死にたがりな美少女(ボク)と残念貴族
Ⅵ.彼女の「衣・食・住」事情
「よし」
出来た。炒飯と野菜炒め。本当はもっと色んな具材を使いたかったのだが、こればかりはいかんともしがたい。次からはスーパーで買い出しをしよう。もっとも、この生活が何時まで続くのかは分からないが。
蓮は台所から顔を出して、
「昴~?」
遠くから、
「何?」
「料理、出来たから、運ぶの手伝ってくれる?」
「分かった」
数秒後、昴が現れ、
「どれを運べばいい?」
その姿を見て蓮は心の中でほっと息をつく。彼女が身に纏っていたのは先ほどまで着ていた私服。エプロンは掛けていないし、当然その下が裸という事も無い、と思う。
「あ、じゃあ、これと、これ」
蓮は炒飯と野菜炒めを指さす。昴は軽く頷き、
「分かった」
自分の分となる皿を持って出ていく。
「……しかし、地味だな……」
蓮は思わず呟く。さっきまでは近距離でまじまじと見る機会が無かったから余り気にならなかったが、流石にこの距離だとそうはいかなかった。何というか、絶望的にダサい。コートはそうでも無かったのだが、私服はどう見ても「母親が適当にスーパーで見繕ってきました」と言った感じ。
しかし、昴はそれでも違和感を覚えている様子がない。その姿は貞操観念以前に人間として大切な何かが欠けたような、
「蓮?」
昴がひょっこりと入口付近から顔を出す。
「あ、ごめん。今行くよ」
どうやら昴を待たせてしまったらしい。蓮は急いで自分の皿を手に取った。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ、えっと……いただきます」
「いただきます」
食卓はそこそこの大きさだったが、二人しか居ないという事も有って、向かい合って座った。一応、椅子は四つ用意されているが使う事は殆ど無いのだろう。うち一つには先ほどのエプロンが引っ掛けられていた。
そして、その持ち主はといえば、
「……お腹減ってた?」
「一応は」
昴は一言だけ答えて、また食事に取り掛かる。その食べるペースは明らかに早い。
やがて、蓮が半分位を食べ終えた所で、
「ごちそうさまでした」
あっさり完食。蓮は思わず、
「えっと……足りなかった?」
首を横に振り、
「大丈夫」
「そ、そう?」
それでも蓮は何となく気になり、
「えっと……次からはもっと作った方がいいかな?」
昴は少し悩んで、
「出来れば」
どうやらもっと入るらしい。それならば、と思い、
「えっと……これ、食べる?食べかけだけど」
自分の分を差し出してみる。しかし昴は、
「大丈夫」
「そ、そうか」
流石に一度断られたのにゴリ押しするのも良くない。蓮は差し出した皿を引っ込める。
沈黙。
何となく居心地の悪い空気。蓮はそれを薙ぎ払おうと、
「そういえば、さ」
「何?」
「何でフライパンと電子レンジだけはあるんだ?」
「あの人……雅が買ってくれたから」
「そう、なのか」
買ってくれた。それならば料理が出来ないにも関わらずある程度の調理道具が揃っているのは納得が行く。しかし、
「じゃあ、何で炊飯器は無いんだ?」
昴は小首を傾げ、
「分からない」
「ふむ……」
分からない、と来た。この辺りの理由は雅に聞いてみないと分からなそうだ。しかし、
「じゃあ、別に昴が要らないと思った訳じゃないんだな?」
肯定。
「そっか……なら有った方がいいと思うんだけどなぁ……」
さて、困った。そういえば雅は「また来る」とは言っていたが「いつ来るか」については明言していなかった。明日いきなり訪れるかもしれないし、新学期直前になるまで来ないかもしれない。
加えて、蓮はその連絡先を知らない。事ここに至って騙されたとは思わないが、せめて連絡先位は、
「あの」
「ん?何?」
「炊飯器、有った方がいいの?」
蓮は一瞬あっけに取られて、
「それは、まあ、有った方がいいよ。レトルトのご飯だと1パックごとの量も決まってるからどうしても小回りが利かないし。何よりも炊いたほうが美味しい」
「……そう、なの?」
「そう。僕も細かい事は知らないんだけど、最近の炊飯器はホントに凄いらしいよ。それこそ高いのにするだけで素人でも分かる位美味しく」
「買おう」
「え、でも、そんなお金」
「出す。買おう」
「あ、はい」
本気だ。本気の目だ。どうやら、自分で料理が出来ないだけで、食事に対してのこだわりはあるらしい。
「それじゃあ……明日……は、流石に開いてないかな。明後日辺り買いに行こうか」
そんな提案に昴は、
「はい」
初めて笑顔らしい表情を見せた。
◇ ◇ ◇
「いやー……楽しみだなぁ……」
買えた。買えてしまった。蓮は、ここまでが壮大なドッキリなのではないかとすら思ったが、そんな事も無く、無事に炊飯器を買う事が出来た。しかもかなり高いやつ。これできっと毎日の食生活も充実するだろう。
「しかし、こんなものを渡してくるとはなぁ……」
蓮は思わず呟きながら持ったままになっていたクレジットカードをしげしげと眺める。
話は一日前にさかのぼる。
◇ ◇ ◇
「と、いう訳なんで炊飯器を買おうかと思うんですけど、良いですかね?」
元日。蓮は昴に番号を聞き、雅に電話を掛けていた。内容は今後の具体的なスケジュールについてと、炊飯器を買う事について。
前者については雅の「ごめん。忘れてたよ」という謝りと共に簡単な解説が有った。彼女曰く、蓮が学園に通うのは四月から。つまりは新学期から。理由を尋ねると「手続きに時間がかかるから」との事。本当かどうかは分からない。
加えて、昴との同居。これは三月一杯まで続けてもらうとの事だった。どうやら、寮の部屋が完全に空くのがそのあたりになるらしい。
そして、後者については、
『ん、良いよ。お金も私が出すよ』
「……いいんですか?」
『いいのいいの。だって、あの子も欲しがってるんでしょ?』
蓮は炊飯器の話をしたときの昴を思い出し、
「それは……はい」
『だったら問題ないじゃない。出してあげる。その代わりと言っちゃなんだけどさ、あの子に使い方とか教えてあげてくれるかな』
「それは……いいですけど」
『よかった。それじゃ、現金……じゃ、足りなくなったら困るか。分かった。明日の朝私がそっちに行くよ』
「え、それって」
『流石に着いて行っては上げられないけど、カード渡すからさ。それで買って』
「い、いいんですか?」
『いいのいいの。何ならあの子と軽くデート位してもいいよ』
「デートって……」
蓮はふと、思い出し、
「……そういえば」
『何かしら?』
「雅さん、昴に変な事教えたでしょう?」
『……変な事って?』
「例えば……裸エプロンとか」
『ああー……』
雅は納得し、
『で、どうだった?』
「どうもこうも無いです。普通に着替えさせました」
雅は不満げに、
『何だ、つまんない』
「いやいや……何教えてるんですか。今回は僕だったから良いですけど、相手が相手なら勘違いを」
『それは大丈夫』
「生み……え?」
『私だってそんな適当な事はしないわよ。あくまで「特に親しい男性に対して」っていう条件が付いてるわよ?』
「そ、そうなんですか」
『そうよ。んで、あの子が接する男性何てほぼ皆無だった。だから、まあ、良い機会だと思ったんじゃないかしら』
「は、はあ……」
半信半疑。でもそれなら理屈としては通る。でも、
「それにしたってあのエプロンは無いでしょう……」
『そう?良いと思うんだけどなぁ』
「そうかなぁ……」
どうやらエプロンも彼女が用意したものらしい。何というか微妙に感性がズレた人だった。
沈黙。やがて雅が、
『もう聞きたい事は無い?』
「あ、後一つだけ」
『何かしら』
「あの、旭さんには……」
『そっか、それも有ったわね。連絡先は分かる?』
「えっと……はい」
『おっけー。それも明日聞くわね』
「はい」
『他にはもう無い?』
「えっと……はい」
『よし。それじゃあ、昴と変わってくれるかしら?』
「分かりました」
出来た。炒飯と野菜炒め。本当はもっと色んな具材を使いたかったのだが、こればかりはいかんともしがたい。次からはスーパーで買い出しをしよう。もっとも、この生活が何時まで続くのかは分からないが。
蓮は台所から顔を出して、
「昴~?」
遠くから、
「何?」
「料理、出来たから、運ぶの手伝ってくれる?」
「分かった」
数秒後、昴が現れ、
「どれを運べばいい?」
その姿を見て蓮は心の中でほっと息をつく。彼女が身に纏っていたのは先ほどまで着ていた私服。エプロンは掛けていないし、当然その下が裸という事も無い、と思う。
「あ、じゃあ、これと、これ」
蓮は炒飯と野菜炒めを指さす。昴は軽く頷き、
「分かった」
自分の分となる皿を持って出ていく。
「……しかし、地味だな……」
蓮は思わず呟く。さっきまでは近距離でまじまじと見る機会が無かったから余り気にならなかったが、流石にこの距離だとそうはいかなかった。何というか、絶望的にダサい。コートはそうでも無かったのだが、私服はどう見ても「母親が適当にスーパーで見繕ってきました」と言った感じ。
しかし、昴はそれでも違和感を覚えている様子がない。その姿は貞操観念以前に人間として大切な何かが欠けたような、
「蓮?」
昴がひょっこりと入口付近から顔を出す。
「あ、ごめん。今行くよ」
どうやら昴を待たせてしまったらしい。蓮は急いで自分の皿を手に取った。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ、えっと……いただきます」
「いただきます」
食卓はそこそこの大きさだったが、二人しか居ないという事も有って、向かい合って座った。一応、椅子は四つ用意されているが使う事は殆ど無いのだろう。うち一つには先ほどのエプロンが引っ掛けられていた。
そして、その持ち主はといえば、
「……お腹減ってた?」
「一応は」
昴は一言だけ答えて、また食事に取り掛かる。その食べるペースは明らかに早い。
やがて、蓮が半分位を食べ終えた所で、
「ごちそうさまでした」
あっさり完食。蓮は思わず、
「えっと……足りなかった?」
首を横に振り、
「大丈夫」
「そ、そう?」
それでも蓮は何となく気になり、
「えっと……次からはもっと作った方がいいかな?」
昴は少し悩んで、
「出来れば」
どうやらもっと入るらしい。それならば、と思い、
「えっと……これ、食べる?食べかけだけど」
自分の分を差し出してみる。しかし昴は、
「大丈夫」
「そ、そうか」
流石に一度断られたのにゴリ押しするのも良くない。蓮は差し出した皿を引っ込める。
沈黙。
何となく居心地の悪い空気。蓮はそれを薙ぎ払おうと、
「そういえば、さ」
「何?」
「何でフライパンと電子レンジだけはあるんだ?」
「あの人……雅が買ってくれたから」
「そう、なのか」
買ってくれた。それならば料理が出来ないにも関わらずある程度の調理道具が揃っているのは納得が行く。しかし、
「じゃあ、何で炊飯器は無いんだ?」
昴は小首を傾げ、
「分からない」
「ふむ……」
分からない、と来た。この辺りの理由は雅に聞いてみないと分からなそうだ。しかし、
「じゃあ、別に昴が要らないと思った訳じゃないんだな?」
肯定。
「そっか……なら有った方がいいと思うんだけどなぁ……」
さて、困った。そういえば雅は「また来る」とは言っていたが「いつ来るか」については明言していなかった。明日いきなり訪れるかもしれないし、新学期直前になるまで来ないかもしれない。
加えて、蓮はその連絡先を知らない。事ここに至って騙されたとは思わないが、せめて連絡先位は、
「あの」
「ん?何?」
「炊飯器、有った方がいいの?」
蓮は一瞬あっけに取られて、
「それは、まあ、有った方がいいよ。レトルトのご飯だと1パックごとの量も決まってるからどうしても小回りが利かないし。何よりも炊いたほうが美味しい」
「……そう、なの?」
「そう。僕も細かい事は知らないんだけど、最近の炊飯器はホントに凄いらしいよ。それこそ高いのにするだけで素人でも分かる位美味しく」
「買おう」
「え、でも、そんなお金」
「出す。買おう」
「あ、はい」
本気だ。本気の目だ。どうやら、自分で料理が出来ないだけで、食事に対してのこだわりはあるらしい。
「それじゃあ……明日……は、流石に開いてないかな。明後日辺り買いに行こうか」
そんな提案に昴は、
「はい」
初めて笑顔らしい表情を見せた。
◇ ◇ ◇
「いやー……楽しみだなぁ……」
買えた。買えてしまった。蓮は、ここまでが壮大なドッキリなのではないかとすら思ったが、そんな事も無く、無事に炊飯器を買う事が出来た。しかもかなり高いやつ。これできっと毎日の食生活も充実するだろう。
「しかし、こんなものを渡してくるとはなぁ……」
蓮は思わず呟きながら持ったままになっていたクレジットカードをしげしげと眺める。
話は一日前にさかのぼる。
◇ ◇ ◇
「と、いう訳なんで炊飯器を買おうかと思うんですけど、良いですかね?」
元日。蓮は昴に番号を聞き、雅に電話を掛けていた。内容は今後の具体的なスケジュールについてと、炊飯器を買う事について。
前者については雅の「ごめん。忘れてたよ」という謝りと共に簡単な解説が有った。彼女曰く、蓮が学園に通うのは四月から。つまりは新学期から。理由を尋ねると「手続きに時間がかかるから」との事。本当かどうかは分からない。
加えて、昴との同居。これは三月一杯まで続けてもらうとの事だった。どうやら、寮の部屋が完全に空くのがそのあたりになるらしい。
そして、後者については、
『ん、良いよ。お金も私が出すよ』
「……いいんですか?」
『いいのいいの。だって、あの子も欲しがってるんでしょ?』
蓮は炊飯器の話をしたときの昴を思い出し、
「それは……はい」
『だったら問題ないじゃない。出してあげる。その代わりと言っちゃなんだけどさ、あの子に使い方とか教えてあげてくれるかな』
「それは……いいですけど」
『よかった。それじゃ、現金……じゃ、足りなくなったら困るか。分かった。明日の朝私がそっちに行くよ』
「え、それって」
『流石に着いて行っては上げられないけど、カード渡すからさ。それで買って』
「い、いいんですか?」
『いいのいいの。何ならあの子と軽くデート位してもいいよ』
「デートって……」
蓮はふと、思い出し、
「……そういえば」
『何かしら?』
「雅さん、昴に変な事教えたでしょう?」
『……変な事って?』
「例えば……裸エプロンとか」
『ああー……』
雅は納得し、
『で、どうだった?』
「どうもこうも無いです。普通に着替えさせました」
雅は不満げに、
『何だ、つまんない』
「いやいや……何教えてるんですか。今回は僕だったから良いですけど、相手が相手なら勘違いを」
『それは大丈夫』
「生み……え?」
『私だってそんな適当な事はしないわよ。あくまで「特に親しい男性に対して」っていう条件が付いてるわよ?』
「そ、そうなんですか」
『そうよ。んで、あの子が接する男性何てほぼ皆無だった。だから、まあ、良い機会だと思ったんじゃないかしら』
「は、はあ……」
半信半疑。でもそれなら理屈としては通る。でも、
「それにしたってあのエプロンは無いでしょう……」
『そう?良いと思うんだけどなぁ』
「そうかなぁ……」
どうやらエプロンも彼女が用意したものらしい。何というか微妙に感性がズレた人だった。
沈黙。やがて雅が、
『もう聞きたい事は無い?』
「あ、後一つだけ」
『何かしら』
「あの、旭さんには……」
『そっか、それも有ったわね。連絡先は分かる?』
「えっと……はい」
『おっけー。それも明日聞くわね』
「はい」
『他にはもう無い?』
「えっと……はい」
『よし。それじゃあ、昴と変わってくれるかしら?』
「分かりました」
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