死にたがりな美少女(ボク)と残念貴族

蒼風

XIII.メイドさんは年齢不詳

「えっと……」


蓮は思わず言葉に詰まる。その驚きの原因は八割がた、目の前に現れた女性によるものだった。


メイドである。まごうごとなきメイドさんである。しかもただのメイドさんではない。一般にメイド喫茶やコスプレショップなどで見かけるようなフリフリヒラヒラした短いスカートの物ではない。それこそ一昔前の欧州にそのままタイムスリップさせても違和感の無いようなロングスカートの物を身に纏ったメイドさんである。


加えて、それを着ている本人もまた特徴的だった。肩位まで真っすぐに伸びる綺麗な黒髪。くりくりと丸い目。全体的に愛嬌を感じる顔。そして、蓮達よりも低い身長。紫苑の事を「紫苑ちゃん」と呼んでいたことから、少なくとも蓮達と同世代か年上だと思われるが。正直そうは見えなかった。ぶっちゃけ、制服を着せて、中学生だと主張させれば身分証無しでも通るのではないか。


そんなメイドを見て戸惑っている蓮に助け舟を出すかのようなタイミングで紫苑が、


「あら、美代子さん。もう晩御飯の準備ですか?」
「ううん。流石にまだそんな時間じゃないよ」
「それだったら、」


紫苑は視線を下げ、


「その手に持っている物は一体なんですか?」


メイドは両手に持っていたビニール袋を軽く持ち上げて、


「これ?」
「ええ」
「これは、まあ。色々だねえ」
「色々、ですか」
「そうだよ」
「例えば?」


メイドはやや視線を逸らして、


「……塩漬けにしたニシンとか」
「缶詰に入った?」


更に視線を逸らして、


「……さあ、どうだろうねぇ」


口笛を吹く。本人は誤魔化しているつもりかもしれないが、余りにも分かりやすかった。ちなみに塩漬けにしたニシンの缶詰というのは正式名称を「シュールストレミング」といい、世界一臭い食べ物としても有名である。一体そんなものを何に使うのだろうか。


「……はぁ」


紫苑は一つ溜息をついて、


「ほどほどにしてくださいね。あんまりやりすぎると私でも庇いきれませんよ?」
「分かってるって」
「全く……」


蓮はおずおずと、


「あのー……」


紫苑ははっとなり、


「あっ、ごめんなさい。三菱さんを紹介しないといけないわね」


メイドが首を傾げ、


「三菱さん?」
「ええ。紹介するわ」


紫苑が蓮の背中を左手でポンと押して、


「彼女は三菱蓮さん。今年から私達の学年に編入してきた転校生」


右手でメイドを指し示して、


「この人は光岡みつおか美代子みよこさん。ここの料理長をしているわ」
「料理長……ですか」


そこまで言ってはっとなり、


「え、料理長……?」
「そう。料理長。信じられないかもしれないけど、彼女はこう見えて立派な大人なの」
「は、はあ」


美代子は腰に両手を当てて不満げに、


「こう見えてってどういう意味さ。そろそろ40歳になるっていうのに……」
「えっ」


思わず声が出る。今何て言った。40歳?おかしいだろう。目の前にいる彼女はどう頑張って見繕っても大学生くらいがせいぜいだ。それが40歳。冗談にしか思えない。


しかし紫苑は感慨深そうにうんうんと頷いて、


「そうよね。最初はそういう反応になるわよね」
「って事は」
「ええ。正確な年齢は……私も知らないけれど、40歳近いって事だけは間違いないわ。ちなみに一児の母よ」


言葉が出ない。こういう見た目以上に年を食った人というのは漫画なんかだとそんなに珍しくはないと思うのだが、まさか現実に存在するとは思わなかった。


美代子は「全く……」と呟いたところではっとなり、


「あれ、君転校生って事はだよ、あの試験を突破してきたって事?」
「あの試験?」
「そう。だって君、この学校に今年から編入してきたんだよね?」
「それは、まあ」
「って事はやっぱりあの試験を突破してきたって訳だ」


美代子はうんうんと頷く。蓮は訳が分からず、


「あの、紫苑さん。試験って……」


紫苑は目をぱちぱちとさせ、


「受けてるわよね?」
「え、えっと」


さて、どうしたものか。少なくとも蓮の記憶の限りでは試験らしきものを受けた覚えはない。一応、前年の三学期がぽっかりあくので、その穴埋めとして雅に、課題のようなものは出された記憶はある。しかし、逆に言えばそれくらいなもので、少なくとも編入試験のような形式ばった事はしていない様に思う。それともあの課題が一種の試験だったのだろうか?


悩んだ末蓮は、


「編入の試験って、有名なんですか?」


美代子が「当然」といった具合に、


「そりゃあねえ。だって、今まで外からの編入って無かったよね?」


話を振られた紫苑は軽く頷き、


「ええ。私が知っている限りでは無かったと思います。一応、編入の門戸は開いているみたいですけど……」
「そ、そうなんですか……」


これは困った。別に成績が悪いわけではない。余り他にやる事が無かったという理由もあるが、勉強自体は割とできる方だったと自負している、しかし、今までに誰も通った事のない編入試験を通過できるレベルかと言われたら間違いなくノーである。


そんな蓮の心配をよそに美代子は、


「まあ、私としては元気にご飯食べてくれればそれでいいんだけどね」
「は、はあ」


美代子は片手を差し出して、


「取り敢えず、二年間?かな。よろしくね」


にっこりと微笑む。どうやら握手をしようという事らしい。蓮は差し出された手をゆっくりと握り、


「よ、よろしくおねがいします」


瞬間。


「んんー……?」


美代子がまじまじと蓮の顔を見つめる。


「な、何でしょうか……?」
「いや、君可愛いんだけど、なんかこう引っかかるんだよね」
「引っかかる、ですか?」
「うん。何だろうなぁ……可愛い、可愛いんだけど……完成度が高いっていうか、そんな感じ」


紫苑が横から、


「完成度が高いならいいんじゃないですか?」
「それは、そうなんだけどさ。でも、なんか引っかかるんだよね。完成度が高すぎる……のかなぁ。男子の理想っぽいというか」
「え」
「まあ、私の気のせいかもしれないけどね」


美代子はそう言って蓮から離れ、


「それじゃ、私はこれを仕舞わないといけないから」
「あ、ちょっと、流石にそれは」
「それじゃーねー」


紫苑が待ったをかけようとするが、逃げ足はやく、美代子は食堂の奥へと消えていった。

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