死にたがりな美少女(ボク)と残念貴族

蒼風

Ⅳ.初めての共同生活

やがて雅が、


「さて、それじゃあ移動しよっか」
そう切り出す。


「あの、移動するって、どこにですか?」
「そりゃ、マンションだよ」
「マンション、ですか」


はて、どういう事だろうか。もしかして、住む部屋を提供してくれるのだろうか。しかし、今さっき雇う(と言っていいのかは不明だが)と決まった人間の家が既に用意されているのか。なんというかえらく準備が良い。


雅はそんな事は気にもくれずに、


「ま、ついてきてよ」


とだけ言ってさっさと部屋を出て行く。そして、それに追従する様に昴が蓮の横を通り過ぎる。


やがて、蓮が付いてこない事に気が付いたのか雅が入口から顔を出して、


「行くよー?」
「あ、はい!」


どうやら、説明はしてもらえない様だった。



◇      ◇      ◇



着いた。


雑居ビルからタクシーで数十分。住宅街の一角に立つ何の変哲もない普通のマンション。その一室が蓮の連れてこられた場所だった。


「じゃじゃーん!」


リビングで両手を広げる雅。しかし、


「えっと……」


蓮はコメントに困っていた。それもそのはず。リビングと思わしき部屋にはおおよそ存在するべき家具が殆ど無かったからである。小さい折りたたみ式のものではあるがテーブルは有った。それはいい。


しかし、それ以外に目立ったものは何もない。テレビは当たり前の様に無いし、ラジオだってない。ソファーも無ければカーテンすらなかった。他の部屋がどうなっているのかは知らないが、恐らく似たようなものなのだろう。


雅は不満げに、


「反応が鈍いわね……ほら、昴、何とか言ってあげなさい。あなたの部屋でしょう?」


驚愕。どうやらこの部屋は彼女の物らしい。言われてみれば入口で鍵を開けたのは雅ではなく昴だったような気がする。


しかし当の本人は、


「別に」


興味無しと言った具合に一言だけ返すと、奥の部屋へと入っていってしまう。


「あ、ちょっと……もう」


雅は腕を組んで溜息をつく。


「あの」
「ん、どうしたの?」
「この部屋って、昴さんの何ですか?」


雅は苦笑して、


「昴さんって……あの子、君と同い年だよ?」


蓮は目を丸くし、


「そうなんですか?」
「ええ。だから別に“さん”は要らないと思うわよ。あの子、そういうの気にしないし」
「は、はあ」


雅がむひひと笑い、


「それで?昴の何が知りたいのかしら?スリーサイズ?」
「ち、違いますよ!ただ、この部屋って昴さんの物なのかなって思って」


本人が気にしないとはいえ、やっぱり気になるので“さん”は付けておいた。雅はそんな呼び方にぴくっと反応はするも突っ込みはせず、


「ええ、そうよ。ここはあの子の部屋。なんも無いでしょ」
「それは……」


肯定はしなかったが、否定もしなかった。何もない、という訳では無いが、年頃の女の子が住む部屋としては余りにも殺風景すぎるというのもまた事実だった。家具が少ないのはともかく、カーテンが掛かってすら居ないのは流石に無防備ではないか。


「別にあの子にお金が無いわけじゃないのよ?ただ、あの子はそういうのに凄く無頓着なのよ」
「そう、なんですか」


無頓着。つまりは関心が無い。そう言われてしまうと返す言葉がない。


「そういう事。さて、私はそろそろ行かなくちゃ」


雅は退散ムードを多々酔わせる。


「あの」
「ん、何?」
「僕はどうしてここに連れてこられたんでしょうか?」
「言ってなかったっけ?」
「ええ」


雅は暫く首をふらふらさせながら考え込み、


「あ、言ってないわね。ごめんごめん」


気が付く。そして、


「暫くはここで暮らしてもらうからよ」
「……はい?」


とんでもない事を言い出す。


「ほら、蓮くんは女子校に通う訳じゃない?女装して」
「……まあ、そうですけど」
「だから、その前段階として、あの子と一緒に暮らしてもらおうかな、と」


訳が分からなかった。と、いうより、


「あの、雅さん」
「なにかしら」
「さっき言いましたよね。昴さんは部屋の事に無頓着だって」
「ええ」
「その上で、僕が男である事も知っている、と」
「そうね」
「そんな人と一緒に暮らす事に何の意味が……?」
「それは……」


雅は暫く視線を彷徨わせ、


「まあ、共同生活に慣れる事は重要だから!それじゃ!また来るから!」
「あ、ちょっと待っ……早っ!逃げるの早っ!」


脱兎のごとく部屋から出て行った。余りの早さに追いかけるという発想すら浮かばなかった。


「なんなんだあの人は……」


蓮が一つため息をつくと、


「どうしたの?」


後ろから声を掛けられる。


「うわっ」


驚いて振り向くと、そこにはコートを脱いで私服姿の昴が立っていた。相変わらずその表情からは感情らしきものは読み取れない。


「えっと……なんか僕、この部屋で過ごす……らしい、よ?」


どう接したらいいのか分からず、途切れ途切れになる。


「そう」


昴は興味無しと言った具合に踵を返し、


「自由に使って」


自分の部屋に戻ろうとする。蓮は思わず、


「あ、ちょっと、」


ぐうぅぅぅぅぅ……


「……」
「……」


昴が歩みを止めて振り向く。今鳴ったのは彼女のお腹ではない。蓮は頭を掻きながら、


「あ、あはは……」


苦笑する。恥ずかしい。腹の鳴る音を聞かれてしまった。そう言えば結構長い事何も食べていない気がする。
昴は暫く静止したあと、


「お腹空いたの?」


蓮は思わず。


「いや、そんな事は全然」


ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……


「……お腹空いたの?」
「……はい、空きました」


流石に誤魔化しがきかず、白状する。心なしか昴の視線が冷たい気がする。


「分かった」


昴はそう言うと蓮の横をするりと抜けて、台所へと入っていく。もしかして、何か作ってくれようとしているのだろうか。そういえばこの生活感の無い部屋にある唯一の家具はテーブルだった。流石に食事に関しては無頓着という訳にもいかないのだろう。


蓮は言わば居候の身。作ってもらうだけでは悪い。そう思い、


「あ、何か手伝う、」


台所に入り、


「よ……」


固まる。


「大丈夫。手間はかからない」


昴はそう言って作業を続ける。その動きはとても手慣れていた。しかし、


「それ……カップラーメンだよね?」


そう、カップラーメン。お湯を入れて数分待つだけでラーメンが出来上がるというアレだ。今昴が作ろうとしているのはまさにそれだった。そりゃ、手間はかからないだろう。何せやる事と言えばせいぜい蓋を開けてかやくを入れて、お湯を入れる位だ。手伝うと言われても困るだろう。分業したほうがむしろ、効率が悪くなるかもしれない。


昴は首を傾げ、


「嫌いだった?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」


そう。そういう訳じゃない。蓮の好き嫌いで言えばむしろ好きな方だ。それはいい。しかし、


「えっと……ちょっと聞いていい?」
「何?」
「いつも食事はどうしてるの?」


昴は手に持っていたカップラーメンを持ちあげ、


「これだけど?」
「マジですか……」


開いた口が塞がらなかった。カーテンが無いだけじゃなくて、食事がカップラーメン。無頓着にもほどがあるという物だ。蓮は気になって、


「ちょっと失礼」


冷蔵庫を開けてみる。


「おう……」


想像通りだった。冷蔵庫には大したものが入っておらず、数個綴りのプリンだとかゼリー。それに、大きなサイズのペットボトル(当然ジュース類)が適当に放り込まれている。そして、本来野菜が入っているべき場所には何故かカップ麺が転がっており、冷凍室にはアイスの箱が幾つか入っているという有様。


「あの、昴さん?」
「何?」


昴はここに来て明確な不快感を示していた。どうやらカップラーメン作りを邪魔されたのが相当嫌だったらしい。


「えっと……料理とかは」
「りょうり?」
「あ、しないですね。はい」


聞いた蓮が馬鹿だった。冷蔵庫に入っている物を見れば明らかである。このラインナップで出来る事と言えばジュースにアイスを乗っけてフロートにする位が関の山だろう。


「ええっと……」


さて困った。別に蓮もカップラーメンが嫌いなわけでは無い。無いのだが。これから少なくとも数日はここで暮らす訳で、その間の食事がそれだけというのは正直ちょっと辛い。なので、


「あの、食材って他に何か有ったりしないかな?」


否定。


「無い。これだけ」
「そっかぁ……うーん……」


昴が覗き込むようにして、


「何で悩んでいるの?」
「いや、出来れば何か料理でも作りたいなぁって思ったんだけど、食材が無くって」


昴が首を傾げ、


「食材?」
「うん。冷蔵庫もおやつとかしか入ってなかったから」
「じゃあ、買いに行く?」


蓮は首を振って、


「でも、僕お金なんて持ってないから」
「大丈夫。ちょっと待ってて」


昴はそれだけ告げると足早にキッチンを出て行き、


「持ってきた」


直ぐに帰ってきて、持っていた物を蓮に見せる。黒い長方形のそれは、


「それは……財布?」


財布だった。年季こそ入っているが、そこそこ高級な物に見える。昴は頷いて、


「そう。お金ならあるから、買いに行こう」


そう提案する。


「え、でもカップラーメンは?」


昴は首を振り、


「あれもいいけど、蓮が作ってくれるなら、それがいい」
「は、はあ」


肩透かしを食らったような気分である。蓮はてっきり、もっと強硬に反対されるものだと思っていた。どうやらそこまでこだわりは無いらしい。


「それじゃあ、えっと、行こうか?」


そんな言葉に昴は、


「行こう」


二つ返事で同意した。

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