それはまるでChanson

作者 ピヨピヨ

Lucas 錬金術師と人形

あるところにロボットがいました。
小さな家で、あたりに何もない、そんなところで彼女は産まれました。

初めて彼女のガラスに映ったのは、怖い顔をしたおじさんでした。
呆然とする彼女に、おじさんは頭を撫でながら言いました。

「お前の名前は、メアだ。」

「私の名前はメア、よろしくお願いします、ご主人様。」

彼女は黒いガラスの瞳を真っ直ぐに、おじさんに向けて言いました。
それにおじさんは嫌な顔をして、立ち上がって言いました。

「ご主人様はやめなさい、メア、私のことはロイターと呼びなさい。」

「はい、ロイター。」

「…いい子だ。」

ロイターは満足げに微笑んで、部屋の掃除を言いつけて、外に行ってしまいました。
彼女は部屋を見渡すと、部屋はネジや歯車、不思議な印、そして酒瓶で溢れかえっていました。

まだ心を持たない機械は、あたりを掃除しました。
部屋は綺麗になりました。


メアを生み出したロイターは錬金術師でした。
しかし、正しい錬金術師ではありません、悪い錬金術師でした。
草を刈って錬成しそれを薬物として売ったり、石を金に見立てて騙したり、時には人を殺めることに手を貸したりしました。

しかし、メアは何も思いません。
なぜなら心を持たないロボットでしたから。
だから、血の付いた手で優しく撫でられても、嫌だと思いません。

「ロイター、私は何のために生まれたのでしょうか?」

ある日、綺麗な雨が降る朝、メアはロイターに尋ねました。
疑問を持ったのです。
てっきり怒るかと思っていましたが、ロイターはタバコを灰皿に擦り付けながら、こちらを見るのです。
その灰色の目には、メアがくっきり写っていました。

「掃除、洗濯、接客、お手伝い…毎日同じに命令してくだらない、時々思い出したようにロイターは私に命令します。でもなぜ私をこき使わないのですか?……私は何のためにここにいるのです?私はそんなに役に立ちませんか?」
「…そんなことない、ただ。」

そこでロイターは、黙ってしまいました。
まるで歯車に、何か金属片が挟まってしまったように。
ロイターは壊れたオモチャみたいに口をかすかに震わせて、静かに言いました。

「……お前も同じことを言うんだな。」

ただ、それだけ言うと、ロイターはメアの黒い髪に指を通すように撫でました。
その目にはメアが写っていましたが、ロイターには別のモノが見えてました。

ある時、ロイターの家に悪い人がやって来ました。
ロイターの薬を買いに来た売人の青年です。

「や?ロイター、こいつはなんダ?」
「メアだ。」

青年は目を猫の様に見開くと、ニタニタ笑ってメアを覗き込んだ。

「メア!メアね!…ククッお前も随分と落ちぶれたもんだなぁ?…こんな人形を作るほどあいつに入れあげてたんだなぁ?おお!神よ!…罪人にどうか慈悲を!」
「薬ならそこに置いてある、金を置いてさっさと失せな。」
「幸薄だなぁ…友人がせっかく来てるんだからヨォ、な?茶くらいだせよ、メア。」

メアは初めてロイター以外に命令されました。
メアは少し戸惑いましたが、命令は命令です、お茶を入れる準備を始めました。
その様子をロイターは少し不機嫌に見ていましたが、特に何も言いませんでした。
メアがお茶を二つ持ってリビングに向かうと、ロイターはいませんでした。

「あいつはタバコ吸いに外に行ったゼ、メアさん?」
「そうですか。」
「にしても…ほんと瓜二つだなぁ、おまえ。声まで一緒かよ、きもちわりぃ。」
「瓜二つとは?」
「…ロイターの嫁にな、三年前にはやり病で簡単に天使になったがなぁ…かなりイイオンナだったぜ?胸もデカかったしなぁ。」

そう言うとおもむろに青年はメアの胸に触れた、無論メアは無反応だ。
その様子に青年は心底残念そうに、反応もあったら遊ぼうと思ったのになぁとぼやき、手を離した。

「ま、さしずめおまえは嫁の代わりだよ。」
「そうですか。」

青年はメアの紅茶を一口飲んで、メアによこした。
行動の意味に分からず、ひとまず受け取ろうと手を伸ばすと、ティーカップはメアの手を逃れ、メアの頭上に登り、反転した。

バシャッ

メアの長い黒髪は紅茶まみれになった。
びしょ濡れになったメアを青年は散々嘲笑った後、薬を手につかんで家を後にした。



「すまないな、あいつは昔から突拍子のない行動ばかりするやつなんだ、許してやってくれ。」
「はい、許します。 」
「あぁ、頼むよ。」

ロイターに頭を拭かれているメアは無反応だ。
しかし、なにかが彼女の中で壊れていた。

ロイターが汚れた服を脱がそうとした時、メアはその手をひっ掴み停止させたのだ。
これにはロイターも驚きを隠せなかった。

「メア、どうした?」
「……いえ……その……何というか…一人でできますから。」

メアは無反応だったが、頭の中は混乱していた。
変な気分だ、何故だか頬の発熱を感じる。
ロイターは手を服から離し、メアを見つめたが、メアは無意識に視線を外した。

「もしかして、恥ずかしいのか?」


そう、彼女は恥ずかしかったのだ。





その日からメアは無意識にまるで人間のような感情を見せるようになった。

「ロイター、お昼ご飯の時間です。」
「悪いがメア、今は忙しいんだ、後にしてくれないか?」

ロイターが昼食を断った時、彼女はため息をついた。そしてロイターの口にサンドイッチを押し込んだ。
びっくりしたロイターがメアに視線を送ると、メアは少し笑って

「だと思ったので、今日はサンドイッチにしました、これなら仕事しながらでも食べれるでしょう?」

呆然とするロイターの顔を見ると、不思議とメアは笑いが込み上げそうになったが、我慢する。

「どうですか?美味しいですか?」
「あ、あぁ…うまい。」
「そうでしょう?」

それが日常だった。



「…ッイッテエエエ!!!!」

リビングに響いた青年の声。
何事かと思ってロイターが駆けつけてみれば、スリッパを片手に持ったメアに頬を殴られた青年が涙目になっている。

「なんだこれは…」
「聞いてくださいよ!こいつが!またアタシの胸を触ったんです!」
「だからって!なぁにも殴るこたァねえダロォ!!」
「いいえ!あんたはアタシに釈明すべきよ!ほら、今すぐ謝って!」
「ろ、ろいたー…たすけてくれよ〜、こいつ機械のくせにスゲー人間に反抗するよォ。」

言い争いをする二人の間に入り、ロイターがメアをなだめ、青年を叱った。

青年はそれからメアにちょっかいを出すたび返り討ちに合うようになっていった。

「お前は日に日に人間みたいになっていくな…一体なんなんだ…そんな風にプログラムした覚えはないんだが。」
「…失礼ね、アタシはちゃんとした人間よ、あなたとおーんなじ、心があるんだから…さぁ晩御飯できましたよ〜」
「そうゆうもの、なのか?」
「そうゆうものよ、ロイター。」

そうした会話もあったが、メア自身既に自分は人間だと自覚があった。
なぜならそれは、メアがロイターのことを愛していたからだ。
人を愛する自分は人間。
たとえ自分は食べ物を食べず、寝ず、疲れもしない体だったとしても、こうして好きな人が自分の料理を食べてくれることが嬉しかった。

こんな日が続きますように…そう願って、一日を終える。
メアはとても幸せだった。











この10年間、ロイターは幸せだっただろうか…?
もしかしたら傷ついていたかもしれない、そんなことはすぐに理解した。
嫁の顔をした機械が、すぐ近くで動き、同じ声で喋る。
そんなアタシのことを、ロイターはどう思っていたのか…
アタシには分からないし、もう聞くこともできない。

「あーあー…アイツすーぐ死んじまったなァ、神よ…あーめん。」

青年はロイターの墓の前に立ち、持っていた酒瓶の栓を開けた。
そのままドボドボ墓にかけまくる。
彼なりの弔いだとは分かっているが、せっかく掃除したのに…

「で?お前はこれからどーすんの?売春とか?あーソレは無理か…反応ないもんなお前は。」
「アタシは…この家にいるわ。」
「誰もいねー家に?…アッハハっそりゃ楽しそー。」
「あんたはどうするのよ。」

さあねーと、残った酒を胃に流し込んだ青年は咳き込む。
前を向きながらやたら乱暴に目元を腕でこすっている。
目になにが入ったのだろうか?

「ひとまず、ケッコンだっけ?ソレをするわ。」
「結婚?あんたが?…相手がいるの?」
「へへ…意外とモテるんだヨ、俺。」

さわぁ…と柔らかな風が吹いた。
不思議なことに、涙は流れなかった。
仕方ない…アタシは涙腺がないのだから。

「最後にサ、アイツお前になんか言ったかぁ?」

ドスッとその場に座った青年は、頬を赤らめながらそう聞いた。
ワタシはしばらく黙った後、ため息をつきながら言った。

「………リュカ(Lucas)って呼んだわ…」

なんとなく、名前の主はわかる。
彼女のことだろう。

いい名前だ。

「……ク、ククッ……さいてーー!…マジありえねぇ、最後まで死んじまったヤツにすがってさぁ!お前の気持ちぐらいさぁ!考えてくれたっていいのにヨォ!」 
「そうね、さいてーな人だった…でも。」

アタシは泣けない、なぜなら涙腺がないのだから。
なぜならアタシが機械だから。
なぜなら、アタシは壊れているから。

「幸せそうだったわ…」

モノだから仕方ないの…だから許して。
誰かの代わりでも構わないわ。
アタシ、あなたのためならいくらでも我慢してあげるから。

「罪だねぇ……あー、くだらねぇ。」

彼の呆れたような声が聞こえる。
でも構わないじゃない

アタシはアタシのしたいようにするの。

アタシは人間よ。

アタシは愛したい人を愛して、好きなものはちゃんと好きっていうわ。

アタシは我慢しないで嫌いなものは嫌いって言ってやるの。

人間らしく…いや、アタシは人間として生きるのよ。



Lucas

発音
リュカ


フランス語

意味
光をもたらす人

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