カードメーカー【最強の魔物をつくりあげろ!】
004 ラッシュ
原動機付自転車を駆り夕暮れの街中を走る。
名古屋市内だがギリギリ名古屋市という場所にあるワンルームのアパート(家賃四万二千円)に帰る。
このアパートを選んだのはトイレとバスが別々でそこそこ広かったことが大きな要因である。
但し、築ウン十年なので外観はけっこうボロイ。
それでも内装の方は手が入っており綺麗になっていたのでここに決めたのだ。
「今日のスキル検証は大成功だったな。本当は明日もダンジョンに行きたいけど、残念ながら俺は高校生なんだよな~」
今日は誕生日ということもあり特別に高校を休んで探索者登録をしてダンジョンに入ったが、高校は高校として卒業を目標にしているので疎かにはできないのである。
それにあと半年もすれば卒業なので逸る気持ちを抑えて先ずは高校を卒業するのだと目標を立てている。
風呂に入り帰る途中で購入した弁当を搔き込みダンジョン内で検証して分かったことをノートにまとめ見落としがないか確認する。
「そう言えば全部俺が倒したけど、ゴブリンが倒したらどうなるのだろうか?カード化するのかな?」
ボス部屋でもゴブリンソルジャーにボコられたゴブリンを将磨がトドメを刺して回ったのでゴブリンに倒させたらどうなるのか検証を忘れていたのだ。
次回検証することとしてノートにメモをする。
「あとは何かあるのかな?……そうだ、ゴブリンに俺の短剣を持たせたらどうなるのかな?もしかしてゴブリンシーフになるのか?ダメ元で次回検証してみるか」
ノートにカリカリと書き込む。
後の検証で将磨の短剣を持たせてもゴブリンシーフにはならないことが確認されているが、今はウキウキ感でいっぱいの将磨だった。
翌日、アパートからバスで二区間の距離にある高校へ自転車で登校する。
名古屋は交通事故の多い土地柄のせいか殆どの高校では原動機付自転車での通学は許可されていない。
それどころか原動機付自転車やバイクの免許取得も禁止している学校がそれなりに多いのだ。
教室に入るといつものように気配を薄くして席に着く。
この高校に通い出し既に二年と数ヶ月になるが、友達と呼べるような存在は将磨には居ない。
〖さいたまダンジョン〗のスタンピード時に友達を亡くしたこともあり臆病になっているのか、積極的に友達をつくろうとはしていない。
「おはよう神立君」
席に着いた将磨の横から声を掛けられた。
声の方に視線を向けると長い黒髪をポニーテールに纏めた色白の女子生徒が佇んでいた。
整った顔立ちにスラっと高い背、出るところはしっかりと出て引っ込んでいるところは引っ込んでいるモデルのようなボディに見とれる男子生徒も多い。
彼女は八幡霧子。つい最近まで女子弓道部の主将として活躍していた清楚系美少女だ。
「やっほ~、将磨っち」
もう一人、霧子の肩に手を置き将磨に挨拶をしたのは日に焼けた肌とショートカットの髪の毛が特徴の健康系美少女だ。
胸はそれほどではないがスラっと長く健康的な脚にはマニアなファンが多い。
彼女もつい最近まで女子陸上部の主将として活動をしていた百瀬美月だ。
将磨の身長は百七十六センチメートルだが、その将磨よりほんの少し低い背丈なので女子としては背が高い部類の美月である。
「おはよう、八幡さん、百瀬さん」
「体調は大丈夫?」
体調?と不思議に思ったが、考えてみたら探索者になる為に昨日は仮病を使て学校を休んだのだったと思い至る。
「ん~どうしたの?」
「いや、ちょっと気温の変化が激しかったので体調を崩してしまったんだ。昨日一日休んだからもう大丈夫だよ」
まさか聞かれるとは思っていなかったので思わず言い訳する。
急遽思いついた理由だが納得の理由だと思った将磨である。
「そうなんだ、これからどんどん涼しくなっていくから気を付けてね」
「ああ、有難う」
今は九月で残暑は厳しいが朝晩はそれなりに涼しくなってきている。
将磨としては夏休み前には探索者となりたかったが、探索者は十八歳以上でないと資格を取得できず仕方なく誕生日を待っていたのだ。
「あのね……」
霧子が何かを言いかけたが、そこにチャイムが鳴り担任教師が入って来る。
名残惜しそうに席に戻る霧子にそれをニヤニヤと見ている美月。
そして何だ?と思いながらホームルームを迎える将磨。
ホームルームが終わり授業も軽く流して昼を迎える。
弁当は将磨が朝起きて作った出汁巻き卵と火を通したハムでキュウリを巻いたもの、そして温ブロッコリーだ。
ご飯はこの年齢の男子としては少なめでおかずもシンプルで決してボリュームがあるとは言えない。
「相変わらず小食だね~」
「美月、そんなこと言わないの」
いつの間にか横に来ていた霧子と美月が将磨の弁当を覗いていた。
主に覗いていたのは美月のほうだが。
「その卵焼き美味しそうだね」
「……食べるか?」
「良いの!じゃぁ、ちょうだいね!」
「ちょ、ちょっと美月――――」
言うが早いか美月は出汁巻き卵を一つ指でつまみパクリと頬張る。
「んっ!美味しい!卵焼きじゃなくて出汁巻きなんだね!? ほら、霧ちゃんもアーン……」
自分が半分ほど食べた出汁巻き卵を霧子の口の前に持って行き唇に当たるほど近づける美月。
霧子は美月の勢いに押され恥ずかしそうにそれを頬張る。
「美味しい!」
そんなやり取りに教室内の視線が注がれるのは仕方がない。
現在の将磨は美女二人に囲まれたプチハーレム状態なのだから教室内の男子生徒からは「爆ぜろ」とか舌打ちが聞こえて来る。
「これ将磨っちが作ったの?」
「そうだよ」
「とても美味しいですね。作り方を教えてほしいくらいです」
「有難う。でも本を見て作ったから誰でも作れると思うよ」
美女二人に対して卑屈にならず、舞い上がりもしない将磨はぶっきらぼうに対応する。
その姿を見ていた教室内の男子は殺気立つのだった。
午後も順調に授業を流した将磨は下校の時間となり教室をあとにする。
他の生徒はカラオケやゲームセンターなどへ行くようだが将磨には関係のない話だ。
「神立君、途中まで一緒に帰らない?」
「将磨っち、帰る方向一緒でしょ?」
教室を出て下駄箱近くまで歩いた時に声を掛けられる。お馴染みとなった二人だ。
霧子と美月は幼馴染なので家が近い。
そして将磨のアパートは二人の家と方向的には同じなので途中までは帰り道が一緒なのだ。
「え……っと」
将磨がYesともNoとも言う前に美月が将磨の手を引っ張り連れて行く。
そしてその後を追う霧子と殺気のこもった視線を投げる男子生徒たち。
「将磨っちは趣味とかないの?」
「え?趣味……ダンジョンのことをネットで見るのが楽しいかな?」
「へ~ダンジョンが好きなんだ~。霧ちゃんの従姉は確か探索者だったよね?」
「え、あ、うん」
「八幡さんの従姉が探索者なんだ?」
「将磨っちも探索者になるのかな?」
美月は興味深々の瞳で将磨を見る。
「そうだね、そうなれれば良いかなって思ってるよ」
「ふ~ん、もしかして昨日休んだのは探索者になるためなの?」
「え?」
「ちょ、ちょっと美月、神立君に失礼よ!?」
事実を見透かされていたことに将磨は驚き、霧子はあまり踏み込んだ質問に将磨が気を悪くしないかと懸念する。
(どうしてバレたんだ?俺の行動に怪しいところがあったのか?)
昨日が将磨の誕生日だったことを霧子が知っていることを将磨は知らない。
それは霧子が将磨に対して淡い恋心を抱いているからだ。
そして気が付くと将磨を見ていることに霧子は気付いていないが、美月はそんな霧子の気持ちを察していた。
「バレているなら仕方がない。昨日、探索者になってきたよ」
恐らくはバレているのだと直感的に感じた将磨は正直に探索者登録したことを話す。
「やっぱりねぇ~。で、ダンジョンには入ったの?」
「まぁ、あまり稼げてはいないけどね」
「凄いね。ダンジョンって魔物が一杯だって聞くけど怪我とかしなかった?」
美月は探索者やダンジョンのことに興味深々という感じだが、霧子は純粋に将磨を心配しているように見える。
将磨は人付き合いの良い人間ではないが、それでも二人の親しみやすい雰囲気に何故かいつもよりも饒舌に探索者やダンジョンのことを語るのだった。
「そうだ、探索者になるくらいだから将磨っちもスキルあるんでしょ?スキル何?」
「美月、そういうことは聞かないのが常識よ!」
気やすく将磨のプライベートに足を踏み入れるような質問だが不思議と不快感を覚えないことに将磨自身もビックリする。
そんなことからこの二人には話しても大丈夫ではないかと思う。
「私は来月誕生日だからスキルが出たら教えてあげるから、そしたら教えてね。霧ちゃんも教えてね」
「……うん」
「う、うん」
美月の勢いに霧子は思わず頷いてしまった。そして将磨もまた頷いてしまう。
美月の行動には悪意が感じられないし、素直で憎めない性格なのが将磨にも分かているからだろう。
そして将磨は来月のことなのでもしかしたら美月自身が忘れているかも知れないと、思うのだった。
「もう、本当に美月は!」
「いいじゃん、霧ちゃんだって来月誕生日なんだから教えてよね~」
ワイワイガヤガヤ騒がしい美月にそれを止めようとする霧子、そしてそれを微笑ましく見つめる将磨の三人は意外と相性が良いのかも知れない。
二日後の朝、いつものように起きだし学校へいく準備をする将磨。
周囲が静かだと起きた気になれないのでテレビはつけるが見ないのがいつもの将磨だ。
朝のワイドショーは相も変わらずダンジョンのことや芸能人や政治家の不倫などに放映時間を費やす。
その程度の話題しかないのは平和な証拠でもある。
『次のニュースです。昨日、探索者支援庁が発表しました新種のアイテムはカード型のアイテムでゴブリンが召喚できるとのことです。これまで発見されていなかったカード型のアイテムがダンジョンの浅い層のボスからドロップしたことで各ダンジョンの一層や二層は大変な賑わいを見せております。では〖名古屋第二 ダンジョン〗の前に居ます佐藤さんに中継を―――――』
「……」
ダンジョンの話題となったところでたまたま聞き耳を立てた将磨は固まった。
テレビの中で綺麗な女性アナウンサーが噛まずに原稿を読み上げるそれを瞬きもせずに直視する。
「まさか……ははは、マジか……」
テレビの画面にはゴブリンのカードが映し出され、それを見た将磨の背中に嫌な汗が流れる。
そのゴブリンのカードは髪の毛がフサフサでしかも胸には数字があるのだ。
それから導き出されることは、つまり将磨のゴブリンだということだった。
胸に数字があることから一層のボス部屋から『転移の渦』に入った時に放置してしまったカードの一枚なのは言うまでもないだろう。
「新種のアイテムって、……勘弁してくれよ」
そのまま探索者支援庁に自分のカードだと報告することもできたが、騒ぎが大きくなってしまい将磨はどうして良いか分からない。
だからその問題を棚上げして学校に行くことにした。
問題を棚上げにしたまま土曜日となった。
土曜日なので高校は休みであり、本来であれば早朝からダンジョン探索をしようと意気揚々とダンジョンに向かっている筈なのだが将磨の意気はどん底である。
それでもダンジョンには足を運ぶ将磨の視界には前回の探索時とは明らかに違う光景が広がっていた。
端末に予定を入力し駅のホームに入るように改札を通りダンジョンの中に足を踏み入れ少し歩く。
探索者がほとんど寄り付かない一層へ探索者がゾロゾロと歩いていく。
将磨は一層へは赴かず階段を降りるのだが、二層でも同じような光景を見ることができた。
ゴブリンを召喚できるカードが目当てのなのは聞かなくても理解できる。
その光景は東京の通勤ラッシュを思い浮かべるほどである。
そんな光景をよそに将磨は三層へ降りていく。
三層は一層や二層の賑わいとは逆にいつもの寂れた感じとなっていた。
しかし先日訪れた時はまったくいなかった探索者がまばらとはいえ見られるのはおそらく土曜日だからだろう。
そう思うことにした将磨は三層を歩く。
時計を見ると朝の7時を少し過ぎた頃なので将磨は階段から少し離れた場所で腰を下ろし自分で作ったおにぎりと途中のコンビニで購入した四矢サンダーをバックパックから取り出す。
おにぎりの具は塩昆布と梅干しだ。
将磨がおにぎりを作る時は必ずこの二種類となる。
コンビニで買うときはもっと豪華な具が入っているものを選ぶが、手作りの場合はこの二種類だ。
おにぎりと炭酸飲料の組み合わせはどうかと以前誰かに指摘されたことがあったが、好きなんだからと一蹴したことがあった。
「うん、この塩気がたまりませんな~」
塩昆布のおにぎりを頬張り美味しそうに咀嚼する将磨。
名古屋市に移り住み、最近では名古屋飯と言われるご当地グルメも食べ慣れて好きになった。
そのなかでも味噌カツが大好きな将磨は濃い目の味付けが好きなのだ。
四矢サンダーを飲もうとペットボトルのキャップを捻り外すとプシュッと炭酸飲料特有の音がする。
炭酸が溢れてこないことを確認して蓋を取り口をつけゴクゴクと飲む。
朝食を食べ終え、三層の探索を開始しようとすると目の前を四人の冒険者が通り過ぎる。
全員が女性に見えたが、一人は金属の鎧を着ており将磨より余程強そうに見えた。
他の三人に視線を移すと一人は短剣を装備していることから斥候系、二人は杖を装備していることから魔術師系と思われる。
バランスの良いパーティーだとつい呟いてしまう。
そんな女性パーティーの後ろをボス部屋に向かって歩いていくとお馴染みとなった魔物が現れる。
その顔は鉤鼻とギョロっと、と言う表現がピッタリな大きな目、そして横に大きく広がった口と醜悪な容姿、身長百三十センチメートルほどの緑色の肌をした人型の魔物は街中で出会ったら通報される姿の腰蓑一枚しか身に纏っていない。
ファンタジーではテンプレな種であるゴブリンは女性の四人パーティーを見つけると嬉しそうな声を上げて彼女たちに飛び掛かる。
しかし、彼女たちはそれを瞬殺する程度には力を持っていた。
女性ばかりの四人パーティーは将磨の前を進むので出てくるゴブリンは彼女たちが戦い瞬殺していく。
このままでは将磨は戦うことなくボス部屋に到着するのではないかと思ってしまうが、この三層は洞窟型の一本道なのでどうしても彼女たちの後ろを歩かざるを得ない。
この〖名古屋第2ダンジョン〗の一層から三層まではゴブリンしか出てこない。
しかもゴブリンを倒しても魔石しか売れるアイテムがないので探索者の実入りは少ない。
しかし今やゴブリンは人気ナンバーワンの魔物である。
それは言うまでもなくゴブリンを召喚できるカードがドロップしたからだ。
そんなゴブリンを蛆虫でも見るような目で彼女たちは瞬殺し魔石を取ることもなく先にすすむ。
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