絶望の世界で育成士が生き残れるのか!?
01・変革
それはよく晴れた暖かな春の日差しが心地よい日のことだった。
彼、神流川朱雀は約一ヶ月ぶりに名古屋市に買い物に出かけた。
常日頃は一宮市の1DKのボロアパートに引きこもっている朱雀だが、月に一度だけ趣味であるライトノベルの新刊やマンガ、それに好きなキャラクターグッズなどの為に名古屋市まで足を運ぶのだ。
今どきは引きこもっていてもネットで何でも買える時代だが、何故か月に一度だけ朱雀は名古屋市へ出かけるのだった。
まるで、世界との繋がりをその行動で保っているかのように。
引きこもりでも収入はある。
朱雀はネット小説作家であり、彼の小説は書籍化され累計百万部を売り上げる人気作家なのだ。
しかも彼の作品はマンガ化もされたし、来年にはアニメ化の話もある。
だから彼は普通のサラリーマンよりも高額の収入を得ている。
引きこもりでコミュ障の彼はパソコンとネット環境さえあれば誰かと会ったりする必要のないこの仕事が気に入っている。
そんな彼が月に一度だけ外出し人の多い名古屋市の街中へ行ったある日、世界は突然人類に牙を向けてきた。
お気に入りのキャラクターがプリントされたTシャツを買い次の店に行く途中でコンビニで購入した弁当を堪能していると周囲がいきなり暗くなる。
雨でも降るのかと空を見上げると黒く分厚い雲が渦巻きを作っていた。
まるで天空に浮かぶ城を守っているような分厚くて大きな雲の渦だと誰もが思うだろう。
そして次は地震だ。震度二や三ではない。馬鹿デカい地震で震度六や七はあるのではないかと思うような地震である。
周囲では立っていることができず半ば強制的に四つん這いにならざるを得なかった人たちが多く見られた。
ただし、周囲の人たちは立っていられないだけで被害があるようには見えない。
逆にビルの下の歩道を歩いていた人たちは災難だった。
ビルの側面に付いていた看板やビルの窓ガラスが割れて落ちてきて何人かは怪我をしてしまったのだ。
血だらけの人や泣き叫ぶ人が多くみられる。正に地獄絵のような悲惨な光景だ。
朱雀は幸いにも地面に固定されているベンチに座って弁当を広げていたので弁当がひっくり返りズボンにハンバーグが落ちソースがついてしまった程度の被害で済んだ。
『変革の時が来た! そなたら人類はこれまでヒエラルキーの最上位に位置していたがこれからはどうかな? 罪深き人類よ、足掻くが良い! 足掻き生き抜いてみせよ! そなたらに未来があるかはそなたらの足掻き次第である!』
聞こえたのは底冷えしそうな低い声。
まるで脳内に直接響いたような声に思わず顔を振り周囲を確認する者もいる。
彼も周囲をキョロキョロと見回す。
周囲にいるのはベビーカーを必至で押さえるご婦人とサラリーマン風の男性にOL風女性が何人かだ。
とても今のような声の主には見えないし、必至に地震に耐えている状態だ。
しかし何気なく上空を見上げる。
上空には先ほどの暗くて巨大な雲の渦がまだ存在している。
そしてそのほぼ中心にまるで死神のような黒い衣を纏い頭部が髑髏の人物が浮いていたのだ。
「おいおい、マジかよ……」
思わず零れた声がこれだった。
死神なのか、神なのか、それとも投影装置による映像なのか、いや、映像ではないと彼の本能が訴える。
威厳なのか恐怖なのか背筋が凍えるようなその姿に彼の視線は釘付けとなる。
どれだけ凝視していたのか覚えてもいないが、不意に頭痛がし続いて目眩も襲ってくる。
そして意識を手放してしまう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
日がそこそこ傾いていることから夕方近くだろう、スマホの電源を入れてみると午後三時四一分だった。
昼過ぎからこの時間まで気を失っていたのか、と思うとゾッとする。
持ち物を確かめたが金目の物をはじめ持ち物が無くなっているということはなく平和な日本だというのを実感した。
しかしその実感が変わるのに大した時間はかからなかった。
「おいおい、マジかよ……」
本日二回目の呟きである。
周囲は地震による被害なのか、かなり酷い状態で火事があちらこちらで起きているし、自動車やトラックがあちらこちらに衝突して燃え上ってもいる。
最悪なのはその自動車に引かれた人も多くいるようで言葉に表すのも憚られる状態だ。
彼の周囲にいる人たちは皆気を失っていた。
もしかしたら死んでいるのではと思える。
だが、これが彼の呟きの原因ではない。
彼の呟きの原因は視線の先にいる、小学校中学年ほどの背丈ながら髪の毛が薄く筋肉質の児童に注がれる。
いや、児童と言うには明らかに異質なその容姿である。
何故異質なのか、それは上半身裸で下半身も腰蓑一枚しか身に纏っていないからである。
しかもその額には小さな角が生えており、この地球ではあり得ないだろう緑色の皮膚をしているのだ。
「あれって……」
そう、歩いていたのは物語でよく出てくるファンタジーの定番出演者であるゴブリン……と思われる人型の生き物だ。
「マジかよ……」
彼は目を手で擦りもう一度それを見るも、やはりゴブリンにしか見えない。
マンガやテレビアニメで見る醜悪な顔をした小鬼のゴブリンにしか見えない。
自分はまだ寝ており白昼夢でも見ているのか?と頬を抓るも痛みはしっかりある。
そしてゴブリンは消えるどころか街中を我が物顔で闊歩しているのだ。
暫くその異質な存在であるゴブリンを眺めていると、そのゴブリンが近くで倒れていたサラリーマン風の男性を棍棒で殴りつけた。
サラリーマン風の男性は殴られた瞬間、「うっ」と声を上げて頭から血を流している。
(うわ~手加減なしかよ……)
「け、警察やさ~ん!」
ふざけている場合ではない!ゴブリンは何度も何度もサラリーマン風の男性を棍棒で殴り、間違いなく男性は死に絶えているだろう。
サラリーマン風の男性は脳ミソが飛び出すほど殴られ、見ていて気分が悪くなる光景が広がっているのだ。
「グロイんだが……これって……魔物が闊歩する世界……?」
その時、彼はあの死神のような何かが言っていた『足掻き生き抜いてみせよ!』という言葉を思い起こしていた。
「魔物が闊歩する世界で俺たち人類が生き残れるか試そうって言うのか……」
ここにきて彼は自分が【魔物の闊歩する世界】にいるのだと認識を改めたのだった。
「変革した世界、か……」
彼はハッとし、スマホを確認した。
しかしスマホは電波が来ていないようで『圏外』と表示されている。
(どこの田舎やねん!)
周囲を確認した限りでは電気が止まっているように見えるので通信基地も停電中なのかもしれない。
もしかしたらもっと根本的なことで電気が止まっているのかも知れないが、彼には分からない。
こんな状態なので本来であれば家族や友人知人の安否を心配するのであろうが、幸か不幸か彼は一人っ子で両親は四年前に交通事故で他界している。
それに付き合いのある親戚もいない。
更に言えば、オタク体質も手伝って友達と呼べる者は皆無であった。
しかも会社なんて行ったこともないので同僚とか上司も居ない。
そういう事情から彼は連絡を取る者もいないのだ。
(今考えると泣きたくなる状態だなと自分でも思う……)
「さ、寂しくなんかないからね!」
だから迷わず自分自身の身の安全を確保することが最優先事項だと思い至る。
武器となる物がないか、と持ち物の確認をしだす。
だが、持ち物の中にはボールペンや折りたたみ傘、後は購入したての服類が何着かあるだけで武器になりそうな物はなかった。
これでは拙いと周囲を物色する。しかし残念ながら彼の周囲には武器になりそうな物は見当たらなかった。
何とかゴブリンの目を掻い潜って公園から道路に出る。
倒れている人もいれば車の中で気を失っている人もいる。
それらの救助を要する人たちを横目に彼は物陰に隠れながら安全地帯を探す。
(許せとは言わん、俺の命の方が大事なのだ!)
更にゴブリンに殺されたのであろう人々の死体が転がっており、どれも凄惨な状態だ。
そして現在進行形でゴブリンたちに追いかけまわされる人もおり、それを横目にゴブリンに見つからないように移動をする。
「ふふふふ、伊達に存在感を薄くして生きてきたわけではないのだよ!」
わけの分からんテンションになってしまうのはオタク気質のなせる業であろう。
ゴブリンを避けながらビルの中に入る。
このビルは所謂デパートである。
ここなら色々な物が揃っており武器になる物もあるだろう。
と思ったのが間違いだった。デパートの中には外とは比較にならないほどのゴブリンが犇めき合っていたのだ。
「マジかよ……」
ボキャブラリーが乏しいのは彼自身も分かっている。
それでもこんな言葉しか口から出てこない。
幸い気付かれてはいないので彼は足音を消しそろりとデパートからでる。
しかしこれもいただけない行動だった。
「グギャッ!」
目の前には血塗れた棍棒を持つ緑色の子鬼、ゴブリンがいたのだ。
「グギャギャギャッ!」
ゴブリンは棍棒を振り上げ彼に走り寄る。
(拙い、これヤバいかも?)
彼は無意識に右側に飛び退き前転を決める。
今まで彼のいた地面が甲高い音をたてた。棍棒がレンガが敷き詰められている歩道を叩いた音だ。
「グギギギャギャギャギッ!」
どうやら彼が棍棒による攻撃を避けたことに怒りを感じているのか、醜悪な顔が怒りに染まる。
「や、やるしかないのか……」
(ふっ、空手を習っていた俺に戦いを挑むとは、貴様、命がいらんとみえる!)
「ギグギャッ!」
再び彼に向けて棍棒を振り上げるゴブリン、彼はその動きを冷静に見つめる。
「見えるっ!……グッ」
彼の肩口に食い込む棍棒。
(御免なさい途中までしか見えていませんでした。目をつぶってしまったからです。メッチャ痛いです。泣いて良いですか?)
頭を狙ったはずなのに肩に棍棒が当たり狙いが逸れたと怒り心頭という形相のゴブリンは再び棍棒を振り上げる。
(だが、このまま攻撃されるのを待つ訳がないだろう!)
彼は肩の痛みをこらえ拳を握りしめ突き出す!
拳はカウンター気味にゴブリンの頭部を捉えた!
渾身の一撃がゴブリンの額にクリーンヒット!したのだ。
「いっってぇぇぇっ!」
(メッチャ痛いのですが!)
彼の拳にはゴブリンの額に生えている角がめり込んでいた。
(フザケンナ!ここは一発逆転の場面じゃないのかよ!?)
一歩、二歩と後ずさった彼の右拳にはぽっかりと空いた穴とそこから流れ出る血がしっかり見て取れた。
(やべ~、こんな状態では戦いにならん。くっ、こんなことなら通信教育じゃなくて道場に通って鍛えればよかった!)
命の危機である。
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