聞こえる、笑いを堪えきれなくて漏れた声が俺の笑いを誘ったとしても!

俺は決して笑わないぞ、陽平!
少し笑いそうで危なかったが、男教師が壇上から降り、やっとのことで入学式は終了。

『一年生、退場』

この言葉で体育館から退場した俺達一年生は、そのまま中央校舎へと歩を進める。

もちろん退場にも大分時間がかかった。
入場程ではないけど。

それにしても。
人混みだ……
限りなく人混みだ……

先生や来賓の人がいないせいか、体育館から出た瞬間に列はばらばら。
まあ俺もお構いなしに廊下を進んでいるんだけど。
ついでに言うが、俺は今現在、速足で廊下を突き進んでいる。何故なら早く退散しないと
「待つんだ、翔護。 待てぃ!」
もれなくパイナップル頭の追っ手に捕まってしまうのだ!

前の人を避けて進もうたって、それは流石に無理。
ここは気が向かないけど、少し振り返ってみるか。
追っ手との距離を把握しておかないと。

「……!」

首だけを動かして振り向いた時、俺の視界にエミリアが飛び込んできた。

彼女との距離はそう離れていない。二、三歩横にずれれば、話せる距離だ。

でもこのタイミングでエミリアと話す訳にはいかない。
陽平とエミリアのダブルパンチは何としても避けなければならないのだ。
決して、陽平やエミリアと話したくない訳ではない。

ただ今はタイミングが悪すぎる!

仕方がない。ここは前の奴らを抜くしか方法は無い。
そう決心して、もはや壁と化した前方を歩く集団の、僅かに空いたスペースに足を伸ばす。
よし。大丈夫だ。
上手く奴らを抜けば……

「あっ、翔君だ」

ばれるの早過ぎるだろ!
俺の存在感は低い筈なのに

「え、エミリア……?」
時と場合によるけど、俺は呼び止められて無視するほど馬鹿じゃない。

「迷惑だった? 急いでるみたいだけど」

いや、決してそんな訳じゃない。
急いでいるのは合ってるけど。

「そんな訳な……痛っ!」

言葉を返すため、口を開いた瞬間、背中に手で叩かれたような衝撃が走った。

「何逃げてんだよ、翔護!」


よう、陽平……
振り向けば、奴がいた……

「翔君の知り合い?」
エミリアは俺に尋ねてくる。
「親友さ、親友! 今日初めて会ったばかりだけどな!」
そして、何故か陽平が答えてる。

流石に1日で親友は早すぎだろう。

俺が抗議する間も無く、彼は続ける。
「そうそう、オレの名前は渡瀬・陽平。よろしく頼むぜ、えっと……」
「エミリア・シュターデ。よろしくね、陽平君」

「おう!」

「……」

何、この疎外感。


「ところでエミリア、担任は誰だと思う?」


すげぇ。最初から女の子の名前を呼び捨てだよ。
陽平、勇者だな。
「教室の時の眼鏡の人かな?」
エミリアは名前の呼び捨てに関しては触れないのか……
外人ってフレンドリーなのか?

「あの優しそうな先生か! やっぱりそうだよな!」
優しそうな先生か……
陽平の言う通りだけど、あの先生と目が合った時に感じた違和感は何なんだろう?

気のせい……だとは思うんだよな
俺、あの人と初対面だし。

「翔護」
一人で思考に耽ってると、陽平が俺の名前を呼んだ。
「ん?」
「何か悩んでんのか? もしそうなら、陽平さんのカウンセリングコーナーを開設するぞ?」

「何のコーナーだよ……」

気持ちは嬉しいが、今の俺の悩み事の数は二~三個程度の物じゃない。
まあ、そのほとんど共通しているのが学園。成績とか授業とか並べればキリがない。まあ、最大の悩みは意味不明な予言をして、去った青髪の少年に関する事だが……


「恋か? 恋ですね、翔護君。 いやぁ~、ちゃんと成長していたんだ、お父さんは嬉しいぞ」

……
誰か! 誤った父性に芽生えた奴がここにいます!
ここはエミリアさん、陽平に何か言ってやってください。

「そんなことより翔君!」

な、流しただと!

「どうかした、陽平君?」

きょとんと首を傾げて、石化した陽平に問うエミリア。

まさか君は自分がボケ殺しを発動したと気付いてないのか……

「いっ、いやいや、何でもねぇよ! ボケを流されてへこんでなんかねぇよ!?」

そして君は限りなく分かり易いな、陽平。
さりげなく本当のことを言ってるし。

よし、こんな時は優しい言葉を掛けてやるに限る。多少、おふざけが入るのは避けられないが。

「陽平、泣きたい時は泣いて良いんだぞ?」

「翔護さぁん!」
陽平が両手を広げ、勢いよく俺に向かって突撃。そして俺をガシッと抱きしめ、力強く締め上げる。

「痛いっ! そして気持ち悪いっ!」
腕が! 特に腕が圧迫されてかなり痛い!

「凄い絵だね……」
エミリアも引いてないで、俺を助けてください! 出来れば俺達を笑いながら避けて通りすぎていく他の人達も

非常に痛い。体もだが、それ以上に周囲からの視線が。
一日で三回も周りから変な目で見られるなんて……もうやだ。

「いい加減に離してくれ、陽平。世間の風当たりは強いんだ、お前も分かるだろう?」

俺がこう言うと陽平は腕をぱっと離し、顔を驚愕の一色に染め
「まさか翔護にそんな趣味が!?」
ととんでもないことを口走ってくれたよ。

……

「いや、流石それは無いよな」
取り敢えず自重しろ、陽平。



その後、何とか他愛のない世間話に戻った俺達はそのまま歩き続け、教室前廊下まで辿り着いた。

「じゃあ、翔君は引っ越して来たんだ? あたしは学生寮だけど」

「おっ、エミリアも学生寮か!」

「まさか陽平君も?」

「おう! 第二寮の三階の七号室だな。エミリアは?」

「第二寮の二階、三号室だよ。結構近いんだね」

会話に入れん……
第二寮って何ですか……
また一人、絶大な疎外感を味わっていると、前方を歩く赤髪の女子生徒が目に入った。
その赤い髪は長く、腰ぐらいまでストレートで伸ばしている。
その横にはもう一人の女子生徒。
髪は赤髪の彼女とは違い、肩ぐらいの長さで黒髪だ。

仲が良さそうに話してるなぁ……
微笑ましい限りだ。
会話の内容は全く聞こえないけど。

「じゃあ今度、翔護の家に遊び行くか! 尾崎市観光も兼ねてな!」

「でも翔君の家って、どの辺りなの?」

「学生寮から近いと思うぜ、多分。何せ、朝ばったり遭遇したもんな」

「へぇ~。でもそれだと家の場所が分からないよね?」

……
はい?
何か二人の話題がおかしな方へ飛んでないですか?

「念のために確認するけど、まさか俺ん家に来るとか言うんじゃないだろうな?」
先程、会話の中で『遊びに行くか!』とかそんな言葉が聞こえたんだけど……

「おう! いつになるかは分からないけど、遊びに行くからな!」
爽やかな笑顔で答える、陽平。
言葉の内容を除けば、文句の付け所が無い笑顔だ。

というか、やっぱり遊びに来る気なのね……
俺は了承してないのに。

そもそも俺の部屋は、段ボールしか置いて無いぞ? 昨日なんか……あ。

ふと思い出された、引越し直後の記憶。
そして同時に脳裏を過ぎった、とある人物の名前。
アルマロス、昨日の深夜、俺の部屋に忽然と現れた、青髪の少年。
鍵だの、二度目の変革だのと意味が解らない言葉を残していった。
また会いに来る、なんてことを言ってたけど、彼は再び現れるのだろうか?
ミステリアスな雰囲気を漂わせている少年だったけど、彼からは敵意は感じなかった。
何より不可解なのは、彼を赤の他人だと断言できないことだ。上手く言えないけど、他人じゃないんだ。きっと。
アルマロス曰く、俺のことは知ってるらしいし……
いまいち信憑性に欠けるけどね。
しかし、アルマロスの正体は何なんだ? 見た目は俺と同じぐらいだと思うんだけど。
う~ん……
考えれば考える程、謎めいてくるな。
いっそのこと、また会いに来るとか言ってたんだし、その時にでも本人に聞いてみようか?
まあ、また現れたらの話だし、それがいつになるか解らないけど。

「やっぱ悩んでるだろ、翔護。カウンセリングコーナー開設だな!」
頷きながら喋る、陽平。
何でそれに持って行こうとすんのさ……
まあ、確かに陽平達に相談するのも一つの手だけど、信じてくれるのかと言う問題がある。
俺なら、まず信じないしね。

「別に何とも無いよ。ただ少し考えてただけ」

「ぐっ……何としてもカウンセリングコーナー開設は避けたいと言うのか、翔護」

いや、別にそういう訳じゃ……
「でも何かあったら、あたし達が相談に乗るよ」
「えっ、ああ……ありがとう」
二人共、本当に良い人だ。

まさか入学初日で、こんな親身になって相談に乗ってくれようとしてくれる人と友達になれるなんて思いもしなかった。

この調子でハイレベルな授業も乗り越えて、何事もなく平和に三年間を過ごせたらいいな、なんて思ってみたり。

軽くなった足取りで少し歩くと、D組の教室が見えてきた。

どうやら、俺達の前方を歩いていた二人の女子生徒は同じクラスらしい。さっき、D組の教室に入って行くのが見えた。

その二人に続き、俺達は教室の中へと足を踏み入れる。

教室の中はグループになって雑談している者や、携帯を開いている者など様々。
そして俺とエミリアは、それぞれ自分の席に着いた訳だが……

「……」
陽平、何で君は俺の机の上に座るんだ?
別に退けとは言わないけど、もし現れた担任が厳しい人だったらどうするんだよ。

「そういや、エミリアの得意な魔術って何なんだ? ちなみにオレは風で、翔護は補助な」

「へ?補助だけ……」
今朝、俺も聞かれた質問に、エミリアは以外そうな顔で首を傾げる。
エミリアさん、補助だけって俺をデスる気ですか?しかも、以外そうな表情も追加されて俺のライフポイントはゼロに近づいてますよ。

「おう、翔護の得意な魔術は補助系なんだぜ」
「正確には得意と言うか、それしかまともに使えないんだけどな」
どこか誇らしげな陽平の言葉を補足しつつ、俺は心中で溜息をつく。
我ながら情けない。
こんなことなら、もう少し魔術の勉強を頑張っておけばよかった。
これから先も、この件に関しては苦労しそうだな。今は何とかなると信じておこう。
「でも、補助が得意な人って中々珍しいよね」
「だよな。俺も思った」
それって褒めてんの?
はたまた、馬鹿にしてんの?
別に構わないけど、肝心な所をスルーされてる気がするからもう一回言っておこう。
「いや……得意じゃなくて、唯一まともに使える系統が補助で」

「それでも、翔君にとっては得意な魔術なんでしょ?」
俺の言葉を遮り、エミリアは微笑む。
そんな天使のような笑みを見せ付けられたら、反論できないじゃないか。
「まあ……そうなるのかな」
流されるような形の受け答えになったのは少し虚しいけど、エミリアの言うことは合ってるんだよな。
要するにもっと自分に自信を持てと言う事か?

「で、話は戻るけど、結局エミリアが得意な魔術って何なんだ?」
また盛大な溜息が出そうになるのを堪えていると、陽平がエミリアに質問した。
ナイス、陽平。
危うくネガティブに走る所でしたよ。

そんなことはさておき、エミリアが得意な魔術は一体何だろう?
少し心を躍らせながら彼女の返答を待っていると、何やら廊下から足音が聞こえ始めた。
それだけじゃない。クラスメイト達が、一斉に廊下から教室に流れ込んで来ている。
これは先生達が来たということなのだろうか。いや、きっとそうに違いない。

「お、担任のご登場か? よっと……」
陽平も俺と同じことを考えていたらしく、小さな掛け声を発した後、俺の机から降りる。
「じゃ、俺は一旦戻るからな。後で一緒に帰ろうぜ」
そう言い残し、彼は教室の後方へと歩いて行った。

そして取り残された俺とエミリアだが、

「えっと、はは……」
会話が続かない。今まで普通に話せていたのは、陽平がいたからなのだろうか?
これが陽平効果と言うやつか?
まあ、そんなどうでも良い事はおいておいて、何か話題を探さないと。

いや……
ここは発想の逆転だ。押して駄目なら引いてみろと言うし……
ちょっと意味は違うけど、探すのでは無く、繋げれば良い。何故、そんな事をもっと早く気づけなかったのだろう。

「えっと、エミリアの得意な魔術って何なんだ? ほら、途中で会話が途切れたから……」

「あ、それね」
エミリアは笑みを浮かべながら続ける。
果たして、彼女が得意とする魔術とは?
俺は治癒系に一票入れたいけど。

「悪いけど、秘密ってことで良い?」
「へ?」
思わず、気の抜けた変な声が漏れた。
何せ、帰ってきた答えが予想外過ぎる。

「ひ、秘密……?」

「うん。そのうち分かるんだし、後のお楽しみってことで良いかな?」
困惑する俺と、微笑を浮かべているエミリア。どうやら彼女の微笑は、反論を許さない力があるようだ。

「ほら、先生も来たみたいだしね」
エミリアに促され、俺は出入口の方へと目を動かす。

そうして出入口を視界の真ん中に入れた瞬間、教室の扉は豪快な音を立てながら開かれた。


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