異世界転移者のマイペース攻略記

なんじゃもんじゃ

054_脳筋

 


「ヘンドラー伯爵に支援をお願いしたいと思いまして」
「支援?いったいどのようなお話ですか?」
 赤の塔の街の代官であるヒヨリミー・カンリョー子爵が新築した俺の屋敷を訪ねてきた。
 応接間の高級ソファーに体を預け代官の話を聞く。
 彼は街の運営費が不足しているのだという。


「王家に援助を申し入れてはいかがですか?」
「それも考えましたが、先ずはヘンドラー伯爵に相談してからと思いまして」
 伯爵なんて爵位をもらってしまったことで赤の塔の街の相談役なんてことになってしまった。
 良いように使われたくないので色々な権利や権限を放棄してきたが、これだけは放棄できなかったのだ。


『インス、どう思う?』
『赤の塔の街はダンジョンからもたらされる収益が膨大であり財政赤字とは無縁の存在です。この話には裏があると思ったほうが良いでしょう』


 インスの言う通りなら目の前でお茶をすすっている代官が何かを企んでいると考えるのが妥当か。
「財政に不安があるとは聞き及んでいませんでした。何故運営費が不足しているのかお聞かせ頂いても?」
「はい、どうも前任の代官であるカゲーウッスイ殿の頃より多くの使途不明金がありまして、更に先日のスタンピードで多くの資金を放出してしまったことで資金が底をつき……」
 前任のカゲーウッスイはネット―リを抑えることが出来なかった代官だ。
 おかげで俺も牢に入れられ危うく犯罪者に仕立て上げられるところだった。


『ザカライア伯爵の家臣が代官職の引継ぎ時に記した目録があるはずですので、見せてもらった方が良いでしょう』
『目録なんてあるのか?』
『そうでなければザカライア伯爵の家臣が不当に赤の塔の街の財産を持ち出したと言われかねないですから、引き継ぎ時にお互いに署名をしているはずです』


 インスの言うことは理解できた。
 この話には裏があるだろうこともだ。
 しかし調べたら分かることを何故頼んでくるのかが分からない。
 タダの馬鹿なら良いが、思惑があってのことだと面倒だ。


「支援にも限度がありますが、先ずは代官の引継ぎ目録を確認させて下さい。私も全てを盲目的に支援するわけにもいきませんので」
「……目録を……ですか……」


 代官はあからさまに表情を硬化させる。
 目録を見せろと言われるとは思っていなかったのだろう。


「ははは、街の運用資金のことですので、私の方で何とかしてみます。いや~、お騒がせしまして申し訳ありませんでした!」
 凄まじい手の平返しだ。
 そんなに目録を見せたくなかったのだろうか?
 しかしこれで収まってくれれば良いが、収まるだろうか?
 お騒がせ代官は帰っていった。もう来るな、と塩をまいておく。


 数日後、俺の書類仕事もひと段落ついた。
 これでも伯爵になって色々目を通さなければいけない書類があるし、商売の方の書類もある。


「主、そろそろダンジョンに行こうではないか!」
 俺の書類仕事がなくなる頃合いを見計らったように現れたリーシアの後ろには日本人四人娘がいた。
 何だか目が虚ろな四人を見てリーシアは何をしたんだと思ってしまう。


「……四人の訓練はどうなっているんだ?」
「問題ない!俺が徹底的に仕込んでやった!」
 それが一番不安なんだが、それを言えない俺のヘタレさが嫌になる。
「そうか、何層まで到達しているんだ?」
「うむ、十層だ!」
 胸を張って十層と答えるリーシアに俺は眩暈を覚える。
 何で十層なんだ?俺は五層までと言ったはずだが?
 五層と十層では出てくる魔物のランクが違う。
 元脳筋娘の三人はともかく、カズミは戦闘経験もなく危険だというのに。


「俺は五層までって言ったぞ?何で十層なんだ?」
「そうだったか?しかし十層でも問題なかったぞ?ミホたちはなかなか筋が良いぞ」
 リーシアは全く悪びれることなく嬉しそうに四人を褒める。
 リーシアならこうなることも予想できたのにリーシアに頼んだ俺が悪かったのであまり強く言えない。
 諦めて明日は俺もついていくことにした。


「腕が鳴るなぁ~。主に良いところを見せないとな!」
 ウキウキするリーシアとは逆に四人の表情は暗い。
 しかしカズミはともかく、脳筋三人娘がここまで表情を曇らせるなんてリーシアはどんな無茶をしたのだろうか?聞くのが怖い。


 翌朝、リーシアが庭で朝一の稽古を行う。付き合う家臣団も大変だ。
 俺はセーラと一緒にキッチンに立ち朝食を作る。
 王都の屋敷には屋敷とセットだった侍女がいるけど、この赤の塔の街の屋敷にはいない。
 侍女はインスが良い人間を選んでいるからそれを待つことになっている。
 だから今はセーラが食事の準備をしてくれている。


 この屋敷は伯爵になると決まったことから購入しておいた土地に【通信販売】で現代風の屋敷を購入し建てたものだ。
 最初に購入した家は解体し店舗スペースを増設しているし、同じ敷地内にマンションを建てているので社員寮にもなっている。


 この屋敷の土地の面積は三万平方メートル。
 どう考えても広すぎる敷地だけど、伯爵が住む屋敷や土地なのでこの程度が最低でも必要だとキャサリンさんに買わされた土地だ。
 彼……彼女も商売がうまい。
 孤児院の土地でも広いと思ったが、その倍の広さがあるので屋敷を建ててもまだ沢山の土地が余る。


 俺が住む屋敷以外の建物については現地の大工に建設を頼んでいる。
 今は家臣用の住居とゲストハウスを平行して建設しているところで、それが終わると訓練場も造ることになっている。


 この数ヶ月で土地を五ヶ所(最初の家兼店舗、孤児院、ルルの店、デイジーの店、伯爵屋敷)も購入してそれだけでもかなりの出費となっているが、商売の方が順調すぎて金は貯まっていく一方だ。


「サンルーヴ、朝食が出来たからリーシアたちを呼んできてくれ」
「わかったワン」
 朝食は家臣の分も作る。リーシアに付き合ってくれたお礼もあるが懇親会の意味もある。
 昼食や夕食はその時々で違うが、朝食はこの屋敷で摂ることが多い。


「主、腹が減ったぞ!」
 相変わらずのリーシアだ。
 リーシアの後ろから武官が七人と文官が三人、そして日本人の四人娘が入ってくる。
 俺たちも入れて十八人でテーブルを囲む。


「さぁ、遠慮せずドンドン食ってくれ。おかわりもあるからな。頂きます!」
『頂きます!』
 日本人の四人娘は「頂きます」を普通に受け入れたが、この世界の人間である家臣たちには「頂きます」の文化はなかった。
 しかし俺たちと一緒に食事をするようになり「頂きます」が根付いてきた。


「今日は赤の塔に行ってくる。屋敷の方は頼んだよ」
 朝食も摂り終わり、家臣たちに屋敷のことを任せる。
「畏まりました。お気をつけていってらしゃいませ」
 家宰のホーメンが代表で応答をする。
 そろそろ職人も来る頃だから武官たちは敷地内の見回りに行き、文官たちはヘンドラーカンパニーや孤児院、そしてルルとデイジーの店から上がってくる報告書などの対応の為に事務所にしている部屋に向かう。


 俺、リーシア、サンルーヴ、セーラ、四人娘、の八人は赤の塔に向かう。
 96式装輪装甲車クーガーの存在は既に知られているので、96式装輪装甲車クーガーで向かう。
 今日の冒険者ギルドはいつも通りの活気がある。
 冒険者だと赤の塔内で採取できる薬草や珍しい鉱石を持ち帰る依頼や魔物の素材入手の依頼を受けるらしい。
 だから冒険者登録をしている四人娘たちには依頼を受けさせる。
 その間、俺たち四人は冒険者ギルド内に併設されている飲食店で待つことにした。


 俺たちがテーブルに座るとウェイトレスが来て注文を聞いてくる。
 ウサギ耳の可愛らしいウェイトレスがバニースーツを着ているのだから目が行ってしまうのは男の性だと思う。
「イテッ!」
 セーラに脇腹を抓られた。
 分かっているけど止められないんだよ!
「はい、ごめんなさい……」
 セーラのひと睨みでシュンとする俺。


 頼んだ飲み物を飲み終わる頃に四人娘は依頼を受けてやってきた。
「万年草の採取依頼とウルドラゴの皮の採取を受けてきたよ」
 万年草は八層以上、ウルドラゴは七層から出てくる魔物なので丁度良い依頼があった。
 飲み物のお金を払ってギルド会館を出ようとするとテンプレが発生する!
 これ、前もあったよね?


「おお、いい女連れているじゃねーか!」
「へへへ、お嬢ちゃんたち俺たちと一緒にいいことしようぜ!」
 五人のむさ苦しい冒険者が俺たちに絡んできたのだ。
 前回の時はギルド長のグラガスさんが間に入ってくれたけど、今回は登場するのかな?


「あー、そういうの止めておいた方が良いと思うぞ」
 グラガスさんが出てこない場合、この五人の末路が分かっているだけに一応は警告をしておこう。
「ああ?何だデメーは?」
 何だと聞かれても俺を知らないお前たちの方が何だ?だぞ。
 見てみろ、周囲にいる冒険者はお前たちに可哀そうな者を見る視線を浴びせているぞ。
 俺がランク7のアースドラゴンを倒したことは結構有名だし、前線で戦っていたリーシアやサンルーヴのことを覚えている冒険者は多い。
 セーラにしたってミスリルゴーレムやマナスピリチアルを倒しているので有名人だ。


 しかし貴族にイチャモンを付けた冒険者はどうなるのかな?
 まぁ、被害を受けるのはこの五人なので物理的な罰は受けることになると思うけど。


 冒険者が俺の胸倉を掴んで持ち上げる。
 俺のステータスは化け物じみているのでこんな冒険者の攻撃ではHPが1も減らないと思うが肉体派ではないので対処に困る。
 対処に困っている俺の胸倉を掴んでいる冒険者の腕をリーシアがガシッと握るとバキッと音がした。
 その音と同時に冒険者が叫び出す。
「ウギャァァァァァッ」
 リーシアが掴んだ部分の骨が折れたのだ。


「お前たち、主に手を出した以上はどうなるか分かっているのだろうな?」
 リーシアが凄む。
 しかしリーシアはアルビノの可愛い女の子なので、あまり怖くはない。
 目の前にいる冒険者たちはリーシアが脳筋だとは知らないのだ。


「ヘンドラー様、申し訳ありません。ベスタさんたちにはよく言って聞かせますのでお許し下さい」
 冒険者ギルドの女性職員がやってきた。
 リーシアに潰された手を抱え喚いているのがベスタのようだ。
「ほら、ベスタさんも謝って下さい!」
 痛みで喚いているベスタに追い打ちをかける女性職員。
「職員さんも大変ですね。私に遺恨はありませんので、構いませんよ」
「何言ってやがる!ベスタの手をどうしてくれるんだ!?」
 ベスタの仲間が話に割って入ってきたが、リーシアが鳩尾にワンパンしてゲロをぶちまけて轟沈する。


「……重ね重ね、申し訳ありません」
「いえいえ、うちのリーシアもやり過ぎている感がありますから……」
 俺はリーシアの首根っこをひっつかむ。
「何だ、主に敵対する奴は皆殺しにしてやらねばいかんだろう!」
「殺すな。職員さんが後はやってくれるから、ほら行くぞ」
 俺は職員さんにアイコンタクトしリーシアの首を持ったままギルド会館を出ていこうとする。


「あの方は前回のスタンピードの時にランク7のアースドラゴンを単独討伐されたヘンドラー伯爵です。伯爵相手に問題を起こせば皆さんの首が物理的になくなりますよ!?」
 職員さん、聞こえていますよ。
 その言いようでは俺がサイコのようじゃないですか、納得いかない。


 それにこんなことで貴族の権力を振りかざそうとは思わない。
 最後の手段としては取っておくけど、無駄に権力を振りかざすのは好きではない。


「……」
 俺は無言で赤の塔に入っていった。


 

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