異世界でも自由気ままに

月夜 夜

我が家2

「ん……いいにおい?」


 ヘレナが店を出てから5分程経った頃、シグルズが持つクッキーのほのかな甘い匂いにつられてバルドが目を覚ました。


「起きたね、バルドも食べな」


 シグルズが閉じていたローブの前部分を開けて手袋を外した白い右手に摘まんだ一枚のクッキーをバルドの口元へと持っていくと、バルドはパクッとシグルズの指まで口の中に入れ、器用にクッキーだけを先に食べ、甘えるようにシグルズの指を弄り始めた。


「くすぐったいんだけど……」


「主の指、甘くて、ん、おいしい」


「それはクッキーの味じゃないかな……」


 シグルズはバルドが自分の指を咥えて離さない様子に苦笑しつつも、バルドが満足するまで好きにさせていると、横で大人しくクッキーを味わっていたエレインが物言いたげな顔で自分を見上げていることに気付いた。


「どうかした?エレイン」


「前から気付いていたのだが、主殿の体は心が安らぐ絶妙な甘さがあるのだ。普通の者には分らぬだろうが味覚や嗅覚の鋭い私や場ルドにとっては褒美のようなものだ」


「味については分からないけど、僕もシグの匂いは好きだよ」


「まあ、匂いは俺も納得するけど流石に体の味なんて意識したことないからな……」


「主殿の味覚も並ではないからな、暫く舐めていれば分かるはずだぞ」


「この歳で自分の指を咥えるてるってのは変な気分なんだけど、それはいいとして風呂場でやたらと舐めてくるのはそれが理由だったんだね」


 シグルズが一緒に風呂に入るといつも以上に甘えたがるエレインとバルドの姿を頭に思い浮かべながら一人で納得していると、ようやくシグルズの指から口を放したバルドが前足でシグルズの胸をつついて2枚目のクッキーを催促する。


 事前に考えておいた理想的な家の設計図を購入した土地に合うように脳内で調整し、余った時間をのんびりと過ごしていると、店に近づいてくる気配を感じた。出していたクッキーの入った袋をアイテムボックスへと仕舞って、手袋を付け直し、ローブを閉じてバルドを隠す。


 間もなくして店に入って来たのはヘレナであったが、どこか緊張した面持ちで店を出た時とは明らかに様子が違っていた。


「お待たせ致しました。こちらが土地の権利書になります、お納めください。それと来年から税金として金貨17枚を年に1度役所に収めて頂くことになりますのでお忘れなきようにお願いします。必要な手続きは全て終わりましたので、これから購入された土地の案内に移らせて頂きますが宜しいでしょうか?」


「ええ、お願いします」


「分かりました、では行きましょう」


 シグルズはあえてヘレナの様子に触れずに、受け取った土地の権利書をアイテムボックスに仕舞うと、立ち上がったヘレナの後に付いて店を出る。街の中心にあるこのアルト不動産からシグルズが購入した土地まではかなりの距離があるのだが、街に来て間もないシグルズにとっては路肩に並ぶ露店がどれも新鮮で、あちこち眺めているうちにいつの間にか目的の場所に辿り着いていた。


 大勢の人で賑わっていた通りから離れ、幾つかの人気のない静かな道を抜けた所で止まったヘレナはシグルズに向き直ると声を掛けた。


「到着致しましたが建物は立て直されるとの事ですので、先程のご要望通り購入された土地の外周の確認をして行きますね」


「はい、よろしくお願いします」


 ここに来るまでの間にどうせ壊す建物の説明を受けるのは時間の無駄だと考えたシグルズは、購入した土地の外周だけを確認して結界魔法で囲い込んでから纏めて整地し直すことにし、説明を省くようにヘレナに伝えていたのだった。


 ヘレナの後に付いて多少の時間を掛けながら外周のみを見て回ったシグルズだったが、1軒1軒の建物が現代日本家屋の1.5倍から3倍程度の土地面積を持っていて予想していたよりも広かったことは嬉しい誤算だった。先程調整を終えた家の設計図に最終的な細かい修正を加えつつ、右肩に座るゼスへと念話を発動する。


『ヘレナさんが言ってた呪いってあれだよな?」


『うん、Dランクのファントムだね。本来は害の無い魔物なんだけど、この土地に残っていた怨念を吸収してかなり成長しているみたい。とはいえ全く強く無いから、見つかってない理由が分からないけど、僕なら問題く浄化できるはずだよ』


『そっか、じゃ早速やろうか』


 シグルズはマップ上に映っている複数の赤い点を確認した後、待たせていたヘレナに向かって口を開く。


「今から解体を始めようと思うんですけど、良かったら見ていきますか?時間は掛からないので」


「え?解体ってお一人でですか!?」


「はい。では早速やりますね~」


「え、ちょ、あの!?」


 説明するよりも見せた方が早いと判断したシグルズは、困惑するヘレナをそのままに魔法を展開する。


「ホーリースペース。グランドシェイク。サイクロンっと」


 展開された聖なる結界によって、ファントムの浄化される声が辺りにこだまし、目の前には範囲指定された大地震と鋭利な風を纏った竜巻によって整地された土地が現れる。


「ん?え…」


「続けてメイクハウス05っと」


 呆然としたヘレナを横目に更なる魔法を発動したシグルズは、アイテムボックスから建材が消費されていく事を確認し、ヘレナに声を掛けた。


「さて、このまま待っていれば15分位で完成するはずですけど、待たせておくのも申し訳ないので、ヘレナさんはお帰りになられますか?って聞いてますか?」


「はっ!?す、すみません!余りにも理解が追い付かないもので。何が完成するのでしょうか?」


「あはは、気にしないで下さい。15分程で屋敷が完成するのですが、ヘレナさんはもうお帰りになりますか?」


「じゅうご!?そんな短時間で屋敷が建つとおっしゃるのですか!」


 呆気に取られていたはずのヘレナはいつの間にか興奮した表情でシグルズへと詰め寄る。


「ええ、とはいえお待たせするのも申し訳ないと思ったんですが…その様子では見て行かれた方が良いみたいですね」


 爛々と輝くヘレナの瞳に気付いたシグルズは苦笑し、その場にテーブルと椅子を三脚出すと、クッキーと紅茶をヘレナに勧めた。


「あ、ありがとうございます。こちらの椅子はどなたか来られるんですか?」


 ヘレナは1つ多く用意された空席の椅子に当然の疑問を口にする。


「ええ。ご一緒にどうですかそこのお方。ずっと監視しているのも大変でしょう?」


「え?」


 突然人気のない通路の先へと顔を向けたシグルズに戸惑いを示したヘレナだったが、暫くすると観念したように姿を現した一人の男性を見て驚愕の声を上げた。











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