異世界でも自由気ままに

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旅立ち

 装備を作ってから早くも4年経ち、とうとうシグルズは15歳になった。身長は165cmまで伸びたものの、華奢な体格と少女のような容姿は変わっておらず、どう見ても男には見えない。この姿に関しては気にしないことにしていたシグルズだが、2年前に起きたあることが切っ掛けで変わってしまった。


 その内容は2年前のある日、森の外で力をつけたオーク達がこの森の浅い場所に住み着いた。高い魔力が漂っている魔の森には、その魔力に惹かれて様々な魔物が森の外から住み着くことがあり、力があればそのまま住み着き、力がなければ森の魔物に狩られるだけなので、オーク達が住み着いた事には何ら問題はなく、よくある事だった。この森には以前から別のオークも居たし、新たに住み着いたオーク達もランクEとはいえ、騎士を超える力を持った森のゴブリンに勝てるだけの実力を持っていた。


 ちなみにオークのランクはDでゴブリンよりも上のランクだが、森のゴブリンとそこら辺にいるオークが戦った場合は、ゴブリンが圧勝するだろう。このように森の中ではランクなど関係なく、弱肉強食で力こそが正義というのがこの魔の森なのである。


 話を戻すが、オーク達が住み着いた事自体に問題がなかったのなら何が問題だったのか。それはオーク達が住み着いてから一ヶ月もしないある日、シグルズが気分転換にゼスと森を散歩していると、オーク達と遭遇した。狩りではなく気分転換の為に森を歩いていたため、装備と言えるようなものは身に着けておらず、絹の上下服にグレーウルフの革靴という楽な格好だったシグルズを見たオーク達は、彼をか弱い少女だと思い込み、森の外でしてきたように自分たちの苗床にしようと、下卑た笑みを醜い顔に浮かべながらシグルズに近づいた。


 ゴブリンやオークなどの一部の魔物には人族や獣人族といった他種族の女性や、他の魔物や動物のメスを攫って孕ませ、苗床にすることで繁殖するものがいる。その中でも特にゴブリンとオークに攫われた女性は精神が崩壊するまで犯される事と、子を身ごもる確率が高く、繁殖力が非常に高い事から見つけ次第殺せと言われている。


 シグルズは今まで何度もゴブリンやオークと戦ったことがあったが、今回のような経験はなかった。今まで戦ってきた魔物達は、相手の力量を知り自分が生きるために、または強く生き残るために相手と戦い、殺していた。しかし目の前にいるオーク達はどうだろうか。この森に無防備な姿の少女がいる事の異常性に気付くことすらできず、ただただ己の欲望を叶えるために目の前の少女を犯そうとしている。


 そのことを知ったシグルズはあまりにも醜いその姿に激しい嫌悪を抱き、静かに、だが確実にキレてしまった。この世界に来てから1度もキレたことがなかった彼は、瞬間換装を使って炎帝一式とレーヴァテインを装備すると、目の前のオーク達に向かって全力で魔力を込めたレーヴァテインを横に一閃した。シグルズの異常に気が付いたゼスが止める間もなく振るわれたレーヴァテインの炎は相変わらず下卑た笑みを浮かべているオーク達を一瞬で蒸発させ、オーク達の背後100mの森を焼き払った。


 シグルズが全力で放った一撃の被害がこれだけで済んだのは、ゼスがとっさに張った最高の防御結界と、オーク達がいた場所が開けたところであり、魔の森の木々が防火性に優れた性質を持っていた、という理由が挙げられる。もっとも、シグルズ自身が無意識に力を抑えていたことが一番の理由だろうが。でなければ、ゼスがどれ程結界を張ろうと、木の防火性が高かろうと、シグルズが全力で振るったレーヴァテインの一撃でこの森を焼き払う事など容易にできてしまうのだから。


 オーク達を殲滅した後、冷静になったシグルズは、焼き払った場所を森土魔法で元通りにしてから家に帰った。この事をシグルズ自身がエレインやバルドに多く語ることはなかったが、ゼスは、「シグは絶対に怒らせてはいけない、もし彼が怒るような事があれば、彼を怒らせた原因を全力で僕達が潰して、彼の怒りを鎮めなければならない」とエレインやバルドに言い聞かせていた。


 それからのシグルズは感情の、特に怒りの感情と自身の力の制御の練習を中心に行ってきたため、今では女に間違われても若干不機嫌になるだけで、悪意を持った目で自分を女と見る相手にも理性を保ったまま対処できるようになった。実際に、あの時と同じ状態でオークに会っても、周りに影響を与えずオークのみを消滅させられた。


 そんなわけで、以前よりも性格が一部狂暴化してしまったシグルズは現在、家族全員で森の外に来ていた。


「10年とは早いものじゃな」


 シグルズの隣に立っているボールスが、雲一つない青空を見上げながらしみじみと言う。


「ああ、世話になったな、じいちゃん」


「なに、最後の別れでもあるまい。たまには帰ってくるのじゃろ?」


「転移があるからな、ちょこちょこ遊びに戻ってくるよ」


「ふぉふぉ、ならば良しじゃ」


 ボールスは楽しそうに笑うと、どこからか腰巾着の様な小さな革袋をシグルズに差し出した。


「これは?」


「マジックバックじゃよ。中には多少の金が入っておる。儂は使わんし、お主には絶対に必要になるからの、持っておいて損はなかろうて」


 マジックバックというのは魔道具の1つであり、見た目に反した容量を持つ様々な形の鞄の事だ。希少な空間魔法使いしか作ることが出来ず、作成時の消費魔力も膨大なので、これらの条件を満たせることはまずない。そのため現存しているものはほとんどが古代遺跡や迷宮から発見されたものであり、非常に数が少ない。


「ありがとう。使わせてもらうよ」


 シグルズは革袋を受け取るとアイテムボックスに入れ、前方に広がる草原で遊んでいるエレインとゼスを念話で呼んだ。


『エレイン、ゼス、戻ってきてー』


 シグルズの声を聞いた彼らは、300メートル以上あった距離を一瞬で駆け、シグルズの前に現れた。


「主殿、もう行くのか?」


「うん、ちょっと待ってね」


 エレインが擦り付けてきた頭を撫でながら、彼女の問いに答えたシグルズは、イグニスに抱かれて眠っているバルドに目を向けた。


「起きてバルド、もう行くよ」


 優しく囁かれたシグルズの声にバルドは僅かに瞳を開き、シグルズの顔を見るとパタパタとイグニスから飛び立ちシグルズの胸に飛び込んだ。


「どうしたの?」


 両腕でバルドを優しく受け止めたシグルズは、静かに問いかけた。


「なんでも……ない」


 バルドはいつも眠そうにしているが、今日はどこか違うとシグルズは感じていた。


(たぶん、イグニスと離れるのが寂しいんだろうな)


 バルドが龍神であるイグニスを、自分の親のように慕っていることを知っているシグルズは、今はそっとしておこうと深くは追及せず、ただ彼女の背中を優しく撫でてあげた。


「イグニスにも世話になったな」


 シグルズは自分とバルドを暖かい眼差しで見ていたイグニスに声を掛けた。


「いえいえ、私がしてあげられた事なんて余りなかったですよ?」


「そんな事はないよ。今の俺がここまで魔法を使えるようになったのは紛れもなくイグニスのお陰だろ?」


「それは貴方自身が努力し続けた結果です」


「行き詰ってた俺に魔法を教えてくれて、先に進む切っ掛けをくれたのはイグニスじゃないか」


「まあいいでしょう。私も貴方から学ぶものが多かったですし、神として貴重な時間を経験させてもらいました」


「それは良かった」


「ええ、本当に」


 イグニスとシグルズは互いに明るい笑みを浮かべ笑い合った。


「ああ、シグルズ。忘れていましたが、貴方に私の加護を与えましょう」


 ふと思い出したようにイグニスが言う。


「なんか、今更だな」


「多くの加護を持っている貴方には、大した影響はないでしょうが…まあ、有ればあるだけいいですからね」


「ま、貰えるものなら貰うけどさ」


「はい、それでは」


 イグニスはシグルズに近づき、彼の頬にキスをした。


「なっ!?」


 転生後はもちろん、転生前もこういった経験が全くなかったシグルズは、顔を真っ赤にし、隣で見ていたボールスの後ろに一瞬で隠れてしまった。


「な、ななな、なにするんだよ!?」


 ボールスの背後から顔だけを出したシグルズが、顔を赤くしたままイグニスを睨みつけた。


「ふぉふぉふぉ、シグルズがこれほど慌てるとは、珍しいのぉ」


 ボールスはとても楽しそうに笑いながら、シグルズの頭を撫でた。


「まさかここまで反応するとは思いませんでしたよ。シグルズは女性に気を付けるようにね」


 イグニスがきょとんとした顔から、いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべた。


「そんなに睨まないでくださいよー。ちゃんと加護がついてるはずですから確認してください」


 ずっと睨んでいたシグルズは一度イグニスから視線を外し、ステータスを確認した。


「ステータスオープン」


 多くの加護が並ぶステータスの中にそれはあった。


 龍神の寵愛…筋力と魔力を極大up・自身と自身の眷属が龍種に好かれやすくなる


(能力値の上昇効果は大して影響がないから正直どうでもいいけど、好かれやすくなるってのは好かれる訳じゃないのか?)


「確認できたみたいですね」


「なあ、この好かれやすくなるってのはどういう事なんだ?」


「そのままの意味ですよ。龍種、竜人族やドラゴンの事ですが、彼らは少々気難しい性格の人が多いですからね。竜人族は余り他種族と交流をしていませんし。その加護、貴方の場合は寵愛になっていますが、それがあれば最初から嫌われて話を聞いてもらえないなんて事が無くなる上に、簡単に打ち解けられるようになります。ただ絶対に好かれる訳ではないので注意してくださいね。あくまで好かれやすくなるだけで、相手が嫌な事をすれば当然嫌われますから」


「なる程、結構いい効果だな」


 世界を巡る中でいずれは竜人族の領土にも行ってみたい、と考えていたシグルズにとっては、非常に有難い物だったようだ。


「ありがとうな、イグニス」


「ふふ、気に入ってもらえた様で良かったです」


 シグルズはボールスの背後から出て、ボールスとイグニスに向かい合う形で立つと、二人の顔を交互に交互に見た後、咲き誇るような笑顔で言った。


「二人とも今まで本当にありがとう!俺はこれからこの世界を楽しんでくるよ。帰って来た時はよろしくね!」


「ふぉふぉ、良い仲間を作るのじゃぞ」


「心配はいらないでしょうが、くれぐれも体を大切にしてください」


「うん、分かった。それじゃあ、行ってきます!」


「「行ってらっしゃい」」


 ボールスとイグニスの優しい笑顔に見送られたシグルズは、バルドを抱いたままゼスを肩に乗せ、中型犬サイズのエレインと共に街に向けて走り出した。









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