後輩は積極的

Joker0808

第32話

*


 九月に入った、俺は相変わらず夏休みだが、高校生や中学生は今日から新学期らしく、朝から学校に登校する生徒の声が聞こえてくる。

「元気だなぁ」

 俺はそんな声を聞きながら、朝食の目玉焼きを作っていた。
 八月は色々と出費が多かったせいで、今月は少し節約しなければいけない。
 まぁ、主に先輩と愛実ちゃんに使ったのだが。
 目玉焼きを皿に移し、同時に焼いていたトーストをトースターから取り出して、テーブルに持って行く。

「いただきます」

 俺は地面に座り、朝食を取り始める。
 今日のバイトは夕方からなので、日中は自由なのだが、何をしていよう。
 最近は先輩や愛実ちゃんに振り回されてばっかりで、自分の時間をあまり取れていない気がするし………。
 
「うーん」

 俺はそんな事を考えながら、テレビを付けてニュース番組のチャンネルを付ける。

『夏休みが終わり、今日から二学期を迎える小学生が元気よく登校しており……』

 テレビのニュースも夏休みが終わった事を話していた。
 なんだか、夏が終わったみたいで少し寂しい。
 俺がそんな事を考えていると、スマホに一件の新着メッセージが届く。

「ん? 誰だ?」

 どうせ先輩か愛実ちゃんだろうと考えながら、俺はスマホのロックを外してメッセージを確認する。
 案の定、メッセージは愛実ちゃんからだった。
 
【先輩! 夏休み終わっちゃいました~、なんとかして下さい! 私の制服生写真送りますから~】

 そう書かれたメッセージの直ぐ後に、制服姿でピースサインをする愛実ちゃんの写真が送られて来る。
 時々写真を送ってくるが、この子は自撮りが好きなのだろうか?
 まぁ、確かに可愛いからこの写真にも需要はあるだろうが……もしかしてSNSとかにもアップしているのだろうか?
 
「現代っ子だなぁ……」

 俺はそんな事を呟きながら、返信を送る。

【早く学校に行きなさい】

 そう愛実ちゃんに返信した直後、今度は先輩からのメッセージが届く。

【起きてるわよね? 今から大学に来なさい】

「おいおい」

 なんで命令口調なんだよ。
 しかもこんな朝早くから何の用だよ。
 確かに日中暇な俺だが、だからと言って先輩の命令を聞くほど暇ではない。
 と言うか、正直面倒臭い。
 ここはまだ寝ている事にして、返信を返さないで置こう……。
 俺はスマホを閉じて再び朝食を食べ始める。
 しかし、丁度その時部屋のインターホンが鳴り、俺は再び箸を止める。

「誰だ? こんな朝っぱらから……」

 俺は立ちあがり、玄関のドアを開ける。
 
「はい……」

「なんだ、起きてるじゃ……」

 バタン。
 俺は反射的に扉を閉めてしまった。
 その理由は、尋ねてきたのが先輩だったからだ。

「ちょっと! なんで閉めるのよ!! 開けなさいよ!!」

 ドアの向こうで先輩はドアを叩きながら、文句を言っている。
 なんであの人は、来る前に連絡の一つも寄越さないのだろうか……。
 俺は仕方なく部屋のドアを開ける。

「何のようですか?」

「その前に、なんでドアを閉めたの?」

「不審者が居たもので……」

「だ・れ・が! 不審者ですって!」

「痛いっす……先輩……」

 俺は先輩に二の腕を抓られながら、仕方なく部屋に入れる。
 
「何しに来たんですか?」

「何しにって、迎えに来たのよ? 大学行くでしょ?」

「いや、まだ行くとは一言も……」

「良いから行くわよ! どうせ暇でしょ!」

「暇じゃねーし……」

「何か言った?」

「なんでもありません!!」

 俺は仕方なく、先輩のわがままに付き合い、大学に行くことになった。
 気持ちの良い朝の時間が台無しだ……。
 大学に到着するなり、先輩は大学のテニスコートに向かい始めた。

「先輩、テニスコートに何か用事でも?」

「まぁちょっとね……」

「ちょっと?」

 少しイライラした様子の先輩の隣を俺は歩く。
 テニスと言えばテニサーだが、何か用事でもあるのだろうか?
 そんな事を考えていると、直ぐにテニスコートが見えてきた。
 案の定、テニスコートではテニサーの人たちが朝からテニスをしていた。
 まぁ、うちの大学で本気でテニスをしている奴なんて居ないと思うが……。
 俺はあまりテニサーにあまり良い印象を抱いてはいない、その理由は偏見かもしれないが、チャラチャラした感じの連中が多く、飲み会も頻繁にあり、一部ではヤリサーなんて言われているからだ。
 先輩はテニスコートの外で、誰かを探していた。
 テニサーの誰かに用事でもあるのだろうか?
 そんな事を考えていると、先輩は探していた人物を見つけたようで、テニスコートの中に入っていった。
 俺も先輩の後に続いて、テニスコートの中に入っていく。

「渡辺君」

「はい?」

 先輩はコートのベンチに座る茶髪の男性に話しを掛けた。
 この人は確か、テニサーの現会長だった気がする。
 テニサーの会長に何の用なのだろうか?

「あ、間宮ちゃん、どうしたの?」

「貴方に話があってきたのよ、今良いかしら?」

「え? なになに?」

 俺の存在は目にも入らないのか?
 まぁ、先輩は外見だけ見れば美女だからな、俺なんか視界にも入らないか……。
 まぁ、この人もイケメンだが……。
 俺と先輩の登場に、段々と人が集まり始めた。
 お前ら練習はいいんかい。

「この前の話の件なんだけど……」

「あ、あぁ! じゃあ、場所変える?」

「大丈夫よ、直ぐに済むから」

 あぁ、この感じ告白の返事をここでするんだろうなぁ……。
 テニサーの会長もなんだか緊張している様子だし。
 気の毒に、サークル仲間の前で恥を掻かされるのか……。
 ん? じゃあなんで先輩は俺を連れて来たんだ?

「あのね……私、渡辺君とは付き合えないわ……」

「え! なんで!?」

 あぁ、やっぱりか-。
 そして先輩はなんで俺の方をちらちら見てくるんだ?

「あのね……訳は言えないの……でもね……」

 だから、なんで俺の方をチラチラ見てくる!
 テニサーの会長も先輩のそんな様子に気がつき、俺の方を睨んでくる。

「だから……その……ごめんね」

 いや、そこで頬を赤らめるな!
 そして俺の方を見るな!
 誤解されるだろ!!
 先輩が俺を連れてきた理由はこれか……。
 面倒な事になっても、俺に全部丸投げ出来るこの状況を作るために俺を連れて来たのか……。
 俺は直ぐにこの場を離れようと後ろを確認するが、残念ながらテニサーの皆さんが俺たちを囲んでおり、抜け出すのは無理そうだった。

「ま、まさか……その男って……」

「ち、ちがうの! 付き合ってるとかじゃ……ない……けど……」

 やめろ!
 なんだその悩ましげな視線は!
 テニサーの会長が般若みたいな顔になってるだろうが!!
 俺は後ずさりをしながら、この気まずい状況からどうやって抜け出すかを考えていた。
 
「だから……ごめんなさい!!」

「あっ! 間宮ちゃん!!」

 お前は逃げるかい!!
 先輩はテニサーの会長にそう言うと、どこかに走りさってしまった。
 囲んでいた奴らはご丁寧に先輩が走り去る時は、綺麗に道を空けていた。

「……」

「……」

 なんだこの気まずい状況……。
 取り残された俺は、この気まずい状況に耐えきれず、そーっとその場から離れようとする。
 しかし……。

「おい、ちょっと待て」

「な、なんでしょうか?」

 テニサーの部長に捕まってしまった。
 
「お前……間宮ちゃんの何なんだよ」

「い、いや……俺はただサークルの後輩で……」

「あそこまで間宮ちゃんに言わせて、それはねーだろ!!」

「ち、違うんです! 本当にただの後輩なんです!!」

「お前……あそこまで間宮ちゃんに言わせて、自分は何も言わねーのかよ! 俺の女だから手を出すなくらい言えよ!」

「だから違うんですって!! 付き合ってないし、先輩だって俺のことそんな風に思っていません!」

「俺は……こんな奴に負けたのか……」

「いや、負けてませんから! 人の話聞いて貰えます!?」

「ごちゃごちゃうるせぇ!!」

「うわっ!」

 テニサーの会長は俺に殴りかかってきた。
 よほど悔しかったんだろうな……。
 俺はそんな事を思いながら、必死に避ける。

「避けるな!」

「無理です!」

 周りはテニサーの連中に囲まれているので、逃げる事が出来ない。
 みんな会長の味方かよ……。
 俺はなんとか逃げ出せないかと、人の隙間に飛び込み、テニスコートの外に逃げ出す。

「待てコラ!」

「待てません!!」

 俺はテニサーの会長から逃げだし、近くのサークル棟の辺りをぐるぐるしていた。
 体力も限界に近くなってきたそのとき、倉庫の方から声が聞こえてきた。

「こっちだよ!」

「え?」

 俺は倉庫の方を見る。
 いつもは鍵が掛かっている倉庫が、今日は開いていた。
 誰の声かはわからないが、後ろにはテニサーの会長が迫ってきている。
 俺は一か八かで倉庫の中に身を隠す。

「くそっ! どこに行った!」

 ありがたい事に、会長さんは俺を見失ってくれたようだった。
 
「はぁ……助かった」

「なら、良かったよ」

 俺を助けてくれたのは、古瀬だった。
 一部始終を見ていたようで、直ぐに倉庫の鍵を開けて俺を助けてくれたのだ。

「ありがとう、マジでありがとう!」

 本当に良い子だよなぁ~、わざわざ鍵を開けて俺を助けくれるなんて。
 それに比べて先輩と来たら……。

「絶対ゆるさない……」

「だ、大丈夫?」

「おう! 古瀬もありがとな! テニスしてたのか?」

「うん、そしたら急に騒がしくなってきたから」

「騒がせて悪かったな、これも全部先輩が……」

「ほ、本当に大変みたいだね……」

「まぁな……」

 逃げていたので疲れが溜まっていた俺は、倉庫で座りこんでしまった。
 運動不足と言うのも考えものだ。
 そんな俺の隣に古瀬が腰を下ろす。

「ねぇ……あの……本当に間宮先輩と付き合ってないの?」

「付き合ってたら、彼氏を置いて一人で逃げないだろ?」

「ま、まぁ……確かに……」

 ため息を吐く俺に、古瀬は苦笑いを浮かべる。

「戻らなくて良いのか?」

「うん、少し抜けても全然大丈夫。みんな遊びでやってるから」

「そうか、だが俺は早く大学から出ないとな……」

「会長に追いかけられるよ?」

「そうだな……じゃあ俺はこの辺で……」

「あ、正門まで一緒に行くよ。私も用事あるし」

 そう言って古瀬は正門まで付いて来てくれた。
 俺は終始周囲を警戒しながら正門まで向かった。

「あ、あのさ……その……明日って何か用事ある?」

「え? 用事は無いけど……なんで?」

「じゃ、じゃあ……か、買い物付き合って欲しいな……なんて」

「まぁ、良いけど……なんで俺なんだ?」

「そ、それは……」

「それは?」

 俺以外にも誘える友人は多いはず……。
 それに買い物とは何を買いに行くのだろうか?
 まぁ、今日助けてもらったし、買い物には付き合うが……。

「い、一緒に……行きたい……からってだけじゃ……だめ?」

「ん?」

 なんだ、この意味深な言い方は……。
 いや、落ち着け俺!
 勘違いしてはいけない!!
 いくらモテないからって、こんな一言で「あれ? この子もしかして俺の事好き?」とか思ったら、痛い目を見る!
 これはアレだ、買い物に誘う建前が思いつかなかったから、そう言っただけだろうな。
 そうだろう、そうに違いない。

「ま、まぁ助けて貰ったしな、断る理由も無いし。良いぞ」

「ホント! ありがとう! じゃあ、詳細はまた連絡するから!」

「おう、じゃあな」

「うん!」

 古瀬はそう言うと、その場を去っていった。
 そして丁度その時、俺は後ろで何やら殺気のような物を感じた。
 振り返って見ると、なぜか不機嫌そうな先輩が遠くで腕を組んで仁王立ちをしていた。
 
「なんであの人、俺にあんな仕打ちをしておいて、あんなに堂々としてるんだろ……」

 最早呆れて怒る気にもなれなかった。 

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