俺以外終わった世界
サイクル
男が一人、本を読んでいる。
何度も読み返されているようで装調が半ば崩れかけているそれは、人の心理について書かれた本だった。
頁を捲る傍ら、男は卓上に展開した電算装置のモニターに向かってキーを弾き、文字を書き出した。
綴られた文字は条件分岐と情報処理を行う幾つかの項を形作り、やがて収束して式となる。
部屋に打鍵と紙を捲る音が続くなか、戸を叩く控えめな音が来客をしらせた。
「......入れ」
失礼いたします、と戸の向こうから断りが入った後、侍従の格好をした女性がお茶の用意がされたキッチンカートを押して入室してきた。
「お茶を淹れて参りました。あまり根を詰めるのはお身体に障りますよ?」
そう言いながら、彼女はケトルの中身をカップに注ぎ入れた。
「どうぞ。お熱いですので、火傷をしないようお気を付けて」
「......」
男の手元にカップが置かれる。
立ち昇る湯気を鼻腔に通すと、男はぴたりと動きを止めた。
「お前......」
「......? どうかなさいましたか?」
男はカップと女性を交互に見やると、暫しの沈黙の後、言葉を続けた。
「いや、なんでもない。......ありがとう。集中したいから暫く下がっていてくれ」
「かしこまりました。お茶は下げた方がよろしいですか?」
「ああ、そうしてくれ」
「わかりました。では、ごゆっくり」
女性は失礼いたしました、と一礼してこの場を去って行った。
こつりこつりと廊下を渡る足音が聞こえなくなる頃、男は再度ため息をついた。
「あいつも、とうとう駄目になったか」
手元に残されたカップには、透明なお湯と何か分からない細かな沈殿が注がれている。
「言葉に違和感はなかった......ならば、いや......」
男は何事か呟くと、モニターに地図を映し出した。
地図には工場や店舗の位置が強調されており、稼働率や在庫といったパラメーターが付随している。
「あるとすればそこと......おい、出掛ける用意とさっきのやつのメンテ、準備しといてくれ」
「了解いたしました」
男が虚空に話しかけると音声ガイダンスが起動し、目の前に立体映像ディスプレイが出現した。
「こちらの操作で間違いありませんか?」
「あー、ここはこれで......ちょうどいいや、あれもついでにやってしまえ」
男がディスプレイに触れて、示されたタスクを修正していく。
「よし、これで準備してくれ」
「了解、作業に入ります」
作業を終えて用のなくなったディスプレイが消える。
一仕事終え、男は大きな欠伸をした。
「今日はもういいや。寝よう」
男が机から離れて伸びをすると、背骨から軽い音が鳴った。
私は男の進路に先回りして、部屋の扉を開ける。
「......サンキュ」
了解を表す緑のLEDを点灯させる。
男が私の横を通りすぎて退室する。
私は主のいなくなった部屋の明かりを消して、男の数歩後ろをついて回る。
暫くして寝室が近づいてきた。
先程男が「寝よう」と発言していたのを記録している。
部屋を出るときと同様に、先回りして扉を開けた。
「......サンキュ」
緑のLEDを点灯させ、男に続いて寝室へ入る。
男が寝台に横たわるのを確認して、私は部屋の隅の所定の位置へと移動する。
給電プラグを接続し、対人センサーのみを起動。男が起き上がるまで待機状態に入る。
待機がてら自己診断プログラムを起動しておき、私は主の目覚めを待つのだった。
何度も読み返されているようで装調が半ば崩れかけているそれは、人の心理について書かれた本だった。
頁を捲る傍ら、男は卓上に展開した電算装置のモニターに向かってキーを弾き、文字を書き出した。
綴られた文字は条件分岐と情報処理を行う幾つかの項を形作り、やがて収束して式となる。
部屋に打鍵と紙を捲る音が続くなか、戸を叩く控えめな音が来客をしらせた。
「......入れ」
失礼いたします、と戸の向こうから断りが入った後、侍従の格好をした女性がお茶の用意がされたキッチンカートを押して入室してきた。
「お茶を淹れて参りました。あまり根を詰めるのはお身体に障りますよ?」
そう言いながら、彼女はケトルの中身をカップに注ぎ入れた。
「どうぞ。お熱いですので、火傷をしないようお気を付けて」
「......」
男の手元にカップが置かれる。
立ち昇る湯気を鼻腔に通すと、男はぴたりと動きを止めた。
「お前......」
「......? どうかなさいましたか?」
男はカップと女性を交互に見やると、暫しの沈黙の後、言葉を続けた。
「いや、なんでもない。......ありがとう。集中したいから暫く下がっていてくれ」
「かしこまりました。お茶は下げた方がよろしいですか?」
「ああ、そうしてくれ」
「わかりました。では、ごゆっくり」
女性は失礼いたしました、と一礼してこの場を去って行った。
こつりこつりと廊下を渡る足音が聞こえなくなる頃、男は再度ため息をついた。
「あいつも、とうとう駄目になったか」
手元に残されたカップには、透明なお湯と何か分からない細かな沈殿が注がれている。
「言葉に違和感はなかった......ならば、いや......」
男は何事か呟くと、モニターに地図を映し出した。
地図には工場や店舗の位置が強調されており、稼働率や在庫といったパラメーターが付随している。
「あるとすればそこと......おい、出掛ける用意とさっきのやつのメンテ、準備しといてくれ」
「了解いたしました」
男が虚空に話しかけると音声ガイダンスが起動し、目の前に立体映像ディスプレイが出現した。
「こちらの操作で間違いありませんか?」
「あー、ここはこれで......ちょうどいいや、あれもついでにやってしまえ」
男がディスプレイに触れて、示されたタスクを修正していく。
「よし、これで準備してくれ」
「了解、作業に入ります」
作業を終えて用のなくなったディスプレイが消える。
一仕事終え、男は大きな欠伸をした。
「今日はもういいや。寝よう」
男が机から離れて伸びをすると、背骨から軽い音が鳴った。
私は男の進路に先回りして、部屋の扉を開ける。
「......サンキュ」
了解を表す緑のLEDを点灯させる。
男が私の横を通りすぎて退室する。
私は主のいなくなった部屋の明かりを消して、男の数歩後ろをついて回る。
暫くして寝室が近づいてきた。
先程男が「寝よう」と発言していたのを記録している。
部屋を出るときと同様に、先回りして扉を開けた。
「......サンキュ」
緑のLEDを点灯させ、男に続いて寝室へ入る。
男が寝台に横たわるのを確認して、私は部屋の隅の所定の位置へと移動する。
給電プラグを接続し、対人センサーのみを起動。男が起き上がるまで待機状態に入る。
待機がてら自己診断プログラムを起動しておき、私は主の目覚めを待つのだった。
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