絶望の世界で育成士が生き残れるのか!?

なんじゃもんじゃ

04・蠢動

 


 杏子と契約し仲間にした朱雀は早速彼女に『職業システム』をインストールさせようとゴブリンを探す。
 とは言っても探すほどのことはなく、近くの商業施設付近にはゴブリンがちらほらと見られた。
 因みに商業施設に案内したのは杏子である。朱雀の話を聞いてこの商業施設にゴブリンが大量に発生していることを予測したらしい。


「一体、離れ、ている」
「はい!」


 この商業施設にくるまでに戦い方は打ち合せした。
 朱雀が引きつけ物陰に隠れた杏子がそっとゴブリンの背後に回りブスリとやるのだ。
 杏子が隠れたのを確認し朱雀は石をゴブリンに投げつける。
 石は外れたがそれでもゴブリンが朱雀のことに気が付いたので棍棒を振り上げて走り寄ってくる。


「ギャググギィ」


 朱雀はこの商業施設に来る途中でたまたまあった工事現場で拾った鉄パイプを構える。
 ゴブリンが棍棒を振り降ろすと朱雀はそれを鉄パイプで受け止める。
 力はややゴブリンの方が上のようで朱雀は押されるが何とか持ちこたえる。
 もしかしたらゴブリンには【棒術】のような技能があるのかもしれない。


「ぐっ」
「ギャグギグギィ」


 自分の方が力が上だと分かったのか醜い顔で笑うゴブリン。


(ムカつく笑顔だなっ!だが、いつまでその笑顔でいられるかな?)
「ギャグギグギィ……ベヒャッ」


 かなり押され気味だった朱雀だが、一生懸命に押し返そうとしていたのが良かったのか、ゴブリンも朱雀に意識を集中していた。
 その為、背後から近寄る杏子に気付かなかったゴブリンは杏子の攻撃を避けることもなく急所である首を切り裂かれた。


「ウリャッ!」


 首から盛大に血飛沫を飛ばしながら苦しそうにしていたゴブリンの腹を思いっきり蹴り上げ引き離した朱雀。
 すぐ傍ではハサミを持った杏子が青い顔をして呆然としている。
 初めて生き物を殺したのだから無理もない。


 暫くしてゴブリンが消えていく、そして倒れ込む杏子。
 どうやら杏子にも『職業システム』のインストールが始まったようだ。
 痙攣ぽく微妙に震えている杏子のスカートがややはだけてスラッとした足が露わになる。


(……いかんいかん、オジちゃんは良いオジちゃんなのだ!でもオジちゃんちょっと悩むぜ)


 足から視線を外しここではゴブリンに見つかりそうなので杏子の脇を抱えて移動させる。
 その際少し胸に手が触れたのは不可抗力だと自分で自分に言い訳をする朱雀。


(柔らかかったなぁ~。ゴホンッ、移動してからインストールさせれば良かった。うんしょ、うんしょ)


「うぅぅぅ……」
「大丈夫か?」
「……はい、何とかインストールが終わりました」


 朱雀がインストールした時のように全身から汗をが吹き出し疲労困憊といった表情の杏子。
 そしてステータスの内容を朱雀に教える。
 こういう場合は信頼関係がない相手には個人情報を教えるのは得策ではない。
 しかし今の状況は朱雀と杏子のたった二人しかいない運命共同体ともいえるので、生き残る為に情報公開は絶対条件である。
 それに杏子は朱雀の契約者であり仲間なのだから。


「神流川さん、私も新人類になれました! 職業は……」
「俺、朱雀、呼ぶ」
「あ、はい。朱雀さん!」


 神流川と呼ばれると職場を思い出すことから神流川とは呼ばれたくない朱雀は下の名前で呼ぶように杏子に頼む。
 ボッチでも勤めることができる職場ながら、社員同士のある程度のコミュニケーションは必要だった。
 そんな職場で片言の朱雀が浮いてしまうのは仕方がないと言えば仕方がないのだろうが、職場にはあまり良い思い出がない。






 氏名: 茜部杏子あかねべあんず
 職業: 盗賊Lv1
 情報: 新人類、ランク1、女、16歳
 固有技能: 加速I
 技能: 隠密I、開錠I
 契約者: 神流川朱雀






 @盗賊 隠密行動が得意な職業。戦闘に関しては素早さを武器とするスタイルや死角からの奇襲スタイルがある。育て上げれば斥候や暗殺者として役立ってくれるだろう!


 @加速 一時的に俊敏値に補正(大)を与える。効果や効果時間はレベルによって変動する。


 @隠密 盗賊レベル1解放/姿を隠し隠密行動を行う。但し、レベルによって行動時間に制限があり、隠密中何らかのアクションを起こすと解除される。


 @開錠 盗賊レベル1解放/施錠状態の錠を破壊するしないに関係なく解除できる。但し、錠の強固さによって開錠に失敗する場合もある。






 杏子のステータスに驚きを見せる朱雀。


(予想外だわ~。杏子ちゃんみたいな大人しそうな娘が盗賊なんて、人は見かけによらないなぁ~。ん、そう言えば俺も育成士なんて自分の性格ではあり得ない職業になったよな……もしかして、そう言うこと?どいうこと?)


 隠密によって暗殺がしやすくなった杏子が普通に自分より戦闘力が上だと分かると遠い目をする朱雀。
 そんな朱雀の目に何を勘違いしたのか杏子はちょっと恥ずかしそうにはにかむ。


「頭、傷、治る?」


 自分の時は傷が治ったことを思い出し杏子の頭を指さし治ったか聞く。
 その問いに促されガーゼを外すと杏子の傷口は綺麗に塞がっていた。
 そのことを教えられると花が咲いたような笑顔で喜ぶ杏子の初々しい反応が朱雀には眩しく見えた。
 しかし自分の肩の件もあるので、無理はしないようにと片言で伝える朱雀であった。


 杏子のインストールも無事に終わり、日も暮れ周囲が薄暗くなってしまったことから近くのコンビニエンスストアーに杏子の案内で移動をする二人。
 まだ七時前だというのに街中から光が失われてしまい、いつもより遥かに暗いことに気が付く。
 明かりが灯っている街灯もあるが、それはソーラー電池式の街灯なので一部だ。
 こうして見ると当たり前にあった電気の有難みが分かる。


 電気が通っていないということは電車は使えない。
 しかも元々地下鉄を使っていたから朱雀は魔物の巣と化した地下鉄を使うこともできない。
 自転車はその気になれば手に入る。
 朱雀は杏子を見て自転車に二人乗りする朱雀と杏子の姿を思い浮かべる。
 一度は味わってみたいシチュエーションだが、喋るのも難しいのに二人乗りなどできるわけもなく朱雀は頭をふる。
 家に帰るのは歩きで行くしかないだろうとため息がでる。


「大丈夫ですか?」
「……大丈、夫」


 杏子に心配されたことにちょっと反省をする。


「杏子、ちゃん、家、どこ?」
「私はここからですと歩いて帰れる距離ではありませんから」


 朱雀の家よりは近いらしいが、今から向かうわけには行かなかった。
 今から向かえば到着する前には完全に日が落ち真っ暗となるからだ。
 通常でも女性一人が夜に出歩くのは控えるべきことなのに、魔物の闊歩する世界となった今となっては夜に出歩くのは朱雀には自殺行為としか思えなかったのだ。


 スマホが使えれば杏子の親兄弟と連絡が取れるのだろうが、残念ながら電波は圏外だ。
 公衆電話が使えたとしても相手も公衆電話でなければまず通じない。
 どう考えても連絡ができる状況ではない。


「……暗い、動く、危険。コン、ビニ、寝る」


 朱雀は恐る恐る杏子に確かめる。
 今日、初めて会った男と一緒にコンビニで一夜を明かすなんてどう考えても女子高生にはハードルが高いだろう。
 しかし朱雀よりも魔物の方が危険なのは杏子にも分かっていたし、何より片言で一生懸命に会話を試みる朱雀の誠実さを分かっている。


「あ、大丈夫です。私も今の状況は分かっているつもりですから、野宿でも我慢します!」


(ええ娘やなぁ~。オジちゃん惚れてまうで)


 コンビニエンスストアーに向かいながら話し合い、今日はコンビニエンスストアーでお泊りが決定した。
 死体が放置された道を進む。ゴブリンを殺したとは言え、杏子には厳しい光景だ。


 しかも頭から脳ミソが飛び出ている死体が多い。
 ゴブリンが倒れている無抵抗な人間を殺して回ったのがよく分かる。
 死体の山をあまり杏子に見せたくはないが、それでも進まなければ始まらないので我慢してもらうしかない。
 そんな時、物陰で動く影。ゴブリンかと思い朱雀は鉄パイプを構える。
 杏子も朱雀の行動で何かがいることに気が付く。
 念のために杏子には隠密を発動してもらって姿を隠してもらう。
 そして影の正体を確認するために慎重に移動する二人。


 しかし見つけたのは小学生ほどの女の子だった。
 女の子は服こそ破れたりしていないがあちこち汚れており色々逃げ回ったのが伺える姿だった。
 とても脅えた表情で朱雀と杏子を見つめる女の子にゆっくりと近づくと「ヒッ」と言って脅えてしまて仕方がない。


「大丈夫よ、私たちは何もしないから」


 杏子の言葉に脅えてどうしようもない女の子が表情を緩める。
 こういう時は朱雀では何の役にもたたないのは朱雀がよく分かっている。


「私たちはアナタの友達よ」


 杏子が優しく微笑みそっと話しかける。


「もう大丈夫だから、頑張ったね」


 女の子はかなり警戒していたが、杏子の懸命な問いかけで少しずつ心を開いていく。
 朱雀はといえば、杏子と女の子に危害が及ばないように周囲に目を向け見張ることしかできない。


 何とか杏子ちゃんに懐いたと思われる女の子の名前は詩織という。
 詩織を連れてコンビニエンスストアーに向かう。
 その間、一言も喋ってくれない詩織を見て苦笑いがでる。


 やっと到着したコンビニエンスストアーでひと息入れる。


 考えてみれば多少なりとも食料や飲み物がある。それに下着もあるし女性的には嬉しいパンストもある。
 何故か店主や店員はいないが、多少荒らされているコンビニエンスストアー内で朱雀たちは一夜を明かすことにした。


「念、の為、入り、口、塞ぐ。本、棚、コピー、機」
「分かりました」


 杏子の協力を得て本棚やコピー機を動かし入り口を塞ぎ夜に備える。
 朱雀は午前中に買ったばかりのジーンズを杏子に貸し与える。
 幸い朱雀はそこそこやせ型の体型なので紐をベルト代わりにすれば杏子でも履ける。
 流石にセーラー服のままでは何かあった時にスカートの中が見えてしまうのは拙いと思った朱雀の優しさだ。


 杏子に連れられてスタッフルームに入った女性陣二人が体を拭いた後、朱雀も体を拭く。
 しかしここで寝るわけには行かない。
 朱雀たちが生き残る為に確認するべきことが幾つかある。それを片言で杏子に伝える。


「私も確認しなければと思っていました」


 朱雀の提案に理解を示す杏子。
 朱雀がスマホのストップウォッチ機能を用意しながら杏子に【隠密】の発動を頼む。


「はい、【隠密】!」


 スッと朱雀の視界から杏子が消える。
 暫く待つとスーッと杏子の姿が現れる。これによって【隠密】の効果時間が五分だと分かった。


「五分ですね、次はクールタイムの確認ですね」


 片言の朱雀の意をしっかりと汲み取る杏子の理解力は素晴らしい。
 そして杏子が【隠密】を発動させようとするが発動しなかった。
 これにより連続使用が無理なのは明確になった。


「三十、毎」
「はい、三十、【隠密】……【隠密】」


 三十秒毎に【隠密】を発動させようとして二回目に発動したことからクールタイムは一分以内と分かった。


「技能、使う、レベル、上げる、でも、疲れ、注意」


 再び五分経過し杏子の姿が現れる。


「疲れ、ない?」
「全然大丈夫です」
「……次、【加速】、でも、店内、明日、確認」
「はい」


 朱雀たちが技能について確認している間にいつの間にか詩織は寝てしまったようだ。
 朱雀と一言も喋らず初日が終了だった。


「【加速】、切り札、恐らく、凄い、こと、だと、思う」
「そうでしょうか?」
「間違い、ない、思う。次、俺、確認」


 朱雀は自分の技能の【育成】を発動させる。
 そうすると目の前に画面が出てくる。育成ポイントは6GPだ。
 ゴブリンから得られるグロウスポイントは2GPなのは分かっていた。
 ただ、杏子が『職業システム』をインストールする為に倒したゴブリンからはGPは得られなかった。
 契約者が倒した魔物からはGPを得ることができないのか、それとも『職業システム』をインストールする前の杏子が倒した魔物からはGPが得られないのか、次はこの検証をする必要があると考えた朱雀は画面を進める。


 次の画面には【①茜部杏子】とあり、【①茜部杏子】の一択。
 次いで【①能力育成 ②技能育成】と選択肢がでたので【①能力育成】を選択すると画面が変わる。


【武力18 +-
 体力14 +-
 知力12 +-
 器用20 +-
 俊敏24 +-
 魔力9 +-
 魅力10 +-


 育成ポイント: 6GP


 ≪決定/終了≫


 能力値を上昇させるのにGPが必要になります。+-でポイントを振り分けて下さい】




(これは……まさかここまで分かるとはな。この技能を使えば契約者の能力や技能が表面上は把握できるのか……ある意味特別な能力だな)


 ゲーム要素満載のシステムなのは分かった。
 その上で能力の中に『魔力』というものがあるのに目を止める。
 この『魔力』がある以上は魔法や魔術といった夢の職業が存在する可能性が高いことに朱雀は目を細くする。
 戦闘に向かない育成士の朱雀には欲してやまない夢の職業だ。


(はぁ、何で育成士なんだよ?俺ってそんなに悪いことしたか?)


 気持ちを切り替えるのに少し時間を要したが朱雀は試しに体力の+を押す感じで念じてみた。


【GPが不足しております。体力を1ポイント上昇させるのに必要な育成ポイントは10GPです】


 そんなに簡単に能力を上げることができたら苦労はしないか、と納得する。
 この後、技能の方も確認したが、技能は更に多くのGPが必要だった。


 無言で【育成】の確認をしていた朱雀の顔を覗き込む杏子に気が付いたのは結構時間が経ってからだった。
 下から上目遣いで覗き込まれていたので朱雀は理性が吹っ飛びそうになり顔を赤らめる。
 朱雀を見た杏子もお互いの顔の近さに気付き顔を赤くする。
 暗闇の中なのでお互いに駒かな表情の変化には気付いていないが、ここで気の利いたことが言えない朱雀だった。


 二人が青春映画のようなことをしていると外が何やら騒々しいのに気が付く。
 ガラス越しに外に視線を移すと朱雀と杏子は絶句した。
 真っ暗ながら朱雀たちも暗闇に目が慣れており外の様子を見ることができたのだ。
 そしてそこには昼間にはいなかった人の群れがあったのだ。
 暗がりでしっかりと見えないが多くの人が外を歩いているのが見てとれる。


「あ、あれって……」
「……どういう事だ?」


 朱雀が無意識に呟く言葉が片言ではないことに気付かない二人。
 しかしそんなことに構っている余裕は今の二人にはない。


「よく見えませんがかなり多くいますね」
「ああ……」


 しかし朱雀は目の前で行列をなして練り歩く人々に違和感を感じる。
 その動きは酷く緩慢でとても疲れているような動きだからなのか?
 朱雀は必死で違和感が何か考えた。そして得られた結論は、最悪の物だった。


「あれって……杏子ちゃんには何に見える?」
「……ぞん……び……でしょうか?」


 朱雀が普通に喋っていることに気付かず杏子も応える。
 そして二人は目の前の人々がゾンビのような死体の魔物だと認識を合わせるのだった。
 暗くて分かりづらいが、二人の顔は顔面蒼白で血の気が無くなっている。


「路上に放置してあった死体の山が……ゾンビ化したと考えるべきかな……」
「多分そうだと……」
「だとしたら拙いな、死体の数は半端なかったよね……」
「ええ、あの死体が全てゾンビ化して動き出したとなると……ヤバいですね」


 朱雀と杏子の結論通りのゾンビの群れ。
 朱雀と普通に会話をしていることに気付くこともなく杏子はどうしたらいいのか、必死で考える。
 朱雀もゾンビ対策を必死で考える。


(ゾンビって弱点何よ?十字架?聖水?木の杭?十字架と木の杭は吸血鬼対策だっけ?、だけど十字架や聖水なんてあるわけないし!)


「杏子ちゃん、ゾンビってどうやったら死ぬのかな?弱点分かる?」
「えーっと、多分ですけど体にダメージ与えても厳しいかと……弱点は銀に聖水や聖灰でしょうか?それと恐らくですが肉体的に破壊するなら頭でしょう……」


 お互いに考えることは殆ど一緒であり、このことから杏子もオタクの気があるのではと思われる。
 しかしそんなことは今の二人に考えるだけの余裕はなかった。


(今の俺たちではあれだけの数のゾンビに対抗する戦力はない。それに銀、聖水、聖灰もない。……襲われたらお終いだと考えるべきか)


 

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