照魔ヶ学園☆心霊研究部

セエレ

5.帰れない


嫌な夜だと澄晴すみはるは空を見上げ思った。
カラスが騒ぎ、冬にも関わらず生温い風が頬をかすめる。
──不気味に光る赤い月を見た日も、確かこんな夜だった。
(あー、憂鬱や…)
これからのことを考えると、ため息しか出てこない。
学校へ向かう足取りは重く、背中を丸めながらゆっくり歩いていたが、どんなに頑張っても進んでいるのだからいつかは着いてしまうわけで。
目的地に着いた澄晴すみはるは、今日何度目かわからないため息をついた。
学校を見れば、夢で見た通り光に覆われていた…なんてことはなく、ただ朝と同じのいつも通りの学校だった。
しかし夜の学校にはやはり独特な雰囲気があり、ここに今から入るのかと思うと足が竦む。
(いや無理、怖すぎ)
ホラーゲームや映画は嫌いじゃない。
寧ろ好きな部類に入る。
だが現実ともなると話は変わってくるもんで、来るべきではなかったと今では後悔が強い。
(だーー!もう、しっかりせぇ当真 澄晴とうま すみはる!もしかしたら来てへんもしれん…そうや、忠告を聞いてくれた可能性もあるかもしれへんのや…!)
2人がいなければ、自分はここにいる必要はない。
自分が帰った後、あの黒髪が止めたかもしれないじゃないか。
見たところあまり乗り気じゃなかったし、その可能性はかなりありそうだ。
ルンルンとまではいかないが、先程よりも幾分か気持ちが楽になる。
(案外、物分かりのええ奴らやったんや!ささっと確認して帰ろ!)
澄晴すみはるは大きな音が鳴らないよう気を付けながら門を越え、夢の中で2人が入って行った窓の方へ向かった。

「嘘やろ…」
いや、まあ何となくそんな筈はないと思っていた。
頭の片隅で、現実逃避はやめろと騒ぐ自分がいる事に、ずっと気付かないフリをしていたのだ。
「マジかぁ…」
頭を抱えその場にしゃがみこみ、恨めしげに2人を眺める。
1-C組の窓の前でうろちょろしたまま、一向に入る気配はなく、何やら2人でコソコソと話していた。
離れてはいるが声が聞こえないほどの距離ではないので、澄晴すみはるはじっと耳を澄ませてみた。
「来たのは良いけど、どうやって中に入るつもりなんだ?」
「その辺は心配ご無用!ちゃんと準備はしてあるぜ」
「はぁ…全く、バレたらどうするんだよ」
「この前、オレ1人で入ったことあるけど、バレなかったぞ!まあ、万が一バレたら…そうだな、この時間になると真谷が1人で視聴覚室のでっかいモニター使ってエロビデオ見てるって噂を聞いたから確かめたくてつい、って事にしとく」
「ぶっ…くく、お前最低だな。バレた時の言い訳としては全く使えないけど、面白いからそれでいいや」
…なんだこれ。
くだらない話をしているこいつらに、だんだん腹が立った。
こっちはどれだけお前らのせいで苦しんだか。
澄晴すみはるはすっと立ち上がると、先ほどの足の竦みなんて忘れ、ズカズカと2人の方へ近寄った。
「お前ら、夜の学校行くなって言うたやろ!」
突然後ろから聞こえた大声に驚いたのか、2人はビクッと肩を震わせてこちらを見た。
「お前、放課後の…!」
「ああああ!赤髪クン、やっぱり来てくれたんだなっ!」
体に何かがぶつかった衝撃に、今度は澄晴すみはるが驚いた。
軽く視線を下げれば、視界いっぱいに金色の髪。
男に抱きつかれているという事実に気付き、違う意味で体に寒気が走る。
「うわ、何すん……っ?!」
突然の浮遊感に、澄晴すみはるは息を飲んだ。
視界は金色から見慣れた制服のズボン…というか、尻へと変わっている。
「???」
なんだかお腹が圧迫されて苦しいのだが、これは一体どういう状況なんだろうか。
自分がこの金髪に担がれている気がするなんて、きっと気のせいに決まっている。
「赤葉クン、その窓についてる紐引っ張って。それで窓が開くから」
「これか」
カチャリと音が鳴り、窓の鍵が外れたのがわかる。
赤葉は窓を開け、足場を使って先に1-C組へ入っていった。
「ほら、足曲げて。ぶつかっちゃうぞ?」
「あ、はい」
何故自分は言うこと聞いているのかなんて考える余裕は澄晴すみはるにはない。
劉人ゆうりは足場を使って素早く窓のふちに登り、器用に片手で澄晴すみはるを支えながら教室の中へ降りた。
地面に降ろされ、漸くお腹の圧迫感も消えた澄晴すみはるは、目の前にいる劉人ゆうりを睨んだ。
「おい、ふざけ──」
「んじゃ、赤髪クンも夜の学校探検に連れてってあげよう!なんだか今日はプンプン匂うぜ!」
そう言うや否や、劉人ゆうり澄晴すみはるの腕を掴みぐんぐん歩いていく。
突拍子もない出来事に困惑しつつも、澄晴すみはるは引き剥がそうと必死に力を込めるが、瞬間接着剤でも付けられたのかと錯覚するほどビクともしない。
「おい、俺は探検なんかしたくないっ…!」
「いいんだいいんだ、遠慮すんなって!」
「してない…っ、いいから離せ…!」
それでも諦めまいと踠いていると、後ろから突然響いた何かの金属音に、澄晴すみはるはぎゃっと悲鳴を上げた。
ゆっくり後ろを振り向くと、赤葉が落としたのであろう何かの鍵を拾っている姿が目に入った。
「あれ、驚かせちゃった?ごめんごめん。わざとじゃないんだ」
「お、驚いてなんか…!」
「…さっきから騒いでるけどさ、もしかして幽霊怖いの?」
「!」
「高校生にもなってそれはないか…幽霊が怖いんじゃなくて、俺らに巻き込まれるのが嫌なんだよな?……おい、離してやれよ。可哀想だろ?」
「えー、でもよぉ」
「いいから…どうぞ、お帰りはこちらですよ」
(こいつ……)
表面上は穏やかに、まるで自分を気遣っているように聞こえるがそうじゃない。
確実に煽ってきている。
──しかし、逃げるにはいいチャンスだ。
自分は伝えるべきことは伝えたし、こいつらにさっさと別れを告げ、こんな場所から離れたほうがいい。
助けようと思ったが、本人たちがこれではもうどうしようもないのだ。
そう、わかっているはずなのに。
「……離せ、自分で歩ける。ほら、さっさと進むんじゃないのかよ」
「?…まあ、赤髪クンが乗り気になってくれて嬉しいぜ!」
「てか、いい加減赤髪って呼ぶのやめて。俺の名前は当真 澄晴とうま すみはる
澄晴すみはるクンな!オレは榎原 劉人えのはら ゆうり、こっちは緋雨 赤葉ひさめ あかはクンだ!」
劉人ゆうりと赤葉…な」
「よろしく!」
劉人ゆうりは腕を離すと、教室をさっさと出て行った。
「よろしく、当真とうま
「…おー」
自由になった片腕をもう片方の手で撫りながら、ニヤニヤと笑う赤葉を一瞥して澄晴すみはる劉人ゆうりの後を追った。



それからトイレに行って華子さんを呼んでみたり、怪奇現象が起こる鉄板の場所をくまなく訪れてはみたが…特に何も起こることはなく、ただ時間が過ぎていくばかりだった。
「理科室も何も起きなかったな」
これで1階、2階、3階にある全ての教室を見終わり、3人は廊下で立ち尽くしていた。
「うぇ〜…おっかしいなぁ…」
劉人ゆうりは不思議そうに頭をかいているが、澄晴すみはるとしては内心ホッとしていた。
感覚があの時に似ていただけで、今回見た夢はただの悪夢だったのだと。
「夜の学校は探検できたし、もう帰るか」
「あぁ…そうだな」
澄晴すみはるは赤葉の言葉に頷いた。
しかし、どこかまだ引っかかる。
自分は何かを忘れている気がするのだ。
「えー!オレまだ探索したいー!」
「はいはい。また今度な」
赤葉はいまだ納得していない劉人ゆうりを引っ張って、北東階段を下りた。
澄晴すみはるもその後を続いていく。
「はぁ…今日は何か起こる気がしてたんだけどなぁ…悪りぃな、赤葉クン。楽しませてやるなんて大口叩いておいてこれで…」
「別に構わないよ。夜の学校探検なんてなかなか体験できないし。わりと楽しかった」
「赤葉クン…!」
まるで放課後の帰りのように、2人は楽しく雑談をしながら階段を下りていく。
「そういえば、部を立ち上げるには人が必要なんだっけ?あと何人必要なの?」
「赤葉クンが入ってくれたおかげで、あとは1人だぜ!」
2階の踊り場につき、また階段を下りていく。
「1人か…真谷も随分甘いな。まあ、それだけ舐められてるってことか」
「そうなんだよ!ぜってーもう1人集めて、部を結成してやる!あ、澄晴すみはるクン。部に入らねぇ?」
「入るわけないだろ…」
そんな会話をしている間にようやく1階につき、入ってきたC組へ向かおうと廊下へ出た。
「あれ?」
1階の北東階段を出ると、目の前には保健室があるはずだ。
にも関わらず、今目の前にあるのは2階にある調理室。
階段の方へ振り返ると、下へ続く階段があった。
(間違えたのか…?)
劉人ゆうりと赤葉を見てみると同じことを思っているのか、不思議そうに首を傾けている。
頭に浮かんだ一抹の不安に気付かないフリをして、再び階段を下りた。








(…なんで…)
目の前には調理室。
そんな筈はない、自分達は確実に下へ向かったのだ。
もう一度、3人で階段を下りる。
やはり保健室はなく、調理室が再び目の前に現れるだけ。
「なぁ、赤葉…俺達は、確実に下に…」
「……」
意見を求めようと赤葉に視線を向けてみたが、顎に手を当て何かを考えている様子だった。
「マジか…マジかよ…」
劉人ゆうりは調理室の方へ少しだけ近づき、肩を小刻みに震わせて俯いた。
(もしかて泣いてんのか…?)
劉人ゆうりが前に出てしまった為、澄晴すみはるには劉人ゆうりの表情を見ることはできない。
あれだけ心霊現象がどうのと騒いではいたが、実は実際に体験した結果、案外怖かったのだろうか。
心配になった澄晴すみはるは、一歩劉人ゆうりに近付き後ろから覗き込んだ。
「おい、大丈夫──」
「さいっっこうじゃねえか!!」
突然上がってきた劉人ゆうりの拳が澄晴すみはるの顎に見事に当たり、その衝撃に耐えきれず後ろへ思い切り倒れこむ。
「ぶへぇっ!」
「ん?…あああ!大丈夫か澄晴すみはるクン!」
何故自分がこんな目に合わなければいけないのだろうか。
こんな事なら、あの時に赤葉の挑発になんか乗らずに帰ればよかったと、澄晴すみはるは天井を見つめながら後悔した。
澄晴すみはるクン、これ何本かわかるか!?」
「あー…なんかもうお先真っ暗だわ」
「なんてことだ…!澄晴すみはるクンの目が見えなくなっちまったなんて!くそ、誰がこんなことを!」
「お前だよ」
「………なぁ、遊んでるとこ悪いんだがちょっといいか」
ずっと黙っていた赤葉が、劉人ゆうり澄晴すみはるの間に入り言葉を発した。
「少し考えてみたんだが、もしかしたらこれ、"無限階段"ってやつなんじゃないかと思う」
「無限階段…?」
澄晴すみはる劉人ゆうりは2人して首を傾げる。
聞いたことないが、その言葉だけで何だか嫌な予感をガンガン感じる。
当真とうまはわかるが、なんでお前が知らないんだよ…まあいいや」
コホンと咳払いをして、赤葉は再び喋り出した。
「無限階段ってのはそのままの意味だ。どんなに下りようが上ろうが、終わりのない階段が永遠に続く…俺たちはこの北東階段の2階に、閉じ込められたってわけだよ」
赤葉の言葉を聞き、やはり大事な何かを忘れていることに澄晴すみはるは気が付いた。
(北東の…階段………北東…)
「あああ!!」
「っ!急に叫ぶなよ当真とうま…!」
「北…北だ…そうか、そういう意味だったのかぁ…」
今日見た夢を思い出す。
劉人ゆうりと赤葉が北側へ向かった瞬間、学校はグチャリと形を歪め、消えていってしまったのだ。
てっきり北側の教室で何かが起こると思っていただけに、何もなかったことに安心してしまっていた。
まさか、階段だったとは。
「え、なに?なになに?」
劉人ゆうりは能天気にニコニコ笑っている。
お前らのせいでこんな目に合ってるんだよ!と愚痴をこぼしたところで自体が解決するわけもないので、澄晴すみはるは赤葉に意見を聞くことにした。
「それで、どうしたら抜け出せる?」
「んー……俺もこういう怪奇現象は初めてなんでな、サッパリだ」
てへっと効果音が付きそうな表情で、赤葉は笑った。
(正気かこいつら)
何故こうも2人して能天気なんだろうか。
このまま永遠に帰れないなんて、巻き込まれたこっちとしてはたまったものではない。
2人の能天気さにも、挑発に乗ってしまった自分にも、全てに腹が立った。
「解決方法はわからないが、注意点があるとすれば2つだな。1つは…」
「なんで…」
「え?」
「なんで俺までこんな…こないな目に合わなあかんねん!おかしいやろ!なあ!なあって!!」
「す、澄晴すみはるクン落ち着け!あんまり騒ぐと流石にマズ──」
突然パッと顔に光が照らされ、眩しくて反射的に目を瞑る。
なんか、前にもこんなことがあったような。
「君達、こんな時間にここで何をやってるんだ!」
薄っすらと目を開けてみると、警備員がこちらに懐中電灯を向けていた。
「げぇっ!」
劉人ゆうりは顔をしかめているが、こちらとしてみれば、救いの神が舞い降りたかのように感じる。
いきなり現れたんで驚いたが、大人に会えるだけでこんなにも安心ができるなんて。
「警備員さん…!すみません、助けてください!俺達、さっきから階段を下りてるんですけど、1階に行けなくて…」
「何を言っているんだ。そんなわけないだろう。馬鹿にしているのか?」
確かに、馬鹿にしていると思われても仕方がないが、こうして現実に起こっているのだ。
「嘘はいけないぞ、嘘は」
「それがホントなんだぜ、警備のおっちゃん。オレ達困っちゃってさぁ」
「…わかった。話はこの視聴覚室で聞こう。ほら、入りなさい」
警備員は呆れながらも階段のすぐ隣にある視聴覚室の扉を開け、中に入るようこちらを促している。
……そういえばこの人、いつ来たんだろうか。
足音なんて聞こえなかった気が……。
(いやいや、気付かなかっただけだろ!)
頭を振って嫌な考えを飛ばす。
とりあえず話だけでも聞いてもらおうと、澄晴すみはる劉人ゆうりは顔を見合わせ警備員の方へ歩き出した。
「待て」
突然グイッと腕を引かれ、赤葉に止められる。
そんな赤葉の行動に、澄晴すみはるは眉を顰めた。
折角自分達以外の、しかも大人に会えたのだ。
なんとか上手く説明して納得してもらえれば、一緒に協力してこの状況を打開出来るかもしれない。
「離せよ赤葉。行こう、劉人ゆうり
赤葉の腕を振り払って行こうとするも、赤葉の腕はがっちりと澄晴すみはる劉人ゆうりの腕を掴んでいる。
「いいから待て。榎原も止まれ」
「あ、初めて名前呼ばれた!」
「うるさいよ」
「…解決方法わからないんだろ?だったらあの人に話聞いてみたほうが、何かわかるかもしれないじゃないか」
「ほら、何してるんだ。早く来なさい」
痺れを切らしたのか、警備のおじさんは再びこちらへ向かおうとしている。
「あー、ハイハイ。今行くからおっちゃんはゆっくり待ってろって!」
「ほら、赤葉いい加減に──」
「あのさ、さっきから気になってるんだけど…お前ら、何と喋ってんの?」
「…………は?」
赤葉の一言を、理解することが出来なかった。
"何と"喋ってるってどういう事だ?
というか"何と"なんて、あの警備員のおじさんに物凄く失礼な言い方だ。
…赤葉はあの警備員に気がついていないのだろうか。
(いや、そんなわけ…)
そもそも赤葉に見えない位置にいるならともかく、見える場所に立っていたし、たとえ相当視力が悪くても、劉人ゆうりが先ほど『警備のおっちゃん』と言っている。
馬鹿にしているのかと思い頭にきたが、赤葉の顔は嘘を言っているようには見えなかった。
………じゃあ、"何と"とは一体どういう意味なんだろうか。
(赤葉には、警備員が見えていない…?はは…そんな馬鹿な話…)
得体の知れない不安感が、澄晴すみはるの心を侵食していく。
助けを求めるように劉人ゆうりを見たが、劉人ゆうりは何を考えているのかわからない顔で、ただジッと警備員を見ているだけだった。
無意識に歯が震えだし、ガチガチと音を立てている。
「注意点が2つあると言ったな……その1、人ならざる者に注意しろ、だ」
澄晴すみはるはもう、警備員を見ることは出来ない。
「もう一度聞く。お前らは"何と"喋ってるんだ?」

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