違法利用との接し方-「漫画村」騒動から得るべき事とは-

蒼風

7.おわりに

思ったより長くなってしまった本稿も終わりを告げようとしている。そんな纏めだが、漫画、更には娯楽を離れて、ちょっと日本全体の事について話を広げたい。自分の愚痴みたいなものだが、お付き合いいただけたら幸いだ。


今の日本はどういう状態だと思うだろうか?先進国?とんでもない。この国はもうとっくに後進国なのだ。それが結論だ。


何故なのか?簡単である。高度経済成長期。日本は確かに目覚ましい躍進を遂げた。当時、その躍進を支えた人々は優れていたのかもしれない。しかし、彼らは人を見る目が無かった。いや、人並みだったのだろう。にも拘わらず、何故かそこには疑問が挟まれないまま、若い人間が次々と採用されていった。これが今日本のトップに居る世代だ。


残念ながら彼ら/彼女らが、既に後進国となりつつある国を作ってきた。そう言わざるを得ないだろう。彼ら/彼女らは能力が有る無しに関わらず年齢とともに高い立場に立ち、そして、年功序列ではないと言い、安全圏から人の首を切っている。それが残念ながら現状である。


さて、話を漫画に戻そう。残念ながら、漫画の業界も上が優れているとはいいがたい。ともすれば新連載の作品を決める人間の目も駄目なら、それにつく編集も駄目だろう。勿論、一部には優秀な方もいるかもしれない。しかし、それがマイノリティーであるというのは、業界が右肩下がりである事からもよく分かる。


最近、とみに「お、いいな」という「オーラ」を感じる作品が減った。自分のハードルが異常に高くなっているという事を差し引いても少ないと思う。それは作り手の技量不足もあるかもしれない。しかし、「技量の劣る人間に漫画を描かせている」のは一体誰なのか。


アニメに目を移す。とても予算をかけたとは思えない、一人の監督によるところの大きい「けものフレンズ」が大きなヒットを飛ばした。売れない売れないと叫ばれる円盤(DVDやBlu-rayの事)だってかなりの数が売れた。人々は何も「どんなに優れた作品でも金を落さねえよ」などと突っぱねている訳では無いのだ。


では、何がいけないのか。自分にはその責任が、「作家以外の創作に関わる人間たち」にある。そんな気がしてならない。重ねるが、別に編集者や広告代理店、更には出版社が全て悪だとは思っていない。中には本当に素晴らしい人間も居るはずだ。しかし、素晴らしい人間「も」居るでは、残念ながら駄目なのだ。彼らが旗手となり、先頭を歩かない限り、事態はずっと好転せず、崖に向かって突き進む事に成ってしまいかねない。


今、漫画の不正利用が叫ばれている。不正な利用に関しては別に擁護するという気持ちはさらさらない。撲滅されるのが一番「理想の形」である事は疑う余地も無いはずだ。


しかし、理想は理想である。結論から言えば撲滅は不可能だ。これに関しては自信を持って言える。ネットに一度流れた情報が、消え失せることは無いのだ。その事は皆さんも重々承知のはずなのだ。


だからこそ、そんな「不毛な戦い」を挑むのではなく、別の道を、無料で読めるサイトが有ろうが無かろうが、問題なく作家が利益を得られるような仕組みづくりを考える。今回の騒動はそんな契機にすべきなのではないかと、思えてならないのである。

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