絶望の世界で育成士が生き残れるのか!?

なんじゃもんじゃ

17・杏子の休日

 


 私たちがダンジョンに潜り始めたのは塔が直ぐ近くに出現したからではなく、食料や生活物資に不安があるからです。
 自衛隊も基地を維持する為には色々な物資が必要なので民間人でも戦闘ができる職業に就いている人たちに協力を要請した経緯があります。
 私たちも基地内に居住エリアを借り受けている以上、協力要請に応えました。
 俗な言い方ですが『働かざる者食うべからず』だと思っています。
 だから私たちはパーティーを編成して私を含めた仲間六人でダンジョンに潜り始めました。


 ダンジョンに入って最初に遭遇したのはゴブリンです。
 ダンジョンの探索を進めて奥に行くほどにゴブリンとの遭遇率は上がっていき、ほとんどが五体前後の徒党を組んでいます。


 ある日、ダンジョンの探索を始めて数回の私たちはゴブリンを倒しながら第一目標である山を目指していました。
 そして山の麓までもう少しという所までやってきました。
 しかしそこで私たちはダンジョンの悪意と戦うことになるのです。
 そう、ゴブリンの大群が私たちのパーティーを包囲したのです。


 大群を見つけたのは私です。
 もっと早く見つけていれば大群に囲まれて死を覚悟することもなかったでしょう。
 それに遥ちゃんが大怪我を負うこともなかったのです。全ては私の責任です。


 最初は死を覚悟しましたがゴブリンの大群を安全に殲滅する術をリーダーである朱雀さんが考えて下さり私たちは今も生きていられるのです。
 大怪我を負った遥ちゃんは気の毒でしたが私は朱雀さんに感謝しています。
 私たちは誰も欠けることなく生きて帰ってこれたのですから。


 あのゴブリンの大群と遭遇した日から一週間が過ぎました。
 朱雀さんが作った効果の高いポーションで完治したとは言え、遥ちゃんは命に係わるほどの大怪我をしたので一週間は完全休養にあてることにしたのです。
 と言っても完全休養は遥ちゃんだけで他のメンバーは各自で休養する時間と訓練をする時間を考えて過ごしています。
 そしてその間、私は自分の技能レベルを高めるように訓練をすることにしたのです。


 私の職業は『盗賊』。職業については何故『盗賊』になったのか、その理由は分かっていません。
 もしかしたら職業システムをインストールする切っ掛けとなった事柄によって職業が決定するのでは、と朱雀さんは考えているようです。
 ゴブリンを不意打ちして倒した私は『盗賊』、ゾンビをアルコールで浄化した詩織ちゃんは『聖女』になったので朱雀さんはそう考えているようです。


 話を戻しますが、私は技能を使いこなせるように訓練をします。
 今、私の後方を誰かが通りすぎましたが、その方は私に気が付いていないようでした。
 もっと【隠密】に磨きをかけてどこにでも潜入できるようになれば、もっと早く敵の情報を皆のもとに持って帰ることができると思います。


「あれ?杏子はいないのか?ここにいると言っていたんだけど……」
 保穂さんが私を探しているようです。
「保穂さん、どうしたのですか?」
「わっ!?びっくりしたー!いるならいると言ってよ」
「あはは、ごめんなさい。【隠密】の訓練をしていたので」
「相変わらず熱心だねー」


 保穂さんは休憩がてら皆がどうしているか見て回っている処のようで、特に用事があって来たわけではないようです。
 数分、とりとめのない話をして保穂さんは次に朱雀さんの処に行くと言っています。
 ……私も朱雀さんに会いたいな。


「私も一緒に行っても良いですか?」
「全然構わないよ。でも【隠密】の方は良いのかい?」
「大丈夫です、丁度気分転換をしようとしていたので」


 保穂さんと一緒に朱雀さんが借りている倉庫の一角を目指します。
 朱雀さんがポーションを作れると知った自衛隊の方が用意してくださった仮設の調合室が倉庫の一角にあるのです。
 自衛隊員さんだけではなく民間人の戦闘要員の方にもポーションは需要があるので朱雀さんは週産五十本のポーションを作る契約を自衛隊と結んでいます。


 ポーションの材料となる『回復柴草』と『ランク1魔石』を自衛隊が買い上げ自衛隊員の中で『薬剤師』の職に就いている方が乾燥させた『乾燥回復柴草』を作っています。
 その『乾燥回復柴草』と『ランク1魔石』を朱雀さんが買い上げ、それらを材料にポーションを作り自衛隊に卸すのです。
 そして自衛隊が自衛隊員と民間人に販売するという物流システムが出来上がりました。


 ゴブリンの大群を殲滅した次の日に遥ちゃんの戦闘服が盛大に破れているので新しい戦闘服を自衛隊員に頼んだ時にポーションのことが自衛隊に分かり、その後直ぐにこの物流システムが構築されたのです。
 この自衛隊の素早い対応に民間人からも賞賛の声が上がっています。
 今後、他の生産、物流のシステムが色々と構築されることになるでしょう。


「リーダー、いる?」


 自衛隊員が見張っている調合室の入り口を顔パスした保穂さんと私。
 現在、ポーションはこの基地の重要物資の一つに挙げられているようで調合室には警備の自衛隊員が配置されています。


「保穂、さん、杏子、ちゃん、何、あった?」


 緊急時には普通に喋れるのに普通の時は片言の朱雀さん。
 本人は気にしているようですが、私やパーティーメンバーは誰も気にしていません。
 秋葉ちゃんなんかは個性があって良いなんて言っています。


 週産五十本というのは今後の話で今は少しでもポーションの在庫が欲しいと自衛隊からの要請で朱雀さんはこの三日ほどこの調合室に籠ってポーション作りに没頭しています。
 その為か朱雀さんの目の下には隈ができており疲れた顔をしています。


「リーダーの顔を見に来ただけだけど、ちゃんと寝ているの?結構酷い顔だよ」
「【魔法薬錬成】、レベル、『2』、毒消し、作れ、そうだった、徹夜」


 意訳すると、「【魔法薬錬成】のレベルが『2』に上がったから毒消しも作れそうで、徹夜してしまった」だと思います。


「あまり無理はしないでくださいね。折角の休養で体調を崩しては本末転倒ですから」
「そうだね、杏子の言う通り無理は禁物だよ。今日はユックリ休みなよ」


 ハニカんで頷く朱雀さん。恥ずかしそうに何度も頷いています。


 次は秋葉ちゃんと詩織ちゃんが一緒に魔法の訓練をしているグラウンドに向かいます。
 グラウンドには秋葉ちゃんと詩織ちゃんの他にも数人の魔術系職業の方がいました。
 皆さんは自分たちの魔術に磨きをかけるように切磋琢磨しています。
 近付いていくと私たちに気付いた詩織ちゃんが駆け寄ってきます。
 その後ろに秋葉ちゃんも続いていますが秋葉ちゃんはユックリと歩いてきます。


「杏子お姉ちゃん!」


 詩織ちゃんは私の胸に飛び込んできました。
 最初に会った頃は人見知りが酷く意思疎通にも苦労した時もありましたが、詩織ちゃんも大分私たちに慣れてきました。
 特に朱雀さんにはよく懐いており気が付くと朱雀さんの横にいます。
 ……私ももっと朱雀さんと一緒にいたいです。


「お姉ぇと杏子っちが一緒にいるなんて珍しいね、何かあった?」
「別に何もないな。杏子とは散歩の途中で合流してリーダーの様子を見に行っただけだし」
「え~、杏子お姉ちゃんズルい!詩織もお兄ちゃんの所に行きたかった~」
「私も行きたかったなぁ~」
「何時でも会えるんだから良いじゃないか。それにリーダーはかなり疲れていたから今日はユックリ休ませておやり」


 年長者である保穂さんが二人を諫めて今日は朱雀さんにユックリと休んでもらう配慮をする。
 その後は魔術の訓練に戻る二人と別れ自衛隊の民生部へ行きます。
 基地周辺の街について情報を確認することにしました。


「ギルド職員の話では塔周辺に魔物は近付かないようですし、事実として塔の周辺では魔物を確認していません」


 民生部の女性自衛隊員さん、名前は森田さんですが物腰柔らかに対応をしてくれました。
 ただ、私たちが聞きたかったこととは違ったので保穂さんが質問をします。


「それは塔の周辺なら住めるってことですか?」
「現在、それについても調査をしていますので今はまだ何も言えません」
「他には何かありますか?」
「そうですね……あ、そう言えば女性にはとても嬉しい薬草が見つかりました」
「嬉しい?どんな薬草なんですか?」
「『セリヌ草』という薬草なんです―――――」
「「っ!?」」


 私と保穂さんは『セリヌ草』に反応しました。
 この『セリヌ草』は加工すると美容に良いサプリメントになる薬草だそうです。女性であれば誰もが欲しがる薬の材料となるのです!


「保穂さん!」
「杏子!」


 私と保穂さんの次なる行動目標がここで決定しました!
 明日のミーティングで提案することで意気投合しました!


 今の人類は安定した安全が確保されておらず、その安全を魔物と戦い勝ち取らなければならない。
 その為に戦闘職や補助する職業の方はダンジョンの探索や基地周辺の探索を行っておりその時に見つけた色々な植物や鉱物を持ち帰っているので鑑定系の技能がある方は慢性的な人手不足に陥っていすです。


 朱雀さんには【可視化】があるので色々と鑑定の依頼がきているそうです。
 しかし朱雀さんは私たちのパーティーリーダーなので鑑定や錬金術を行っているとパーティーでの活動時間が少なくなります。
 私たちとのパーティー活動を優先した上で空いた時間に錬金術、そして鑑定の依頼を受けることになっているのです。


 朱雀さんは色々と忙しい中、私たちとの時間を大切にしています。
 それが私にとってとても嬉しいことでもあります。


 

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