しんくの輪

泡沫斗近

序章

私はMだ。ここでいうMとは読者の貴方が想像した通りのMだ。決して「無実」なんて意味ではない。はたまた「むっつりスケベ」なんて破廉恥な意味でもない。僕は広義的な意味での正真正銘のMなのだ。

序章パートⅠ

夢の職業に就くことができて、俺の人生はいいもんだったな。警察官として誰かの命を守って死ぬ夢は叶えられなかったけど。六花は健康に育っていってくれるかな。夏菜子はこんな俺を許してくれるかな。残念だけど身体中が痛い。もうここまでみたいだな。神様、2人の未来をどうかお願いします。海の蒼が僕を包んでいく。身体中がヒリヒリと痛む。もうすでに僕は意識を失い、走馬灯と呼ばれるものを見ているようだ。子供の頃友達と殴り合いの喧嘩をしたときを思い出す。あの頃は若かったな。何もかもが新鮮でカレーライスやハンバーグでさえ至福の瞬間だった。今回の場合は喧嘩ではないし一方的に僕がしてやられただけだが、相手を恨むことは出来ない。僕が警察官として、いや人としてだろうか、やってはいけないことをしたからだろう。怒りの矛先が飛び火して他の人に向かず僕に向いたことが不幸中の幸いだ。やり残したことは何かないだろうか、僕は自分自身に問う。娘のことや妻のこと、そして職務のこと、色々と頭に浮かぶが残念ながら後悔するようなものは何1つとしてない。どうしても1つだけ叶う夢があれば僕は何を願うだろうか。多分、こうして死ぬのをもう少し後にして欲しかったと願う。もう少しだけ警察官として職務に勤しみたかった。けどやっぱりみんなの幸せが一番かな?1つ願い事が出てくると僕はまた1つ願いについて考えてしまう。人の欲望とはこういったものなのだろうか。さようなら、みんな。僕の願いは海の蒼に変わり、海上を通り抜け空の青になった。

序章 パートⅡ

街灯が夢と現実の世界を行ったり来たりしている。もしかしたら田舎町の街灯は電気がしっかり通っていないのだろうか。遠くに見えるコンビニが24の数字を高々と掲げながら光を放つ。まさか自分が沖縄に戻って来ることになるとは思いもしていなかった。だがいざ来てみると自分がここに来るのが当たり前だった気さえする。少し考え事をしていたせいか、気がつくと眼前にコンビニが佇んでいた。コンビニの自動ドアが鈍い反応を見せながら開く。大学生になり運動をしなくなった僕は夜遅い時間にこうしてお菓子を買いに来るのが日課となってしまった。顔見知りになった店員さんとはよく話す。話す量は決して多くはないが毎日、今日の出来事について話す。年齢は30台ぐらいだろうか。まあ女性の年齢なんて彼女いない歴と年齢が等しい僕には当てられるはずがないのだが。美人に入るであろうその美貌の持ち主は決して愛想が良いわけではないがどこか愛着を持てる。「君は9年前の事件の事覚えてる?ある警察官が事故で亡くなった事件なんだけど。」暫しの静寂。珍しく彼女の方から声をかけてきたことに驚く。僕は静寂を斬り払うべく言葉を取り出す。「僕は最近、こっちの方にやって来たので土着のことについては分かりません。力に成れずすいません。」僕は偽りのベールを纏うことにした。9年前の事件については知っている。それも警察から話を聞いたなどの間接的な情報だけではない。実際に目撃した人物から話を聞いたことがある。ん?今、落ち着いて考えてみるとこの情報も間接的であることに気づく。僕はどこか抜けているのかもしれない。「そういえばそうだったね!君はこの辺のことについてはあまり知らないんだね。変なこと聞いてごめん。」大丈夫ですよ。また何かあれば聞いてください。今度は笑顔のベールを纏う。屈折させた光のように眩しく、そして事実を隠すような淀んだ笑顔を。「橘くんは北海道出身の人かと思ってた。顔が北海道っぽいしね。」顔で出身地がわかれば苦労しないだろう。それも沖縄なら分かるが北海道人の顔と言われてもしっくりこない。「僕の出身は京都ですよ。」僕はまた笑顔のベールを纏う。12年前、訳があり北海道に引っ越した。そして9年前の事件の後、再び京都に戻ったのだ。「ところで橘くん、どうしてそんな悲しそうな笑顔をするの?本当は君、9年前の事件について何か知っているんじゃないの?」大人の女性は怖いものだ。君も大学生なんだから大人だろって?残念ながら年齢だけで内面はいまだに子供である。僕は夕飯について考える主婦のごとくのんびりと悩む。逃げても仕方がない局面だと割り切って言葉を口にする。「さすがですね植田さん。社会に出て活躍している大人の観察力には頭が上がりません。僕の知っている7年前について話しましょう。けどその場合仕事の方は大丈夫ですか?」僕は只今絶賛営業中のコンビニで働く彼女の許可を取る。彼女はもう1人の店員に頭を下げ少しコンビニから離れさせてもらえるよう懇願する。オッケーが貰えたのか丘の上から眺めるイルミネーションの光のように綺麗な笑顔が近づく。「許可も貰えたことだしそれじゃあ少し歩こうか。」
「橘くんは9年前の事件の時、何歳だったの?私は確か18だったかな。」「僕は13歳でした。」5歳差。アウトローに投じた直球は果たしてストライクゾーンと見なされるのか?答えは可。5歳差は頼れるお姉さん的存在になりうるだろう。現代語で言うなればありよりのありとでも言うのだろうか。「ちょっと話聞いてる?今、結構大事な話してるんだけど。」すいません。僕はすぐに自分の世界を創生する。悪い癖だ、直さなければならないことはわかっていてもついつい甘えてしまう。「私は残念ながら七年前の事件についてほとんど知らないんだ。ある警察官が事故で亡くなったあの事件、通称、血海事件。血海っていうのは岸で遺体が見つかった時に周りの海水が真っ赤に染まっていたからなんだって。」そんな通称があったのか、僕は知らなかった。驚きのあまり僕は目が一点を見つめてしまう。「ところで植田さんはどうしてこの事件のことを今になって知りたがるんですか?もう9年も前のことですよ。」暫しの静寂。彼女は言葉を選んでいる様子はなく、劇の主役のように自分の時間を目一杯使っているようであった。すーっと息を吸い込む。そして右手人差し指を立てながら、ゆっくりとゆっくりと話し出した。「まず、その警察官との関わりなんだけど実はね、私はその亡くなった警察官に昔助けられたことがあるんだ。小さい頃に迷子になっちゃってもう辺りは真っ暗でどうしたらいいかわからない時に彼がやってきた。本当にあの時は嬉しかった。」植田さんにそんな過去があったとは。植田さんの小さい頃、小さい頃は綺麗系というより可愛い系だから今の髪型をショートカットにして、、、。バンッ。頭部に稲妻が走る。「勝手に私の小さい頃を想像するな。気持ちが悪い。」「すいません。けど結構可愛かったですよ。」はぁ、彼女がため息をつく。彼女が咳払いをし、続きを話し始める。「肝心の理由だけど時効がもう少しで成立するんだ。10年経つと時効が成立するんだよ。彼の事件は業務上過失致死罪とかと同じ扱いなんだって。」「気になったんですがあの事件は事故として警察が認めたものじゃないんですか?」暫しの傍観。彼女は僕を見続ける。その目に少しの愛着が湧く寸前で彼女は再び話し始めた。「そろそろ本題に入ろうか。君の質問の答えも含まれるから一緒に話そう。まず私が知っている血海事件について語ろう。9年前、当時私は18歳だった。18歳。私は残念ながら大学受験のために勉強をしなくてはならなかった。毎日毎日勉強勉強。次第に勉強に対するモチベーションは下がってしまったけれど将来の夢のために私は一生懸命努力した。将来の夢っていうのは警察官だ。私は彼に助けられた時思ったんだ。私も困っている人を助けることができる人になりたいと。ベタな話で聞くにたらない事だが私にとってその出来事は人生を一変させたんだ。だがしかし私の思いとは裏腹に彼は飛び立った。私のヒーローは赤い赤い海の岸で発見された。彼の命日は9月10日。厳しい残暑と共に彼はこの世に別れを告げたんだ。だけど最初に私がその話を聞いた時悲しいとは思わなかった。警察官という職業は誰かを守るために自分の身を犠牲にする職業だからだ。当然、命は大事だしいくら仕事のためといってもその考え方は否定されても仕方がない。だけど私にとっても、そして彼にとっても警察官とは命を捧げる職業なんだ。けど巷で聞いた噂で私は夢を実現するか否か悩み始めた。まさか殺した人間が警察官の仲間でそれも同期の人間。出世回路を歩んで行く彼に対する嫉妬心からの腹いせ。そんなもので人を殺す、いや殺す気は無かったとしても陥れるなんて訳がわからない。自分の努力が足りないからだと割り切るほかないのではないか。当時の私はそう思っていた。だけどもう1つ違った噂を耳にしたの。彼が私の知っている彼とは全然違う人格の持ち主だったっていう噂をね。彼は飲んだくれで仕事終わりに居酒屋を周り帰るのがめちゃくちゃ遅くて二日酔いとかで仕事にも迷惑をかけることがあったとか。挙げ句の果てには奥さんにかんしゃくを起こしたり、後、路上で寝てるところも何度も発見されていたらしいの。それ以降、私は少し考え方が変わった。もし彼が私の知っている彼ならば私は絶対に彼の味方に付くことができるだろうけど、もし彼が後者の飲んだくれであった場合、私は悩んでしまう。その葛藤のせいで事件が事故として一時的な収束を迎えるまでの期間、私は行動を起こすことができなかった。そして現在に至る訳。結局私は言いがかりをつけて自分を一生懸命守っているだけなんじゃないかな。」彼女が言っていることをまとめると昔に助けてもらった警察官が不自然な死を遂げたことで事件について、いやでも興味が湧く形になった。そして事件性の可能性を信じるも彼が飲んだくれである可能性が否応無しに認められるのでどうしたらいいかわからなくなり今に至る。なるほど、よくテレビとかである「命を助けてもらって私はその職につきたい」パターンから少し発展して本当に私がなれるかどうか悩んでいるわけか。「植田さん、その彼の奥さんや子供さんについてはご存知なんですか。奥さんに直接聞くことができれば彼についての理解が深まるでしょう?」暫しの静寂。彼女は地球が実は正方形であると伝えられたかのごとく驚き慄く。残念ながら僕はまた聞いてはいけないことを聞いたのかもしれない。実はね、彼女はこれからよくないことを言うように言葉に重みを乗せ話し出した。「彼の奥さんとその子供は彼の事件の収束後すぐにこの島から離れたの。それからどうなったのかは分からなくて。私が当時、もっと落ち着いて対応できていたならば本当の彼について知ることができたんだけどね。心機一転新しい場所で人生をリスタートさせたいってことで島の人はもちろんのこと、誰も彼女たちの消息は知らないんだ。ちゃんとしたアリバイもあったし何より奥さんは本当に彼のことを信じていたの。後、彼女の娘さんが人を殺すようなことは年齢的にありえないと思う。確か当時2歳か3歳だったと思う。常にお顔さんと一緒にいたし彼の仕事がない時は必ず3人で過ごしていたの。」僕は彼女の話し方に疑問を抱く。まるで自分がずっと見てきたかのように話すのだ。神様が偽善者に「お前の行いは常に見ていたぞ」と言わんばかりの彼女の話し方は面識がある僕でなくても気がつくものであろう。「植田さん、少し気になったんですが話し方がまるで自分がすべてを見てきたかのようなのはどうしてですか?」彼女は忌々しい過去と対峙するように、はたまた好きな男子に告白するかのように決心をつけ話し出す。「実は私は昔彼に助けられた後、彼の家にお世話になることになったの。理由としては父親と仲が悪く私の居場所が家になかったから。けどそれもある程度は耐えれるものだった。小学生中学年の頃、ある日、父親がお母さんに手をあげるまでは。私にもお母さんにも手をあげたことがなかった父がついに母に手をあげた。その事実は私の中で恐怖となりプクプクと膨らんでいった。母の顔にアザが増え、やがて母は嫌を出て行った。もちろん父と2人で生きていくのは不可能だ。だけど小学生の私が家を出てどうなるか。それもまだ私には手を出していないのだからどうこう言っても仕方がない。そんな時に助けてもらったついでに今となっては、おこがましいにもほどがあるけれど相談したの。そしたら警察官として当時立場が低かった彼は守ってあげることはできないけれど庇うことはできると私を新たな家族として受け入れてくれた。」時々口調が母親に今日の出来事を話す幼児のようになるところが可愛らしい。こんなことを思って話を聞いていた僕は不謹慎かもしれない。そうだったんですね。分かりました。僕はこれ以上気になることはないので了解の意を示した。「それじゃあ君の知っている血海事件について話してもらおうか。」彼女はサンタを信じる子供のようにワクワクとしながら話す。話の内容は決して面白いものではないのでどうしてなのだろうか。彼女がサイコパスである可能性を僕は少し考える。この世の空気を全て吸い込むかの如く僕は大げさに深呼吸をする。そしてそれではと彼女の綺麗な茶色の虹彩を見ながら話し出す。「僕と彼は植田さんのように劇的な出会いなどはなく赤の他人として生活していました。しかし事件当日、僕は同級生と缶蹴りをしていて遊んでいました。13歳、中学一年生でそんなことをして遊んでいたのかと言われそうですが僕らにとって缶蹴りはとても楽しいものでした。そこは変わった中学生がいるんだなと適当に妥協点を打ってください。その時僕は隠れる番でした。その時、近くに隠れている友達がいました。目で合図をしたりして、僕たちはチャンスを伺っていました。ある時鬼の友達が別方向に行ったので僕はここだとばかりに隠れていた茂みから体を出し走り出しました。しかし、思うように足が動かなかったんです。後ろを振り向くと友達が僕の体を止めていたんです。その時僕は友達がいたづらで止めて遊んでいるんだと思いました。しかし友達は僕にこう言いました。『向こうで何か揉めている大人がいる。3人いてよくわからないけれど少し見に行かないか?』彼は小さい頃から怖いとか危ないとかそういった普通の人が持つ危険意識を兼ね備えていなかったんです。彼は興味津々に僕の手を引きます。僕も軽い気持ちでその現場に向かいました。だけど僕はその現場を少し見た瞬間に逃げ出しました。怖いという感情が僕の頭の中を埋め尽くしたんです。そこは崖でした。断崖絶壁でした。そこから下を眺めると真っ赤な真っ赤な海が広がっていた。月並みな表現かもしれないけれど僕はこの時そう思ったんです。そして逃げました。走るのは決して速い方ではなかったけれどこの時の僕を捕まえられるものは誰もいないんじゃないかと思うぐらい全力で走りました。今思うと友達を置いて危険な現場から逃げるなんて僕は卑劣だと思います。だけど少しして戻った友達は笑っていたんです。彼の表情は正気の沙汰じゃなかった。誰かに頭をおかしくしてしまう薬を飲まされたのかもしれない。誰かに偽りの真実を告げられたのかもしれない。彼の表情は決して笑っていなかった。だけど彼の表情を喜怒哀楽のうちのどれに当てはまるかと言われれば明らかに喜、喜びだった。目は決して喜びを表していない。頬はまるで強力な糸によって縫われたかの如く引きつっていた。そして口だけが真っ白な歯を申し訳な座げに覗かせていた。『僕は何も見ていないよ。何にも見ていない。誰も死んでいない。あの赤い赤い海は決して人の血ではない。あの赤色はあの赤色は夕日のせいだ。僕は何も見ていない。僕は何にも見ていない。』何も見ていない。彼はそう言っては悲しそうな顔をする。実際に彼が何も見ていなかったのならばそんな未来は訪れなかったのかもしれない。彼は1週間後、自殺しました。遺書には血海事件のことについては一切書かれていませんでした。」僕は僕の知っている血海事件について全て語り尽くした。僕にとって血がトラウマとなる出来事を。「ちょっと待って。結局橘くんはどういったことをその友達から聞いたの?それは聞いたというよりも想像でしかないんじゃないの?」迂闊だった。僕は肝心な部分を話していなかったようだ。「彼は僕に言いました。『僕は辺りを見渡したけれどすでに誰もいなかった。遠目から見た3人の中に亡くなった人がいたのかどうかはわからないけれど僕は2人と1人で喧嘩して殺しちゃったんだと思う。後、事件とは関係ないかもしれないんだけどあの崖の上が妙に凸凹していたんだよね。歩きづらいし何回もこけそうになった。』彼がこの言葉を言ったのは自殺する前日でした。僕はこの言葉を聞いた瞬間、彼が正気を取り戻したと思いました。しかし実際はそうではなかった。外面上では立ち直ったのかもしれないけれど内面はズタズタに引き裂かれた紙のようにボロボロだった。そして翌日彼はこの世を去った。遺書には一切関係ない事実を述べていました。『自分には何の特技も優れたところもない。こんな悲しい気持ちとともに生きていくのは憂鬱だ。』本当にそう思っていたのかもしれない。だけど他の友達の誰がどう見ても彼は優れた才能を持っていた。怖いもの知らずをはじめ、多くのものを。スポーツ万能、勉強も学年トップクラス。彼は最後の最後で恐怖を覚えたがために命を絶ったのかな。」僕は話し終えると生唾を飲み込み、昔の恐怖体験を再び体の中に刻み込んだ。彼女の方を恐る恐る見ると少し体が震えているように感じられた。「植田さん、だいぶ寒くなってきましたしそろそろ帰りませんか?」彼女が寒さのために震えているわけではない。だがそれを承知で僕は言葉をかける。「橘くん、ごめんね。君の大事な友達の悲しい話をさせちゃって。その友達は辛かったんだろうな。本当のことを全部言えたのかな。多分胸の奥に隠していることもたくさんあったんだろうな。」僕もそう思う。あの笑顔を自殺前日の言葉だけで創造するのは不可能だ。もっともっと怖い経験をしたんだろう。いやもしかしたら怖いはずの経験を彼は恐怖と感じなかったのかもしれない。そのせいであの笑顔が生まれたのかもしれない。「けどもう過去のことですよ。今になって掘り返しても仕方がないことでは?僕たちにはまだ未来があります。今生きているんです。少しずつでも前を見て歩いて行くことが亡くなった人への償いなんじゃないかな。」彼女の表情を確認する。嬉しいことに彼女の顔はもう震えてなどいなかった。しかし僕にすがるようにしがみつき1つの手紙を右手に握らせていた。『拝啓植田六花様。お久しぶりです。血海事件から早9年。お体の調子は最近いかがでしょうか。まだ生きているということは体が丈夫であることと思います。そんなあなたに、いいえ、あなたたちにゲームの続きを開始したいと思います。私は9年前の犯人を知っています。今度はどれぐらいの量の血が海を?地を?空を?覆うことになるのでしょうね?それではまた会いましょう。いつの日か。9年前の真相を知る者より。』読み切った瞬間、まるで世界が最初からずっと赤色で覆われていたかの如く辺り一面が真っ赤に見えた。ゲームを開始する?つまり書いたやつが9年前の犯人なのか?犯人は再び人を殺そうとしているのか?「落ち着いて!今は誰が犯人かなんて考えていても仕方がないでしょ!誰かに相談しよう。僕たちを助けてくれる人がいるかもしれない。誰かが私たちの味方をしてくれるかもしれない。だけどそれは警察官ではないと思う。警察はこの段階だと動いてくれない。もし本当に事件が起きたならばその時初めて警察に相談することにしよう。」僕は彼女を落ち着かせるために頭に浮かんだ全ての言葉を吐き出した。言葉を吐き出すと頭の中が空っぽになった。そうだね。それじゃあそろそろ帰ろっか。彼女は僕に相談したことで気持ちがすっきりしたのかあっけらかんとしていた。帰り道、僕たちは言葉をかわすことがなかった。時折彼女の横顔を見ると僕にすがりついた時よりは幾分顔色がマシになっていた。徐々に徐々にコンビニまでの距離が狭まる。彼女が急に立ち止まる。「橘利爛くん。君が今どういう気持ちなのかは分からない。もしかしたら恐怖に恐れをなしているのかもしれない。私に憤りを覚えているかもしれない。はたまたこの恐怖ゲームを楽しもうと思っているのかもしれない。当事者の私がいうのはおかしいけれど本当なのかな?こんな予告状みたいなのってアニメとかゲームの中だけだと思っていたから。いざもらって見ると怖くて怖くて1人でいるのがとても怖くて、コンビニのシフトも多めに入れて1人でいる時間を減らした。だけど相談できる人は誰1人としていなかった。いやいたのかもしれないけれど私がそうしなかった。だけど今日君に話すことが出来てだいぶ楽になった。ありがとう!」この時僕はなんと答えればよかったのだろう。どういたしまして?僕がどんなことがあっても君を守るよ?恐怖なんて俺が絶対考えさせないから安心しろ?僕に言えた言葉はどれだろう。かっこよく彼女を励まして彼女を勇気づけることができれば。だが結局僕が選んだ言葉は平凡なものだった。「植田さんお仕事がんばってください。さようなら」もっと彼女のことを考えて言葉を選ぶべきだったのかもしれない。もしかしたら彼女は励ましの言葉を期待していたのかも知らない。僕はコンビニを後にする。足の鉛を引きずりながらズシンズシンと歩く。両足とコンクリートが奏でる音色が近隣の住民に気づかれてないか危惧する。恐る恐る一歩一歩を踏みしめて前を進む。この先僕からあの人に会うことはないだろうと考えながら。「ちょっと待って。橘君は勘違いしている。確かに私は君に本当のことを伝えた。だけどだからと言って君が事件に巻き込まれるわけじゃない。君には関係ないことだ。この手紙の裏側を見て!」僕は少し悩んでから手紙を掴む。「手紙をもらった者のみがこのゲームの参加者だ!他人に見せそうと見せまいと結果は構わない。お前たち全員が真っ赤に染まるだけだ。」この時僕はどんな顔をしていたのだろう。笑顔ではなかっただろう。だが泣き顔でもない。多分僕は感情を持たない顔をしていたはずだ。ホッとした気持ちがあったとしても彼女にそれを伝えるのをはばかり無表情を貫いたはずだ。「ごめんなさい。僕怖くなって。植田さんと関わらないようにしようと思ってました。それでさっきはちょっと冷たくしてしまって。」話しているうちに頬に大粒の涙が滴る。大丈夫。大丈夫だから。彼女は僕の頭を優しく優しく撫でてくれる。時折彼女の鼻をすする音が聞こえる。泣いているのに僕をかばってくれるなんて。自分の方が圧倒的に辛いのに。植田さんありがとうございました。僕は気持ちを入り変え涙を拭う。そしてほんの僅かな空気を吸い込み言葉を放つ。「僕はこれからどんなことがあっても泣きません!僕は絶対にあなたを守るし死なせない!9年前の真相を知りたいと思っている2人で協力してこのゲームを乗り越えましょう!目元が真っ赤に腫れ目も真っ赤に充血した彼女を僕は申し訳なさげに見つめる。「分かった。じゃあ連絡先交換しとこ。これでいつでも連絡が出来る。ちゃんと通知はオンにしといてね。後、りっか、下の名前でいいよ。私も利爛くんって呼ぶから。」僕は驚きのあまり、いや嬉しさのあまり昇天しかけたがギリギリのところで耐えることができた。分かりました。僕は久し振りに触るスマートフォンを手に取り連絡先を交換する。「りっか、って呼び捨てでいいんですか?僕の方が年下ですよ?」彼女は言葉では答えず親指と人差し指を使いピストルを僕に向ける。君次第、ってことかな。「じゃあ六花ちゃんって呼びますね。それじゃあさようなら!」僕は自分が自分でなくなるほどの満面の笑みで彼女に手を振る。「バイバイ!利爛!気をつけて帰りなよ。」くんはどこか、忘却の彼方にでも消えたのだろう。少しは軽くなった両足を今度は素早く動かし早いスピードで歩き始める。今も明るさを放つ長方形から遠ざかる。だんだんと彼女の顔が小さくなっていく。綺麗な顔が徐々にボケていきそれに伴い彼女も手を振るのを辞めたようだ。ところで彼女は結婚しているのだろうか。意外にもまだ未婚で彼氏もいないとか。今日結構仲良くなったしもしかしたら、、、そんな馬鹿げたことを少し考えているとさっきの街灯のあたりまで戻ってきた。コツンコツン。ヒールの音が夜の静けさに闇の怖さを付け加える。前方からロングヘアーの綺麗な女性が歩いて来る。携帯を操作しているせいか前方に意識がない。僕は僕でその美貌に目を奪われていたせいで避けることができなかった。「あっ。すいません。」ぶつかった衝撃で僕はレジ袋の中身をアスファルトの上にばらまく。大丈夫ですか。僕はヒールの先端が右足に刺さっていることを我慢しながら(喜びを隠すことを)彼女に声をかける。彼女はヒールを更に深く刺すように足に力を込める。相当怒らせてしまったのだろうか。僕がもう一度謝ろうとしたがそれより先に彼女が舌打ちとともに場を離れるのが先だった。レジ袋の中身を確認する。特になんの変化もないと一瞬感じだが1つ変化を見つける。そこには六花ちゃんに見せてもらった手紙と同じものがお菓子に紛れて入っていた。

序章 パートⅢ
これで完成だ!私は近所の人にも届きかねない大きな声を上げる。誰もいない部屋を迷子の子供のように大きく首を振り見渡す。しかしよくよく考えてみると、これで完成だという言葉を聞いて果たして誰が私を疑うのだろうか。せいぜいプラモデルが完成したぐらいにしか思わないだろう。あなたは禁忌を犯しているのですかなんて誰も思うわけがない。ましてや近所の一大学生がこれから人を殺すなんて誰も思わないだろう。世の中には毎日のように殺人事件がテレビを通じて知れ渡るが誰も現実味を帯びた目で見ていない。どこか私たちは他人行儀なのだ。それ自体悪いことじゃないと私は思う。私が許せないのはただ1つ。罪を償わない虫けらだ。重罪を犯しながらのうのうと日常を過ごしている。だが私がそんな奴らをいくら殺したって平和は生まれない。なぜならその頃には私は重罪を犯しているからだ。だから私はこうする。たとえ平和が訪れないこの世界であったとしても私から私の家族を奪った過去の異分子を粉々に叩き潰す。もう私には要らない、あの事件とあの女とはもうお別れだ。彼女に引導を渡すのは私だ。「お前が私から奪ったように今度は私がお前から幸せを奪い尽くす!」フローリングの床にはこれまでの軌跡となる無数のワクチンが散乱していた。

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