絶望の世界で育成士が生き残れるのか!?

なんじゃもんじゃ

06・豪邸

 


 結論から言うと、朱雀たちは生き残った。
 そして朱雀たちの生きる道を作ったのは詩織である。
 詩織の【聖浄化術】は半端なく強力だった。
 最初、朱雀や杏子は【聖浄化術】の対象が単体だと思っていたが、詩織の聖女という職業は伊達ではなかったのだ。
 詩織の【聖浄化術】の対象範囲は恐らく直系十数メートルの円状だ。
 たった一回でその範囲の中にいたゾンビ十数体が浄化されて消滅してしまったのだ。
 それを見ていた朱雀は非常に間抜けな顔を晒していた。
 杏子も同様で口をポカーンと開けていた。


「朝日が昇ったらゾンビたちは普通の死体に戻ったようだね……」
「ゾンビは太陽の光の下では活動できないようですね」


 朱雀と杏子ちゃんは束の間の平和を噛みしめ休憩をとり今後のことを考える。
 昨夜のことで分かったのは夜は危険だということだ。
 あまりにも多くのゾンビが街中を徘徊するので日が落ちる前に安全な場所を確保しゾンビが活動する夜を凌ぐ必要がある。
 しかし疲れた頭で考えているからだろうか、どういう場所が安全であるのか、まったくと言って良いほど思いつかない。


「取り敢えず詩織ちゃんや杏子ちゃんの家を目指し、夕暮れ前には安全地帯を確保したいんだけど……徹夜明けだから休憩を多くとりながら行こうか」
「私は兎も角、詩織ちゃんは少し寝かせてあげたいのですが……」


 朱雀は杏子の言葉で詩織がまだ8歳なのに気が付く。
 結局、詩織は朱雀が背負い詩織の家を目指す。


 とは言え、詩織の家族が無事だと楽観視できない。
 今の状況を考えると最悪は詩織の面倒を見ることになるのだろうと心構えをしていく。


 詩織は学校の教室であの死神のような存在の洗礼をうけ、気付いたら級友たちが居なくなっていたという。
 そして不安に駆られ級友を探している内にゴブリンに遭遇し追いかけまわされ逃げまどっている内に迷子になってしまった。
 その為、自分の家の場所が分からないらしい。
 そのことから近くの小学校なのは間違いないだろうから先ずは小学校を探すことにする。


 途中、何人か生き残りの人たちと遭遇した三人。
 皆、憔悴しきっており自分たちのことだけで精一杯といった感じだった。
 詩織の小学校については生き残りの人に地元の人が居たので何とか場所を聞き出し、そして昼前には小学校が見つかった。
 小学校が分かるとあとは詩織の案内で詩織の家に向かった。
 しかし言わずもがなわけで詩織の家には誰もいなかった。


「ここに一人で置いて行くことなんてできません。置手紙を残して私の家に向かいましょう」
「分かった」


 いつの間にか朱雀の口調が片言に戻っている。
 杏子は気付いていたが、敢えて何も言わずそれを受け入れる。
 詩織は何で?と言った感じで不思議がってはいるが、特になにもいわない。


 詩織の家で待っていても詩織の親が戻ってくるかは分からない。
 だから杏子の提案を受け入れ杏子の家に向かうことにする。
 しかし家に帰ったら親はおらず家は荒らされていたので普通の子なら泣きわめくところだが、詩織は目に涙を浮かべグッと我慢をしている。
 そんな詩織を見ると居た堪れない気持ちになる二人だった。


 詩織はかなり不安な表情をしており杏子の提案を受け入れるも不安は解消されることはない。
 そんな健気な少女を守ろうと二人はそれぞれ考えるのだった。


 詩織の家を後にし朱雀はは自動車を手に入れることにした。
 流石に杏子の家まで歩いて行くのは骨が折れることからの処置だ。
 自動車など運転したこともないが、今はそんなことを言っている余裕はない。
 自動車に関してはそこら中に放置されているので鍵を見つければ動かすことはできるだろう。


(俺は免許を持っていないが自動車の動かし方程度は知識として知っているので問題ないだろう)


 幸いなことに、キーが付いている自動車を見つけたので杏子と詩織を後部座席に乗せ走り出す。
 最初はエンジンをかけるのに手間取ったがそれ以外は特に困ることもなかった。
 今どきの自動車はオートマチック車なのでブレーキとアクセル、走らせるのはD、バックはR、止める時はPにすれば良いのだ。


 最初、アクセルを大きく踏みすぎ急発進し危うく塀に衝突するところだった朱雀の運転も、塀などに軽く接触する程度のことはあったが、何とかなった。
 朱雀は自分の自動者でなくてよかったなどと考え、杏子と詩織は生きた心地がしなかった。
 それでも自動車は非常に楽にそして速く移動ができるから贅沢は言えないと妥協をする。


「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫」


 杏子の家までは安全運転でユックリと進んだ。
 時速三十キロメートルをキープして進み、所々放置車があったことで遠回りすることになったがそれでも歩きよりはよっぽど楽だった。


 途中途中でコンビニや小さなスーパー、ドラッグストアーなどで食品や酒類、それに医薬品を仕入れては移動をするのでその分の時間もかかった。
 そして個人経営のスポーツ用品店があったのでジャージなどの衣類に野球のプロテクターなど防具になりそうな物を入手した。
 更にそのスポーツ店では何と競技用のアーチェリーまで置いてあったのだ。
 今の朱雀たちでは使えないが入手しておいて損はないだろう。


「ここです!」


 杏子の指さした家は豪邸だった。
 朱雀の生家が幾つも入りそうな敷地に鉄筋コンクリート製の三階建ての家が建っている。
 庭などは日本庭園のようになっており、池では鯉が飼われている。
 朱雀は思った。世の中不公平だ、と。


「杏子、ちゃん、お嬢様」
「そ、そんなことないです!昔ながらの家ってだけで無駄に土地が広いだけですから!」


 旧家の地主様でもここまでの豪邸には住んでいないと思う朱雀だったが、それ以上は何も言わなかった。
 恐らく杏子の家は地主プラス名家プラス金持ちの三拍子なんだろうと思うだけだった。
 たしかに杏子の家は地元でも有数の発言力を持った家であり、先祖が興した会社が今でもあるほどだ。
 しかもその会社は日本でも有数の大企業なのだからこの程度の家など大したことはないだろう。


「お姉ちゃん、ここどこ?」


 車の後部座席で寝入っていた詩織が起き出してきた。


「ここはね、お姉ちゃんの家だよ」


 大きな家を見てちょっとビックリしていた詩織の手を引いて杏子は家に入っていく。
 家の玄関は鍵がかかっていたが、この家の娘である杏子ちゃんはしっかりと鍵を持っており普通に開錠して豪邸に上がることができた。


 朱雀にとっては外観もそうだったが、家の中も大概だった。
 玄関には虎の敷物が置いてあり詩織がかなりビックリしていたし、壁にも鹿やなんやらの首のはく製が幾つもかかっており、朱雀などはどこの異世界?と言った感じで見入ってしまっていた。


「ただいま帰りました。お父様、お母様、爺や、誰もいないのですか?」


(うん、お嬢様だ。お父様やお母様という言葉だけでもお嬢様ってわかるけど、爺やなんてどこの貴族様ですか?)


 朱雀のそんな心情を置き去りに杏子は詩織を連れて中にどんどん入って行く。


(まぁ、自分の家だから良いんだけどね)


 あまりにも広い家なので杏子たちと別れて朱雀も家の中を見て回ることにした。
 手分けをして誰か居ないか確認するためだ。


(うん、迷子だ。一階のどこかなのは分かる。あまりの部屋数に放心しながら見て回っていたら迷子になった)


 暫くして杏子が迷子の朱雀を迎えに来たので、朱雀は一人寂しく餓死しなくて済んだ。
 予想はしていたが家の中には誰もいなかった。
 杏子の家は地上三階だけではなく地下も二階まであったが誰もいなかった。
 地下二階などはシェルターになっており非常用電源から保存食まで大量に保管されていたのを見た時の朱雀の表情などは言うまでもないだろう。


「お父様もお母様も誰も居ませんでした……」
「生きている、大丈夫、詩織、ちゃんも、大丈夫」


 片言で慰める朱雀。
 しかしこれが逆に二人には良かったのだろう。
 プッと吹き出し笑顔にさせる。
 朱雀は何故笑うのかが分からなかったが、何にしろ笑顔になるのは良いことだと前向きにとらえることにした。


 朱雀の提案で、当面の拠点を杏子の家にすることがが決まった。
 シェルターなんて滅多にお目にかかれないような安全地帯を手に入れたのだから有効利用をしない手はない。
 総理大臣の公邸にはシェルターがあるという噂を聞いたことがある朱雀だったが、この杏子の家のシェルターはそれに引けを取らないのではと思ってしまうほどだ。
 少なくとも今夜はゆっくり寝れるだろう。


「凄い、シェルター、普通、ない」
「そうでしょうか?」


(うん、この娘はお嬢様だ!)


 翌朝、スッキリと良い目覚めを迎えた朱雀たちは杏子の家邸周辺の探索を行うことにした。
 幸いなことに杏子は隠密行動が得意な職業だし詩織は回復職として優秀だ。
 問題は朱雀だけである。
 非戦闘職であり回復や生産に寄与するわけでもない朱雀は足手纏いなのだ。
 だが、そんな朱雀でもできることがある。




 氏名: 神流川朱雀かんながわすざく
 職業: 育成士Lv9
 情報: 新人類、ランク1、男、28歳
 固有技能: ???
 技能: 契約II、経験値共有I、育成I、強化I
 育成ポイント: 213GP




 @強化 育成士レベル5解放/一定範囲内に存在する契約者を強化する。




 レベル5で解放された【強化】によって契約者は朱雀の一定範囲内にいれば強化させる。
 何がどの程度強化されるのかはよく分からないが、無いよりはマシだろう。
 それに【強化】のレベルが上がれば効果も上がるのだから所謂支援職と思うことにしたのだ。


 杏子の家の周辺を探索して分かったことだが生き残っている人はそれなりに存在した。
 何人かと聞かれても分からないが、朱雀たちが確認しただけでも近くの公民館に百人以上が身を寄せ合っていた。
 しかしその中には杏子の家族はいなかった為に杏子の表情が曇る一面もあった。


 死体は夜になるとゾンビになって動き出して朱雀たちを襲うので公民館に身を寄せている男性が総出で死体を焼くことにしたそうだ。
 あまり気分の良いものではないが、死体を放置することは朱雀たちの命にもかかわる重大事なので無視はできない。
 朱雀も手伝い近くの小学校の校庭に大量の死体を集めガソリンを撒いて火を着ける。
 名前も知らない人たちの死体を焼いているので平時であれば相当話題になることだろう。


「朱雀さん、ご苦労様です」
「気分、悪い、ね」
「はい、でもこれで少し夜が静かになるでしょう……そう思わないと……」


 公民館に身を寄せている人たちの代表をしている男性は四十台前半で少し薄くなった髪の毛を短く刈り込んでいる人だ。
 まるでアメリカのアクション映画の某ブルースさんのようだ。


「私は梶原と言う。夜は危ないから君たちもここで一緒に夜を明かすと良い」


 確かに公民館であれば百人からの人がおり、交代で夜番ができるし数的有利もある。
 しかし杏子の家のシェルターの方が安全だとは言えない。
 そんなことを言えば朱雀たちだけ安全な場所で過ごすのかと要らぬ軋轢を生みかねない。
 朱雀は杏子と詩織の意見を聞き、判断することにした。


「私はお姉ちゃんと一緒ならどこでも良いよ」


 公民館には詩織と同年代の子供も何人かいたので今日一日で詩織も少し表情が和らいだようだ。
 朱雀とも少しだが話をしてくれる程度にもなった。


「私は朱雀さんの判断に従います」


(え、俺次第なの?)


 

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