ZENAK-ゼナック-

ノベルバユーザー260614

13.時魔法




◇ ◇ ◇




__バルムダール/アルタン王国/南の街サウム/ヴァンの家__




「あ、照様! おかえりなさい!」


ドアを開けると、リーナが出迎えてくれる。


「あぁ…ただいまリーナさん」


「…照様?」


俺はクロムに最後に言われた言葉を、頭の中で反芻していた。


「王都はどうでしたか? きっと華やかなところなのでしょうね…。私も一度は行ってみたかったんです」


「ごめんリーナさん。ちょっと今日は疲れたから…先に休むよ」


「ごめんなさい、私ったらつい…」


俺は自室に行き、倒れ込むようにベッドに身を投げる。


……


「君は聖騎士となるべきだ」


クロムの言葉が頭の中をぐるぐると彷徨う。


魔王の討伐…。


それが俺の最終目標であることには変わりはない。


その近道が今、目の前にぶら下がっているのも分かる。


…だが、俺にはそれを躊躇する理由がいくつかあった。


一つは、リーナのこと。


聖騎士となれば、この先リーナと共に旅を続けることはできないだろう。


きっとこのことをリーナに打ち明ければ、彼女のことだ、受け入れてくれるだろう。


色々な想いを抱えながら、俺の想いに答えてくれるリーナの顔が浮かぶ。


もう一つは、頭の上のポイントだ。


神父の一件でほとんどポイントを使い果たした俺にとって、この先魔王と戦うとなるとさすがに心許ない。


テルバイクもまだ量産するまでには至っていないし、既に次の手も考えてある。


今だからこそ自由にできるのを、それを失うのは正直キツい。


そしてもう一つの理由は、完全にスキルに依存している状態である――ということだ。


時を止めることがチート並みのぶっ壊れスキルであるが、それに慢心していたからこそ、神父の時は冷や汗をかいた。


魔王だからといって、この能力が使えるとは限らない。


魔王だからこそ、どんな能力も使えないということも可能性はある。


その為にも、多少はレベルを上げ、基礎能力をあげる必要もあるのではないか…。


これに関しては、自力で聖騎士に登りつめたクロムに頼めば、戦いのノウハウを教えてくれるかもしれない。


だが…


クロムの言う言葉を完全に信用しているわけでもなかった。


「そうか。なら、気が変わったらいつでも僕を尋ねると良い」


そう思った俺は、クロムからの誘いを一旦保留という形で返事をした。


……


そう長い時間クロムは待ってはくれないだろう。


こうしている間にも、魔王は軍隊を引き連れてアルタ大陸に攻め込んでくるかもしれない…。


時間が…


……


時間?


「ステータス、オープン」




【ステータス/天笠照】


レベル:1


HP:30

MP:10


腕力:15

知力:10

技術:20

幸運:20


スキル:時魔法





俺は勘違いをしていたのかもしれない。


――時を止めることができる


俺は自分のスキルのことをずっとそう思っていた。


しかし、俺の目の前に表示されているステータスには、紛れもなく「時魔法」と書かれている。


これが意味するものは…。


俺はベッドから飛び起き、カタログから時計を購入する。


今は――19時52分。


……


暫くして19時53分に針が進む。


この世界にも時間の概念は存在している証拠だった。


何故今まで思いもしなかったのだろうか…。


「止まれ」


俺はいつもの様に時を止める。


……


静寂の中、時計の針はいつまで経っても動くことはなかった。


「戻れ」


再び時計が動き出す。


続けて俺はあることを試す。


「この部屋だけ、止まれ」


それは、神父を脅したハッタリに使ったものだった。


一部の空間だけ、時を止められるのか。


時計の針は…動いていない。


俺はゆっくりとドアを開け、部屋の外に出る。


そこには、酒を片手に笑っているおじさんの姿が見える。


「がはは! お、兄ちゃんも飲みてーのか?」


俺はそっとドアを閉じる。


どうやら、あれはハッタリではなく本当のことだったようだ。


「戻れ」


再び針は動き出した。


俺は、次に発する言葉を十分に考えながら呟く。


「…今から3分だけ巻き戻れ」


すると――まるでテレビの巻き戻しを見ているかのように――目の前の光景が移り変わっていく。


ドアを閉める「俺」が、まるでドアを開けたように見え、


グランの言葉がして「俺」はドアを閉め(開け)て部屋に戻り、


時計が手から離れて宙へと飛んで行き、ベッドへ横たわり、


寝返りを打つ「俺」は、ベッドから飛び起きたと思えば、後ろ向きにドアの方へ行き、


「俺」は部屋の外に出ていった…。


……


時計の針を見ると、19時50分で止まっていた。


俺は身体が熱くなるのを感じ、


それと同時に、芯から震え出すのを感じた。


まるでSFの世界だった。


いや、異世界に来ている時点で、いや、死んでも生きている時点でファンタジー全開なんだが…。


戻った時間はどうなる?


パラレルワールドは?


「俺」は俺を認識できるのか?


…頭がおかしくなりそうだ。


俺は何とか思考を保ち、現実に戻るため呟く。


「今から3分だけ進め」


すると、ドアを開けて「俺」が部屋に入ってくる。


「俺」は俺の存在に気付かないまま――俺を通過し、ベッドへと身を投げた。


そして、部屋の中央で「俺」は何かを呟くと…


突然、「俺」は――跡形もなく霧散した。


……




◇ ◇ ◇




ベッドから天井を見つめて、どのくらい時間が経っただろうか…。


俺はあれから他にも検証を重ね、頭を整理するためベッドに横になっていた。


その結果分かったことは、


まず、俺の持つスキル「時魔法」は、時を止めるだけの能力ではないということ。


指定した空間だけを止めることもできるし、指定した物体の時も止めることができる。


例えば、宙に投げたリンゴを空中で止めたり、コップの中の水だけを止めれば、ひっくり返してもこぼれない。


ただし止めた状態で俺が直接触ると、「移動させる」ことはできる。


…が、それは自力で動かせるもののみであり、重い家具なんかは動かせなかった。


そして面白いと思ったのは、時を止めた物体は「重力の影響を受けない」ということだ。


止めたリンゴを窓の外に投げた時、放物線を描いて落下するはずが、一直線に飛んでいったのを見たときは流石に焦った。

そして、

時を過去に進める――巻き戻すこともできる。


その場合、巻き戻している間と、巻き戻された後の時間は、俺は何に対しても干渉ができなかった。


俺はこれを、「過去鑑賞」と呼ぶことにした。


言葉の通り、過去を観ることはできても、過去の自分に触れたり、話しかけたりすることができなかったからだ。


ただ観ることができるだけの能力ではあるんだが、使える能力であることには変わりない。


落として割れたコップは元には戻せないが、コップがどんな柄をしていたかは、巻き戻せば思い出せるのだから。


最後に、時を進める――「時間再生」に関しても、巻き戻されてから再生している時間は、俺は鑑賞しているだけしかできない。


なぜ「再生」と呼ぶことにしたのかと言うと、それは現在より先へ時間を進めることはできないからだ。


未来へは行けない。


いたってシンプルな結果だった。


え?


じゃあ今、魔王の心臓よ止まれって呟けば、って?


…それはどうやってもできない。


なぜなら俺は、「直接見た範囲」でしか時を止めることはできないみたいだからだ。


それは相手を認識できていないから、止めたのかどうかが分からないからだ。


どうして確信が持てないのかって?


それは、シュレディンガーの猫と同じ原理なのかもしれないからだ。


実際に箱の中にいる猫は止まっていたとしても、


箱の蓋を開けてみなければ、俺は箱の中にいる猫を「止めた気に」なっているだけかもしれない。


俺はテルナールで人々を「救った気に」なっているだけかもしれない。


クロムが生前、動物たちに「罪悪感を抱いた気に」なっているだけかもしれない。


そんなのは全て自分が決めているだけで、実際のところは何も分からないからだ。


だから俺は、自分が自分の目で見た範囲でしか「止める」ことができない。


そう考えた方がシンプルだし、何しろ確実だ。


……


「…ふぅ」


一度、深呼吸をして頭を落ち着かせる。


さて、実験の次は――実践だ。


クロムだって、あの力を別の形で最大限有効活用したからこそ、2年そこらであの地位まで登りつめることができたのだ。


「時間停止」


「過去鑑賞」


「時間再生」


俺はこの3つの能力を最大限生かせる道具はないか、膨大な数のカタログから探し始めた…。




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