異世界でも自由気ままに

月夜 夜

我が家1

 シグルズ達が転移した先はハーミットから西に1km程離れた人気のない場所だった。早朝から狩りに出ていたにもかかわらず太陽は爛々と頭上高く昇っており、風が吹いていなければ少し暑さを感じるような時間帯になっていた。


 流石に街が近いこともあって何事もなく朝と同じ西門に辿り着いたシグルズは、宿屋での周囲の反応を思い出し面倒事で余計な時間をとられないようにローブのフードを深く被ると順番待ちの列に並んだ。


「きれい……」


 小さく呟かれた声をシグルズが聞き逃すことなく声の発生源へと目を向けると、シグルズ達の前に並んでいる幼げな少女が母親の服を掴みながらシグルズに寄り添うエレインをじっと見ていた。


 フェンリルであるエレインの毛並みは元々汚れが付かない性質があり、常に美しさを保っていたのだが、エレインがシグルズの眷属になってからはシグルズの手入れによって以前よりも美しく輝きを増している。更にエレインの顔立ちは凛としていて気高さを感じさせる佇まいであるため、シグルズがフードを被っている今注目を集めるのは間違いなくエレインであろう。現に目の前の少女の母親やこの親子の前に並んでいる男もエレインの毛並みに見惚れているし、昨日の冒険者ギルド内や宿に泊まるまでの道でも何人かがすれ違うエレインを見つめていたのだから。


「こんにちは、触ってみるかい?」


 シグルズが少女の混じり気のない言葉に気分を良くすると、少女の視線に腰を落として話しかけた。


 同じ目線になったことでフードに隠れたシグルズの素顔を見た少女は薄っすらと頬を赤くすると、一度母親を見上げて母親が頷くのを確認してからシグルズの問いに小さく頷いた。


『エレイン、お願いね』


『うむ、今回は良いが今後は控えてくれよ?』


『分かってるよ、ありがとうね』


 フェンリルというのは一部の国では神の使いである聖獣として扱われるような魔物であり、非常に高いプライドを持っている。それはエレインも例外ではなく、シグルズ以外の相手に体を触れさせることは非常に嫌なのだが、今回は主の頼みであり自分を称賛した少女が相手であるため渋々許したのだった。


 勿論そのことはシグルズも理解しているので、この後何らかのお礼をしなければいけないと考えているし、このような機会もそうそうないだろうと思っている。


 短く念話を終えたシグルズがエレインの背を一撫ですると、エレインは少女に近寄り碧い瞳で少女を見つめた。僅かな間エレインの瞳に目を奪われた少女は、母親の服を掴んでいた手を放すと恐る恐ると言った風にエレインの毛並みを撫で始める。


「ふぁ~、さらさら」


 女の子は気持ち良さそうな顔でゆっくりとエレインの背を撫でていく。その様子にほっこりとしながらシグルズが母親の方へと顔を向けると、見られていることに気付いた母親は娘に向けていた視線を外し、シグルズに笑顔で小さく頭を下げた。


 それから数分もしないうちにシグルズの順番も回ってきて、朝とは違う門番の兵士に冒険者カードを見せて街の中へと入る。前に並んでいた少女は門番の検査を終えると手を振りながら「わんちゃんとお姉ちゃん、ばいばい!」という爆弾を残して去って行ったが、それを見送ったシグルズの心境は何とも言えない複雑なものだった。


『お姉ちゃんて……お姉ちゃんて言われたんだけど……』


『う、うむ、気にするな主殿』


『そ、そうだよ、気にしない気にしない。ほら早く行こうよシグ!』


 シグルズがいくら性別を間違われたと言っても相手が年端も行かない少女な上に、全く害意のない物では怒るわけにも行かず、エレインとゼスに慰められながら悶々と歩いているといつの間にか冒険者ギルドに辿り着いていた。


 ギルド内に入ると朝の様な大量の冒険者は居ないものの、依頼報告用の窓口には駆け出しの様な装備の若い冒険者が多く並んでおり、彼らの和気あいあいとした話し声で活気に溢れていた。Dランクの一部の依頼やEランクの依頼内容は街中や街の周辺での物が多く早朝から行動していた彼らの様な低ランク冒険者達はこうして昼頃には依頼を終えて報告を行うという習慣が出来ているのだ。もっとも、そういった依頼は安全性が高い代わりに報酬が良いとは言えないので、数をこなさなければ1日の宿代を稼ぐことも大変なのだが。


 シグルズが一番並んでいる人が少ない窓口に並び、沈んだ気持ちを切り替えようと腕に抱いたバルドのひんやりとした鱗を撫で続けること5分、ようやく順番が回って来たシグルズに受け付けの若い男性が声を掛けた。


「こんにちは、ご用件をどうぞ」


「こんにちは、依頼の報告をしたいんですけど物が多いのでどうしたらいいですか?」


「ここで出し切れないようでしたら別室で行う事も出来ますが、どうされますか?」


「じゃあ、それでお願いします」


「分かりました、少々お待ちください」


 そう言って受け付けの男性が壁についている何かのボタンを押すと、窓口の奥で作業をしていた職員の1人が手を止め、近くの職員と何やら短いやり取りするとこちらへと向かって来る。


「おや、あなたは昨日の」


「あ、どうもこんにちは」


 姿を現した職員は昨日シグルズを2階の受け付けまで案内した黒髪の中年男性だった。


「お知り合いでしたか、こちらの職員がご案内致しますので後に付いて行って下さい」


「はい、ありがとうございました」


「では、こちらです」


 シグルズは窓口の職員に会釈してから先導する男性職員の後に付いて行く。一番端の窓口の横の扉を通って通路を進み、広々としたギルド倉庫内へと入ると、隅に設けられた個室の一室へと案内された。


「では依頼の報告の前に私はハリスと言います。シグルズ様のことはカリンさんから聞いておりますので、御用の際はお声を掛けて下さい。クラン設立頑張って下さいね」


「はい、ありがとうございます」


 室内に置かれた大きな台で向き合うように立ち簡単な挨拶を交わして、早速依頼の報告に移る。


「まず冒険者カードを渡して下さい……はい、確かに。次に依頼内容と達成証明をお願いします」


「はい、Eランク常時依頼のゴブリン討伐、グレーウルフ討伐、体力草の採取。Dランク常時依頼のオーク討伐、ゴブリンの上位種討伐、魔力草の採取です」


 シグルズはボールスに貰ったマジックバックからゴブリンの魔石65個、グレーウルフの魔石50個、体力草70本、オークの魔石45個、ゴブリンの上位種の魔石10個、魔力草80本を取り出し、台の上に並べた。


「手荷物をお持ちでないので何かあるとは思っていましたが、マジックバックをお持ちでしたか。(その上この量を一日でとは、カードの記録ではこれ以上の数を狩っているみたいですが……む、これは!アーマータイガーですと!?カリンさんの話ではシグルズさんはパーティを組んでいないはず。ということは彼単独で?いやテイマーという話でしたからこの美しい狼が狩ったのでしょうか。しかしこの狼は一体何の種類なのでしょうかね……)この量ですと精算に時間が掛かりますので少々お待ちください」


 ハリスは内心では驚きながらも表情には出さず、渋みのある大人の魅力的な笑みでそう言うと作業を始める。


 シグルズが台に出した素材は事前にアイテムボックス内で種類別に麻袋に分けられていたので、ハリスは台の端に置かれた大きい計りのような魔道具の上に袋を一つずつ乗せ、中身を確認していく。この魔道具は上に置かれた物の名前と数または重さを鑑定できる非常に高性能な物なので、多少値は張るが鑑定系のスキルを持つ人材が非常に少ないということもあって大量の品を扱う各ギルドではこの魔道具が複数置かれている。


「終わりました。只今報酬をお持ち致しますので、このままお待ちください」


「あ、すみません。先にランクを上げて貰えませんか?」


「はい?規定数の依頼を達成されていますのでランクは問題なく上がりますが……ああ、Cランクの物もあるのですね?」


「はい、なのでお願いしますね」


「分かりました、では先にカードの更新をして参ります」


 一瞬シグルズの言葉に疑問を覚えたハリスだったが、先程まで見ていた冒険者カードの記録を思い出して納得の表情を浮かべた。二度手間になってしまうが、受けられる依頼は自身のランクの上下1つまでという決まりを破るわけにも行かないので、ハリスは部屋を出てカードの更新へと向かっう。その間にシグルズは9体分のオーガの魔石と牙、魔力茸10本を台の上に出してハリスが戻ってくるのを待った。


 5分程してDランクの冒険者カードを片手に戻ってきたハリスが先程までと同じように魔道具を使って素材の確認をしていく。


「依頼内容はCランク常時依頼のオーガ討伐と魔力茸の採取で間違いありませんか?」


「そうです」


「はい、確認いたしました。これでCランクに昇格になりますね。おめでとうございます。新しいカードと報酬をお持ち致しますので少々お待ちください」


「分かりました、ありがとうございます」


 ハリスが全ての確認を終え部屋を後にしてから10分後、シグルズは銀色のトレーを持って戻って来たハリスから新しくなった銅製の冒険者カードと報酬を受け取る。




「こちらがCランクの冒険者カードになります。報酬については合計で金貨2枚、銀貨1枚、大銅貨8枚になりまして、内約はこちらの紙に纏めてありますのでご確認ください」


 受け取った紙にシグルズが目を通すとゴブリンの討伐13回銀貨13枚、グレーウルフの討伐10回銀貨13枚、体力草の採取7回銀貨3枚と大銅貨5枚という様に各依頼の達成回数と報酬額が書かれていた。Cランクのオーガ討伐が1回大銀貨4枚なのに対してEランクのゴブリン討伐は1回銀貨1枚という事からも分かるだろうが、同じ討伐系の依頼でも天と地の差があり低ランクの冒険者が1日の生活費を稼ぐ事は容易ではない。ましてや命の危険がある冒険者に1人で活動するような者は極めて稀であり、仲間とパーティを組んで活動するのが一般的だ。そうなるとただでさえ少ない報酬を分けなければならないのだからなおさらである。


 因みにパーティを組んで依頼を達成するとパーティメンバー全員に達成回数が加わるので昇格試験の無いCランクまではシグルズのようにとは行かないものの、割と直ぐに上がることが出来る。ただしCランクからの依頼はパーティとしての力だけでなく個々人の実力がなければ厳しい物ばかりなので、Cランクで長年くすぶっている冒険者も少なくないのだが。


 蛇足になるが、かつては高ランク冒険者に寄生した低ランクの冒険者が高ランクの依頼をこなして自分はこれだけ実力があるのだからランクを上げろと主張する者も居たため、今ではパーティで受けられる依頼はパーティメンバーのランク平均から上下1ランクや、2つ以上上のランクの依頼は達成しても回数に数えられないという決まりが出来ている。


「はい、問題ないです。ありがとうございました」


「では、ご用件がお済でしたら出口までご案内させて頂きます」


「えっと、広い土地か家を買いたいんですけど、どこか知りませんか?」


「そうですね……中央広場に面した場所にアルト不動産という店がありますので、其方がよろしいかと」


「中央広場のアルト不動産ですね。ありがとうございます」


「いえいえ、ではご案内いたします」














 ハリスの見送りを受けてギルドを後にしたシグルズは紹介されたアルト不動産の手前まで来ていた。


『あの店ではないか、主殿』


『うん、看板もあるし間違いないね』


 エレインが見つけたのは赤レンガで出来た2階建ての家で、壁に大きな看板を掛けているためシグルズも一目で目的の店だと分かった。


 木製のドアを開けてドアに付けられた涼やかな鈴の音と共に店の中に入るとカウンターに座った若い女性が本を読んでいる以外に誰もおらず静かな空間が広がっていた。


「あ、いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 鈴の音に反応した店員の女性はシグルズの姿を確認すると読んでいた本を仕舞い、カウンター
 の前に置かれた一脚の椅子を指してシグルズに声を掛けた。


「どうも、こんにちは」


 シグルズが椅子に座ると簡単に自己紹介をして交渉に入る。


「はい、こんにちは。私はこの店の店長やっているヘレナと言います。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「私はシグルズと言いまして、予算は気にせずに出来るだけ広い家か土地を探しています。立地は静かな所であれば何処でもいいです」


「なるほど、具体的にどれ位の広さをご希望ですか?」


 ヘレナは紐で括られた紙の束をカウンターの下から取り出し、話を進めていく。


「そうですね……、庭付きの屋敷位ですね。土地の場合は買えるだけ欲しいです」


 シグルズがそう言うとヘレナは組んだ手の上に顎を載せて表情を曇らせた。


「それは厳しいですね。この街はそれなりに大きく栄えていますが、魔の森に最も近い場所であるため領主の辺境伯様以外の貴族の方がいらっしゃいません。なので屋敷を建てるような人も居りませんし、一番多い冒険者の皆さんは基本的に宿暮らしの方が多く、大金を稼いでも家を買おうとする方はいらっしゃいませんので、屋敷となるとこの街では全く需要がないんですよ。次に土地になりますが、普通の家を建てる程度の空き地は幾つか御座います。ですが屋敷を建てられるような広さのある土地の大半は13もある冒険者クランのホームが建てられて居りまして、現状では空きありません」


 ここまではシグルズもある程度予想していたため、驚くことなく自分の案を伝える。


「じゃあ空き家が隣接している所を纏めて買うことは出来ますか?」


「出来ないことは無いですが、買うだけでもかなりの額になりますよ?まして屋敷に直すとなると解体費や建築費も掛かりますし」


「大丈夫です。この方法で出来るだけ広く買える場所をお願いします」


「そうですか、その条件になりますと此方になりますね。ただ所謂曰く付きというものでして……」


「ああ、問題ないですよ。説明してもらえますか?」


 ヘレナがシグルズの提案に合う場所の詳細が書かれた何枚かの書類を紙の束から抜き取り説明を始める。


「はい、其方の物件は15年前に検挙された凶悪犯罪者集団「黒の狂刃」の拠点として使われていた物でして、建物内は当時検挙に入った荒事専門の調査団や兵士ですら耐えられないような悲惨な状態だったそうです。この黒の狂刃が拠点を構えてから周辺の住民が度々姿を消す事件がありまして、この犯罪者集団が検挙された頃には近くの住民の方は転居されており多くの空き家が残りました。消息が分からなくなっていた方達は残念ながら調査団によって無残な状態の遺体で発見されまして、その方々の亡霊が今でもこの土地に居るとされています。


 今までもこの辺りに住もうとする方が何人かいらっしゃいましたが、一月ほど生活をすると皆さんん体調を悪くされて現在では誰も寄り付かなくなりました。呪われているという話も有ったので教会に土地を清めて頂きましたが効果はなく、更地にしようにも費用が掛かりすぎるため手を焼いているというのが現状ですね。立地としては南東の外壁に接していて大きな通りからも離れているので静かではありますが、いかがですか?」


「分かりました。じゃあこの辺り全部でお願いします」


 悩む素振りも見せずに即決してしまうシグルズにヘレナは不安な表情を浮かべる。


「あの、失礼ですが本当によろしいのですか?私としては買って頂けるのは嬉しいのですが、かなりの額になる上に体調が悪くなる現象をどうにかしないとまともに暮らす事も出来ませんよ?」


「ええ、問題ありません。ただ土地の権利書を一つに纏める事は出来ますか」


「役所に行けば可能ですが、それは私の方でやっておきますので大丈夫ですよ。そうですね……30分程お時間を頂きますがよろしいですか?」


「はい、大丈夫です」


「では先にお支払いを済ませて頂きますね。建物の老朽化が進んでいる上に手入れもしていないためほぼ土地代となりますが、1軒当たり金貨6枚になります。相場では金貨10枚からとなりますが曰く付きであるためこの値段とさせて頂きますのでご了承ください。また黒の狂刃の拠点となっていた場所は他の土地よりも広いため金貨20枚と言いたい所ではありますが、こちらは金貨10枚で結構で御座います。26軒分と此方を合わせて合計金貨166枚になりますが、よろしいでしょうか?」


「はい……、じゃあこれでお願いします」


 シグルズはアイテムボックス内で予め大量に作っておいた麻袋に白金貨と金貨を移し入れてからローブの下でアイテムボックスから取り出し、カウンターの上に置いた。


「確認致しますので、此方の書類の記入欄にご記名をしてお待ち下さい」


 ヘレナが金貨を数え始めるとシグルズは渡された書類に素早く目を通し、抱えていたバルドを膝に乗せてから記入欄を埋めていく。


 全ての記入を終え、バルドを腕に抱えなおし家の構想を練っていると、作業を終えたヘレナに声を掛けられる。


「お待たせ致しました。白金貨1枚と金貨66枚を確認致しましたので此方の領収書をお納め下さい。記名についても……問題はないようですので、今から役所に行って手続きを済ませて来ますね」


「ええ、お願いします」


「はい、ではこのままお待ち下さい」


 そう言ってヘレナは立ち上がり、金貨の入った袋を手にカウンター横の扉に入って、金庫に袋を仕舞うと土地の権利書を取り出し、シグルズがサインした書類と共に役所へと店を後にした。


 残されたシグルズはというと、アイテムボックスから取り出した自作のクッキーを床に伏せて静かにしていたエレインと共に食べながら詳細な家の設計図作りに施行を深めて行くのだった。





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