チートあるけどまったり暮らしたい
145.1 閑話1
僕は双葉颯太と言います。
聖オリオン教国という狂気の国が僕たちを勇者としてこの世界に召喚したのは記憶に新しいと思います。
あの国ではクラスメートの半分ほどが殺されてしまいました。
半分のクラスメートも死にそうだったけど、僕同様なんとか生き残りました。
あの国に言いようのない怒りを感じるのは僕だけじゃないと思います。日頃はとても温厚な佐々木さんもあの国には怒りしかないと言っています。
本当は僕を含めて全員が殺されるはずでした。
だけど僕はあのクリストフ・フォン・ブリュトイースという神様によって助けられました。
彼が神様だというのは秘密だからあまり大きな声で言えないけど、僕はとても感謝をしています。
……あまり丁寧な言葉遣いは慣れていないのでここからは僕本来の話し方にします。
聖オリオン教国がほぼ壊滅状態となり攻めていた神聖バンダム王国に僕たちは保護されることになった。
何でも聖オリオン教国の暗殺者によって神聖バンダム王国の王族や貴族が沢山暗殺されたのが今回の戦争の始まりだったらしい。
本当にろくでもない国だ。
神聖バンダム王国に保護された僕たちは行動の自由を保障されたけど、日本に戻ることはできない。
聖オリオン教国は送還魔法があると言っていたけど、神聖バンダム王国の調べによって送還魔法なんてなかったのが判明している。
僕はブリュトイース公爵(神様)から聞いていたので知っていたけどクラスメートたちはとても落胆していた。
ここで問題になるのが僕たちの今後だ。
神聖バンダム王国は聖オリオン教国でオリオン教の重職に就き暴利をむさぼっていた人たちから接収した資産を今回の戦費などにあてるけど、その一部を僕たちの保護政策費として援助をしてくれると言っていた。
だけど、いつまでも援助はないので援助のある内に自立の道筋はつけるようにとも言っていた。
神聖バンダム王国にとって今のところ僕たちは客人だ。
しかし、いつまでも客として扱うことはできないと僕も思う。
神聖バンダム王国が召喚をしたわけでもないのに、いつまでも面倒は見られないだろう。
「そんなことは気にすることはないと思うけどね」
ブリュトイース公爵(神様)は笑いながら親の脛でも齧るつもりでいたら良いと言うけど、そんなことをしていたら確実にしっぺ返しがあると思う。
この世界は日本のように甘い考えでは生きていけない。僕はそう思うんだ。
「いずれ、国から君たちの処遇が発表されると思うから、それから考えても良いと思うよ」
たしかに今は援助があると聞いているだけで、正式な処遇については聞いていない。
それから考えても遅くないと思うけど……
「不安かい?」
「右も左も分からない異世界に放り込まれて死にそうになったので、これからどうなるのか不安がないと言えば嘘になりますね」
ブリュトイース公爵(神様)は優雅にお茶を楽しんでいるけど、僕はお茶を楽しむ気分になれない。
横に座っている佐々木さんも先ほどからカップの中の赤茶色の液体を凝視している。
相手がこの国の大貴族である公爵だから緊張しているようだ。
彼女はブリュトイース公爵が神様だとは知らない。
僕からそれを教えることはない。
もし軽々しく神様の話をして怒りを買ったら洒落にならない。
今の僕は目の前で優雅にお茶を飲んでいるこの金髪でとても綺麗な顔立ちの神様に頼るしかないのだから。
「メグミは紅茶が嫌いかな?」
急に声を変えられた佐々木さんが困った顔をする。
「いえ、嫌いでは……ただ、不安で……」
「不安なのは分かるよ。でも、なるようにしかならないよ」
「そ、そうですね……」
ブリュトイース公爵(神様)の言うことは尤もだけど、僕や佐々木さんが不安をぬぐい切れないのは仕方がないと思う。
「お茶は温かいうちに飲んだ方が美味しいよ」
目の前の神様はマイペースだな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ブリュトイース公爵(神様)とのお茶会から半月ほどが経った。
そして僕たちの処遇について発表もあった。
僕たちはこの神聖バンダム王国内では自由にして良いと言われた。
勿論、法は守らなければならない。
神聖バンダム王国に保護されてからある程度の常識と法を学んでいる。
だからと言って生まれ育った土地ではないので常識が不足している。
僕たちが望めば国や貴族家に仕官することもできるし、冒険者や探索者のような魔物と戦う職を選ぶこともできる。
全ては僕たちの選択次第だという。
だから最近は多くの貴族がクラスメートたちに面会を申し込んでいる。
僕たちでは分からない条件などを提示されることもあり多少の混乱もある。
だからブリュトイース公爵(神様)の部下であるペロン・フォン・クックさん……年下なんだよな……君じゃ拙いよね?が僕たちと貴族の間に入って条件などの調整をしてくれている。
クックさんは子爵でブリュトイース公爵家の家宰だと聞いたけど、僕より若い彼がしっかりと自立していることに驚いた。
しかも可愛い黒髪のお嫁さんまでいるんだから羨ましいと思う。
「21人中12人に関しては国及び貴族家に仕官、5人は探索者、4人はブリュトイース公爵家に仕官することで最終合意しました」
クックさんはフワフワの赤毛が綺麗な少年だ。
だからクラスメートの中には彼を狙っていた子もいたけど、彼の傍にはいつも可愛いお嫁さんがいるので隙がないと言っていた。
僕からしたらいくらハンサムで貴族だからと言って妻帯者を狙うのはどうかと思う。
「他家に仕官される12人は2日後に各家から迎えが来ますので用意をしておいてください」
12人はそれぞれ伯爵、侯爵、辺境伯、そして国に仕官が決まったそうで、働き次第では貴族にしてくれるという約束だ。
探索者になる5人は今一番活気のあるダンジョンに拠点を置くそうで、彼らも準備が出来たら移動をすると言っていた。
僕と佐々木さん、久城とあまり話したことがない植木瞳さんがブリュトイース公爵(神様)のところでお世話になることになっている。
植木さんは大人しい性格の女の子でクラスでもあまり目立っていなかった。
でも佐々木さんと仲が良いことから行動を共にしたいと言っていた。
2日後、12人が各仕官先の家に引き取られていった。
探索者になった5人も旅立った。
まだ高校生の僕たちが独り立ちするのに不安はあるけど、選択肢は多くない。
商売を始めるにも元手はあまりないし、そもそも商売をしようと思ってもどんな商売をするのか判断に迷う。
仮に商売をするとしても、もっとこの世界を知ってからでも遅くないだろう。
だからクックさんは仕官先を短期で辞める場合にペナルティがないように条件の中に記載をしてくれた。
更に数日が過ぎた。
僕たち4人はブリュトイース公爵(神様)の領地に移動中だ。
移動中と言ってもそれほど面倒なことはなく、ブリュトイース公爵家の屋敷に設置されている転移門を使って移動するらしい。
馬車で何十日もかかる場所へ一瞬で移動できるのだからとても便利だ。
「この転移門は当家にしか設置されていないので勘違いしないようにしてください」
転移門を起動させるのに大量の魔力が必要らしく、そのコストを賄えるのがブリュトイース公爵家しかないらしい。
だから王家でも転移門は持っていないと説明された。
そんな物を僕たちの移動に使って良いのかと思うけど、どうもブリュトイース公爵家の人間は頻繁に使っているらしく、経済観念が他家とは違うようだ。
移動した先はブリュトイース公爵家の領地。
そこで僕たちはブリュトイース公爵家の説明を受ける。
説明を聞くにつれ、僕たちはトンデモナイ家に仕官してしまったのだと思ってしまう。
発展途上で人口は常に増えていく。
ダンジョンが幾つもあってダンジョンからもたらされる魔物の素材によって城下町が潤っている。
そして何より驚いたのは魔導機関車や巨大な戦艦だ。
明らかに地球の文化が入っている。
「神聖バンダム王国の開祖アキラ様は日本人だったと言われております」
驚愕の事実が明らかになった。
しかし国の開祖が日本人だったのとこのブリュトイース家の領地の発展は明らかに違うと僕は思った。
「ははは、気付いてしまった?まぁ、分かるよね~」
軽い。軽すぎる。
このブリュトイース公爵は本当に神様なのだろうか?
威厳がこれっぽっちも感じられないよ。
「細かいことを気にしないの。禿げるよ」
何だか殴りたい。でも殴れない。グッと我慢だ。我慢しろ僕。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
研修期間中にあちこちの部署を順番に回った僕たちは各部署に配属になった。
僕は軍の特務強行部隊に配属された。
佐々木さんはブリュトイース公爵(神様)の奥さんでこの国のお姫様でもあるドロシー様の補佐官、久城は海軍、植木さんは土木部に配属され予算管理とかをすると言っていた。
僕が配属された特務強行部隊(通称:特殊部隊)は戦争が起こったら一番に現地に赴いて本隊が到着するまでの周囲の索敵と安全確保が任務となる。
だから一番危険な部隊だと言われている。
この部隊への配属は僕が希望した。
各部署を一通り回った後、第三希望まで配属先を聞かれたので、僕は第一希望として特殊部隊にした。
「やぁ、私はベンドレイ・ケルトンだ。この特3小隊の隊長だ」
「あ、はい。僕はソウタ・フタバです。宜しくお願いします、隊長」
「そう硬くならずにね。部隊のメンバーを紹介するからついてきて」
ケルトン隊長は人好きのする笑顔で僕を迎えてくれた。
何でも最近メンバーの補充があったとかで僕を含めて数人がこの特3小隊では新人なんだそうだ。
「私はビザズドル・ムスクルス。私もここでは新人だ、宜しく頼む」
耳が尖っているからエルフだと思うけど173cmの僕とそんなに変わらない背の高さだけど筋肉質が爆発している。
胸の筋肉をピクピク動かして挨拶するのは止めてほしい……。
「俺も新人だな。アカンムだ。宜しく頼む」
アカンムは狐人族でスワネム族の族長の息子らしい。
ぶっきらぼうな喋り方だし見た目もヤンキーみたいだけど、頭の上のキツネ耳がピコピコ動いてそれだけ見ればとても可愛い。
出来れば女性の狐人族に会いたかった……。
他に10人、僕を入れて14人が特3小隊の陣容だ。
特3小隊は日頃はダンジョンに入って訓練をしていると聞いた。
そして僕は今、ダンジョンの中で魔物と戦っている。
「……」
いや、戦う前に戦闘は終わっていた。
ムスクルスさんが剣をひと振りすると数体の魔物が上下に分かれて死んでしまうのだ。
半端ない破壊力だよ。
「お~、エルフの勇者は伊達じゃないな~」
「え?エルフの勇者?」
「ん?ソウタは知らなかったか?ビザズドルはエルフ族の勇者だぞ」
ケルトン隊長はトンデモナイことをサラッという。
僕も勇者らしいけど、ムスクルスさんも勇者なんだ……。
「ソウタは実戦を殆ど経験していないからこれから強くなるさ~」
僕がボーっと考え込んでいたからケルトン隊長が背中をバンバン叩いて励ましてくれる。
でも、ムスクルスさんの戦闘力は本気でヤバいと思う。
僕が彼みたいになれるとは到底思えないのだけど。
「剣を振る時は肩の力を抜き、敵と剣が当たる瞬間に手首のスナップを―――――」
ムスクルスさんは僕の戦闘を見て色々とアドバイスをしてくれる。
それを忠実に実行すると面白いように魔物との戦闘が楽になる。
実戦経験豊富なエルフ勇者は伊達ではないよ!
「ムスクルスさん、ありがとうございます!」
「礼を言われるような大したことはしていないぞ」
「いいえ、ムスクルスさんのアドバイスの一つ一つが僕を強くしてくれます!」
「そうか、それなら良かった」
ムスクルスさんは笑うのが苦手のようで笑顔が引きつっている。
辛い人生を送ってきたのかも知れないと思い引きつった笑顔には触れないでおこう。
エルフだから見た目年齢と実年齢が合わないことも多いようだけど、僕とそれほど変わらない年齢に見えるムスクルスさん。
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