自害阻止スキルと自然治癒スキルを与えられた少年は、異世界転生からリタイヤ出来ない!
賢者バルティナ
シグサカの師匠のいる館へとやってきた神宿は今、キャロットに付き添う形で長い廊下歩いていた。
「それにしても凄い豪邸だよな……。シグサカのお師匠さんって、貴族か何かなのか?」
「え、…ぁ、いえ、貴族ではなく……その」
「?」
「……トオルさんは、賢者、という名をご存知でしょうか?」
少し迷った様子でそう言葉を投げかけるキャロット。
もしかしたら、貴族ではない神宿を見て、その言葉を知らないのではと思ったらしいのだが、
「ああ、知ってる」
神宿は遠い目をしながら、今朝方。頬を膨らませて、不機嫌だった賢者アーチェの事を思い出すのであった。
それから数分と歩いたのち、
「はい、着きました」
キャロットはそう言いながら、一つの扉の前で歩むのを止めた。
そして、ゆっくりとドアノブを開け、まるで神宿に道を譲るかのように脇へと下がって行き、そんな彼女の動きに片眉をひそめる中、
「ようこそ、私の館へ」
部屋の奥、豪華な椅子に腰掛ける黒いドレス姿の女性。
 
「私は賢者バルティナ。貴方の来客を大いに歓迎するわ」
賢者バルティナは唇を緩ませ、優しげに微笑むのであった。
その部屋に用意されていたのは長いテーブルと二つの椅子。それから豪勢な二人分の食事だった。
神宿は食事を勧められ、仕方なく料理を口に運ぶ中、
「キャロットは食べないのか?」
「ぇ、あ、はい。私は…」
「キャロットは私の従者なんです。なので、また別に用意していますのよ」
神宿の質問に対して、そう簡潔に話を終わらせるバルティナ。
キャロットが静かに顔を伏せる様子に対し、神宿は怪訝な表情を浮かばせる。
「それで? その、確かアンタは」
「バルティナよ?」
「そっか。それじゃあ、バルティナさん。アンタの弟子でもあるシグサカはどこにいるんだ?」
今回呼ばれる原因となった少年、シグサカに一言文句でも言ってやろうと思っていた神宿だったのだが、
「シグサカなら、今頃部屋の一室で寝込んでいるわ」
「は?」
「少し修行を張り切ってしまったらしくてね。少し疲れて眠ってしまったのよ。全く、困った弟子なんだから」
クスッと目を細めながら微笑むバルティナ。
その瞬間、背筋に悪寒を感じる神宿だったが、そこでふと妙な事に気がつく。
「…っ」
それは側に立たされているキャロットが、何故かその言葉に対し、苦悩の表情を露わにさせたのだ。
それは何も怒っているわけではなく、まるでこれから来る何かに悔やんでいるような、そんな……。
その時。
「それよりも、私は貴方について、色々聞いてみたい事があるのよ」
「……?」
バルティナはそう言いながら体を前へと乗り上げるかのように傾ける。
「何でも、貴方。変わった魔法の使い方をしているって聞いたのだけれども」
「変わった魔法? ああ、プラスチェインのことか?」
「プラスチェイン。……ええ、それよ、それ。私も色々な魔法に携わってきたのだけれども、そんな魔法の使い方。初めて聞いたから興味があってね」
「興味って…別に、特別不思議なことでもないし…それに第一、俺のやり方じゃマイナス的な」
神宿が自身のことを不定しようとする。
だが、その言葉の最中で、
「ええ、まぁ。確かに、普通に考えるなら貴方のやり方はとても効率が良いとは言えないものでしょう」
だけど、とバルティナは言葉を続け、
「もし、仮にそうしなければならない理由があったのだとしたら、話は別だと思うのよ? 違うかしら?」
「っ」
「フフッ……どうやら正解のようね?」
まるで相手の心を盗み見るかのように、的を言い当てたバルティナは再び笑う。
だがーーーー彼女にとって、それは急を要して聞きたかった内容ではなかった。
「でもね。私はそれよりも先に、貴方に聞きたいことがあるの」
「…聞きたいこと?」
そう。彼女が、本当に知りたかった情報、それはーーーー
「私の弟子でもあるシグサカがね、言ったのよ。ーーーーー貴方の戦い方が、自分の知る異世界よりだって、ね?」
その瞬間、決定的に神宿の表情が固まった。
本来、この世界において暮らしているはずの人間が、自分の世界の事を異世界だなんて言わない。
そんな事を言うのは、神宿が知る中で、同じ違う世界から転生した者でないかぎりはーーーー
「その顔。どうやら、当たりのようね」
バルティナは確信づいたように、笑う。
まさに、獲物の見つけた蛇のようにーーー
そして、警戒した様子の神宿に対し、彼女は唇を動かし、
「改めてご挨拶をするわね。初めまして、トオル。いえ、それともーーーーーーーもう一人勇者候補さん、と呼んだ方がよろしいかしら?」
冷たく、鋭い眼光で、賢者バルティナは神宿を静かに見据えるのであった。
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