異世界でも自由気ままに

月夜 夜

職業と再会

 ギルド職員から聞いた道順をたどって歩くこと20分、幾つかの細い道を通り、人々の喧騒がなくなった頃にようやくシグルズ達はこじんまりとした教会へと辿り着いた。


 シグルズが職業に就く前に、教会と職業について簡単に説明すると以下のようになる。


 ミレイユにおいて教会とは、ミレディを信仰しているミセフ聖教国から各国の要請を受けて、大陸全土に派遣された神官達によって運営されているもので、神から与えられたと伝えられる巨大な石板型の魔道具を使い、職業の開放や転職を行う場所だ。


 因みに、この巨大な石板型の魔道具は縦3m・横2m・厚さ80cmの大きさで、何故か魔法でも動かすことが出来なく、ミセフ聖教国の教会本部に置かれているのだが、各地にある教会では神官の派遣が決まると同時に、この巨大な魔道具から生み出される縦1m・横1m・厚さ30cmの小型の魔道具が使われている。この2つの魔道具の仕組みは解析することが全く出来ず、教会以外では機能しない為、ミセフ聖教国は大陸全土において絶大な権力を持っている。


 そして職業とは、剣士や魔法使い、農夫や鍛冶師といった物の事で、1人が同時に就ける職業は1職のみだが、何らかの職業に就くことによって、様々な効果を受けることが出来る。この効果は無職の剣術スキル持ちと、剣士の職業で剣術スキル持ちが戦った場合に、スキルのレベルや本人達のレベルが同じであると、剣士の職業に就いている者が圧勝する程に大きい。また余談だが、国王や騎士団長などは職業ではなく、称号として扱われ、職業自体にレベルは存在しない。


 この職業に就くためには、初めに職業の開放を行わなければならなく、一般的には10歳になると家族に連れられて行うものなのだが、シグルズが未だに無職なのはこのせいである。職業を開放すると自分に適性のある職業がステータスの職業欄に表示され、その中から1つを選ぶとそれ以外のものは表示されなくなる。これで正式に職業に就いたことになるのだが、転職可能な職業は教会でのみ確認でき、転職には金貨3枚が掛かるため平民であれば慎重に選択しなければならない。これも余談なのが、平均的な平民の4人家族がひと月生活するには大銀貨5枚程が必要なので、金貨3枚というと半年分にもなってしまうのだから、慎重になるのも頷けだろう。


 教会内に動物や従魔を入れることはできないため、エレインとバルドを時空魔法で作り上げた異空間に待機させるてから開かれた教会のドアから中に入ると、奥にはミレディそっくりの美しい女神像が、両手を広げて教会全体を見渡しており、整然と並べられた木製の長椅子に座り、祈りを捧げている複数の人達が見られた。


「こんにちは、職業の開放をお願いします」


 シグルズは教会の入り口から見て女神像の右側にある受付の神父さんに申し込みをすると、隣にあった部屋に案内されたので中に入り、石板のはめ込まれた台の前に立つと、シグルズが入ってきたドアとは別のドアから神官服を着た女性が出てきた。


「本日はようこそいらっしゃいました。職業の開放と伺いましたが、宜しいでしょうか?」


「はい、よろしくお願いします」


「では、こちらの石板にどちらかの手を置いて、ステータスを開いてお待ちください」


 言われた通り右手を置くと「あ、手袋は外してください。」と言われたので、手袋を外してから再度石板に手を置くと、今度こそ神官の女性は胸の前で手を組み、祈りを捧げるように目を瞑って詠唱を始めた。


「我らが女神ミレディよ、この者に祝福を与えたまえ」


 詠唱が思っていたよりも短かったのは置いといて、開いていたステータスを見ると職業の欄に1つだけ表示されている物があった。


 全帝…武闘王・魔導王・生産王・超越者の4つの称号を全て持ち、最高神の加護を持つ者にのみ就くことが出来る最上位の職業。やることなすこと全てにプラス補正大。各ステータスの100分の1をそれぞれに追加する。


(ん……ん?聞いた事ない職業だけど、こんなの俺しか就けないだろ……)


 まず武闘王と生産王は同じ系統のスキルを一定の数、レベル上限まで上げると得られるが、この世界の住人が一生をかけてスキルのレベルを上げたとしても、上限であるレベル10まで上げられる者は基本的にいない。これはスキルのレベルは高くなる程に上げることが難しくなり、成長に対するスキルや加護がない限りは途中で寿命を迎えてしまうからなのだが、長寿であるエルフや竜人族でさえ最高でレベル8のスキルを持つ者がごく僅かにいるだけなのだから、これらの称号を取得することは不可能といっても過言ではない。


 次に魔導王の取得条件は全ての属性魔法をレベル上限まで上げ、昇華させることなので、属性魔法を全て取得するという時点で全てに適性を持っている者がまずいない為に困難であり、修行の末に取得できたとしても適性がない物のレベルは上がり難く、レベル10まで上げるなど夢のまた夢である。


 最後に超越者と最高神の加護だが、超越者は自身のレベルを10000まで上げなければいけないので不可能だし、神の加護を持っている者が希少なのにもかかわらず、最高神の加護を持っている者などまずいないだろう。


(俺専用の職か。いい事なんだけど、なんだかなぁ)


 最高の職であるにもかかわらず、何故だか納得のいかないシグルズではあるが、いつまでも考えていても仕方がないので、ステータスを閉じてから神官の女性に無事終わった事とお礼を言い、職業解放の費用として銀貨1枚を払って部屋を出ると教会に来たもう1つの目的を果たすために空いている適当な長椅子に座り、目を閉じて祈り始めた。


(さあ、会いに来ましたよミレディ様)


 1分ほど目を閉じたままでいると、周囲の気配が変わったことを察知し、目を開ける。すると目の前には小さなテーブルとシグルズと同じ白い椅子に座ってティーカップを片手にこちらを見ているミレディがいた。


「お待ちしていましたよ、誠一さん。いえ、今はシグルズさんとお呼びした方があばばばばばば!!」


 シグルズはミレディがティーカップをテーブルに置いて話し始めると、軽い電撃(シグルズ基準)を彼女に放ち、見事に直撃した電撃によって彼女をテーブルに突っ伏させた。


「い、一体何を……ひっ!」


 ミレディが顔だけを上げると口元は笑っているにも関わらず、目は絶対零度の冷たさを感じさせる顔をしたシグルズがおり、思わず小さな悲鳴を上げてしまう。


「ははは、嫌だなあ。人の顔を見て悲鳴を上げるなんて酷いじゃないですか、ミレディ様。あなたが作った顔でしょう?」


 シグルズが無機質な声でミレディに話しかけると、ミレディは背筋に冷や汗が流れるのを感じ、顔を青くした。


「いやーこんなハイスペックな体に転生させてくれたのは感謝してるんですよ?ええ、それはもう感謝してますとも。何でも出来るし、とても楽しませてもらってますからね」


「そ、それは何よりです」


「はい。それでですねミレディ様。こーんなに素敵な体にしてくれたミレディ様には何かお礼をしないといけませんよねー?」


「い、いえ。その気持ちだけで十分で……ひぃ!」


「はっはっはっ、遠慮しなくていいんですよミレディ様?こんな女性と間違われてオークに襲われそうになる外見にしてくれたんですから拳の1発や2発、電撃の5・6発じゃこの感謝の気持ちは伝えられませんからね」


 雷属性を纏ってビリビリと黒い稲妻を発する右手をミレディに見せて笑うシグルズはとても生き生きとしていた。


「さあ、存分に受け取って下さい。感謝の気持ちです!」


「ま、待っあばばばばばっ!!」


 ミレディが言い終わるよりも早くシグルズから発せられた電撃は、ミレディの体中を駆け巡り彼女を再びテーブルに突っ伏させた。
























 電撃を与え続けること約2分、ようやく満足したシグルズが電撃を与えるのを止めると、彼の前には息も絶え絶えに痙攣した状態で相も変わらずテーブルに突っ伏しているミレディがいた。


「ふ、ふぉおふぁめれふ」


「あーやりすぎちゃったかな。舌まで痺れてるからまともに喋れないか」


 1人反省反省と口では言いつつも全くその様子がないシグルズは、ミレディに回復魔法を使い、いつの間にかアイテムボックスから取り出されていた皿に置かれた自作のクッキーをつまみながら声を掛けた。


「大丈夫ですかー、ミレディ様。起きてくださーい」


「うう、酷いです、酷すぎます。何が感謝の気持ちですか。確かに体を作っているうちにどうせ作るなら可愛くしちゃおうかなって思いましたし、それで危うく男性であることを忘れて女性にしちゃいそうになりましたけど、ちゃんと男性に直したじゃないですか。それを電撃って、電撃って何ですか!誠一さんだって可愛いのは好きでしょうが!大体ただのイケメンなんて今の時代ありふれて……ひ!」


「ええ、私も可愛いものは好きですよ。ですがね、自分がそうなるのは別の話です。自分がなる事によって圧倒的に面倒ごとが増えるじゃないですか。……とは言っても容姿の希望をしていなかった私も悪いですし、今ではもう慣れてしまいましたがね。それでも一度は不満をぶつけておきたかったので今回はこんな形になってしまいました。申し訳ありません。そして改めて、転生させてくれてありがとうございました」


 シグルズはミレディの話が止まらなくなりそうになったところで、軽い威圧を放ち話を止めると姿勢を正してから謝罪と感謝の言葉を口にし、頭を下げる。


「あ、いえ、その、私も悪かったですし、ちゃんと感謝してくださっているならそれでいいんです。はい。ですから頭を上げてください!」


 頭を下げたままのシグルズに、突然の事でオロオロとしたミレディが頼むと、頭を上げたシグルズの瞳からは何時しか冷たさが消え、優しい表情になっていた。


「はは、ありがとうございます」


 この後、転生してからの事や他愛ない世間話をしてからミレディにまた来ると別れの挨拶をすると、光に包まれ、光が消えると元居た教会の長椅子に座っていた。


 多少の寄付金を身近にいた神父さんに渡してから教会を出ると、太陽の位置は教会に入る以前と変わっておらず、ミレディの居た空間での時間が経過していないことが分かり、今日は早めに休んで明日に備えようと本日の宿を探しに冒険者ギルドのあった大きな道に向かって行った。


(お金はあるし泊まるのは今日だけだから、割といいところで休みたいなー)


 冒険者ギルドから教会に向かう途中で看板を出していた幾つかの宿屋のうち、良さそうな名前の宿、吟遊詩人の安らぎ亭に入った。


「いらっしゃいませー、お泊りですか?それともお食事ですか?」


 宿内に入ると受け付けらしき黒髪の少年が声を掛けてきたのでそちらに近寄ると宿泊の旨を伝える。


「こんにちは、1泊お願いします」


「お泊りですね、ありがとうございます。1人部屋と2人部屋がありますがどちらに致しますか?」


「1人部屋でお願いします」


「分かりました、では1泊銀貨6枚です。食事は1階で、いつでもできますが別料金となっていますので、ご利用の際はここまでお申し付けください。何か質問はございますか?」


「大丈夫です、特にありません」


「では、お名前を教えてください」


「シグルズです」


「シグルズ様っと、ありがとうございます。こちらが部屋の鍵となりますので失くさないように注意してください。失くされると弁償していただくことになりますのでご了承ください。外出される時はここに預けることもできます。あ、シグルズ様の部屋は2階上がって奥から2番目になります」


 少年が名簿にシグルズの名前を書き、金属製の鍵を渡してきたのでそれを受け取ると礼を言って2階に上がった。


「ふー、今日の所は問題なく予定が終わったな」


「ふふ、そうだね」


 部屋に入ると中はそこそこ広く、シグルズは閉じられた窓を開き、瞬間換装で部屋着に着替え、生活魔法で全く汚れていない体を綺麗にしてからベットに横になると、人前では黙っていたゼスが窓ふちに座りシグルズに答える。


「明日は初依頼と家を買って、他ギルドの登録はできればやりたいけどそれはまた後でいいかなあ」


 目を閉じ明日の予定を組み立てていき、全く疲れていない体を休めていく。


「依頼にかかる時間が分からないから何とも言えないけど、シグならきっとすぐに終わるでしょ?」


「そうだなあ、まずは簡単なものから、というか今のランクじゃ簡単なものしかないだろうからね。さっさっと終わらせて皆で住める家を何とかしないと」


 資金が潤沢なため家を買う、または建てることは容易であるのだ。


「エレインやバルドは普通の宿には泊まれないしね。特にバルドはあまり人に見せられないから……」


 従魔は専用の宿にしか泊まることはできず、バルドはドラゴンの為に希少性が高く誘拐される危険性があるのだ。もっとも、ドラゴン相手にちょっかいを出そうなんて考える者は余程の馬鹿か根性のある者しかいないだろうが。


「うん。あ、エレイン達に今日はそのまま過してって伝えておいてね、ゼス。俺はかなり早い時間だけど休むことにするから」


「分かった。お休みシグ」


「お休み、ゼス」


 そう言うとシグルズの意識は眠りに落ちていった。













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