ZENAK-ゼナック-

ノベルバユーザー260614

3.テルナール




__バルムダール/アルタン王国/北の街ノーム/教会__



「ええ! それは本当かい?」

「はい。このレシピ通りに作れば、流行病は必ず治ります」

「それは助かるよ! なにせここ一ヶ月で20人は死者が出ていてね」

「それと一つ頼みがあって、薬を売るときに――」

……

「さて、これでこの街も一安心かな」

「はい! 照様のおかげで【テルナール】もどんどん広まってますね!」

「いやいや、俺一人じゃここまで広げられなかったよ。リーナさんのおかげさ」

俺が考えた作戦はこうだ。

薬の成分と調合方法を無条件で公表し、誰でも作れるようにすること。つまり著作権フリー商法というやつだ。

目的は一つ。効率的に、それも爆発的に薬を普及させるため。

ただそれだけではこの薬を誰が作ったのか、つまり「誰の善意なのか」がわからない。

だから俺は、販売する条件として二つ用意した。

一つは薬の名前を【テルナール】とすること。ネーミングは単に俺の名前の「照」と「治る」をもじって、薬の名前っぽくしただけなんだけど…。

もう一つは、薬の入った瓶に、俺の顔だと分かるイラストを掲示し、裏の成分表には作者である俺の名前を記入することだ。

これで実際に俺の顔を見なくても、誰が作ったもので、誰の善意なのかを知れるようにしたのだ。

実際に直接顔を視認しなくてもポイントとして還元されることは、別のところで試して実証されている。

こうしている今も尚、俺の頭上にあるポイントはもの凄いスピードで増加していた。

「……ふふっ」

「照様? どうかしました?」

作戦通りに運び思わず笑みがこぼれたのを不審に思ったのか、リーナが不思議そうに俺を見る。

「いや、何でもないよ。それにしても本当にリーナさんのおかげだよ。俺一人じゃ教会とやりとりできるコネはなかったし、不審に思われるだけだったしね」

「ううん、私一人ではただ祈ることしかできなかったから…役に立てて嬉しいです」

そう。この世界バルムダールには医者は存在しない。

病気になれば教会に行き、神の前で手を合わせるしか治す方法は無いと誰もが信じていたのだ。

逆に言うと、神にでも治せない病気を、たった一つの丸薬で治すこの【テルナール】が、後々になってどんな面倒ごとを起こすのか…今は考えないでおこう。

「さて、次の街はっと…」

「そうですね、次は東の街イールなんですが、さすがに馬車がないとかなり大変だと思います…」

馬車か――。

そう考えながら俺はカタログを開く。

「とりあえず今日はこの街で休んで明日移動しませんか?」

「それもそうですね! では教会に一晩泊めさせてもらえないかお願いしてきますねっ!」

そう言ってリーナは教会の中へと引き返していった。

……

異世界に来ていきなり大きなチャンスを掴み、順調に思えた俺だが、

なぜだか胸がざわつくのに、気付きたくはなかった。




◇ ◇ ◇



「て、て、照様!? これって…これどこで手に入れたんですか!?」

豪華な馬車に乗る俺に、リーナは目を見開いて口をぱくぱくさせている。

「えーっと…テルナールで治った人が貴族の人で、お礼にって…」

苦し紛れにそう答えると、

「すごいです! これで疲れずに東の街まで行けますね!」

目をキラキラさせて言うリーナに、ふぅと胸をなでおろす。

…嘘がバレなくてよかった。

カタログにあったので、昨晩ポイントを消費して購入しておいたのだ。

「じゃあリーナさん、次の街までの案内よろしくお願いします」

「はい!」





◇ ◇ ◇



__バルムダール/東の街イール/関門__


「照様、見てください!」

リーナの指の先、数キロ離れたところに大きな門が見える。

「あれが東の商業の街、イール」

俺たちがいる【アルタ大陸】は、【アルタン王国】の王によって統治がされている。

アルタン王国には中心の王都を囲むように、東西南北に巨大な街があり、それぞれ

北の信仰の街 ノーム
西の芸術の街 ウェール
東の商業の街 イール
南の太古の街 サウム

と呼ばれ、街によって文化の違いがあったり言葉の訛があったりと、独特な雰囲気を持っている。

…と、ここまでは何となく生活する中で聞いたりして分かったことなんだけど…、

それにしても思うのは、俺の想像していた異世界と違って、この世界はとても平和だということだ。

差別や貧困はあるにしろ、外部からの驚異、人類を脅かす敵が全くいないというのは、なんというかやる気がなぁ…。

まぁ、魔物がいきなり出て襲われても、今の俺のレベルでは倒せる自信なんてないし、それで元の世界に強制送還されないだけマシかな…。

そんなことを考えているうちに馬車は門まで到着していた。

「何の用だ?」

衛兵に話しかけられ、俺はギルドで発行した手帳を見せながら、教会に用があることを伝える。

「……ふむ。いいだろう。ただし滞在できるのは3日だけだ」

「え? どうしてですか?」

「俺は上から命令されているだけで事情は知らん。とにかく3日過ぎたら出て行ってもらう。分かったら通れ」

衛兵はそういって脇にある通路に案内すると、衛兵はそれ以上話さないと言わんばかりに元の場所に戻っていった。

「…一体何が起こっているのでしょうか」

「さあ…。とりあえず教会へ向かいましょう」

この街にきた目的はテルナールを普及することだ。

俺もリーナも、不安を抱えながらも、その使命に突き動かされるように門をくぐった。



◇ ◇ ◇


__バルムダール/アルタン王国/東の街イール/教会__


「こんな魔法のような物を恵んでくださり、何とお礼を言ったら良いのか…」

「いえいえ、1人でも多くの民を救うには皆が協力し合わないとですから」

「あなたは神がこの世界に送ってくださった救世主だ…。さっそく病に犯されている民のため信者たちに知らせることとしましょう」

「はい。私たちもすぐに次の街に行かなければなりませんので、これで…」

俺は調薬のレシピを神父に渡し、――もちろんあの条件を伝え、教会を出ようと話を終わらせようとした時、

「ところで照様?」

神父に呼び止められる。

「はい、なんでしょうか?」

「この特効薬は、どのようにして考えつかれたのですか?」

この質問は必ずくると俺は思っていたので、予め用意しておいた返答をする。

「私が生まれた村では教会へ行くにも一苦労な貧しい村でして、もちろんのこと贅沢な食事はできません。なので森に生えている草を食べるしかなかったのですが、不思議なことに大病にかかる村人はほとんどいませんでした。そのようなことがあり、私の父は草を研究するようになり、病に効く薬草とその調合方法を発見したのでございます」

「なるほど薬草が…。あなたの父はさぞ立派な人なのでしょう。お引き止めして申し訳ない。そなたらに神の御加護があらんことを」

「はい。…それでは失礼します」

……

教会を出てすぐ、俺は深く息を吐く。

予め考えていたとはいえ、嘘をつくのは神経つかうな…。

何はともあれ、この街の教会も理解してくれたようだし、黒死病にかかった人も治るだろう。

ふと隣にいるリーナを見ると、何やら考え込んでいる様子だった。

「リーナさん?」

「へ? あ!いえ、ちょっと気になることがあったんですけど…、きっと私の思い過ごしですね!」

そう言ってリーナは先に歩いて行く。

俺もリーナじゃないけど、何かが引っかかっていた。その正体はわからないが、何か見落としているような…。

……


◇ ◇ ◇



__バルムダール/アルタン王国/東の街イール/商店街__


俺たちは次の街に行くために必要なものを揃えるため、商店街にきていた。

さすがは商業の街。北の街とは違い、そこかしこで客引きの声が響き渡り、少しでも質の良いものを買おうとする客で活気に満ちあふれていた。

「ここは大陸屈指の交易都市ですからね、王様に献上する食材や宝石なんかもここに集まってくるんですよ」

へぇー、そうなんだと言おうとした瞬間――。

「…っと! ぁぶなっ!」

ふいに後ろから小突かれ、思わず前のめりになる。

「だ、大丈夫ですか!?」

「あぁ、うん。でもいきなりでビックリしたよ」

「これだけ人が多いですからね、ぶつからないように気をつけましょう!」

「うん。それで、あと必要なのが…」

「干し肉とかの乾物ですね! あっ!あそこで売ってるみたいですよ、照様!」

俺とリーナは売られているものの中から良さそうなものを選び、店の主に声をかける。

「それとそれなら…400Gってとこだな」

Gというのはこの国の通貨の単位で、1Gがそのまま1徳ポイントと同じ価値がある。

俺は財布を出そうとポケットの中に手を入れる…が、

瞬間。体が凍り付く。

「どうかしたのか?兄ちゃん」

「り、リーナさん…俺の財布知らない?」

「え? 私は知らないですけど…もしかして」

やられた。

「うん…。さっきぶつかった時に落としたか…もしくは」

俺は一旦会計を保留してもらい、先ほどぶつかった場所に戻って探すも――

「どこに行っちゃったんでしょうか」

「この人混みの中、探すのは骨が折れるなぁ…」

「とりあえず、行った場所は全部確認してみましょう! 無かったらそのときはそのときです!」

「…俺の不注意で迷惑かけてしまって申し訳ない」

「いいんですよ、さぁ早く早く」

リーナに励まされながら俺たちは心当たりのある場所を探すことにした。



◇ ◇ ◇



「…ぜんっぜん見つからない」

俺とリーナは、先ほど歩いた場所を再度くまなく探してみるも、見つけられないでいた。

「もう暗くなってきましたし、今日は事情を話して教会に一晩お世話になれるか尋ねてみませんか?」

そう言ってリーナは教会のある方角に向く。

俺もそう思い、同じように教会の方を向いた時――

「ひったくりよ! 誰か!私のカバンを返して!」

人混みの中から、甲高い女性の声が響いた。

「あそこか!」

俺は真っ先に声のする方へとダッシュする。俺の財布を盗んだ犯人と同じ奴かもしれない。

さすが商業都市。日が暮れようという時間なのに、商店街はまだまだ人で埋め尽くされている。

俺は人と人の間を縫うように走りながら、犯人が逃げたと思われる方へと必死に探した。

すると目線の先に、かすかにもの凄いスピードで走る人影が見える。

子どもくらいの背丈だろうか、にしてもかなりの素早さだ。

「すみません、ちょっと通してください!」

俺は周囲の人の肩にぶつかりながらも、その影を追いかける。

教会に近づくほど、人の数も次第に少なくなり、俺はついに影の正体を見ることができた。

「おいそこの財布泥棒! 待てったら!…おい、止まれ!」

その瞬間――。
「イタッ...!」

避けたはずの人に思い切り俺はぶつかり、前のめりになりながら転んでしまう。

やばい! これじゃあ体制を整えている間に遠くに行ってしまう…!

俺は素早く立ち上がり、辺りを見渡すと…

「…あれ?」

さっきまで煩いくらいに活気で満ち溢れていた街の音は無くなり、吹いているはずの風も無く、

落ちかける夕日が真っ赤に街を照らしていても、影は一つも動かない。

そして、自分の鼓動だけがやけに激しく響いているのだけが実感できた。

「なん…だ、これ…」


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