ZENAK-ゼナック-
5.転生者
「…やっぱりな」
神父の頭の上には、数字が刻まれていた。
7桁はあろうか。思っていた以上にあった巨額の数字に俺は驚く。
「腹もだが、ポイントまでこんなに肥やしにしやがって」
弾力のあるお腹を肘でつつきながら呟く。
頭の上の数字は帽子で隠せるというのは良いことを知ったな。コイツ、俺のことを同じ転生者と分かっていながら、あんなこと聞いたのか。
概ね、これ以上邪魔をされたくないから、道案内を装ってどこかで始末しようって魂胆だろう。
「残念だけど、俺にはチート並みのスキルがあるんだなぁ」
そう言いながら、俺は神父の目の前でドヤ顔をして遊ぶ。
そして俺は思った。
やはりこの世界には俺以外の転生者がいるという事実と、接触した以上は戦わざるを得ないということ。
また、俺のように時を自在に止めたりするようなチート能力者も、中にはいるかもしれないという可能性。
かといって、今のところレベル上げを全くしていない以上、純粋な戦いで勝てる自信はないしな…。
せめてコイツのスキルがどんなものか分かれば、対策を立てやすいのに。
「コイツが単純で、何も考えずに接触してきたのが救いだったな」
…まぁ、何も知らずに教会と交渉しようとした俺も同じか。
さて、どうしたもんかなぁ。
俺は考えた結果、最悪口封じに動けなくすることも考えながら、情報を聞き出すため誘いに乗ることにした。
っと、その前に何か護身用に武器を持っておくかな。
俺はカタログを開き、麻酔銃を購入する。
「これなら殺傷能力は低いし、大丈夫だろ。……戻れ!」
「わかりました。では私はあちらにいますので、声をかけてください」
時を戻すと、神父はそう言って離れていった。
「照様? 私は全く問題がないように思いましたけど…」
「そうなんですけど、ちょっと気になることがあったので」
不思議そうに顔を覗くリーナに、俺はそう答える。
「リーナさんは何か感じませんか? 違和感というか」
「この街の教会に初めて行った時のことですか? んー、確かに気になったのは確かですけど…」
「どんなことに?」
「えっと、これは単なる気のせいだと思うんですけどね? 北の街や私の住んでいた街と違って、信仰心が高いなと」
「信仰心が?」
「はい。前にも言ったように、病気やケガは教会で祈りを捧げ、神の恩恵を得ることで治癒できるのですが、それはあくまで治癒のためであって、常日頃から祈りを捧げる人はあまり多くありません」
残念ですが、と肩を落としながら語るリーナ。
「どうして信仰心が高いと思ったんです?」
「それは、この街には信者が異様に多いんです」
「信者って、神父様やリーナさんみたいな聖職者とは別なんですか?」
「ええ。彼らは熱心に教会で祈りを捧げ、献身的に奉仕活動をしてくれたり、そして教会へ相当な額を寄付してくれています」
…なるほど。
「私たち教会で神に仕える人間は、信者からのいわば献金で生活することができているんです」
「ということは、この街の教会はかなり景気が良いってことになりますね」
「…はい。ですが、信者の数はそのまま教会の影響力とも言えますので、民を救うためにも、私たち聖職者がもっと頑張らないといけないということでもあるんです」
リーナは首から下げている十字架を見ながら、強い眼差しで語る。
何となく話が見えてきた。
つまりは、あの神父は何かしらの能力で信者を増やし、そして信者が行なう善行までも自分のものにできる仕掛けがあるってことか。
尚の事、そんな理由で俺の目的の邪魔をされるわけにはいかないな。
「まぁ、まず優先は南の街に行ってテルナールを広めること。それには代わりないですね」
「そうですね! ですが、照様はそれで良いのですか?」
「うん。一刻も早く南の街に行くには案内役が必要だしね」
「わかりました! では私から神父様にお願いしてきますねっ!」
リーナが小走りで神父のもとへ行く間、俺はどうすれば神父の出鼻をくじけるかを考えていた。
……
◇ ◇ ◇
__バルムダール/アルタン王国/リラク街道__
俺とリーナは、東の街の神父を案内役に、南の街へ向かうためリラク街道に来ていた。
今のところ神父には特に不審な動きはなく、いかに東の街の信者は信仰心が高いかといった話しを自慢話のようにしている。
「ところで、照様はどこの教会に属しておられるのですか?」
話し半分で聞いていた俺に、神父が尋ねる。
「いえ、私は教会とは無縁の村で育ちましたので、これといって――」
「そうでしたか! では祈りを捧げる際は是非、私たち東の街の教会が良いでしょう。他の街とは違い、毎月のように宴や催しを行なっていますし…」
どうやらこの男は俺を勧誘しようとしているようだ。手口が古すぎて、もはや新手の勧誘レベルだ。
本性がわからない以上、勝手に悪人だと決めつけるのは良くはないと思うが、如何せん俺を転生者だと知ってて近づいてきた以上、警戒しないわけにもいかない。
「と、ところで神父様?」
「はい。なんでしょう? 照様?」
「どうして東の街は他の街と比べて、信仰心の高い信者が多いのですか? 何か理由でもあるのでしょうか?」
ここはあえて直球で情報を探ってみるか。
「私が現在の神父としての役割を持つようになってから、不思議と信者の数も多くなったのですが…その理由は私にもわからないのですよ」
「何か、特別な力が神父様にある…とかでは?」
「いやいやまさか! そんな力があるとすれば、それは我々が信仰する神でしかありませんよ! まぁ、照様が私の信者になってくださるのであれば、その秘密が分かるかもしれませんが…。なんていうのは冗談ですよ」
ははは、と高笑いを浮かべながらそう返す神父。
「はは…。そういえば、南の街はどういった街なんですか?」
「それは私がお答えしますね」
そう言ってリーナが軽く咳払いする。
「南の街は、太古の遺物が多く発掘される不思議な場所で、骨董マニアや学者が集まるちょっと変わった街なんですよ」
「へぇー。太古の遺物…?」
「私も実物は見た事がないのですが、オーパーツと呼ばれる、今の技術では到底作ることができない、とても高度な技術でできたものなんだそうです」
オーパーツ…ねぇ。
本で読んだことがある。宇宙人が持ち込んだ技術だとか、人類が生まれる前に超文明が存在していて、技術革新の果てに滅んだとかなんとか…だったような気がする。
「私たち教会は、科学とか言うそういった俗物的なモノとは相容れない立場ですので、正直単なる噂話だと思ってますがね」
と神父。
やれやれ…どの口がそんなこと言えるんだか。
「さて、このまま行けば明日の昼頃には到着すると思われますので、今日はゆっくり休みましょう」
神父の言うように、外は既に日が暮れていた。
明かりの灯いた馬車だけが、月に照らされた草原を走っていた。
「そうですね! では馬車を止めてもらってきますね!」
リーナはそう言うと荷台から顔を出し、街で雇った使い人に馬車を止めるよう伝える。
◇ ◇ ◇
その夜のことだった。
俺は寝るフリをして神父の動向を監視していたのだが…
「さて、そろそろ良い頃合でしょう。……転生者クン?」
その言葉を聞いた途端、一気に血の気が引き、同時に大量の冷や汗をかくのを感じた。
「……ペテン師め」
俺は寝るフリを辞め、神父を睨みつける。
神父はいつも通りの食えない笑顔で俺を見下ろす。
「そんな怖い顔で見ないでくださいよ。あぁ、ご安心ください。彼女には少しばかり深く眠ってもらっているだけですので」
隣で寝息を立てるリーナを見ながら神父はそう言う。
「…何が目的だ?」
「私が転生者だと気付いていたことは既に知っていましたよ。まぁどうしてバレてしまったのかまでは分かりませんが」
そう続ける神父に、俺はゆっくりと銃を構えようと右手を動かそうとするが――
「そんなのは無駄ですよ?」
見透かしたようにそう告げる神父。
「どうして?って顔をしていますねぇ。言ってもわからないでしょうから、一度試してみてくださっても結構ですよ?」
そう挑発する神父に、俺はすかさず銃口を向ける。
「あぁ、言われなくてもそうしてやる!」
胸元に向けて引き金を引こうとする…が、
「…くっ」
まるで見えないストッパーが効いているかのように、それはビクともしなかった。
「そうでしょう。なにせあなたはもう、私の信者になったのですから」
…は? 信者…なった?
神父の言い放つ、わけの分からない言葉に思考が混乱する。
「お前、一体俺に何をした!」
「まだ分かっていないようですね」
やれやれ、と両手でジェスチャーする神父。どこまでもムカつく奴だ。
「あなたはもう、私に危害を加えることはできないし、私に利用されるだけの道具になったということですよ。お分かりですか?」
「あぁ、分からないね…俺がいつっ――」
ドゴッ!
「! …ぐはっ!」
俺が言いかけた瞬間、鈍い痛みが腹部を抉った。
「あぁあと、お喋りも厳禁ですからね?」
神父はそう言いながら、俺の髪をつかんで持ち上げる。
「……っ!」
俺は声にならない声で、もがくような頭皮の痛さに必死に堪えていた。
「どんなスキルを使ったかは分かりませんが、これ以上秘密を知られることは厄介極
まりないので、…ねぇ!」
そういって神父は、荷台に積んである荷物の上に俺を投げ捨てる。
「…ぐふっ!」
俺は頭の中で必死に考えていた。
なぜ銃を打てなかった? 奴の言う信者になったというのは? いつからだ?
どんな手を使った? 奴のスキルなのか?
「さて、あなたもコレで寝てもらいましょうかね」
倒れて力も出ない俺に、何かの薬を飲ませようとしたところで――
俺の意識は途切れた。
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