ZENAK-ゼナック-

ノベルバユーザー260614

1.エピローグ




ゴーン――

ゴーン――

重く鈍い鐘の音が鳴り響く。

高く白い円錐状の屋根に、ほの暗い明かりが灯っている。

外の光に照らされたステンドグラスは、何色ものまばゆい虹色となって建物の中に降り注いでいた。

「故・天笠照(あまがさ てる)は齢十八にしてこの世の天命を遂げた......」

「その余りにも短い命は、多くの家族、仲間に見守られながら、やがて天の御名によって祝福されるであろう」

牧師がそう告げると、礼拝堂に集まった人々のすすり泣く声が大きくなる。

そんな風景をつい先ほど目覚めた俺は、宙の上から眺めているのだ。

「……え?俺死んじゃったの?」

あまりにも急すぎる展開。人生で一度も骨折すらしなかった俺が、こんなドッキリ番組顔負けの状況についていけるはずもなかった。

宙をふわりふわりと浮かびながら、自分の寝姿がすぐ足下にあるなんて。意味が分からない。

「俺ってこんな顔してたっけ?」

思考が暴走する中で、俺はまじまじと俺を見る。棺桶に入れられ、百合の花に囲まれた俺を。

「照…どうしてなの…?」

席の最前列で棺桶に問いかける女性は、俺の母親だった。

「どうしてって言われても…俺にもわからん」

いや、ホントになんでなのかわからない。

「わたしが…わたしがちゃんとしてたらテルは…! テルは死ななかったの!」

母親の隣に座る女性が、涙をこらえながら叫ぶ。

この人も見覚えがある。幼なじみの木月瑠香(きづき るか)だ。

小さい頃から隣近所で生まれ育ち、高校までずっと同じ学校に通い、同じクラスになることも度々あった。

親同士の付き合いも頻繁にあり、瑠香の隣に座る瑠香の両親も、みな俺の死に涙していた。

この場の空気が、建物に充満する空気は、1人の男の死という悲しみで表現できるだろう。

ただ……、

俺は知っている。感じられる。

死は生の終着点であり、死人は決して生き返りはしない。

そして、生を持ち続ける人は、葬られた死者とは断絶される。

どうせ、数日も経てば俺のことなんて忘れていつも通り楽しく過ごすんだろう…

俺はそんな気分に浸っていた。

そんな時、俺の両腕が軽くなるのを感じた。

…いや、軽くなったのではなく、何かに引っ張られる感覚だろうか。

引っ張られる方向を見ると、2匹の翼の生えた子どもがいた。

「もういいでしょ! 早くいこうって!」

「そうだよ! 早くしないと神様が待ってるよ!」

左腕を持つのは青い髪をして癖っ毛の強い男の子。右腕を持つのは黄色いストレートの髪をした女の子だ。

「ちょっと待て! 一体どこに連れていく気だ??」

俺は慌てて2匹に問いかける。まさか天国だなんて言わないよな?

「決まってるよ」

「天国なんかよりよっぽど良いところだよ!」

そう2匹の天使は言いながら、どんどん俺の身体を上へと引き上げていく…。

「ま、まってくれ! 一つだけ伝えたいことがあるんだ!」

「伝えたいことって?」

「いいから急いでよ?」

俺は瑠香の元に降りていき、ある言葉を耳元に囁いた。

聞こえてなんていやしない。でも、俺は最後に言いたいことがあったのだ。

「悪いな待たせて。これでもう未練はないよ」

「じゃあ行くよ」

「行こう行こう!」

…そう。

未練なんてない。あるのは…

……




◇ ◇ ◇


__バーヌム/9thストリート2ndアベニュー__


「ようこそ」

「僕らの楽園へ!」

さながらどこかの遊園地のマスコットキャラクターのように、二匹の天使は言った。

礼拝堂を抜け、雲を抜け、大気圏を抜け、ぽっかりと開いた光の切れ間を抜けると、

…気付けば一面の繁華街に俺は立っていた。

「…すげぇ」

日本の古き良き京都の街道とも違えば、横浜の中華街とも違う。

俺が生きてきた中で、テレビでも本でも見た事が無い、何にも形容できない場所だった。

「…すげぇ、すげえよ!」

「でしょ?」

「ほら、早く! 門が閉まっちゃう!」

俺は黄色の天使にまたも腕を引っ張られながら、全長30mはあろう巨大な門へと歩いていく。

「この門は、大広場とストリートを結ぶ拠点でね」

「夜8時になると閉まっちゃうの」

そう言ながら、鎧を着た門番兵のような若者に何かを話しかける青色。

「ん? この800って数字、なんだ?」

俺はその門番兵の頭の上に数字が書かれていることに気づく。

何かの装飾でもないし、不思議なのは頭を動かしても数字は動いていない。

「あー、それはね」

「徳ポイントだよ」

徳? ポイント?

「そいつについては後でおじじが説明してくれるだろうから」

「早くセントラルに行かなくちゃ!」

俺はまたも二匹に急かされながら門をくぐり、大広場のさらに中央にそびえ立つ塔へと向かった。

……





◇ ◇ ◇


__バーヌム/セントラルタワー1階__


「ふー間に合ったぁ」

「ギリギリせーふだね!」

サンピエトロ大聖堂のような大広場の中心。先ほどの門とは比べ物にならないほど高い塔に俺たちは入った。

そしてどこまでも高く続く天井に、俺は心を打たれた。

「たしかに…こんな世界。楽園って言うしかねーな」

カメラを持っていたら、品のない観光客ばりに撮りまくってただろう。

そういえば、そんな姿どこにもないな…。

俺はふと周りを見る。そこにはスーツを着てせわしなく動き回る人たちが大勢おり、

その光景はまるで朝の通勤ラッシュのようだった。

「早くおじじのところ、行くよ」

「いっくよー!」

エレベーターに乗り、54階まで登ったところで止まったので降りる。

そこはリゾートホテルにあるように、豪勢な絨毯で敷き詰められた廊下だった。

【054201】と書かれた部屋の前につくと、

「それじゃあ、後は一人で頑張ってね」

「お疲れさまー」

青色と黄色の天使は用が済んだのか、俺の腕を離して元きたエレベーターの方へ帰っていってしまった。

「おう、サンキューな!」

俺は振り返りもしない二匹に手をふる。

【054201】

俺はここに来て初めて緊張する鼓動を感じながら、戸を叩いた。

……




◇ ◇ ◇


__054201(おじじの部屋)__


「…あのぉー誰かいますか?」

戸を開けると、まさに足の踏み場もないほど所狭しと物が置かれている。

分厚い本、くすんだ水晶、穴の開いたバケツに、机の上には食べかけのリンゴ…

奥の方で照らされる唯一の光を頼りに、俺は慎重に足場を探しながら奥へと進んで行った。

……

背中が曲がった老人が1人。椅子に座って口を半開きにしながら、なにやらブツブツと唱えながら水晶に手をかがさしていた。

「あのー! 俺死んだらいつの間にかここに連れてこられたんですがー!」

俺はあえて大きな声で老人の背後からそう言ってみた。

しかし俺の推測とは裏腹に、老人はピクリともせずにゆっくりと振り向き、俺の顔を見る。

「誰だ、お前」

淡々と語られる言葉の後に、沈黙が静かに流れる。

「…お、俺は天笠照っていいます…」

「知っとるわ、そんなもん」

…なら聞くなよ。

「翼の生えた変な子どもにここに連れて来られたんですが…」

「まったく、面倒なモンよこしおって」

やれやれ、といった様子で老人は重そうな腰をあげる。

「あ、何か取りたいなら俺が取りましょうか?」

「だまっとれ。お前の手なんぞ借りんわい」

口の悪い老人だな。

「ほらよ、ここにサインしな」

老人は立ち上がり、徐に一枚の紙を手にとり俺に手渡す。

「……契約書?」

古びた羊皮紙には汚い字で【契約書】と書かれており、一番下には署名欄と思われる線が引いてあった。

ぽりぽりと頭をかきながら、面倒臭そうに老人は俺にペンを渡す。

というか、この文書の大事な部分がミミズみたいに汚くて全然読めないんですけど...。

俺はそう心の中で呟きながらも口には出さず、仕方なく老人に尋ねる。

「これってどういう?」

「今から説明する。一度しか言わんぞ」

老人は時々あくびをかきながらも、この紙に書いてあることを説明してくれた。

……

ここは【バーヌム】と呼ばれる死後の世界らしい。

そしてこれは天使と契約する為のもので、

現世に転生する時は前世の記憶は引き継げませんとか、徳ポイントの譲渡はできませんとか、

というかほとんどが徳ポイントの説明だった。

要約するとこうだ。

徳ポイントというのは、この世界での共通の通貨みたいなもので、そのポイントを消費して娯楽や生活用品、家賃なんかも支払うことができる。

現世で悪いことをせずに、人や社会のために貢献すればするほど、死んだときに徳ポイントに換金され、この世界で遊ぶ通貨として使用できるのだ。

そのポイント自体は、自分の頭の上を見れば分かるみたいで、それを聞いて俺はすぐに鏡を探してみてみたら、

…78。

そりゃあロクに勉強もせず、好きな漫画ばかり読んで何もしてなかったけどさー?

そりゃあないさ…。

ただ、そういった人向けの救済措置として、この世界で徳ポイントを増やせる方法があるらしい。

それは、現世で生きる人間に憑依し、その身体を使っていくつかある奉仕活動をすることで、その労働価値によってポイントが付与されるのだ。

例えば

道案内・・・・・・・30ポイント
トイレ掃除・・・・・150ポイント
富士山の清掃・・・・500ポイント

こんな具合だ。

先ほど繁華街のようなストリートを通った時に、キャッチのような人に声を掛けられたのも、今思うと奉仕活動の勧誘だったのか…。

奉仕活動をする時は実際に現世の誰かに乗り移り、その仕事をこなすと自動的にこの世界に戻ってくるシステムなんだそう。

それをこバーヌムでは「仕事」と呼んでいる。

「ちなみに、徳ポイントで買えるものってなにがあるんですか?」

「…これに書いておる」

ドサッといきなり分厚い雑誌を手渡される。それには「徳カタログ」と書いており、ざっと手当たり次第に中を読むとこんなことが書かれていた。

風邪薬・・・・・・・・・・・・・・・・3徳ポイント
タクシー乗車(2kmごと)・・・・・10徳ポイント
使い捨て歯ブラシ・・・・・・・・・・・1徳ポイント
真鍮製腕時計・・・・・・・・・・・・30徳ポイント
三ツ星ホテル(一泊)・・・・・・1000徳ポイント
etc…

なるほど、確かに何でも買えるって感じだな。さすがに人を買うってのはできないみたいだけど…。

「だいたい分かりました。で、この契約書にサインしたらどうなるんですか?」

「徳ポイントが使えるようになるだけだ」

さてどうする。

正直、このポイントに関してはまだまだ知らないことが多い…。

現世でもこの世界でも、働かずにずっと暮らせるってのは今のところ難しいみたいだ。

ここはサインをして、ある程度ポイントを稼いでから考えるか?

でもその前に、一つ確かめたいことがあるな…。

「あの…」

「なんじゃ?」

「おじいさんのその頭の上――どうしてポイントが見えないんですか?」

「わしはもう何年も前からポイントを使っていない」

「ポイントは使わなくなると無くなったりするってことですか?」

「それはない」

「じゃあどうして?」

「全て使い切ったからじゃ。…もう良いだろう。サインしないならしないでさっさとどっか行け」

「じゃあ、最後に一つだけ質問いいですか?」

「これで最後じゃからな?」

「おじいさんは俺に情報を教えてくれていますよね。それが善意として認められない理由は?」

「……」

そう。もしこの世界が善意を主体として構成されている世界なのだとしたら、あらゆる活動や行為が善意か善意でないかに分類されるはずだ。

善意の概念、どこまでが善意でそうでないかの線引きがどこでされるのか、それは分からないが。

「それは…サインをすれば分かる」

「…ポイントが0のままだと、どうなる?」

……ゴクリ。これこそ一番欲しい情報。いま俺の目の前にいる老人は見えないが、ポイントが0のはず。

ポイントを全て使い切った後はどうなるのか、何かペナルティがあるのか。それを知らずにサインはできないと俺は考えていた。

「最後と言ったはずじゃが…」

まぁいい、とため息をつき、おじいさんはこう続ける。

「0の状態が続けば……この世からも消えてしまう。その後どうなるかは…それはお前さんの目で確かめるんじゃな」

消える……ね。

「なるほど。教えてくれてありがとうございました!」

俺はそう言い残し、契約書を持って老人の部屋を出た。

……




◇ ◇ ◇


__バーヌム/セントラルタワー1階__


俺は巨大なタワーの一階に降りてきていた。

一階スペースにはズラリと大きなモニターが並んでおり、現世のニュースだろうか見慣れた映像が映し出されていた。

「ただいま期間限定でセール中!絶世の美貌があなたの手に! 1万徳ポイントから、希望者はセントラルタワー1階ロビーにて受付中!」

1万徳ポイントぉ?

コマーシャルだろうか、俺はそのモニターに近づく。

そこには、様々な人種の顔がずらりと映し出されていた。子どもから大人まで、それも性別問わず。

その顔の下には、14300、23000…と数字が書かれており、まるで指名手配犯のようだった。

「憑依先をお探しですか?」

唐突に背中から話しかけられ、俺は反射的に振り向く。

「そんなに驚かれなくても。私はここで憑依先の身体を斡旋しております、ロバートと申します」

ロバートと名乗る男は、皺一つない背広を着ており、いかにも営業マンといった男だった。

「もしよければ、あちらで詳しくご紹介いたしますが…?」

嫌みのない営業スマイルでそう話すロバートに、興味半分だが俺はついていくことにした。

……



「これなんかどうでしょう? 今なら24回払いで一回500徳ポイントで憑依できますよ」

ロバートはそう言って、1人の男の写真を見せる。

「身長180センチ、体重76キロ。外資系ホテルの支配人ですね。年収は賞与含め1200万といったところですか。年齢は…32ですね。」

慣れた手つきでタブレットを操作しながら説明するロバート。

「容姿、経歴には問題はないと思われますが…まぁ欠点としては独身だということでしょうか」

タブレットには顔写真、年齢、職業はもとより、犯罪経歴や既往歴、さらにはX写真や全身画像とあらゆる個人データが記載されている。

俺はそれらの情報を見ながら、気になる項目を見つけた。

「…この憑依期間? ってなんですか?」

「憑依期間というのは、例えばこのサンプルですと32歳2ヶ月から34歳2ヶ月の2年間ですが、期間を過ぎると自動的にこの世界、バーヌムに戻ってくることになります」

「…憑依中に死んでしまったら?」

「いえその心配はありません。このサンプルの寿命は67歳9ヶ月ですので。ただ、自殺等で期間内に終了した場合は残りの期間分のポイントの返還はされませんのでご了承ください」

寿命という不確かな情報まで分かるのか。

「またローンを組まれての憑依をされる場合は、1年以内に契約破棄となってしまうとポイントは返還されませんのでご注意ください」

「それはどうしてですか?」

「人気のあるサンプルはもちろんですが、手続きにも時間がかかりますし、ローンを踏み倒されないためにもそういった契約となっております」

途中で契約破棄となる条件として、まず持っている徳ポイントが0になること。

そして、自ら生命活動を停止させることだ。

「まぁ憑依はこの世界でのある種の娯楽ですからね。良いことをした分、好きなことをしても良いんじゃないかって言う、そんな発想ですよ」

と言いながらロバートは営業スマイルとは違った笑みを浮かべる。

「さっきおじさんからは、現世に転生する時は記憶は持っていけないみたいなこと言われたんですけど」

「憑依は現世転生とは違い、先ほど申しましたように『遊び』みたいなものですから、そういった事項は特にありません」

なるほど、他人の身体つかって自由にできる…か。まさに娯楽だな。

「…ちなみに、他の身体は何があるんですか?」

最高額の憑依先というのも気になる。

「そうですね…人気なのはハリウッドスターが12万からで、総理大臣は112万、石油王だと325万徳ポイントといったところでしょうか」

石油王まであるのか…

「まぁどの憑依先でも、みなさん容姿は大事にされますね」

イケメン、美女はそれだけで人生イージーモードだってことか…。

「中でもこの「石○○とみ」という日本人女性なんかは、200万と一番人気ですね。予約も10年先となってます」

確かに、あのレベルの美人に生まれ変われたら、それこそ人生バラ色だろうなぁ。



いくつかのサンプルを見た後、一通り憑依について説明が終わったのか、ロバートはこう切り出す。

「さて、天笠様は既に天使契約は済まされますでしょうか?」

さっき老人に貰った契約書にサインをすることだろうか。

「いや、まだしてないです」

「そうですか、まぁいきなりこの世界に来られた方は、ここの特別なシステムに躊躇されるとは思います」

そう言いはするが、ロバートの声のトーンがさっきよりも落ちているのを俺は感じた。

まぁセールスする側としては、ポイントを使う気のない奴は論外なのだろう。

「ここまで説明してもらってなんだけど、俺78ポイントしか持ってないですし、もっと安いやつなら…」

「それでしたら、こういったのはいかがでしょうか?」

そう言ってタブレットに映し出された文字を見て、俺は笑みを隠せなかった。


……


◇ ◇ ◇




__バーヌム/セントラルタワー地下/013425号室__


……

「では、準備はよろしいですか?」

俺は台の上に横にされ、いくつもの管がつながれた機械を頭に装着されていた。

視界の隅にはカウントダウンの時間が刻まれている。

「最後に質問があればお聞きしますが?」

頭の横でそう問いかけるのは、俺がこれから「転生」する先を担当する女性だ。

「うーん。大体は聞いたんで、大丈夫です」

「わかりました。では契約書にサインを…」

そういって、女性は目の前に紙とペンを用意する。

老人のボロボロの羊皮紙とは違い、現世でよくみたA4用紙だった。

「俺はこっちで書くんで、ペンだけ貸してくれますか?」

女性は一瞬、怪訝な顔をしたが、すぐにペンを手渡してくれる。

……

俺は羊皮紙にサインをし、ペンを返した。

「では天笠様、新しい人生を存分にお楽しみください」

ドクドクと鼓動が早くなる中、スイッチが押され、同時に大きな音と共に意識が遠のいていく…

「転生準備完了。転送先は――異世界・バルムダール」



……





「ZENAK-ゼナック-」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く