変態パラドクス

蒼風

第16話 琴ちゃん、襲来

「あれぇ……」
遥は現在時刻を確かめて首を傾げる。11時25分。久遠との待ち合わせの時間は11時半。一応まだ時間は有るが、電車の到着時刻を考えるとそろそろタイムアップに近い。
ゴールデンウィークの最終日。“黎”は女装をし、遥として、秋葉原の駅前に降り立っていた。その目的は無論、久遠に会うためだ。
前回、久遠は遥よりも遅く着いた事をひどく気にしていた。サインの件が有ったからかもしれないが、また気を使わせても悪い。そう考えて前回よりも待ち合わせ時間に近い、11時15分頃にここに到着したのだが、久遠の姿は無かった。
それどころか、あとちょっとで待ち合わせの時間だと言うのに現れる気配すらない。どうしたのだろうか。まさか久遠が遅刻するとも思い難い。そうなると、もう一人の「友人」が遅れているのだろうか。久遠は「友人と合流してから向かいます」というメールをしてきている。その可能性は高そうだ。
久遠の友人。一体どんな人なのだろうか。少なくともクラスでは、誰かと会話をする事自体が少ない。やっぱり遥と同様に同人誌即売会で知り合ったのだろうか。
「ごめんなさい……遅れました」
と、その時、背後から久遠の声がする。時間は11時29分。ギリギリではあるがセーフだ。遥は振り向き、
「全然、私もさっき来たばっかり――」
久遠の隣に立っている、見慣れない姿に気が付く。やや癖っ毛の茶髪が特徴的な女性。パッと見の印象はギャルっぽい。最も、あくまでイメージだし、「ぽい」だけだ。メイクなんかはちょっと控えめである。
そして、身長が高い。遥も生物学的には男性という事もあり、女子の平均よりは背が高い。しかし、それよりもはるかに高い。多分10cmは差が有る。彼女は片手で謝りながら、
「いや、ごめんね?いつも休みの日はこんな時間に起きたりしないからさ」
どうやらギリギリになった原因はこっちにあるらしい。久遠は一つため息をつき、
「ホントにもう……」
「っていうかさ」
彼女は久遠にひそひそと何かを耳打ちする。
「え、ええ。そうだけど」
と、いうか、遥の方を見ている。一体何を、
「わっ!?」
驚いて後ずさる。そして思わず素に近い声が出る。
「逃げなくてもいいじゃない」
久遠の友人(仮)は不満顔。いや、だって、そりゃ逃げるでしょう。何で両手をワキワキしてるんですか。
「――何をするつもりだったんですか?」
「何って揉握手をしようかなぁって」
今なんて言った。
「じゃあ、その手は何ですか?」
指摘された久遠の友人(仮)は自分の両手を見つめてから、
「やだなぁ~握手する為の手だよ」
へらへらと笑う。どうやら本当の事を言うつもりは無いらしい。流石にまずいと思ったのか久遠が、
「琴ちゃん!いきなりそういう事したら迷惑でしょ!」
おっと、何だか聞き覚えのある名前が出てきたぞ。「ことちゃん」というのは確か、久遠がオタク的な話を出来る数少ない友人……だったはずだ。
ことちゃんと呼ばれた彼女は不満そうに、
「え~……でもさーこの子すっごいクるんだよ。いいじゃない同性なんだから」
すみません、異性ですと遥は心の中で謝る。
「駄目に決まってるでしょ!そういう事しないって言うから連れて来たのに」
「でもさぁ~」
久遠はふぅと一つ息を吐いて、
「それじゃ、あの約束も無しで良いわね?」
ことちゃんは見るからに焦りだし、
「!?駄目駄目駄目!それだけは勘弁して!」
「だったら、自分で言った事はちゃんと守る事。良いわね?」
「はい……」
見るからに元気を失うことちゃん。正直な所抱き着く程度だったら許可を上げたい位の光景だ。遥の性別が本当に女性だったならの話だが。
久遠が申し訳なさげに、
「ごめんね……私の友人、こんなで」
「い、いえ、いいですけど」
「それって、襲ってい「黙ろうね?」……はい」
笑ってない。顔はにこやかなのに声が全く笑ってない。超怖い。
沈黙。
やがて久遠が、
「えっと……改めて紹介するね。この子は琴音ことね。楽器の琴に音色の音で琴音って書くの」
そう言って肘で「ほら」と琴音に催促する。琴音は腰に手を当てて、
「琴音です。ひーちゃんの友達で、趣味も一緒。好きな物は可愛い子。そんな感じで、よろしくね」
「は、はあ」
何とも反応に困る自己紹介だ。取り敢えず一番気になるところに突っ込みを入れる。
「えっと……可愛い子って?」
「言葉通りの意味。アタシは可愛い子が大好きなの。ちなみに、男女はどっちでも大丈夫よ」
その情報はどういう意味だ。同性でも大丈夫だからあなたも対象なのよって意味か。それとも、あなたの性別は分かった上で対象にしているのよっていう意思表示か。どちらにしてもお断りだが後者だと余りよろしくない。かといって、下手に探りを入れると薮蛇になりかねない。さて、どうしたものか。
「全く琴音は……ごめんね、遥さん。私が琴音に遥さんの事を『可愛い女の子』だって紹介してからずっとこんな感じで」
「そ、そうなんだ……」
あ、よかった。どうやら男だと見抜かれてはいないらしい。
「ちなみに……その、ひーちゃんっていうのは?」
「あ」
久遠はしまったという顔をし、琴音の襟元をぐいっと引っ張って小声で、
「ことちゃん!私の―――――『刹那』―――――――しょ!」
「―――――じゃん!ひーちゃんの方が―――――――だから」
「仕方なくない!今――――――――――こと!良い!?」
「分かったよ……」
余り聞き耳を立てるべきでは無いと思い、そのまま待っていると、気になる単語がちらちら聞こえてくる。多分「ひーちゃん」という呼び名は「久遠」の「久」から取られたあだ名なのだろう。だから、本名を教えている訳では無い遥には使えない。そんな所だろう。全面的に久遠が正しいし、もし、あらかじめそういう取り決めになっていたのならば間違えた琴音が悪い。そう、正しいのだ。だけど、何だかもやもやする。
「ごめん。えっと、ね 『ひーちゃん』っていうのは私のあだ名みたいなものなんだ」
「あれ、でも刹那とは全く共通点が無いよね」
だから、なんとなく意地悪を言う。遥がそんな事を言わずに引き下がれば収まる話なのに。
「そう、ね。そこから取ったものでは無いからね」
「なるほど……」
横から琴音が、
「まあ由来なんて単純なんだけどね」
「そう、なんですか?」
「そう。名前から取って……っていうやつ。一般的でしょ?」
「琴ちゃん?」
久遠にくぎを刺された琴音は怯えるようなリアクションをして、
「ごめんごめん。それで、これからどこか行く予定とか有る?」
「えっと……一応漫画とかは見たい……けど」
「そっか、さっき言ってたもんね。それじゃ、遥さんは?」
琴音は遥にも聞いてくる。そういえば特に考えていなかった。この間来たときは時間を過ごすのに困らなかったので、頭から抜け落ちていた。
「特には無い、ですかね」
「りょーかい。後、私に丁寧語とか使わなくていいよ」
「は、はい」
琴音はうんうんと頷いて、
「それじゃ、昼でも食べに行かない?」
提案する。久遠が時間を確認し、
「お昼……そっか、そういえばそんな時間だね」
「でしょ?行こうよ。お勧めのラーメン屋があるのよ」
「私は良いけど、遥さんにも聞かないと」
久遠は遥の方を振り向き、
「えっと……こんな事言ってるんだけど、いいかな?」
「あ、私はどこでも大丈夫ですよ」
琴音は嬉しそうに、
「んじゃ、決まりだね!」
ニカッと歯を見せた。

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