異世界でも自由気ままに

月夜 夜

初依頼1

 ゴーン ゴーン ゴーン


 シグルズが眠りについてから数時間。夜の暗闇が薄れ、空が少しずつ明るくなり始めた頃に街中にほどよく響き渡る鐘の音が時を告げる。


 一般的に時計が普及していないミレイユでは1日に5回、毎朝6時から3時間おきに鐘を鳴らすことで時間を知ることが出来るようになっている。尤も、これは大きな街に限った話であって、小さい町や村では太陽の位置から時間を計っているので、時間に対する意識が高いのは貴族や商人位なのだが、集合の時間や仕事の終わりを知らせてくれるこの鐘の音が非常に便利な物であることには違いないだろう。


「ん、ん~」


 ベットの上で美しい銀髪を広げて仰向けに眠っているシグルズが可愛らしい小さな寝息を立てると、枕元に座り昨日からずっと彼の横顔を見ていたゼスはクスクスと笑った。


(昨日のシグは凄く機嫌良かったなー。こんなこと言ったら不機嫌になるだろうから言えないけど、鼻歌なんかしちゃって子供みたいで可愛かったし、フードでよく見えなかったけどシグが楽しそうにしてる顔を想像するだけで僕まで幸せになっちゃうよ。一昨日は楽しみ過ぎて眠れなかったようだし、気持ちは分からないでもないんだけど、ああ、もう、可愛すぎだよシグ~)


 ゼスが普段は決して見せることのない緩み切った表情のまま1人で静かに悶えていると、ふとシグルズが目覚める気配を感じた。


「ん、んむ、ふぁ~」


 寝惚け眼を擦りながらむくりと上体を起こしたシグルズの眼前にゼスが飛んでいくと、意識がはっきりとし始めたシグルズは思わず見惚れるような笑顔をゼスに向けた。


「おはよ~、ゼス」


「おはよう、シグ。よく眠ってたね」


 いつの間にかゼスの表情はいつもの物に戻っており、普段通りにシグルズと会話しているが、内心では(その顔は駄目だぁ!)とシグルズの笑顔に興奮しまくりであった。


「うん、一昨日は寝れなかったからね。その分ぐっすりだったよー」


 シグルズは手を組んで背伸びをするとベットから降りて開け放たれた窓から外の景色を見た。今はかつて勇者が魔王を討伐してから新たに定められた聖陰暦で3198年の4月10日。1日中暖かい気候で一晩中窓を開けたまま寝ても問題ない。蛇足になるがシグルズがこの世界に転生した日、つまり誕生日は4月8日である。


 早い時間にも関わらず既に大通りには多くの人が歩いているのが見えた。


「よし、取りあえず朝食にしようかな。昨日も夕食を食べないで寝ちゃったし」


「はーい、食事は大切だからね~」


 窓はそのままに振り返ったシグルズはゼスと短いやり取りをすると、瞬間換装で部屋着から暗帝装備へと着替え、ゼスを肩に乗せて部屋を後にした。
























 階段を下り、1階に着くと昨日の受け付けにいた少年はおらず、彼とよく似た母親らしき黒髪の女性が受け付けに座っていた。


「おはようございます。鍵の返却と食事をお願いします」


 シグルズが現れたのを見て僅かな間惚けていた女性はシグルズに声を掛けられと、はっとして薄っすらと頬を赤らめながら明るい笑みを浮かべた。


「は、はい。お名前と鍵をお願いします。本日の食事はホーンラビット定食で大銅貨7枚になります」


 名前を告げて食事の代金を手渡すと、食券として渡された木札を手に奥の食堂に向かう。


 何人かが丸いテーブルに着き食事をしていたが、シグルズの姿を見た瞬間に手を止めて彼を見つめた。シグルズはそんな視線を意に介すことなく厨房まで進み、客と同じように惚けている男性に声を掛けた。


「食事をお願いします」


 木札を渡された男性は受け付けの女性と同じようにはっとし、「ま、待ってな」と言ってそそくさと調理をし始めた。


 空いている適当なテーブルに着いて待つこと5分、先ほどの男性が食事を運んで来た。


「いただきます」


 シグルズは男性が「ご、ごゆっくり」と言って去って行った後、未だに時が止まっているかのような周囲を気にせず食事を始めた。ホーンラビットはEランクの魔物であるにも関わらず肉が美味しいことで知られていて、低ランクの冒険者でも狩れることから値段も安く、平民から貴族まで幅広く食されている。


「ふう、美味しかった~。ごちそうさまでしたと」


 早々に食べ終えたシグルズは席を立つと厨房の男性と受け付けの女性に礼を言って宿を後にした。


 宿の食堂程度なら気にしないシグルズであるが、流石に大通りを行き交う人々の視線を集めるわけにはゆかず、気配遮断と隠密のスキルを使いながら冒険者ギルドへと向かう。


 堂々と歩いていても誰にも気づかれる事がないため、幾度となく人とぶつかりそうになるが、その全てを易々と躱しつつ冒険者ギルドに着いたシグルズは思わず目を見開き感嘆の声を上げた。


「うわー、いっぱいだぁー」


 ギルドの入り口は昨日の様子と打って変わって武器や防具を身に着けた厳つい大男から少し小柄な獣人の女性まで実に様々な冒険者達でごった返していた。昨日受付嬢のカリンが説明していた様に依頼は早い者勝ちで受けられるため、より良い条件の依頼を求めて掲示板の依頼が更新される毎朝6時からこのような状況が出来上がる訳なのだが、冒険者になって間もないシグルズがそんなことを知っている訳もなく、唖然としてしまうのは無理もないだろう。


「まだ依頼残ってるのかなぁ……。今日は常時依頼だけこなしてさっさとランク上げした方が良さげだな」


 以前シグルズがボールスの書斎で読んだ冒険者ギルドの教本によると、EランクからDランクに上がるにはEランク以上の依頼を30回。DランクからCランクに上がるにはDランクの依頼を25回とCランクの依頼を5回こなすことが必要だと書かれていた事と、昨日のギルド登録時にちらっと見た掲示板に張られた依頼書の内容から昇格試験のないCランクまでなら数時間もあれば十分にランクを上げられだろうと考えたシグルズは、何度も受けられる常時依頼のみを狙うことにした。


(それにしても人多すぎだろこれ、殆ど隙間がないぞ)


 冒険者達の間をするりと抜けながらどうにかギルドの二階に辿り着いたシグルズは掲示板の前に群がる冒険者達を見て小さく溜息を吐く。


(しゃあない、跳ぶか)


 このままでは埒が明かないと判断したシグルズは、魔力を感知されないように魔力支配で魔力を遮断しつつ、結界魔法を使って天井近くに足場を作るとそこに飛び乗った。


(よし、上からなら問題なく見えるな)


 スキルの無駄使いのようにも思えるが、早くこの人混みから抜け出したいシグルズは数m先の依頼書を見つめた。


(取り敢えずEランクはゴブリン5体の討伐、グレーウルフ5体の討伐、体力草10本の採取か。お、朝食のホーンラビットの肉5kgの採取もだな。あれは美味しかった。Dランクは魔力草10本の採取とオーク3体の討伐にゴブリンの上位種討伐位しかないな……。魔力草は手持ちがあるしゴブリンとオークは集落潰してくればある程度は行けるか。問題はCランクだけど、オーガ3体討伐に魔力茸5本の採取ねぇ。今日は5回分だけでいいからこれにしよっと)


 シグルズは完全記憶のスキルで依頼書に書かれていた注意事項などを全て暗記し終えると、結界を解き下の人にぶつからないように着地した。


(さてと、それじゃ早速行きますかね)


 来た時と同じように僅かな隙間を通ってギルドの外に出たシグルズは昨日入った南門ではなく依頼書に書かれた森がある西門へと向かう。


 発動していたスキルを解いて門番の兵士に声を掛けると、突如現れたシグルズに兵士が驚きの声を上げそうになるが、シグルズの容姿を見た瞬間にだらしない惚けた顔をし始めたので、宿の時と同じように声を掛けなおしてから仮の身分証を返却して銀貨2枚を受け取ると、街の外に出る理由などの簡単な兵士の質問に答えてから門を潜った。


「森に着いたらエレイン達を呼ぶから連絡しといてね、ゼス」


「はいよ、エレインが早くしろだってさ」


「はは、じゃあ待たせられないな」


 エレインの催促に苦笑しつつも解除したスキルを掛けなおし、一刻も早く森に着くためにシグルズは走り始めた。













































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