ZENAK-ゼナック-

ノベルバユーザー260614

6.パンと少年



◇ ◇ ◇




目を覚ますと、視界に入ったのはリーナだった。


彼女は天井から吊るされた鎖に繋がれており、そして俺も同じように両手を鎖で繋がれていた。


ほぼ同時に目を覚ましたのか、リーナも段々と覚醒し、自分と同じような状況になっている俺がいることに気付く。


「て、照様!? これは一体…!」


俺にも分からない


と言おうとするも、やけに喉の奥が締まり、声が出せないことに気付く。


「照様! どうしちゃったんですか! それにいつの間にそんな傷だらけに…! この鎖は…」


何故かかすれた声しか出せない俺と、知らない場所、そして冷たい鎖に混乱するリーナ。


俺は声が出せない代わりに、リーナにありったけの思いを込めて目で訴える。


「…そんなっ! でもあの人が居ないということは…。嘘よ、そんなこと…」


……


俺たちは狭く暗い牢屋のような場所に幽閉されたようだった。


ろうそくの灯りが、ゆらゆらと2人の影を歪ませる。


ショックの余りリーナは暫くの間何も話せないでいた。


そんな沈黙の中、俺は現状を頭の中で整理していた。


俺は昨晩、奴の術中に嵌り、睡眠薬を飲まされ気がついたらこの牢屋にいた。


奴は言っていた。俺はもう奴には危害を加えることができない。そして――


声が出ない…。


声を出そうとすると、まるで喉を思い切り掴まれているかのように声帯が締まり、かすれた声しか出せないのだ。


奴が言っていた言葉、そして声が出せない現象…。


これらのことから推測するに、おそらく奴のスキルの発生条件は「言葉」だ。


いや、奴だけではない。俺も時を止めるスキルを使う時には必ず言葉にしていた。


だとすると、この世界…バルムダールでは、言葉にして唱えることがスキルの発生条件である可能性が高い。


「私たちはこれからどうなるのでしょうか…」


リーナが項垂れる。


けれど、そんなリーナに俺は声すら掛けてあげることができなかった。


「……」


すると、鉄格子の外から誰かに見られている気配を感じた。


俺は暗闇にいるはずの人影に向かって睨みつける。


「へへ、見つかっちまったか…」


「だ、誰かそこにいるんですかっ!」


見知らぬ声の存在に、リーナも気がつく。


「あんたら、運が悪いよ。あぁ、本当に運が悪い」


ろうそくに照らされた声の主は、俺が東の街で雇った馬車の仕い人だった。


「あなたは…馬車の」


「へへ、そうだよ。旦那の命令で俺があんたらをここまで運んできたのさ」


「旦那って、もしかして神父様のことですか…?」


「あぁそうだよ。そうだとも」


「どうしてこんな酷いことをっ…。私たちにはやるべきことがあるんです!」


リーナが力強く訴えかけるも、仕い人は興味のなさそうな表情で答える。


「あれだろ? テルナールっていう小さくて丸くて…」


「そうです! あれがあれば…大勢の人が救われるんです!」


「そうかなぁ~?」


仕い人は薄くなった頭を掻きながら、続ける。


「神父様はこういってたしな。あんなのはでまかせで、あんなちっぽけなもので治るはずがないって」


「私も始めはそう思ってました…。けど! あれは本物なんです!」


「どうせ金目的だろって。じゃなきゃ、平民があんな豪華な馬車に乗れやしない。おいらもそう思う」


「そ、それは…」


辻褄は合う。それにここまでは概ね予想はしていた。


「だから神父様は言ったんだ。あんたらは異端者だって。だから異端審問にかけるって」


「本当なんです! 私たちを信じてください!…お願い…します…」


リーナが必死に弁明するが、助ける気はなさそうだ。ただの暇つぶしに来たって感じだな。


俺はカタログを開く。


そして、少々高めのネックレスを購入する。


「ん? ……お! おい! そのネックレス、お、お前のか?!」


どこからともなく降ってきて、重量のある音を立てて地面に落ちるネックレス。


その光り輝く物に、仕い人は目を輝かせる。


「照様? 一体なにを…」


「ひひっ…! あんたら、本当に運が悪い。今さら隠そうたって遅いんだからな?」


俺はここぞとばかりに、しまった、という表情で、必死にネックレスを拾おうとする演技をする。


「無駄さ! その鎖は鍵がないと外せない。…そしてその鍵はおいらも持ってないのさ」


そう言って、仕い人は腰から下げていた牢の鍵を手に取り、ガチャガチャと鍵を開け始める。


そして、俺とリーナの両方の顔を一瞥し、ニヤリと笑みを浮かべながらネックレスを拾った瞬間――。


「…うぐっ!」


注意がネックレスに向いた隙に、首めがけて放った蹴りがヒットする。


「キャッ」


ドサっと鈍い音を立てながら、仕い人は倒れた。


「照様?!」


状況に思考が追いつけていないリーナが俺の顔を見る。


俺は、頷くことで心配しなくて良いことをリーナに伝え、気絶した仕い人を自分の足下へ足で引き寄せる。


仕い人を足台にし、さらにカタログから長めの細い紐を購入。


腕にグルグルと紐を巻き付け、指から抜けなくなった指輪を取る要領で手枷を少しずつ外すことに成功した。


片方の手も外し、ようやく自由になった両腕に安堵する。


「照様って魔法が使えたんですね! ネックレスとか紐とか…すごいです!」


…うん。魔法ということで納得してくれたみたいだ。


そういうことにし、同じようにしてリーナの手枷を外す。


「そういえば、照様? さっきから一言も喋ってないですけど…何かあったんですか?」


俺はそれを説明する前に、この建物から脱出するようジェスチャーで伝えると、リーナもそう判断したのか、コクリと頷く。


俺とリーナは、ノビた仕い人を尻目に出口へと向かった。




◇ ◇ ◇



__バルムダール/アルタン王国/南の街サウム/スラム__



「…はあっ……はっ……」


閉じ込められていた建物を出てからというもの、俺たちは身を隠す場所を探してがむしゃらに走り続けていた。


「…ここは? 私たちは一体、どこに来たのでしょうか…?」


息を切らしながらリーナと俺は辺りを見渡す。


倒壊したままの建物や、ゴミが散乱した道路、鼻をつく悪臭…


遠くでは目に生気のない老人がこちらを眺めている。


「…すごい臭いですね」


つんざくような臭いに、リーナも俺も思わず鼻を覆う。


どうやら俺たちはスラムに来ていたようだ。


ここまで来れば暫くは追ってはこないだろう。…ただ、長居はしたくない。そんな場所だった。


「照様…これからどうしましょうか…」


俺は少し考え、近くに橋があったので、一旦はその下で身を隠すことにした。


……


川は干上がっていたが、泥になっており、強烈な腐臭を放っていた。


なるべく綺麗な場所を選び、やっと腰を落ち着かせる。


俺はカタログから紙とペンを用意し、声の出ない理由をリーナに説明することにした。


……


「…そうだったんですね」


リーナは信じられない、といった表情だが、実際に声が出ない状況を知っているからか信じてはくれているようだ。


俺はこのような事態になり、そしてそれにリーナを巻き込んでしまい申し訳ないと謝る。


「そんなこと…。私が望んだことでもあるんですから…きっと声が戻る方法はあるはずです!」


正直、俺一人だったら心が折れていたと思う。


こんな状況でも励ましてくれるリーナの存在が、俺には心底ありがたかった。


「これからどうしましょう…」


それでも行く先を不安に思うリーナが、ぽつりと零す。


俺もすぐには思いつかず、何も言えなかった。


…だが、そんな沈黙を破ったのは、俺の腹の虫だった。


「…ふふっ。そうですね、私も走ったらお腹が空いてきちゃいました」


2人の間に笑顔が戻る。


俺はカタログからパンと温かいスープを2人分購入する。


「ほんとに、不思議な力を持ってるんですね…」


俺はあえて答えず、ごまかすようにパンを口に入れようとした瞬間――。


「そのパンはどこで手に入れた! 言わなければ殺す!」


甲高い子どもの声が、橋に反響して耳に響き渡る。


俺は思わずパンを落としてしまい、声の主を睨みつけようと顔を向けると…。


「どこだ! 早く言え!」


そこには見覚えのある少年が、棒を突き立て俺を威嚇していた。


陽が落ち始め、影で見えにくいが、間違いなく東の街で俺の財布をスッた少年だった。


「っ…!」

顔を見合わせた瞬間、少年も見覚えのある顔であることに気付いたのか、一瞬たじろぐ。


「あら、あなたもお腹が空いているのね?」


俺よりも先にリーナがそう少年に話しかける。


「…言え! でないとお前達を殺す!」


「…このパンはあなたにあげるわ。だから手に持っているものを下げてくれない?」


「……」


リーナの言葉が予想外だったのか、少年は動揺する。


そして俺はカタログから同じパンを二つ購く入し、その内の一つを少年に向けて投げる。


咄嗟に棒を捨て、パンをキャッチする少年。


そして俺ではなくリーナに向かって「…どうも」と小さく呟いてから、勢いよく口に頬張った。


その姿を見て、リーナはふふっと笑みを浮かべ、律儀に神に祈りを捧げてからパンを食べ始める。


俺はその2人の姿を見ながら、これからどうするかなー、と考えながらまだ温かいパンを掻きむしった。


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