死にたがりな美少女(ボク)と残念貴族

蒼風

XIV.購買部は三階建て

「わぁ」


紫苑に案内されてたどり着いた先。厳密にはそこにあった建造物を目前にした蓮の第一声がこれだった。正直自分でもどうかとは思う。しかし、


「……スーパー?」


高校の敷地にスーパーが現れたら誰だってこんな反応になると思う。


「いいえ。購買部よ」


違ったらしい。横から紫苑が訂正する。


「購買部なんですか?これが?」
「ええ」


蓮は改めてスーパーもとい購買部を眺める。地上三階建てのそれは、学生寮よりも幾分新しく見えた。壁面は一応煉瓦模様になっているが、純粋に煉瓦造りというわけではなく、景観を損ねない為の物であるようだ。その証拠に、ガラス戸から見える建物内部は普通の近代建築と何ら変わりが無い。


そして、その入り口付近にはいくつかのぼり旗が立っている。そこに書いてある文字は色々だが、少なくとも普通の購買部に「冷凍食品2割引き」の旗は無いと思う。
そんな心中を察したのか紫苑が、


「まあ、最初は驚くわよね……私も最初はびっくりしたわ。購買部はもっと小ぢんまりとしたものを想定してたもの。それが、この建物全部がそうだっていうから」
「そりゃあ、まあ……」
「しかもね。この購買部、びっくりするくらい充実してるのよ。筆記用具とかそういう勉強に使う物は勿論そろっているし、食材の品揃えなんかも並のコンビニよりしっかりしてるわ。服だって、本当にこだわると難しいのかもしれないけど、基本的な所は全部抑えてるわ。多分、ここの学生たちが余り敷地外に出たりしないのはその辺が原因なのかもしれないわね」
「あー……」


なるほど。確かに、購買部でそれだけのものが揃うならわざわざ外に出る必要は無い。寮にだって当然門限はあるだろう。そして、破れば罰則もあるかもしれない。そうでなくともわざわざ遠出しなくて良いのならしないというのがまあ、普通の発想だろう。


紫苑は暫くそんな蓮の反応を見ていたが、


「……取り敢えず、中も見てみる?」


断る理由もない。蓮は二つ返事で了解した。



◇      ◇      ◇



これは、スーパーだ。内部をざっと見た蓮の感想はこれだった。


まず第一にフロアが広い。入口付近からは分かりにくかったが、平屋でも全く問題ないほどの面積があった。


加えて、階層。外から見えない為気が付かなかったが、地下一階の地上三階建てだった。当然全階層面積は一緒。


更に、品ぞろえ。各階層でその趣は異なっているが、大雑把に言えば「学生をターゲットにラインナップを変えたスーパー」という感じ。食品、特に加工が必要な物に関してはやや少なめ。そして対照的に服や文具などの日用品は多めといった按配に調整されていた。


「何て言うか……凄いですね」
「でしょ?しかもこれ、出来てからまだ十年も経ってないのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。購買部自体は勿論前からあったわ。でも、こんなとんでもない事になったのはつい最近らしいのよ」
「それはまたどうして」


紫苑はお手上げのポーズで、


「分からないわ。一回学院長うちの母に聞いてみた事があるんだけど、はぐらかされちゃったしね。分かってるのは、ここが最近出来たって事位」
「前の購買部の有った建物が老朽化した、とかですかね?」
「でも、それなら寮の方が古いと思うわよ?一応補強の工事はしてるみたいだけど」
「うーん……」


分からない。確かに、購買部が立派になるのは良い事ではある。しかし、何だって限度という物がある。眼前に広がる光景はどう見たってやりすぎの部類だろう。全寮制である、という事を踏まえても、外出に制約が掛かっていないのだから、ここまで豪華にする必要はないだろう。少なくとも冷凍食品は絶対要らない。


それでも学院長――雅はこの豪華すぎる購買部を作った。そこには何らかの意図があったに違いない。違いないのだが、その意図は簡単に読めそうにない。寮は補強工事しかしていない所を見ると、築年数の問題というわけでもなさそうだ。


大したことではない。しかし、何か気になってしまう。そんな蓮の姿を紫苑は、


「あら……?」


見ていなかった。どころか、すすすっと蓮を置いて歩いて行ってしまう。


「……え、ど、どこ行くんですか?」


蓮が視線を上げた時、紫苑は既に随分と離れたところに居た。蓮は慌てて追いかけて、


「ちょ、ちょっと……突然いなくならないでくださいよ」


しかし紫苑は、


「やっぱりはるかじゃない。どうしたの?今日はゆっくりするんじゃなかったの?」
「あら、紫苑さん。う~ん……そうするつもりだったんだけど、ブラがね、ひとつ駄目になっちゃったの。だから、買わなくちゃって思って~」


紫苑の向こうから声が聞こえてくる。何だろう、この間延びした感じは。一人だけ時間経過がゆっくりしているようなそんな感じ。


「ブラって……また?」
「ええ。またなの。何でかしらね~?」


溜息。


「それは、それだけ成長してるって事でしょ?全く、どれだけ大きくなるのよ……」
「そうかしら~?」
「そうよ」
「揉んでみる?」


紫苑が呆れ気味に、


「揉まないわよ!全く……」


その時、


「あら?」
「あ」


目が合った。


「紫苑さん。この方は……?」
「この方…………あ」


紫苑はぱっと振り向き、


「ご、ごめんなさい!置いてきちゃって!」


頭を下げる。蓮は思わず、


「い、いや。別にいいですけど」
「で、でも」
「大丈夫ですって。それより、その人は?」
「え、ええ。えっと……」


紫苑がまだ戸惑っていると、その陰から、


「は~い。その人で~す」


ひょこっと人が現れる。


女の子、しかもかなりの美少女。整った顔立ちに、微妙に下がった目尻。肩ほどまで伸びた桃色の髪は毛先が軽くカールしている。着ている服は蓮達とは違い、私服で、ヒラヒラとしたドレスのような純白のワンピース……というかゴスロリ?


そして、紫苑が指摘した通り、胸がデカい。単純ではあるがこれが一番目につく。体の凹凸が出にくい服でこれだけはっきりと分かるのだから、相当なのだろう。


やがて、ようやく落ち着いたのか紫苑が、


「紹介するわ。この子は湯前ゆのまえはるか。私のルームメイトよ」
そう言った。

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