異世界でも自由気ままに

月夜 夜

初依頼3

 シグルズが次に向かうのはハーミットの南西12kmに位置する愚者の森という場所だ。この森はDランクとCランクの魔物が多く生息しており、稀にBランクの魔物も出現するためDランクからCランク中でもある程度の実力を身に着けた冒険者が活動しているのだが、かつてはEランクからDランクに上がったばかりで調子に乗っている者や実力がないにもかかわらず何故か自身の力に自信を持っている者達がこの森に挑み、尽く散っていったことから愚か者達の墓場、愚者の森と呼ばれている。


 現在は冒険者ギルドからの注意喚起や先輩冒険者からの忠告により無謀な挑戦をする低ランク冒険者の数は減っているのだが、それでも完全に居なくならないのはより良い報酬を求めるどこまでも深い人の欲のせいであろうか。


 愚者の森に着くまでの道中でマップ上に入った手身近な魔物の群れや集落になりかけている巣を高速で処理し、少なくない魔石を手に入れたシグルズ達は、目の前で行われている冒険者パーティと1体の虎型の魔物の戦闘を眺めていた。


「あれはBランクのアーマータイガーだね。毛が鋼並みに硬い上に虎の高い敏捷力を持った厄介な魔物だよ。昨日エレインが倒した中にも何体かいたけど、冒険者の方が苦戦してるみたいだね」


「パーティの構成・連携は悪くないが、あの毛を破る火力がないようだな。どうする主殿」


 ゼスとエレインの声を聞きながらも冒険者達の動きが徐々に鈍くなり始めていることに気付いたシグルズは助けに入ることを決めた。


「このままだと確実に負けるだろうから助けがいるか聞いてみようか。必要だったらエレインに任せるね」


「うむ、分かった」


 冒険者に限らず他者と魔物の戦闘に参加する場合、まず初めに声を掛けて先に戦っている者の了承を得るのが最低限の常識だ。これは弱った魔物の横取りや倒した魔物の所有権の問題を起こさないようにする為であり、いきなり参加して余計な混乱を招けば、賊と間違えて斬られても文句を言えないのである。


 隠密系のスキルを解除して姿を現したシグルズは、冒険者達からはっきりと視認出来る距離まで近づくと、口の前に手を寄せて声を上げた。


「助けは要りますかー!」


 突然横から発せられた冒険者達とアーマータイガーは一瞬体を強張らせるが、声のした方向に目を向けてシグルズの姿を確認するとすぐに戦闘を再開した。


「すまない!助けてくれ!」


 シグルズの声に答えたのはパーティの後方で弓を引いている男だった。


「だそうだ。頼んだよエレイン」


「任された!」


 勢いよく飛び出したエレインはアーマータイガーと大盾を構えてアーマータイガーの攻撃を凌いでいる冒険者の間を彼らが知覚できない速度で通り過ぎながら爪を振るった。


「な、何が……」


 目の前を突風が通り過ぎたかと思うとアーマータイガーの攻撃が止み、盾の向こう側に目を向けると首を綺麗に刈られたアーマータイガーが横たわっている状態に盾を構えていた男は困惑した声を上げた。


 他のパーティメンバーも同じ気持ちだったようで、矢筒に手を伸ばしている者や剣を片手に駆け出そうとしている者、杖を片手に魔法の詠唱をしていた者や気配を消して奇襲を掛けようとしていた者達が皆時間が止まっているかのように惚けた顔で動きを止めていた。


 そんな冒険者達の前をてくてくと歩きながらシグルズの元に戻ったエレインを見てやっと正気に戻った冒険者達は、近づいてきたシグルズの容姿を見て再び惚けた顔になるのだった。


「こんにちはー、大丈夫ですか?」


 シグルズが話しかけたのは弓使いの男だった。ニコニコとした笑顔で話しかけられた弓使いの男は薄っすらと頬を赤く染め何とか声を絞り出した。


「あ、ああ、助かった」


「はい、皆さん大きな怪我も無いようですし、間に合って良かったです」


 簡単な挨拶を交わしていると他のパーティメンバーも集まり互いの自己紹介を始めた。


「俺はこのパーティのリーダーをやってるステインだ。あのまま戦っていても勝ち目はなかっただろう。本当に助かったよ、ありがとう。どうやったかは分からないが、あのアーマータイガーを一瞬で倒せる程の君の従魔が何者か気になるところだけど、教えては貰えないよな?」


 シグルズはステインと名乗った剣士の男の質問に自分とエレインの事については暈しつつ簡単な自己紹介を終えて、ステインの説明を聞くと、ステインと弓使いの男はBランク、他の三人はCランクの冒険者でパーティとしてのランクはBというそれなりに経験を積んだパーティだった。何でも皆同じ村の出身だそうで、共に長い時間を過して来たからこその連携だったのだとシグルズは納得した。


「じゃあ、アーマータイガーは俺達が貰っていいんだな。君ならこの程度の魔物は幾らでも狩れるのだろうから遠慮はしないよ」


「ええ、構いませんよ」


「ありがとう。余計なお世話だろうがこの先に行くなら気を付けた方がいい。アーマータイガーもそうだが今までこの辺りでは出没しなかった高ランクのモンスターがここ1月ほどの間に何体か目撃されているそうだ」


「そうですか、情報ありがとうございます。機会があればまたお会いしましょう」


「ああ、それではな」


 シグルズはステイン達と別れの握手を交わし愚者の森へと歩みを進めた。


「エレイン」


「うむ、臭うな」


 森に入ってから魔物と遭遇することもなく20分程歩いていると血の臭いを嗅ぎつけたシグルズとエレインが警戒を強める。マップ上には戦闘を行っているらしい複数の赤い点と1つ黄色い点が表示されていることを事前に確認していたシグルズは気配を消してそちらへと近づいていく。


「グオオオオ!!」


 臭いの元に近づくにつれて空気を震わせる咆哮と何か硬い物同士がぶつかり合う音が聞こえ始め、血の臭いも強くなっていった。


「おらぁぁぁ!!」


 シグルズが5分程歩いて辿り着いた先に見たものは3体のオーガと戦う巨漢の男の姿だった。オーガとは2m程の身長と筋肉で出来た強固な人型の肉体を持つCランクの魔物で、大きな2本の牙とその表情はまさしく悪鬼そのものである。ゴブリンやオークと比べて知力が高く、稀ではあるがゴブリンやオークを手下として使役することもありオーガ単体の強さも相まって厄介な魔物として広く知られている。


 そんなオーガと単独で戦っている男は、オーガに負けずとも劣らない2mを超える身長と鍛え上げられていることが一目で分かる上半身を何故かさらけ出し、大剣を振り回していた。男の身長と同じ位の大きさがある剣を軽々と振り、3体のオーガを相手に傷を負うどころか見た目からは想像できない軽やかな身のこなしでオーガを翻弄する様はどこか可笑しく、見ていて楽しい物であった。


 それから10分程経ち、1体のオーガが地に伏せるとそこから決着はすぐについた。確実にダメージを負わされていた残りのオーガ達は傷だらけで動きが鈍くなっているのに対して、男は獰猛な笑みを浮かべまだまだ余裕を感じさせる動きで1体のオーガの胸を深く斬り付け倒し、最後の仲間が倒れたことで激昂したもう1体のオーガの渾身の一撃を避けざまに首元への鋭い一閃を放ち戦闘を終えた。


「久々にしちゃ動けてるがまだ本調子じゃないな。あいつの依頼で来てみればあり得ねぇ位にオーガが群れてやがるし、最近の噂は本当だったか」


 厳つい顔の男は体に掛かったオーガの返り血を気にすることなくオーガを解体していく。オーガの討伐証明部位は牙と魔石であり、左右2本の牙と1個の魔石で1体分の討伐となるのだが、全てのオーガを解体し終えた男の元には14本の牙と7個の魔石が集まっていた。


 そう、シグルズがこの場に着く以前に男は4体のオーガを倒していたのだ。単独で7体のオーガを相手に無傷で勝利を収めるというのは冒険者の中でもAランク間近のBランク冒険者以上の実力がなければ成し得ないことだ。1体や2体ならば並みのBランク冒険者でも単独で勝つことが出来るだろうが、5体以上となると苦戦または撤退を余儀無くされるだろう。もっとも、男が言ったようにオーガ同士が群れる事はゴブリンやオークを使役するよりも稀であり、本来ならばあり得ないはずなのだが。


「こりゃあ早く報告しねぇとな」


 男は牙と魔石と切り分けた素材の中から高く売れる物だけを大きな袋に入れて背負ると、持ちきれない残りの素材を火が出る魔道具で焼き、ハーミットの方向へとその場を後にした。


「なかなかの強さだったな、主殿」


 男の気配が完全に離れたところで最初に口を開いたのはエレインだった。その口調は明るく、ふらふらと左右に揺れている尻尾から先程まで見ていた戦闘に満足していることが伝わってくる。


 エレインは自身が戦うことが好きだが、強者の戦いを見ることもまた好きなのだ。もちろん、ここにおける強者とはエレインよりも強い者のことではなく、一般的な基準においての強者を指す。そうでなければシグルズ以外のこの世界の人間に強者など居なくなってしまうのだから。


「そうだね、あれで本調子じゃなかったみたいだし、本気を出したら楽しめるんじゃないかな」


「うむ、是非とも手合わせしたいものだな。ゼスも一緒にどうだ?」


「僕は遠慮するよ。戦いを見るのは面白いけど好んでする程戦いが好きな訳ではないからね。平和が一番さ」


「むぅ、そうか。バルドは興味ないだろうし、やるときは一人で楽しませてもらおう」


「はは、それじゃあ俺達もそろそろ行こうか」


「分かった」「はーい」


 それからシグルズ達は獲物を求めてどこから見ても毒キノコな見た目の魔力茸を拾いながら森の奥へと向かった。




















「せい」


「グオ?」


「ほい」


「「グガ?」」


「そいやっ」


「「「ゴガァ?」」」


 シグルズは敵を見つけると気配を消して相手の死角から奇襲を仕掛け、相手に己の死を悟らせる間を与えない程に鋭い一撃をもって首を狩っていった。魔力を流していないにもかかわらず双破剣の威力は絶大で、肉を断つ感覚を感じることなく次々に首を落としていくシグルズの姿は殺傷の場には不釣り合いな美しさがあった。


「よし、これ位でいいかな。早く帰って家を探さないと」


「うむ、やはり寝るときは主殿の隣がいいからな。昨日は寂しかったぞ?」


「あはは、ごめんね。運動できるようにできるだけ大きい場所を買うから許して?」


「主殿は分かっているな、そうしてくれ」


「うん、じゃあ行くよ」


 シグルズが発動した時空魔法によって淡い光を体に纏い始めたシグルズ達は、光が一瞬強く光った後忽然と姿を消していた。





















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